魔王がいる混沌の世界で、イケメン玉の輿に乗れました!
かつてから、地上よりも高い位置にあり天に近いとされた山には、神がいると言われ続けてきた。特に人と比較しても有り余るほどの巨大な山には、他の山と比べ物にならないほどの位の高い神がいると言われ、いつしかその山は霊峰として人々の信仰の対象となった。
しかしそんな山に十五年程前から、憎き悪魔が現れた。
その悪魔は、一時は人の姿をして人と共に生活を送り、人を欺き陥れ続けてきたという。そうして、その悪行が大衆にばれ、悪魔は怒り狂い、神の御心のその山を占拠した。
悪魔が霊峰に棲みついてから、世界は貧富の格差が広がり、雨により稲作が駄目になり、浮浪者達の死体が町に転がるようになっていった。
人々は悪魔による霊峰の占拠に絶望の涙を流し……悪魔、いいや、『魔王』からの霊峰の奪還を決意した。そうして、世界中の猛々しい男達が、我こそが魔王を討つ勇者だと立ちあがった。あたしが住むこの町は、魔王が根城にしている霊峰に最も近い町として勇者達の魔王討伐前のベースキャンプとして繁栄していった。
これまで魔王討伐を夢見て、重装備を揃えて八千メートル級の山昇り、魔王討伐に向かった勇者は数知れない。
しかし、未だ魔王討伐の報はなく、帰還した勇者も片手で数えられるくらいの人数しかいなかった。
たまに帰還した勇者も、魔王の気まぐれで変わる天候に成すすべもなく、その圧倒的な力を恐れ、二度と魔王討伐に向かうことはなくなった。
人々は未だ、魔王のせいで貧困にあえぎ、いつ死ぬかもわからないこの世界で、死への恐怖を滲ませながら生きていた。
あたしとエドワード・ジュニアの出会いは、ジャーナリストとして大衆新聞で記事を書くあたしが、彼の取材を上司に命じられたことから始まった。
エドワード・ジュニアは、この町の市長にして、魔王討伐に勤しむ勇者管理を一手に引き受けるエドワード氏が、七十歳になり余生を明るくするためにもらった養子だった。
エドワード・ジュニアは養子になりたての時こそ周囲から煙たい視線で見られたが、明るく真面目な性格。そして勤勉な姿を評価され、いつしか偉大なる父の跡取りとして相応しい男へと成長していった。
そんなジュニアへの取材は、新聞社に入社したばかりのあたしの初仕事であり、当時のあたしは人格者である彼への取材に緊張の色を隠すことが出来なかった。
取材部屋に入ってきたジュニアは、あたしを見るや否や甘いマスクで微笑みかけてきて、
「そんなに緊張しないでください」
そう言った。
「あたしも、こうしてプロの方に取材されるのは初めてなので。いつも父の後ろで、父の取材姿は見ていましたが、どこまで模範的な姿を見せられるか、自信はないんです」
「そんな……ジュニア氏の勤勉さ。真面目さは町の住民は皆認めています。緊張することなんて、ないですよ」
「そうですか。ありがとう。あたしは君の勤勉さは知りませんが……美しい淑女であるあなたとなら、素晴らしい取材になりそうだ」
紳士なジュニアにたじたじになりながら、取材は始まった。その時の取材内容は、魔王討伐に訪れる勇者の素行問題についてだった。
この町は勇者が山頂制覇と魔王討伐をするために栄えたと言っても過言ではない町だが、近年ではその勇者の中に荒れくれ者が交じり始めていて、強姦、強奪、様々な事件を起こすことが後を絶たなかった。
そこで、有識者であるジュニアに話を聞こう。
それがこの取材の目的だった。
当時はまだ、この町をより良くするために仕事をしていたあたしは、ジュニアに様々な質問をして、ジュニアもそれに応じてくれた。
そうして、密に三時間以上の取材を終えた時、あたしは人知れず強い達成感と興奮を感じていた。これは多分、良い記事になる。そんなことを記事にする前から確信していた。
「今日はありがとうございました。ジュニアさん」
早く帰って、記事にしたい。そう思ってジュニアに頭を下げた。
「いえ。あたしもとても充実した時間を過ごさせて頂きました。……ところで、エミリアさん」
「はい?」
「この後、時間はありますか?」
ジュニアはあたしを夕食に誘ったのだった。いいや、まあ夕食以降も……その、色々あったんだけどね。
そうして、その一件がきっかけであたしは、周囲には黙っているものの、ジュニアと交際関係を築いた。
ジュニア曰く、一目惚れだったそうだ。
当時は打算的な思惑が渦巻いていた。彼の告白を受け入れた時、あたしは彼の傍にいることで、魔王に関する様々な情報を手に入れることが出来ると思っていた。その考えは正しくて、あたしはそれから、ジュニアからの情報を元に連続殺人を犯した勇者の身元だったり、とにかく魔王関連でのスクープを数本当てた。
それにより会社での地位もうなぎ上り。充実した仕事を送れている。
……ただ、いつしかそんな打算的な感情は消え失せていった。
彼とデートに行く度に。
彼と意見交換する度に。
彼と身を寄せ合う度に。
あたしの心は、いつしかジュニアに惹かれていたのだ。
初めは少し戸惑った。
当時、打算でお付き合いを始めた時のことをどうしても忘れられず、そのことを悔いて、彼の顔を見れないこともあった。
しかし、彼はそんなあたしの全てを受け入れてくれた。
あの日を境に、一層、彼への愛が深まった。
彼に許してもらえて、あたしは今日も彼と身を寄せ合っていた。裸で彼の体を抱きしめると、彼の首からかけられたロケット付きのネックレスが火照る体を一部冷ました。
あのロケットの中には何があるの?
彼にそう尋ねると、彼は照れくさそうに父の写真が入っている、と教えてくれた。
父親思いの彼のことを、一層好きになった。
彼の愛を体に受け入れると、心の底から満たされているのがわかった。当時あれほど、世界をより良くするために情熱を燃やしていた仕事も、今では彼のためなら辞められると思っていた。
彼は、あたしに仕事を続けたいなら続けて欲しい、と言ってくれた。
だから、朝方まで彼と愛し合った翌日も、仕事へ行くためにあたしはいつも通りの時間に目を覚ました。
「……ジュニア、おはよう」
少し眠たそうな彼の頬を撫でると、彼は嫌そうな顔をして寝返りを打った。
「おはよう。エミリア」
しばらくして、彼は言った。
ベッドであたしを見つめていたジュニアに、あたしは再び抱き着いた。あのロケット付きのネックレスが冷たかった。
「ちょっと待ってて。朝ごはんを準備するから」
「ありがとう、エミリア。愛している」
「あたしもよ、ジュニア。少し待っていて」
衣服を着て、キッチンへと向かった。朝食に軽食を用意して、彼を呼んだ。あられもない姿を見せていた彼が、紳士のようなスーツを身に纏っているのは、少しだけ可笑しかった。
朝食を食べて、彼を見送って。
あたしはベッドを整えてから出社しようと寝室に向かった。
「……あれ?」
ベッドに、彼がいつも肌身離さずかけていたネックレスが落ちていた。小さく細いチェーンが切れていた。
「気付かなかったんだ、ふふふ」
お茶目な一面を見れて、あたしは一層ジュニアへの愛を深めた。彼の起こす動作一つ一つが愛おしかった。
大事な物を置いて出掛けるだなんて、ドジなんだから。
後で、少しだけからかってやろう。
そう思って、ロケットを開けた。
「……あれ」
そこに入っていた写真の主は、彼の父親であるエドワード氏とは似ても似つかない顔をしていた。
ああ、そうか。
彼は養子としてエドワード氏にもらわれたんだ。だから、この人はジュニアの実の父なのだろう。
……写真の主は、ジュニアに似て端正な顔立ちをしていた。
だからかはわからないが、どうしてか写真の主をジッと見つめていた。
しばらくして気付いた。
この男をどこかで見たことがある。
だが、一体どこで?
時計を確認して、もう出ないと遅刻することに気付いたから、あたしは冷や汗を掻いて家を出た。
会社に着くと、ほんの数分遅刻をしてしまったことを知った。
「遅いぞ。エミリア」
デブで口うるさい編集長があたしを叱責した。まあ、こればかりはあたしが悪い。
「まあいい。お前も早く片付けろよ」
「片づける?」
何を?
そう思って、今更ながら埃っぽい匂いが社内に充満していることにあたしは気付いた。
「今日は大掃除の日だろう。これまで溜めた書類整理。その他諸々! 皆で協力して片づけるんだよ!」
じ、冗談じゃない。
あたしはどんなものより掃除が嫌いなんだ。そんなことしたくない。
「し、取材に行ってきます!」
あたしは逃げるように会社を出て、取材へと向かった。
と言っても、取材する相手なんていやしなかった。さあて、どう仕事をしたことにするか。
そう思い、とりあえず町一番の大通りに繰り出した。喧騒とする大通りでなんかの事件に巻き込まれないものか。
ドンッ
「……っと、ごめんなさい」
よそ見をしていたら、前方から歩いていた人にぶつかった。
「テメェ! 何ぶつかってやがんだ!」
「げ」
ぶつかった相手は勇者だった。
最近の勇者は、明らかに荒れくれ者の除け者で、悪漢みたいな風貌な奴が増えていた。
その結果、こうしてぶつかっただけで相手に喧嘩を吹っ掛ける輩さえ出没する始末。魔王に屠られ続けたために、勇者の質低下は深刻な問題になっていた。
「お前、どう落とし前つけてくれんだよ!」
と、そんなことを言っている暇もなく、あたしは勇者に押され、尻もちを尽かされた。舗装したての石畳の道は固かった。なんでも、最近登場した車のタイヤが路面に足を取られないようにするためらしい。
「……ん? 姉ちゃん、結構可愛い顔してんじゃん」
尻もちをついたことに対して苦悶の表情をしていると、勇者がそんなことを宣って、あたしに下衆な視線を寄こしてきた。
「丁度いいや。一晩相手になれよ。俺のもので虜にしてやる」
虜に、ね。
そもそもまずもって、どうしてあんたの相手なんかせにゃならんのだ。
「お生憎様。あたしには将来を誓った相手がいますので。お断りさせてもらいます」
「なんだと?」
こんな悪漢の相手をするつもりは端からなかったから言ってやったら、勇者は腹を立てた。
さすがに言い過ぎたか。
少しだけ後悔していた。
「テメエ! ぶっ殺してやる」
「殺すなら魔王を殺しなさいよ。魔王討伐にも行かず、この町を闊歩して、悪漢みたいなことして何様のつもりよ」
まあいい。
このままただでやられるくらいなら、日頃勇者に溜めた鬱憤を晴らしてやろう。
思いの丈をぶつけた結果、勇者は青筋を立てて、あたしを睨んできた。
「き、貴様ああ!」
あたしに襲い掛かろうとする勇者に、あたしはこのまま殺されることを覚悟した。
腕でガードするように顔を覆っていると、いつまでたっても勇者はあたしを襲ってこなかった。
怯えながら前を見た。
勇者は、仰向けに道に倒れていた。
「大丈夫かい、エミリア」
「じゅ、ジュニア」
助けてくれたのはジュニアだった。彼は武術の心得はないそうだが、その辺の悪漢にも劣らない運動能力を有していた。
「怪我は?」
「ない。大丈夫」
「そうかい。良かった」
そう言ってジュニアは、勇者が逃げ去ったことを確認していた。
「まったく。あんな煽るようなこと言って。もし君の身に何かあったらどうするつもりだったんだ」
ジュニアはあたしを叱りつけた。
「ご、ごめんなさい」
さすがのあたしも、今回の自分の非は認めるしかなく……素直に謝罪した。
ひとしきり優しく怒った後、ジュニアは、
「とにかく、君の身が無事でよかった」
あたしの身を案じてくれた。
「うん。ごめんね」
「本当だよ。これに懲りたら、もう喧嘩は吹っ掛けないでくれ」
「はい……」
粛々と謝罪して、あたしは思い出した。
「そうだ。ジュニア、これベッドの上に落ちてたよ」
「え?」
あたしはポケットから、彼のロケット付きのネックレスを取り出して、彼に渡した。
「……あ」
「もう、ジュニアもちゃんとしてよね」
冗談めかして言うも、ジュニアの反応は乏しかった。
「じ、ジュニア?」
「見たかい?」
「え?」
「このロケットの中、見たかい?」
「……ううん。見てない」
本当は中身を見たが……彼の圧に気圧されて、あたしは嘘をついた。この時のジュニアの顔は、これまで見たことがないような、怖い顔をしていた。
それから調子を取り戻したジュニアと少し話して、勇者の質低下についての記事でも書くかと思ったところで、あたし達は別れた。
良い時間に戻れたし、会社の掃除も終わっていることだろう。
「あれぇ?」
会社の中に入ってみて、気付いた。どうしてかあたしの席の周りだけ、まだ汚かったのだ。
「編集長。掃除してくれなかったんですか?」
「当たり前だ。自分の席くらい自分で掃除しろ。それに、お前の机は乱雑過ぎて何を捨てていいかわからん」
「うえーん」
そうして、皆が帰った後も一人自席の掃除に、あたしは明け暮れていた。
掃除の進捗は乏しい。
「うわあ、こんなの書いたなあ」
片付けながら見つけた記事を読んだりして、無駄に時間を食っているから。だから掃除は嫌いなんだ。
そうしてしばらく、そんな調子で掃除を続けて。
「……ん、これ」
あたしは、かつて書いた魔王関連の資料を見つけた。
魔王関連の記事は、我が社の大衆新聞においての目玉記事だった。人類を混沌に貶めようとする、悪の権化のことを、住民皆が気にしていたのだ。
この記事は、確か人間に化けていた時代の魔王のことを綴るため集めた資料達だった。
人間に化けていた頃の魔王は……エドワード氏が発足した登山チームの一員として、活動していたそうだ。
まだ魔王が存在せず、隣国との国際問題が跡を絶たなかった時代。
今魔王が住む霊峰は、その隣国との国境に位置していたのだ。
国は、水面下で近年中に隣国に攻め入り、侵略戦争を起こす予定だったと眉唾ものの噂があった。
その時、従来のルートからでは国境付近にいる憲兵にバレるから、この霊峰を登り国境を超え、攻める作戦を立案したそうだ。
国でも有数の資産家であるエドワード氏に協力を仰いだ上、件の戦争のための登山チームは結成された。
その結果、その登山チームは魔王により一人残らず絶命させられた。
正しくは魔王のみが帰還したから、魔王が皆を殺したと噂されたそうだ。……ただ八千メートルの山を登るだけの作業で、皆が絶命するはずがない。だから、周囲は魔王の人間ならざる正体に気付けたのだ。
懐かしい。当時は苦労してこの資料を集めたものだ。まだジュニアと交際を始める前。今なら彼の力を借りてもっと手軽に情報を集められたことだろうが……自力で集めた資料というのは、どうしてか感慨深い気持ちをあたしに与えていた。
一頁一頁、当時の気持ちを懐かしむように読み進めた。
……そして。
魔王の人間時代の写真を見つけ、それが朝見たロケットの男と一緒であることに気が付いた。
「ど、どういうこと……っ!?」
震えと冷や汗が止まらなかった。
そんな、まさか。
そんなことって……。
ジュニアは元は孤児だった。孤児で……エドワード氏に養子としてもらわれた。
ジュニアの本当の親は、エドワード氏ではないのだ。
そして、あの時言ったジュニアの言葉。
あのロケットに何が入っているか聞いた時、ジュニアはあれには父親の写真が入っていると。
そう、言っていたのだ。
急速に喉が乾いていった。目眩を覚えて、足が竦んだ。この状況を打破するべく、あたしはこれまでの言葉を結びつけ、考えた。理解しようとした。
その結果、更に頭が痛くなり、椅子を転ばせて、あたしもバランスを崩そうとした……。
「だいじょうぶ?」
あたしの体が倒れることはなかった。
支えてくれる人がいたから。
その人は……ジュニアだった。
いつものように微笑むジュニアが……、今は酷く不気味だった。
「どうしてここに?」
ジュニアに尋ねた。
彼は微笑みを崩すことなく、
「君に会うためさ」
そう言った。
「ロケット、ありがとう。チェーンを直したんだ。少し不格好だけどね」
白銀のチェーンが鈍く光っていた。
ゆっくりとジュニアに視線を移すと、彼はチェーンに負けないくらいの鈍く眩しい笑みを浮かべていた。
ジュニアの視線が……資料に移った。
「その写真、魔王?」
心臓が高鳴った。
たまには異世界恋愛を書いてみました!
ホラーミステリーチックだけど!
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