8 そして、女は嗤う。
皇王陛下の誕生祭の最終日に立て続けにおこった火事騒ぎは、皇都を騒然とさせた。とくに被害を被ったのは、デメティエル大神殿付属孤児院と、ランドン男爵家だ。不幸中の幸いは、孤児院の子ども達は、祭りの晩は大聖堂で星読みの儀式に参加していたため火の手を免れたことであろうか。しかしランドン男爵家は今悲しみの縁に沈んでいる。
タウンハウスには油が撒かれた形跡があり、あきらかな火付けである。そうしてこの火で男爵の長女、キャスリーン・ランドン令嬢とメイド、年老いた執事が犠牲になった。あまりの炎の勢いにより、崩れ落ちた屋敷からは、遺体すらも見つかっていない。
男爵夫人は悲しみのあまり泣き崩れ、男爵はひとり炎を逃れた末娘を抱え途方に暮れていた。
この悲劇を引き起こした下手人は、今なお捕まっていない――。
「……へぇ。新聞なんて、もう出回っていたのねぇ」
一応、高価なものって扱いだけど本もあるんだし、新聞もあってもおかしくないか。悲劇の一家としてウチが大きく取り上げられてるから買ってみたけど、情報量はあんまり多くないわね。ほとんどゴシップとかばっかりみたいだし。
「マリアベル。おいで。出発の時間だよ」
「はい、お父様」
新聞をたたんで、宿の机に放り投げる。あの程度の情報なら、持って帰っても仕方ないものね。
火事から五日たったけど、もちろん犯人なんて見つかっちゃ居ない。
タウンハウスが燃えたことに動揺したお父様だったけど、あたしが無事だったことに喜んで、あとはもうどうでもいいみたい。義母は実の娘が死んでしまったことでもう抜け殻のようになっているけど。
死んだ娘を少しでもはやく弔ってやろうと、お父様はそうそうに領地に帰ることを決めたけど、本音は物騒な場所に可愛い娘を置いておきたくないってところかしら? まあ、そこそこ程度のランクの宿より、領地のお城の方が快適だし、自由に外出できない皇都に留まる必要もないからいいんだけどね。
あー、子どもの身体って不便だわぁ。
ただでさえこの世界、娯楽が少ないっていうのに、こんな小さな身体じゃろくにでかけることもできない。遊ぶ場所だってないから、出かけたところでたいして楽しくもないんだけどね。
ああ、コニーまで死んじゃったのは残念だったわ。
キャスリーンで遊べなくなった代わりに、あの子と遊ぼうと思ってたのに。
思いの外、催眠術への抵抗が強かったわね、あの子。あたしの暗示をはねのけるなんて、案外先祖に貴族とかいたのかしら? この世界の平民は魔術への防御が弱いから、みんなあっさり術にかかるのに。
あっちでも使ってた催眠術に、この世界で調べた魔法をブレンドしてみたら、指示に逆らったら心臓に高負荷かかって死んじゃう、なんてちょっと物騒なのになっちゃったけど……。便利なのは証明されたからいいわよね?
まさかキャスリーンの死体持って逃げようとするとは思わなかったけど。
ていうか、死体なんて持ち出してどうする気だったのかしら、あの子?
子どもの考えることってよくわかんないわぁ。
逆らったところで死ぬだけなのに。えっと、憲兵が子どもの死体見つけたとか記事も載ってたし、多分それよね。
そこまで抵抗してくれるんなら、遊びに行かないで最後まであがくのを見届けてあげればよかったわ。残念。
……まぁ、いいか。
まだお義母様もいるわけだし?
今はぬけがらみたいになっちゃってるけど、領地に帰ったらキャスリーンの幻覚でも見せて反応を見てみようかしら。
それともお父様にいびらせる?
あ、そうだ!
せっかく異世界転生……じゃなくて転移! したんだもの!
ここは領地で内政チートとかして、一足先に聖女の地位を確立しちゃうのもいいかもしれないわね!
うーん、でもやりすぎちゃうと学園でのシナリオに影響が出ちゃうかもしれないから、そうね、聖女になる土台作りに留めておいたほうがいいかしら。
うふふ。内政チートものも結構好きで色々読んでたのよ。
まずは定番のシャンプー、リンス、化粧水でしょ!
えっと、作り方って……どんなだっけ。重曹があれば石鹸できたわよね。あれ? 石灰でいいんだっけ?
うーん、ゆっくり思い出そう。
思い出せなくても料理でチートもいいわね!
フライドポテトとか作って流行らせちゃおうかしら。
お父様の商売に協力して、財力をあげるのも大事だわ。それで皇都に大きくて立派な邸宅を買うのよ。あんなぼろくて狭いタウンハウスみたいなのじゃなくて!
「うふふ、攻略対象に会えないのは残念だけど、それはあとのお楽しみ、ね♪」
マリアベルは皇都には不慣れな、田舎のしがない男爵令嬢だもの。そんな身分の低い娘が成り上がるからこそのシンデレラストーリー。それを崩しちゃいけないから、皇都とはしばらくお別れね。
でもシナリオが始まる頃にはチートできるように、しっかり準備しておかなくちゃ。
ああ、なんて素晴らしい人生なのかしら!
馬車に乗り込むまえ、見上げた空は――まるであたしの明るい未来を示すかのように、どこまでも晴れやかだった。
幕間の章、これにて終了とあいなりました。
次の章は、冬の間にまた連載再開を目指して、またしばらく潜ります。
が、その前に閑話ひとつ、このあとあげときますね!