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13 浅はかな企み




 相も変わらず敵意に満ちたハンスの視線を受けながらの夕食は、実に気まずいものだった。まともな食事は三日ぶりだから、しっかり味わって食べたいのに、これではろくに味もわからない。話題だってそう弾んだものではなく、ただハンスが表面上はにこやかに、皇都での流行りのものごとについて話すのを聞いているだけだった。


 そんな苦痛としか言いようのない夕食の時間が終わろうかという頃、ハンスはグレイ伯爵に何やら真剣な表情で切り出した。


「叔父上、守護の大結界が一部損傷したままと聞きました。いくら魔獣が退いたとはいえ、早急に結界を張り直したほうがよいのではありませんか」

「……もちろん、そのつもりだ。しかし昼までの戦闘で、結界を張り直せる程、魔力の回復しているものは少ないのだ」

「それでは、私の子ども達お使いください」

「何?」


 おっと、何を言い出すのだ、この男。

 思わず胡乱な表情になったのは、僕だけじゃなかった。グレイ伯爵の表情にも、あからさまに出ている。

 しかしハンスはどこ吹く風で、ひとの良さそうな笑顔で言うのだ。


「ディアナもケインも、まだ子どもではありますが、魔力の強さは凄まじいものです。ご存知でしょう?」

「だが……」

「結界魔法を発動させるのは、もちろん叔父上が行うこととして、ふたりの魔力を借りてしまえばいいのですよ。その方が、領民たちも安心して眠ることができるでしょう。もちろん、私も手伝います。戦闘には間に合わなかったのですから、それくらいはさせてください」

「…………」


 聞けば聞くほど、提案自体はそう悪いものではない。これがハンスが言い出したことでなければ、僕らもそれはその通りだ、そうしようと頷いたことだろう。だけど、ハンス・グローリアが言い出した、ということが、すごく、とっても、怪しい。


 一体何を考えているのだ。

 まさか、子ども達の魔力を提供したことを、自分の子だから自分の手柄、とでも言い張るつもりか?

 そんな疑心に満ちた僕とは違って、大神警視は「そうですね」と当たり前のように頷いた。


「是非そうしましょう、大叔父様」

「しかし……。お前達も疲れているだろう」

「大丈夫です、もう十分休みましたから。そうでしょう、ケイン」

「えっ、……ええ、はい」

「子ども達もこう言っているのですから。さっそく参りましょう、叔父上」


 ハンスに急かされるようにして、僕らは席を立った。

 食堂を出て、一度外へ出る。賓客用の食堂は一の壁と繋がっており、これから向かうのは三の壁だ。まずは一の壁の城壁を登り、上部の通路を歩く。先頭を護衛の騎士二名、その後にグレイ伯爵とハンス。少し間を開けて僕と大神警視だ。


 なんだか嫌な予感しかしないなぁと思いつつ、警視について城壁を歩く。一の壁と呼ばれる最も市街地側の防壁は、今回の大氾濫では打撃を受けていない。ほとんど結界と三の壁で阻まれたので、ここは綺麗なものだ。

 見張りの姿が見当たらないのは、重傷者は休んでおり、軽傷なものたちは三の壁に詰めて山嶺側の警戒をしている為だ。いくら魔獣達が退いたとはいえ、また戻ってくるともしれないから。


 そんな風に、人影は見えないのだけれど、人の気配は……陽気な喧噪は、風に乗って聞こえてくる。


「……賑やかですね」

「この三日は気の休まる時もなかったようだからな。今夜くらい羽目を外したくなるのは仕方ないだろう」


 ひそりと声を小さくしてつぶやけば、大神警視も小声で返してくれた。

 城壁の上の、たっぷり横幅をもって作られた通路を歩きながら、ちらりと後ろを振り向く。城塞の前広場や中庭で、負傷兵達が宴会を開いているのだ。とはいっても、わずかながら労いの酒が振る舞われたくらいで、本格的な宴が開かれているわけではない。

 そういったことは、諸々の後始末が終わったあとに、改めて計画されるのだろう。今はただ、重傷者はおれど、死者がひとりも出なかったこと、大氾濫をなんとか乗り越えたことを祝って、互いを労いはしゃいでいるだけだ。

 調子外れの歌声が耳に届いて、つい微笑ましく思う。

 どうやら即興歌なのか、途切れ途切れに聞こえる歌詞には、テユール様の名前もあった。どうやら今日の出来事を歌っているようだ。


 ……そういえば、ずっと近くに感じていたテユール様の気配が、夕食後くらいから感じられないな?


「テユール様はどちらへ行かれたのでしょう」

「ああ、グレイ伯爵がこの砦にもテユール様の神殿を造るとおっしゃったからな。先住の者に挨拶をしてくると出かけて行かれたぞ」

「え、いつのまに」


 この砦に来てから僕と大神警視が別れて行動したのは、それぞれ湯浴みをさせてもらっていた時くらいだ。先住の者って、この場合、既にこの土地に神殿を建てられているような存在……のことだよな? 平たくいえば、テユール様と同じ神様とか、そういった存在であるはず。


 いる……のだろうか、テユール様の他にも。いや、テユール様が実在してるんだからそのお仲間がいてもおかしくはないのだけども。


 実際に神殿が建てられる前に、自らこれからご近所さんになる方々にご挨拶とは、テユール様はなかなか義理堅いようだ。いや、神様の間のそういったマナーが実際どんなものなのかさっぱりわからないけどさ。


 引っ越しそば持参で立派な神殿を訪問するテユール様の姿を脳裏に思い描いている間に、目的の場所についたようだった。

 

 三の城壁内部にある大きな部屋だった。部屋の中央には大きな魔方陣が描かれていて、その中央に白い台座が立ち、大きな水晶が置かれている。台座の石は大理石で、見事な彫りで文様が刻まれていた。

 それらひとつひとつにも、何かしら意味があるのだろうか。


 ……それにしても、床に魔方陣って、嫌な光景を思い出すな。と、ちらっと思ったけれど、そんな考えは思考の底に押し込める。今はそんな余計なことを考えている場合じゃない。


「本来は、大人の魔法使い五人ほどで行うのだが……」

「問題ありませんよ、この子達の魔力量は常人の数倍だそうですから」


 躊躇いがちのグレイ伯爵の言葉に、ハンスが勝手に答える。口調がどこか、嘲笑うようなものだったあたり、良い意味では言っていない。できるものならやってみせろ。そんな挑戦的な空気を感じた。


 自分も手伝う、なんて殊勝なことを言っていた割に、ハンスは部屋の出入り口付近から動こうとはせず、大神警視や僕に偉そうにさっさとしろと目配せするばかりだ。


「始めましょう、大叔父様」

「……あぁ、そうだな。ディアナ、ケイン、水晶に手を」


 グレイ伯爵が水晶の正面に立ち、その左右に僕と大神警視が陣取った。大人一人と子どもふたりの手がぺたりと水晶に触れる。グレイ伯爵は呼吸を整えて、呪文を唱え始めた。


「天に土、闇に光りとこしえに。薫風吹きて花の咲き誇るがごとく、光満ちて稲穂実るが如く、神々のご加護降り注ぎし我が領域。これそのことごとく護りし楯たらん」


 ふわ、と足下から風が吹く。

 魔方陣は金色の光を放ち、強く輝いていた。水晶を媒介に、魔方陣にどんどんと魔力が流れていくのが解る。ひんやりとしていた水晶が、どんどん熱を帯びていく。手をはなしたいほどであったけれど、ぐっとこらえた。今手をはなしたら、きっとこの魔法は中途半端に消えてしまうと察したからだ。


(でも、これ、は……っ)


 じわ、と滲み出した汗が、こめかみをつたい顎から滴る。ケインくんの魔力は、とても強いものだというのは知っていた。それが今、まるで根こそぎ吸い取られていくようで、あっという間に息があがってしまう。


「あまねく巡りし恩寵を讃えよ。我ら皇国の守護者、グローリアが宣言す。我らが魔力もて、あらゆる災厄をはねのけん! ――ここに築け、遙かなる金色の城塞(アルクス・アウレアム)!!」


 鍵言葉――。

 呪文を完成させる、核となる言葉。

 グレイ伯爵がそれを口にしたその途端、それまで以上に一気に、魔力が搾り取られていった。

 あまりに急激な魔力の減少に、身体がついていかず、思わずがくりと膝をつく。

 手が離れてしまったが、もう魔方陣の光は収まっていた。


「……ケイン、ディアナ、良くやった」

「で、では……」

「ああ、成功だ。先のもの以上の強固な結界が張れた程だ」


 グレイ伯爵は、自身も大きく肩で息をしながら、額に汗を滲ませて微笑んだ。座り込んでしまっていたのは、僕だけではなかったらしい。ちょっと顔を上げれば、大神警視までもが床に片膝をついて大きく呼吸を乱している。そんな僕らにあわせて、グレイ伯爵も屈んで、荒い呼吸を繰り返す僕らの背を撫でてくれていたのだが――……。


「……、伏せろ!」


 ふとぴりっとした嫌な視線を感じ、首筋が粟立った。と、同時に大神警視の鋭い指示が飛ぶ。

 とっさに身体はそれに従った。魔方陣の刻まれた石作りの床に、這いつくばるように身を伏せる。僕の頭を間一髪、すれすれで通り過ぎていったのは、魔力によって繰り出された風の刃だった。


「ぐあっ!」

「がっ!」


 その風の刃で、吹き飛ばされ、僕らの頭上を越えて向こう側の壁に叩きつけられたのは、僕らの護衛として共にこの部屋まで来ていた騎士たちだった。


「なっ……!?」


 驚いて身を伏せたまま振り向けば、ハンスは能面のような平らな表情で、金細工と宝石で飾り立てられた杖をこちらに向ている。


「……何のつもりだ、ハンス」


 怒りに満ちたグレイ伯爵の言葉に、しかしハンスは唇の端をつり上げて歪な笑みをうかべた。アイスブルーの瞳は、常ならば冷たく、凍り付いたような印象を見る者に与えるだろう。だが今は、その眼差しに憎しみの炎を宿し、熱く煮えたぎっている。


「助けを期待しているのなら、来ませんよ。コレが何か、解りますか?」


 じゃらん、と鎖がこすれる音が響く。ハンスが懐から取り出して見せたのは、一見すると懐中時計のような細工の施された品だった。中央に何か、骨のようなものが埋め込まれている。


「貴方のように自分の魔力に自信のある人は、縁がないでしょうね。でもね、こういった便利な魔道具は、探せば結構あるものなんです。ははっ、これが何か見当もつかないって顔ですね。いいですよ、教えて差し上げます。これはね……防音の魔道具ですよ。一度発動させれば、この道具から一定の範囲の音は外に漏れないってすぐれものです」

「……貴様」

「裏稼業に精通する人間はね、こういったものを使うようになってるんですよ。魔道具には、持ってるだけで使えるものもありますから……魔力なんて、なくてもね。魔法はとっくに、貴族だけのモノじゃなくなってるんです。――あなた達が気付かないだけでね」


 ハンスが手にしているものは、魔獣から採れる素材や、様々な術式を組み合わせて作った道具のようだった。レイナードさんの話では、魔道具は魔力がなければ使えないという話だったが、なるほど、用途や威力によっては、普通の人間に扱えるモノもあるらしい。ハンスにはもちろん魔力はあるが、その口ぶりは、魔力をありがたがる貴族を馬鹿にしているような雰囲気だ。


「……筋書きは、そうだな。結界の張り直しを急いだ貴方は、魔力の豊富な子ども達に手伝わせることにした。しかし、未熟な子どもの魔力が暴走して爆発が起きた……なんて、どうでしょうね?」

「たわけが、貴様ごときが、この私を倒せると思うてか!」


 ぐわっと怒りをむき出しに、グレイ伯爵が吠えた。

 僕らを背に庇うように立ち上がったが、しかし彼の体力も限界なのは、目に見えてわかる


「あはは、無理しないでくださいよ。たった三人で大結界を張り直したんだ。あんたのご自慢の魔力も、とっくに底をつきてんでしょ?」


 そのくらい、見りゃあ解る。そうあざ笑い、ハンスは杖先をグレイ伯爵につきつけた。豪奢な装飾を施された杖の先端に、ハンスの魔力が凝縮されていくのがわかる。赤い光がひときわ強く光ったその瞬間、高らかに呪文が紡がれた。


「――炎よ! 紅蓮となりて我が敵を焼き滅ぼせ! 火竜の咆吼(ドラゴンブレス)!!」


 視界を埋め尽くす、真っ赤な炎。

 魔力によって生み出された炎は、竜の姿を象り、まるで本当に咆吼を上げているかのような轟音を立てて迫り来る。


 ――結界。

 だめだ、もう、僕にも魔力は残っていない。

 守らないと。

 子ども達を、だが、どうやって。


 僕らを背に庇うように、立ち上がっていたグレイ伯爵が、両手を広げ、そうして――……。



 凄まじい、耳障りな音とともに、光が弾けた。




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