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12 父と子(偽)、ようやくのご対面。




 ハンス・グローリアは、なかなかどうして、簡単にはしっぽを出さないだけの頭はあるようだった。


 ディアナとケインの登場に驚愕の表情を見せたが、グレイ伯爵や砦の騎士たちの目を意識してか、すぐに取り繕った。まさかここに来ていたとは知らなかった、と笑顔を浮かべて見せたし、グレイ伯爵に招かれるまま貴賓室へと場を移すことにも同意した。本音は遠慮したかったのだろうが、援軍に来たと大勢の前で宣言したのは自分なのだ。いくら一旦引いて体勢を立て直したくとも、ここは乗るしかないと判断したのだろう。


 エンランド城塞の貴賓室は、主に皇族をはじめとした上位貴族が訪ねてきたときに使われるそうだが、領主一家が初めてこの地に揃ったのだからと、グレイ伯爵はそこを面会の場に決めた。伯爵も、ハンスが何かを企んでいることは疑っているだろうが、あからさまに疑いを態度には出していない。直情型のように見えたが、決してそれだけではないのだろう。腹芸のひとつふたつこなせなくて、このように大きな組織を預かれるわけもないから当然か。


「しかし、驚いたな。北の砦にとんと興味を示さなかったお前が、こうして自ら援軍を引き連れてきてくれるとは」

「私とて、領主になったのですから、義務をおろそかにするつもりはありませんよ」

「そうか、グローリア辺境伯家の領主代行として自覚を持つのは良いことだ」

「……っ、ありがとうございます」


 重厚さと豪華さを併せ持つ広い部屋だが、比例して暖炉も大きい。ふんだんに薪をくべ、赤々とした火が室内を暖めているけれど、どこか寒々しい空気が漂っていた。


 その発生源はみっつ。その一、ハンスは一瞬悔しげに顔を歪めたが、すぐににこりと微笑んだ。冷気の発生源その二であるグレイ伯爵は、そんなハンスを見てフン、と鼻を鳴らす。まるでお前など正式な領主として認めていない、と言いたげだ。

 ……いや、そう思ってるんだろうけどさ。


 そうして冷気の発生源その三、僕と隣あってソファーに腰掛けている大神警視(ディアナ)は紅茶のカップをソーサーに戻し、ゆるやかな微笑を携えて大人達のやりとりを聞いている。まだ口を挟む気はないらしい。


「それにしても、援軍要請の早馬すら、ようやくフレアローズについた頃だろうに、随分とはやかったものだな」

「元々、春に備えて一度視察をと思っていたのです。そうしたら、道中で魔獣の群れが砦を襲っていると噂を聞きまして。急ぎはせ参じた次第です」

「そうか。いつもよりちと数が多かった故、民が不安に思って口が軽くなるのも仕方がないな」

「さようですね……。大事がなかったようで何よりでした……」

「お前が視察を考えていたとも知らなかった。報せがあれば、歓迎の準備をしていたというのに……。すまぬが今は有事の直後だ。盛大なもてなしは期待せんでくれ」

「そんな、突然押しかけたのは私の方ですから、気になさらないでください。それより……」


 ハンスは一度言葉を切ると、ちらりと僕らの方に視線をよこした。その目は、何故お前達がここにいるのかと雄弁に語っている。平静を装っているが、瞳の奥に苛立ちが見えた。


「この子達がなぜここに……」

「白鷲山で魔鳥に攫われたのですが、なんとか逃げて参りました。北の砦まで逃げれば大叔父様がいらっしゃるから、どんな魔獣も恐ろしくないでしょう」

「逃げてきただと? どうやって……」

「それはもちろん、飛んで逃げたのです」

「……っ!?」


 ふわり、と。

 幼女の身体が座った姿勢のまま宙に浮く。ふわふわ浮いて、大人の目線とあうところまで上がって止まった。


「これは……! 風魔法で浮いているのか? 杖もなしにこのような魔法を扱うとは……!」

「正確には重力操作と風魔法の組み合わせです。レイナード大叔父様がおっしゃっていました。魔法とは本来、もっと自由なものなのだと。レイナード大叔父様と試行錯誤して体得した飛行魔法のおかげで、こうして逃げ延びることができたのです」


 つらつらと嘘を吐き出しながら、音もなく、大神警視はソファーに座り直した。そうして愕然とした様子で自分を凝視するハンスと目を合わせ、うっすらと目を細める。


「それにしても、貴方は実の娘が魔鳥に攫われたと聞いても、それについて驚きもしないのですね」

「……っ! ……驚いているとも」

「そうでしょうか。私には、どうやって難を逃れたのかと、それだけを気にしているように聞こえましたが」

「被害妄想だ。口を慎め」

「お前こそ慎め、恐ろしい目にあった我が子になんという言い草だ」

「叔父上、これは躾です。親に対してきく口ではありません」


 ぎろりと睨んでくるハンスに、大神警視(ディアナ)はわざとらしく肩を竦めて見せた。まったく話にならない、と言いたげな様子に、やられたハンスは更に苛立ちを募らせたのが解る。


「……ところでセドリック大叔父様。魔獣が群れをなして現れるには、随分季節がズレていると思われませんか?」

「ああ、それは確かに」

「私たちがブランカ城の近くで魔鳥に襲われたとき、笛の音を聞いたのです」

「笛?」


 あ。

 自分を無視して話を続けるディアナを険しい顔で睨んでいたハンスの身体が、かすかに強張った。膝の上の拳に少し力が入っているようだ。


「はい。レイナード大叔父様の蔵書に、様々な魔法道具を記したものがありました。その中に、魔獣を呼ぶ魔笛の項目もあったのです。完全に操ることはできないけれど、魔獣を一定の方向へ呼び寄せる効果があるのだとか」

「……魔笛で魔獣を呼び寄せた者がいるかもしれないと言うのだな?」

「とても偶然とは思えませんから」

「解った。もしかすると笛の音を聞いた者がいるかもしれん。調査させよう。魔獣など呼び寄せて何を企んでいるか知らぬが、そのような輩を野放しにはできんからな」


 調査を請け負って、グレイ伯爵は席を立った。魔獣を退けたとはいえ、被害は大きい。城塞の主である彼にはやらねばならないことは山積みになっているのだ。大神警視は長時間逃げてきて疲れたので休みたいと希望し、ハンスもまた旅の疲れを取りたいと希望したので、その場はお開きとなった。

 グレイ伯爵が夕食はともに、と言ったので、喜んでと頷く。ハンスもまた、流石にグレイ伯爵の誘いは断れないのだろう。ぎこちなく頷いたが、大神警視(ディアナ)に向ける視線は、とても実子に対するものとは思えない。養子のケインのことなど、もはや彼の目には入っていないのだろう。取り繕うこともできないほど、負の感情で満ちた眼差しを実の娘に向けている。


 そんな男に、大神警視(ディアナ)はことさら丁寧なカーテシーで挨拶をするのだ。


「それではお父様、また夕食のときに。ご一緒するのは初めてですね。楽しみにしております」


 そんなあからさまな挑発とともに。




 ***




「あれはとても、実子に向ける眼ではないな」

「はい。嫌悪というか、憎しみさえ籠もってませんでしたか?」


 あてがわれた客室には、大神警視と僕の二人だけだ。もちろんこの城塞にもメイドはいるが、いかんせん現在は大氾濫が起きた直後。使用人たちも総出で怪我人の手当やら突然の客の対応やらで忙しい。

 お茶を置いて出て行ったきり、誰も戻ってくる気配はなかった。それは多分、ハンスの方もそうなのだろう。


 初めて会ったハンス・グローリアの様子を思うに、このまま彼をひとりで放置するのはよろしくないような気がする。ディアナに向けるあの眼差しは、とても尋常なものではない。捨て置くには危険すぎる。


「動向を見張った方がいいのでは?」

「グレイ伯爵が誰かつけているだろう。あの御仁はそう甘くはないさ」

「それは、確かに……」

「ハンスの顔色が変わったのがいつか、覚えているか」

「え? ……ああ、飛行魔法ですか」


 僕の答えに、警視はこくりと頷く。

 大神警視が魔法を使った途端、はっきりとハンスは表情と雰囲気を変えた。憎悪の感情を隠すこともしなくなったのはあの瞬間だ。

 ……まさか、魔法が鍵なのか?


「あれはそこそこ頭が回る。状況証拠だけでは、のらくらと言い逃れるだろう」

「そう、ですね……」


 今の段階で僕らが持っている情報や証言だけでは、ハンスの企みを立証できるものではない。動かぬ証拠が必要だ。彼がディアナとケインの暗殺を企み、故意に大氾濫を引き起こしたという証拠が。


 ここは強引に所持品を改めるべきか? 引き連れてきた私兵が何か知っていないだろうか。それとも、皇都の邸宅の家宅捜索をすれば何か出てくるかもしれない。いずれにせよ、ハンスがこの砦から出てしまえば、証拠隠滅をはかるだろうから、それまでになにか……。


 と、僕が考えて込んでいたら、こつんと窓に何かがぶつかる音がした。

 見れば、窓を小鳥がくちばしで小突いている。藍色の羽の小鳥には、見覚えがあった。


「ロイだな」


 大神警視が窓を開ければ、藍色の小鳥はその指にとまるや紙片へと姿を変えた。この光景を、僕はゲームの中で見たことがある。使い鳥のメッセージだ。実物を目にするのは初めてだが、なんともファンタジー世界らしい光景ではないか。

 いったいどういう仕組みなのか。この魔法も、練習したら僕にも使えるようになるのだろうか。そうだとしたらちょっと楽しみだ。


「ロイはなんと?」

「首尾良くいったようだ」

「そうですか!」


 藍色の鳥が運んできてくれたのは、とても良い報せだった。これで物証がひとつ確保できたことになる……はずだ、多分。


「さぁて、そうとなれば……」

「はい」

「炊き出しを手伝いにいくか」

「……はい?」


 何故に、このタイミングで炊き出しの手伝いが出てくるのだ。てっきりハンスを捕縛しに行くのかと思ったのに、肩すかしもいいところである。

 しかしどういうつもりだと問い質そうにも、これはまともに答えてくれなさそうな雰囲気である。こういうときは、言われたとおりにしているのが吉だ。経験上それを良く知っているので、僕は大人しく大神警視に従った。


 医務室、講堂と前庭の救護所、どちらも怪我人でいっぱいだ。そろそろ時刻は夕暮れ時。夕食は炊きだし形式で準備を進めているようだったので、僕らも前庭にでてメイドたちのところへ行って手伝いを申し出る。


 そこでの大神警視は、普段の冷静そのものな無表情はなんなのかと問いたくなるような笑顔の大盤振る舞いだった。動けない騎士達のもとへ温かいスープで満ちた椀を運び、労いの言葉をかける。

 怪我の手当に人手が足りないと聞けばそちらも手伝う。

 大神警視の思惑がどこにあるのかはともかく、目の前で酷い怪我をして苦しんでいる人たちを目にしてぼうっとしても居られない。

 僕も一緒になって、右に左にと走り回り、炊きだしや手当の手伝いに奔走した。


「ありがとうございます、坊ちゃん」

「立派な跡継ぎ様がいて、グローリア辺境伯家は安泰だ……」

「ディアナ様は神様のご加護をもたらしてくださったし……」

「あんなふうに魔獣が退いていくなんて、聞いたこともないですよ……!」


 と、あちこちで感謝の声をききながら、僕はふとコレが目的なのだろうか? と思いいたる。

 グローリア辺境伯家にとって、北の山嶺は重要な場所だ。そこを預かる騎士達からの信頼を得られれば、ディアナやケインにとってこれほど心強い武器はない。二人のどちらがグローリア辺境伯家を継ぐにしても、必要不可欠なものだ。

 だから……。そう。


 正式な跡継ぎであるふたりの地位を、盤石なものにする。

 そうしてそれは……ハンスにとって、もっとも望ましくない展開であるわけで。



 ……だから、その夜起こった出来事は、決して予測不可能なものではなかった。いや、違う。

 そうなるよう、煽った結果なのだ。




 僕らが、ひとまとめに命を狙われたのは。



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