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4 後ろから子どもに襲い掛かる輩に情けは無用です?




 警告の遠吠えに、はっと我に返る。

 テユール様だ、どうしたんだろう――なんて、のんきに考えている暇はなかった。

 空気を裂く気配に、反射的に身体が動いた。転がるように横に一回転。即座に身を起こして確認すれば、先ほどまで僕がいた場所に、剣が振り下ろされている。


 革の鎧を纏った男だった。独りではない。僕に剣を振り下ろした男の後ろに二人控えている。僕には見覚えのない顔ばかりだし、捜索隊なら剣を向けてくるわけもない。こんなに人気のない廃村を根城にする盗賊などいるとも思えないから、野盗の類いでもないだろう。

 となれば、アルフィアス男爵の追っ手だろうか。

 こんなに近づかれるまで気付かなかったなんて、油断もいいところだ。


「おいおい、何仕留めそこなってんだ」

「うるせぇな、すぐ終わらせる」


 後ろに控えた二人は、にやにやと笑いながらこちらを見ている。剣を振り下ろしてきた男は、そんな仲間の様子にちっと舌打ちをした。彼としては、まさか避けられるとは思っていなかったのだろう。

 しかし、困ったな。今の僕は丸腰だ。しかも身体は幼児ときた。元の身体ならともかく、ひとりで武装した男三人を同時に相手をするのは厳しい。幸いにも、男達は子ども相手に全員でかかってくるつもりはないようなので、隙をついて逃げるか、素早く各個撃破するか、無理なら助けが来るまで時間を稼ぐの三択か。

 これが領都か、そうでなくとも町中ならば、とにかく逃げるのが最善手なのだけれど、大神警視たちと合流できたとして、凍死寸前のアルフィアス男爵夫人がいる。意識すらない彼女を連れて逃げるには、僕らは非力すぎた。

 テユール様が彼女を運んでくれたとしても、子どもの足ではそう長く逃げ回ることは難しい。

 と、なれば……。


 呼吸を整え、全身の魔力を循環させて身体強化を施す。この世界では、庶民は魔法使いはみな頑丈だと思っている。それは騎士達がこの身体強化を基礎技能として持っている為だ。魔力の循環は、疲労や怪我の回復も早めてくれる。とはいえ、聖属性魔法の癒やしの術や完全回復とは異なって、あくまで自身の身体が本来持つ自己治癒能力を高める程度のものだけれど。

 それでもあるとないではまったく別物。

 だから、身体強化のレベルは戦士の強さをはかるバロメーターでもあるのだ。

 相手がどんな魔法を使えるのかもわからない。カードの足りない僕にとって最適な戦法は、相手の油断をつくことだろう。


 できる限り身をかがめ、地面すれすれを強化した脚力で駆ける。間合いを詰めるのに必要な時間は一瞬。相手が呪文を唱えるような隙も、剣を構えなおす余裕も与えちゃいけない。人間は、下からの攻撃に弱い。飛び込んだ勢いのままに男のふくらはぎに組み付き、額でみぞおちを押し込みながら相手の重心を崩した。この技……朽ち木倒しは、本来片手でふくらはぎを持ち上げ、片手で身体を後ろに倒す柔道技だけど、この体格差じゃこうするしかない。ちょっと不安だったけど、身体強化による加速のおかげでウェイトの軽さはカバーできた形だ。

 相手が起き上がってきては困るので、すかさず仰向けに倒れた男の最たる急所を思いっきり踏みつける。破裂はさせない程度に……。すまない、ケインくんは子どもだから、一撃必殺で沈めなきゃいけないんだ、他意はないぞ。


 背後でこの世の終わりのような絶叫を上げている男にいつまでも構っていられない。まるで目の前で起きたことが信じられないと言いたげに目を丸くしている男達の内、近い方に突進する。


「ひっ」


 逃げ腰になった男の膝を蹴り砕くつもりで片足で踏みつけ跳び上がり、柔らかな子どもの身体をバネのようにしならせ利き足の踵で顎を下から蹴り上げる。その勢いのままくるりと回転し、着地。

 顎を強く打たれると、脳が揺らされるから、失神しやすい。

 ふたりめは悲鳴を上げることなく泡を吹いて倒れた。


「なんだこのガキ……ッ!」


 流石に三人目は、もう油断はしておらず、抜刀して構えを取られてしまった。こうなっては不意をついて、というのは難しいだろう。

 さて、どうしたものか……。

 考えを巡らせようとしたところで、は、と僕は気付いた。

 いつの間にか、男の背後に忍び寄っていた人影が、剣の柄を思いっきり振り下ろす。


「ぐぎゃっ」


 潰れたカエルみたいな悲鳴をあげて、男は昏倒した。背後から後ろ頭を強かに殴られて、あっけなく倒れた男をなんとも言えない顔で眺めていたのは……。


「ロイ!」

「――……容赦ねぇっすね、坊ちゃん」


 ハァー、と心の底から吐き出した、と言わんばかりの大きな溜息と共に、そうつぶやいたのは、グローリア辺境伯家の護衛騎士であり、ディアナ嬢とケインくんの専属護衛であるロイだった。目線は身体を丸め、両手で股間を押さえて悶絶している男に向けられている。……いや、うん。言いたくなる気持ちはわかるけど、明らかに非力な子どもに抜刀して襲いかかる連中相手に、手加減だの配慮だのする余裕はないのだから、見逃してほしい。

 付け足すようにご無事で何よりです、と言われたけど、雇用主の子ども相手なんだからまずいうべきなのはそれだったんじゃ?

 いいんだけどさ、別に。


 ロイから遅れて、僕らの護衛としてフレアローズ城を出てからずっと共に移動してきた小隊の面々もかけつけてくる。このあたりは恐らく村の入り口に当たるのだろう。鬱蒼と茂った灌木にほとんど遮られていたけれど、よくよく見れば麓へ通じるものと思われる細い道があった。

 灌木の向こうに馬たちが立ち往生しており、数人が僕らの元へ駆けつけ、数人は剣で灌木を切り開いて馬が通れるように道を整えている。元気そうな様子から、昨日魔獣に襲われた際に、怪我人はでなかったようだ。


「よかった、みんな無事だったんだね」

「あのですね、それはこっちの台詞で……。あー、っと、ディアナ様は、ど」


 多分、ロイはディアナ様はどちらに、と聞きたかったのだろう。

 けれど言葉は途中で途切れた。

 何故と言って……。


 ボッ、ボッ、キィン!


 と、いったなんだか良くわからない音が響いたかと思ったら、村の中央あたりに突如大きな氷の棘が現れたからだ。


「……あちらですか」

「……そうです。アルフィアス男爵夫人が凍死寸前で、僕は湯を沸かせそうな鍋とか毛布とか探しに出てたんですけど……」


 ロイの目が、ちょっと遠くなっていた。きっと、何やってんだあの人、とでも思ってるのだろう。その気持ちは僕にも良くわかる。僕だってそう思っていたからだ。


 僕らの捜索にやってきたロイたちは、食料はじめ毛布や着替え、野営道具なども持ってきているということだったので、僕は荒屋にあった不衛生な品々を回収して戻るのはやめて急いで大神警視たちが居る家へと彼らを案内した。

 とはいえ、案内は正直、要らなかったと思う。

 なんせ村の端の方からすら、天に向かって突き立つ、つららを逆さにしたような氷塊が視認できていたのだから。


 大急ぎで駆けつければ、村で一番大きな家の前庭であったろうあたりに、その氷柱はあった。

 ただの氷の柱ではない。顔だけは外に出した状態で、革鎧を着て武装した男達が凍りづけにされて閉じ込められていたのだ。そうしてその氷の前には、空色のドレスの裾と、プラチナブロンドを風になびかせ佇む幼女の姿。


 ――なんて異様な光景だろうか。ちょっとくらっと目眩がしたのは気のせいじゃないだろう。

 辺り一面の雪がなくなっているから、多分あの氷の原材料は積もっていた雪だな。


「ディアナ様……っ! なんすかこれ!」

「ロイ、よくここがわかりましたね」


 駆けつけてきたのが僕だけでなく、ロイをはじめグローリア辺境伯家の護衛騎士達もいたことは、大神警視にとっても意外だったのだろう。だがすぐに意識を切り替え、騎士達が持参した荷物の種類や量を確認するや、毛布と煮炊き道具を持ち出すよう指示をした。

 話は後回し、というわけだ。

 そんなわけで、村の入り口に止めてあった荷を積んだ馬を引いて戻ってきた騎士達は、一部は僕とロイが伸した三人を、一部は大神警視が凍りづけにしていた三人を、纏めて縛り上げた。

 その間に指示された荷を家の中に運び込んだロイは、というと。


 アルフィアス男爵夫人を少しでも温めてやろうと、寄り添うように床に寝そべっていたテユール様を目にして。


「ハァァッ!?」


 と、素っ頓狂な叫び声を上げたのだった。





 ***




 こぽこぽと音をたて、軽い木で作られたコップにお茶が注がれる。廃墟の竈は、騎士達によって簡易ながら修復され、床も申し訳程度に清められ、アルフィアス男爵夫人は一番温かな場所に寝かされ、寝袋と毛布にくるまっている。

 エヴァローズ子爵邸に滞在中、大神警視とレイナードさんで試作したオイルを使った携帯懐炉や湯たんぽのおかげで、夫人の顔色は大分良くなっていた。護衛騎士の中でも、博識で応急手当などの簡単な医療知識を持っている兵に看護を任せ、拘束した男達を部屋の隅に転がし、野営食で腹ごしらえをし、身体を温めるため車座になってお茶を飲む。うん、温かさが身に染みるなぁ。


「……つまり、その……。この村で祀られていた山の神様にお助けいただいて、この村まで移動してきたところでアルフィアス男爵夫人を発見された、と」

「はい」


 噛みしめるように確認してくるロイに、僕がしっかり返事をすると、ロイはものすごく何か言いたそうな顔をした。あれは恐らく、何だよ神様って、とでも思っているのだろう。解る、言いたいことは解るけど、君、思ってること顔に出すぎだよ。そんなんで出世競争に勝てるのか? お兄さんちょっと心配になってきたぞ……。

 あと、ちょっと全員遠巻きになっているのは、テユール様が怖いのだろうか? こっちを見ながらひそひそこしょこしょ話すのはやめてほしい。気になるから。


「夫人とは、馬車から落下したときにはぐれて、この場所で夫人を見つけたときには既に瀕死の状態でした。話を伺える状況ではありませんでしたから。あなた達はどうしてここまで?」

「魔犬を小隊に任せて、俺はすぐにディアナ様たちが乗っていた馬車を追ったんです。そうしたら、アルフィアス男爵だけが馬車から降りてすぐ、イーガル鳥が馬車を襲うのを目撃しました。馬車からディアナ様とケイン様、夫人が落下するのは見えたので、崖から風魔法で落下の衝撃を殺せないか試したんですが、効果があったかどうか……」

「……ああ。あの時、わずかに魔力を感じたのはロイでしたか。ありがとうございます」

「いえ、ディアナ様ご自分でなんかしたでしょう。かすかに雪が舞い上がって、柱が立ったのが見えたんで、おおよその落下位置は掴めたんです。ただ、白鷲山からそこに行くための道がなかったので、街道を迂回して、ノルーン村の跡地を経由して捜索する予定でいたんですよ」


 万が一の二次災害にそなえ、一旦ブランカ城へ戻り防寒具や食料、野営道具を揃えて夜通し街道を駆けてくれたそうだ。あの吹雪の中を、である。

 ロイも、小隊の他の五名も当たり前という顔をしているが、強行軍で夜を徹して駆けつけてくれたのだ。闇雲に直線距離を取ろうと道なき道を進もうとしたり、ろくな装備もなく捜索に出たりするような軽挙をしないでくれて、本当に良かった。


「アルフィアス男爵とグラスベリー子爵はどうしています」

「アルフィアス男爵は、連中についてきた騎士隊に拘束させました。ひとりだけ馬車から降りて、魔獣に馬車が襲われるのを突っ立って傍観してましたからね。グラスベリー子爵と夫人も見張らせてます」

「そうですか……」


 アルフィアス男爵夫妻とグラスベリー子爵夫妻がフレアローズ城からブランカ城まで伴ってきた護衛騎士たちも、グローリア騎士団だ。あちらの護衛隊長のマックスとロイは先輩後輩の仲でもある。お互いに情報を交換しあうに不都合は何もない。アルフィアス男爵がいくら現在の当主の友人とはいえ、自分が助かるために後継者たちを囮にしたとあっては、護衛が看守に早変わりするのも当然と言えた。


 一通りブランカ城の状況を聞き出したところで、大神警視の視線は隅に転がされていた男達にうつる。気を失っていたうち、何人か意識を取り戻したようだ。

 心得たように、ロイは大神警視に氷漬けにされたひとりを連れてきた。頰に大きな火傷の痕のある男は、すっかりと怯えた目で幼女と、その後ろに伏せている大きな狼をちらちら見ている。

 ……意識のある状態で氷漬けはなぁ……。そりゃあ怖いよなぁ。

 あ、いや? あちこちに飛ぶ視線は、ロイ達の鎧も注視しているようだ。フレアローズに居た頃は、同じ鎧ばかり見てたから気付いてなかったけど、実はグローリア騎士団の鎧は胸当てや籠手に狼の文様が刻まれているのだ。グローリア辺境伯家のシンボルだから、見ればすぐ所属が解る。


「……名は」


 静かに問う幼女の前に、跪かされた男は、歯の根も合わない状態で、なんとかヨシフと名乗った。


「誰に雇われました」

「…………」

「この騎士達が何者かは理解しているのでしょう。無駄な隠し立ては身のためになりませんよ」

「き、貴族だ! グラスベリー子爵とかいう……。つ、使いの奴が来て、名は名乗らなかったが、仲間にそいつの後を付けさせたんだ」


 ヨシフの供述を纏めると、こうだ。


 彼らはグローリア辺境伯領都フレアローズに拠点を置いている荒くれ者の一団で、普段は用心棒の仕事を中心に請け負っている。自己申告なので、本当にそれだけかはともかく、まあ荒事を頼まれれば請け負う破落戸(ごろつき)という認識で間違いないだろう。

 後ろ暗い依頼をしてくる人間というのは、基本的に身元を隠すものだ。だからヨシフも、今回の依頼者がフードを被って顔を隠していたのも、名前が偽名らしいことも気にとめなかった。

 大したことのない依頼なら、そのまま受けてやることだってある。だがこの依頼は、わざわざ領都から遠く離れたこんな場所まで出張しなくてはならない。依頼内容も、女と子どもふたりの死亡確認、生きていれば始末しろ、といういかにもきな臭いものだ。

 前金だけでもかなりの額で、成功報酬もあわせれば、仲間と分けても向こう十年は遊んで暮らせそうな大金だった。

 ちょうど博打でスッて、金に困っていたこともあり、ヨシフらは依頼を受けることにした。しかし貴族に貴族のやり方があるように、破落戸にも破落戸のやり方がある。コトが終わった後に口封じなんてされてはたまらない。今後の保険にと、リスクの高い仕事の時は雇い主の素性を探っておくことにしていた。


 そういった理由で、ヨシフはこっそりとフードの男の後を尾けた。途中、高級宿に立ち寄ったり、服装を変えたりしたが、最終的に男が接触したのは、富裕層向けの高級賭場で賭け事に興じていた、見るからに貴族の男――グラスベリー子爵だったのだ。

 これが、半月ほど前のことだというので、多分僕らがエヴァローズ子爵領へ出かけたあとのことだろう。


「……襲わせる理由は?」

「聞いてません。り、理由とか言わない客のが多いんで……」

「まあそうでしょうね」


 ヨシフの言葉に、大神警視は納得して頷いた。どこの世界、いつの時代でも、後ろ暗い依頼なんてそんなものだ。馬鹿正直に理由や身元なんか話すほうが希だろう。彼らも、襲う相手の見た目の特徴は教えられていても、素性なんて知らなかったはずだ。


「ま、まさかグローリア辺境伯家のお嬢様、お坊ちゃまだなんて知らなかったんですっ!!」


 どうか命だけはお助けを、と床にへばりつくように頭を下げるヨシフに、この世界にも土下座文化があるのか、とちょっと場違いなことを考えてしまった。

 隅に纏めて転がしていた破落戸たちからも、助けてくれ、知らなかったんだ、と大合唱が起きている。ちょっとうるさい。そもそも、ディアナやケインの素性を知らなかったとしても、女子どもの死亡確認だけならまだしも、生きてたら殺せと言われて引き受ける時点でどうかしている。

 普通に考えて、フレアローズまで連行して牢にぶち込むのがしかるべき措置だろう。


 僕も騎士達も、当然そう考えているわけだけれど、そうでないひともいるわけで。



 しばらく顎に手をあて考え込んでから、大神警視は()()()()と笑った。

 大輪の薔薇のように華やかなその笑顔に、ぞっとして後じさったのが僕とロイだけであったのは、護衛騎士達の危機管理能力の低さをあらわしているようで実に遺憾だ。



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[一言] ロイさん、おちゃらけているようで、さりげなく優秀ですね。 主人公達はもちろん、他にも魅力的なキャラクターがいっぱいで、続きが楽しみです。
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