18 閑話 或る少年の願い。
閑話更新し忘れるとこでした……。
はじめて本家につれていかれた日、ぼくはとてもきんちょうしていた。なんせ、グローリア辺境伯家は、皇国でもゆびおりの大貴族なのだ。
ぼくのおじいさまは前の辺境伯さまの弟で、いちおうぼうけいの家にうまれたけど……。そのおじいさまとも何回かしか会ったことないんだ。ぼくの家も、お館ってよばれてたけど、フレアローズ城はなまえのとおり、お城だった。ろうかにおいてあるつぼも、カーテンすらとっても高そうで、さわるのもこわいくらい。
きたばっかりなのに、帰りたいなっておもっちゃったくらい、ぼくをむかえてくれたお城は冷たいくうきでいっぱいだった。
にこりともしない新しい当主さまに、大広間につれていかれて。そこではじめて、ディーと会った。
ディアナ・グレイス・グローリア。
名前は、お父様が何度も教えてくれたから、ちゃんとおぼえてた。ぼくのぎりのお姉さんになる子。としは同じで、とってもかしこいのだときいている。
ディーは、お星さまをあつめたみたいな金色の髪と、お母さまがだいじにしている青い宝石みたいな、きらきらした目の、お人形さんみたいなきれいな子だった。でも、ぼくがあいさつをしても、にこりともしない。いちおう、あいさつはかえしてくれたけど、ずっとご当主さまをきにしてるみたいだった。
そのご当主さまは、ぼくらに「今後は二人で仲良くしなさい」というと、さっさと大広間からでていってしまって。
ディーがよびとめても、ぜんぜん気にしてないようにふりむきもしなかった。
ぼくはお父様にそんなふうに冷たくされたことなんてなかったから、すごくびっくりしたよ。そのあとも、お夕食のときにも、ご当主さまは食堂におりてこなくて、ぼくとディーのふたりだけだったんだ。
「……ごめんなさい、きたばっかりなのに」
食事のまえのおいのりのあと、ディーはぽつりとそう言った。やっぱりにこりともしなくて、何をかんがえてるのかわからない、ちょっとつんとしたかおだったけど。……なんとなく、さびしそうかなって思って。
お手伝いさんも、本家なのに、ぼくのおうちのほうが多いくらい、ぜんぜん見当たらない。
なんだかへんだなって思ったけど、本家ではこれがふつうなのかもしれないし、ディーはずっとだまってごはんを食べてたから、聞きにくくって。
なんだか気まずくって、何を食べたのかもよくわからなかった。
お夕食のあとは、あたえられた部屋にひっこんで、ふかふかのやわらかなベッドにすわってちょっとぼんやりしてしまった。
ぼく、ここでやっていけるのかな。
あの子となかよくなれるのかな。
ご当主さまは、あしたもいっしょにごはんは食べないのかな。
……きょうは、もうねてしまおうかな。
そんなことを考えていたら、ディーが見るからに古い本をりょうてにかかえて、ぼくの部屋をたずねてきたんだ。
「……おねがいが、あるの」
今にも泣きだしそうな、ひどい顔でそんなことを言われちゃ、とてもことわれない。だってぼくは、ディーとなかよくなりたいと思ってたし、本家ではしっかりするんだぞって言われてたし。
だからディーにあの池のほとりにつれていかれて、魔法をつかいたいからてつだってほしいとお願いされて、いけないことをしようとしてるってわかてたけど、やっぱりことわれなかった。
てつだってほしいと、泣きながらなんどもおねがいされて、だめなことだってわかってたけど、だめだなんて言えなかったんだ。
泣かないでほしかった。
かなしいかおをしないでほしかった。
だから――……。
「お父様、カズマに言ってたぷりんって、どういうものですの?」
きらきらと目をかがやかせて、ディーは今日もレンの夢におじゃましている。カズマがおきてるあいだは、ディーのすがたでレンがしゃべってるのをよく見てるけど、夢のなかのレンは背の高いおとなの男の人だ。カズマよりはちょっと背がひくくて細くてすらっとしてるけど、ぼくのお父さまよりちょっと高い。たぶん、カズマが飛び抜けておっきいんだろうなぁ。
筋トレ? がしゅみだって、にこにこしてた。たぶん毎日朝とねる前にやってる運動のことなんだと思う。あれをしてるときのカズマは、楽しそうだから。カズマは今日は、夢をみてないみたいで、ぼくがおじゃまできない。
だからぼくはディーといっしょにレンの夢におじゃましたんだけど……。
やめておけばよかったかなぁ。
となりでくりひろげられるこうけいを見てるのが、とってもつまらない。
池のほとりの大きな木の下にレンが座っていて、ディーはレンのひざのうえでにこにこ、にこにこ。とっても顔がゆるんでて、だらしないくらいだ。
はじめて会った日も、ここから出られなくなったあとも、いつもつんとした顔か、かなしい顔か、泣いてる顔しか見たことなくて。ようやく笑っても、ほんのちょっと、唇のはしがもちあがるくらいだった。
それだって、ぼくがたくさん話しかけて、おうちにいた頃、しようにんの子たちと遊んだ遊びを教えてあげて、やっとだったのに!
「卵とお砂糖をミルクでといて、固めたお菓子だよ。ぷるぷるしてて、冷やすととてもおいしい。……きみたち、ここでは食事はできないだろうけど、日中私たちが食事をしてるときに味を感じたりはするかい?」
「うーん、起きているときなら、少しだけ。でもはっきりではないわ。ケインは?」
「ぼくも。甘いとか、にがいとかくらいならわかるかな」
「なるほど、多少は感覚が同期しているのか……」
「ケーキってどんなものがあるの? お父様は、どんなおかしがお好き?」
「……私は甘いものはあまり。子どもの頃は、ケーキより和菓子の方が食べる機会は多かったかな」
「わがし?」
「あー……私の国の独自のお菓子だよ」
たまにぼくにも話をふるけど、レンといっしょにいるときのディーは、ほとんどずっとレンにべったりひっついてウソみたいによくしゃべる。
レンのことが知りたくてたまらないみたいに、元いた世界では何をしていたのかとか、どんなふうにすごしてたのかとか、どんなものが好きか、とか。あれこれ聞いては、見てみたいとか、やってみたいとか、うれしそうに笑う。
ディーが楽しそうならいいかって思うけど、やっぱりちょっとおもしろくない。カズマはこのもやもやするきもちを、ヤキモチだっていってた。よくないものなのかなって思ったけど、きえてくれないからとっても困るんだ。
ぼくがもやもやしてると、だいたいすぐにレンが気がついて、話にいれてくれたり、みんなでできる遊びをしようと言ってくれる。
ここは夢の中だから、思いえがいたものはだいたい出てくるんだ。食べものは、味がしないから、だしてもつまんないんだけど。それを知ってから、レンはよく自分の世界の遊びのどうぐや楽器をだしてくれる。
トランプ、ショーギ、イゴ、オセロ。
覚えるのがいちばんかんたんだったのはオセロだけど、ぼくはショーギがけっこう好き。ディーも、レンが好きだって言ったから、ぼくらふたりだけのときは、しょっちゅうショーギをしてる。これ、ふたりだけでもずっと遊んでいられるから、とってもべんりだ。
レンの世界では、ショーギのプロがいて、たくさん勝負して勝つとしょう金がもらえるんだって。ぼくらはスジがいいって、レンはほめてくれた。ぼくらもレンの世界で、プロになれるかな? 行ってみたいけど、むずかしいかな。
楽器は、ヴァイオリンとピアノはぼくらも見たことあって、お城にもあるんだけど、ギターははじめて見るかたちだった。リュートに似てるかな? レンは、ヴァイオリンとピアノが、自分たちの国のものと同じ名前で同じかたちをしてるってびっくりしたみたい。
「お父様のくにでも、楽器はたしなみなの?」
貴族だから、ぼくらもヴァイオリンとピアノは、ちっちゃい頃から少しずつ習ってた。レンもどれも弾けるから、そうなのかなってディーは思ったんだろう。だけどレンはそうじゃないという。しゅみでいろんな楽器をえんそうする人もいるけど、みんなが必ず習うわけじゃないんだって。
「私の亡くなった両親が、音楽家だったんだ。遺品にヴァイオリンとピアノがあって、養護施設の……いや、孤児院といったほうが解りやすいか。孤児院の院長が厚意で施設に引き取ってくれてね。せっかくの形見だから、ちゃんと弾けるようになりたいと思って、たくさん練習したんだよ」
「まぁ……。お父様、孤児院にいらしたの?」
「そう。君たちと同じくらいの年齢の頃からかな」
孤児院がどういうところかは、ぼくらも知ってる。
カズマの中から見てたから、孤児院の子ども達が、ウィルソンのせいでひもじいおもいをしていたことも。
レンたちの世界でも、ああいう場所があるんだってびっくりしたし、レンがディーのお父様になってくれたのは、レンも小さいときにお父様やお母様をいなくなってしまったからなのかな。
なんだかしょんぼりした気持ちになる。
ディーにとって、お父様ができるのはとってもうれしいことだってわかるのに、なんでぼくはいっしょによろこんであげられないんだろう。
もやもやした気持ちをかくしながら、お話したり、ゲームをしたり。レンの国のお歌をおしえてもらったり。
そうしてしばらくして、レンは夢からさめてしまった。きっともうすぐ起きるんだろうな。
「もうすぐ朝なのね」
「そうだね」
レンが行ってしまうと、ディーはさびしそうな顔をして、ころりとしばふの上に横になった。ぼくも、ディーのとなりにねころがる。
ぼくらはこんなふうになってから、あんまり眠るってことがなくなってしまったけど、さいきんは、なんだか力が入らなくって、横になっていることがおおくなった気がする。
あのとってもきれいな女の人に、力をわけてもらってからはかなりマシになったけど。レンやカズマの夢におじゃましたあとは、なんだか力がぬけてしまうんだ。しばらくじっとしてたらげんきになるから、もしかすると夢におじゃまするのはつかれることなのかもしれない。
……これ、言ったらカズマもレンも、夢のなかにはこないように言うのかも。それはいやだなって思うから、ぼくもディーも、このことはふたりにはヒミツにしてるんだ。
「……ケイン」
「うん?」
ぼんやりしてたら、ディーがぼくをよんだ。
なぁに、ってきいたけど、ディーはだまってる。むししてるんじゃなくて、たぶん、何か言いたいけど、うまく言えないんだと思う。ディーはお母様もはやくに死んでしまって、おじいさまとおばあさまも、とてもいそがしくて、ずっとひとりでいたから、思ったことを言うのがへたくそなんだ。
「……まきこんで、ごめんなさい」
「またそれ?」
「うっ……」
「ぼくもあの人がお父さんなのはイヤだなって思ったから手伝ったんだよ。べつに、ディーのせいじゃない」
ディーにたのまれたから手伝ったのはほんとうだけど。
手伝うって決めたのはぼくだから、ディーだけ悪いんじゃないってずっと言ってるけど、ディーは何度もぼくにあやまる。
だからぼくは何度も、もういいよって言ってきた。
レンがお父様になってくれてからは言わなくなってたのになって思ったけど、今日はちょっといつもとはちがった。だっていつもは「でも」とか「だけど」って言ってたけど、今日はちょっとちがったんだ。
「……ありがとう。ケインがいっしょにいてくれてよかった」
かなしい顔じゃなかった。
さびしそうでもなかった。
ちょっとだけ、口のはしだけもちあげるみたいな笑い方でもなくって。
ふんわりとうれしそうに笑って、ディーはそう言った。
よかった。
笑ってくれた。
胸のあたりがあったかくなって、ほっとする。
よかった。
泣いてない。
よかった。
かなしい顔じゃない。
「ずっといっしょにいてくれる?」
「いるよ。ともだちなんだから」
「ともだち……。そう、そうね。ありがとう、ケイン」
ともだち、ともだち、と何度も繰り返して、ディーが笑う。
レンといるときの顔と、同じように。
なんだ、ぼくにもできるじゃないか。
ちゃんと笑わせてあげられたじゃないか。そう思ったら、あのもやもやがすぅっときえていくのをかんじた。
泣かないで、笑っていてよ。
そうしてくれたら、きっと。
ぼくもずっと、笑っていられるから。
三章はもふもふと子どもたちを……もっと出せるようにがんばります!
再会は五月末か六月頃予定です。
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