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14 空虚な晩餐



 グローリア辺境伯家の冬の別荘であるブランカ城は、山の麓から中腹にかけての斜面にそって建てられた立派な城だった。

 雰囲気としては、ノイシュヴァンシュタイン城にどこか似ている。要塞としての役割よりも、見目の美しさを優先させた城に見えるが、グローリア辺境伯家自体が随分武張った家であるためか、最低限の機能は備えているようだった。

 城の周辺には小さいながら堀もあり、跳ね橋がかけられている。


 ディアナ一行の馬車が到着するころには、すでにグラスベリー子爵もアルフィアス男爵も荷ほどきをすませて待ち構えていた。


 城のホールで堂々、まるでこの城の主であるとでもいうかのように出迎えられたときには、流石に僕らですら鼻白んだ程だ。


「遠路はるばる、ようこそいらっしゃしました。ディアナ様もケイン様も、こちらのブランカ城ははじめてでいらっしゃいますでしょう。お部屋を用意しておりますので、ゆっくりお休みくださいませ」

「……ありがとう存じます、グラスベリー子爵。お父様はまだおいでにはなっていないのですね」

「ええ、それが、雪で道が塞がれているようで、到着が一日遅れそうだと……。狩猟パーティーは二日開催する予定ですから、最終日にはきっと間に合うでしょう」

「ディアナ様、ケイン様、明日はよろしければ、私どもがこの周辺をご案内いたしますよ。近くに素晴らしく美しい景観の湖もあるのです」

「……それは、ありがとうございます」


 グラスベリー子爵とアルフィアス男爵はにこにこと笑顔を浮かべて言葉をかけてくるが、彼らの後ろに控える夫人らはいかにも面白くなさそうな顔つきだ。

 フレアローズ城でのディアナ専用浴場のことで揉めたのを引き摺っているのだろうか。そんな顔をするくらいなら、出迎えになど出ずに部屋に籠もっていればいいのに。


 夫人らの横にはラナが控えていて、スカートの裾をつまみ、頭を差上げている。会うのは半月以上ぶりだが、元気そうで何よりだ。


 ブランカ城は、白い石材を主に使った城で、雪山にそびえるだけになんとも寒々しい印象がある。分厚い石の壁には、いたるところに壁掛けがかけられ、すきま風を防いでいた。

 ディアナとケインの為に彼らが用意した部屋は、城の客間の中でも上等な部類の部屋だ。姉弟ということもあってか隣同士で、ディアナの部屋は使用人用の小部屋もついている。どちらの部屋にも、既に暖炉に火が入っていた。


「失礼いたします、お茶をお持ちいたしました」


 ひとまずディアナにあてがわれた部屋に、エリスが紅茶や茶菓子とともに、ラナからの報告書を運んできてくれた。冷えた身体を紅茶で体内から温めながら、まず大神警視が報告書に目を通す。次に僕にも渡されたそれに、急ぎ目を走らせた。


 それによると、本当にハンスがここへやってくるかは不明だが、少なくともグラスベリー子爵がハンスとしきりに連絡を取っていたのは間違いないようだ。シモンズさんたちが再雇用されたことは、ウィルソンからもハンスに報告させておいたが、グラスベリー子爵らからも情報を上げているのだろう。彼らは、城内でウィルソンの影響力が落ちていることに焦っているようだった。

 他には、フレアローズ城で古参の使用人達が口にしていた噂も記されていた。何でも、一部で僕らがブランカ城に向かうのを不安視する声があったらしい。

 それというのも、先代グローリア辺境伯夫妻が馬車の事故で亡くなる前日、ブランカ城に宿泊していたからだという。

 約半年前、夫妻は領内の視察で領境にある村まで訪れ、悪天候を数日ブランカ城でやり過ごした。そうして次の視察地である北部の街へ向かって出発した道中、事故に遭ったそうで……。祖父母が亡くなる直前に滞在した城にディアナを招くなんて、と、一部の使用人が不満を口にしていたのだとか。


 まあ、本物のディアナ嬢であったなら、確かに積極的にこの城へ来ようとは考えなかったかもしれないが……。しかし大神警視にとっては、そこは気にするべきところではないだろう。

 ひっかかるとしたら、別のところだ。


「……お祖父様とお祖母様が事故にあったのは、この城の近くなのですか?」

「あー、はい……。ここから馬車で、半日ほど行ったところですね」


 大神警視の問いに答えたのは、護衛として部屋の中までついてきていたロイだ。先代の頃から仕えているのは彼だけなので、自然とそうなってしまう。


「それほど危険な道なのですか? それとも、前日は別荘に宿泊していたのに、出発前の馬車の点検を怠っていたのでしょうか」

「すみません、俺もそれほど詳細を知っているわけではないのですが……。馬車の故障が原因ではないはずです。酷い雨の後で、土砂崩れに巻き込まれて、馬車ごと崖から……と、聞いてますが……」

「……ロイ、お祖父様は素晴らしい魔法の使い手だったと聞いています。突然の土砂崩れとはいえ、防御結界や、風魔法で落下の衝撃を和らげることもできなかったのでしょうか」

「それは……。……いや、できなくも、ない……ですね……」


 風魔法でものを浮かすこともできるし、土魔法の使い方次第では、土砂から身を守ることもできたのではないか。

 この世界では飛行魔法もまだ確立されていないが、それは恐らく、重力の概念がないせいだろう。風だけで安定的に飛行するのは魔力の消費が激しく、うまくいかないのだ。そのため、一時的に高いところに跳び上がるとか、一定時間ものを浮かせて移動させるくらいでしか使われていない。重い物や軍事物資を移動させるのに、主に使われている方法だ。

 塹壕作りに土魔法も多用されるから、瞬時に土壁を作ったり、穴を掘ったりといったことを得意とする警備兵もいたはずである。


 カールさんの話では、魔獣退治も自ら行っていたというアーネストが、馬車が崖から落ちたくらいで亡くなってしまったというのも……。彼が強い魔力を持った魔法使いであるという事実を踏まえると、どうにも怪しく思えてしまう。


 ロイもそれに思い至ったようで、どんどん顔色が悪くなっていった。


「お祖父様たちの事故の時、護衛についていたものたちは誰です?」

「それが……、お忍びの視察のため、少人数での護衛だったのですが、護衛騎士も皆土砂に流されたと……。土砂で埋もれてしまったため、行方不明のままのものもいるくらいで……」

「そうですか……。自然災害の前では、ひとにできることなど限りがありますからね。詮無いことを言いました」


 魔法で身を守ることもできないほど、大規模な土砂崩れだったのだろうか。

 僕らはつい、魔法があるならなんとかできたのでは? と思ってしまうが、自然の驚異の前では、魔法使いとはいえできることに限りはあるのかもしれない。


 いずれにしろ、当時の状況を知る生存者がいないというのであれば、真相も闇の中だ。……誰かの作為が働いていなければ、だが。


 以前から、大神警視はディアナの祖父母の死が人為的なものではないかと疑っているのではないか、と思ってはいたが……。これはもしかするともしかするかもしれないなぁ。今のところ、ただの事故のように見えるけれど、不自然な点がないでもないし。


 この身体を子ども達に返す、百目木を捕まえて元の世界に帰る。

 それらの目的にまったく関係のないことだけれど、わずかでも事件性を感じてしまうと調査せねばと思ってしまうのは、もう職業病のようなものなのかもしれない。


 いつ警視に調査指示されてもいいように、情報収集だけは進めておこう。




 ***




 ブランカ城滞在一日目の晩餐は、気分的には最悪なものだった。

 なんせ、まだ他の来賓は到着していないものだから、食堂ではグラスベリー子爵夫妻、アルフィアス男爵夫妻と大神警視と僕で食卓を囲むはめになったのだ。

 何ヶ月もフレアローズ城で暮らしていながら、彼らと顔を合わせて食事をするのはこれが初めてのことだ。


 エリスもロイも、食事は部屋に運ばせた方がいいのではないかと進言してきたのだが、大神警視は彼らと顔をつきあわせる方を選んだ。

 敵情を知るのに、直接会うのは必要なことだ。特に、警視が言うには「力関係や互いへ抱く感情の種類を知るには、直接顔を見て言葉を交わすのが最適」らしい。

 これはまさしくその通りだと、僕が納得するのに、この晩餐は十分すぎた。


「それでは、アルフィアス男爵はお父様の学院時代からのご友人で、夫人はお母様の侍女をなさっておいでだったのですね」

「ええ、そうなんですよ。ハンスとは親しくしておりましてね。これでも、学院では私の方が成績がよくて、ハンスの課題を手伝ってやったりもしてましたから。君がいなければ卒業できなかった、なんてよく言われたもんです。ま、そのおかげで妻との仲をとりもってもらえたのですよ」

「お義父様がおふたりの縁を結ばれたのですか。素敵ですね」

「うふふ、そうでしょう? セレスティア様にも、結婚祝いをたくさんいただいたのですよ。当時夫はまだ爵位を継いでいなかったのですが、少しでも生活が安定するようにと、この城の管理人という仕事も与えてくだすって」

「懐かしいな。もう四年も前のことですが……。おかげで私たち夫婦はこの城や周辺には詳しいのですよ。素晴らしい景勝地も多いですから、是非明日はご案内させてください」

「それは楽しみです」


 大神警視も僕も、できるだけ愛想良く受け答えをしていれば、アルフィアス男爵夫妻はどちらも笑顔でよく喋った。

 その笑顔が、夫婦どちらも別の意味で嫌な感じがあったのだが、それはグラスベリー子爵夫妻も大差ない。男爵夫妻が喋っている間、にやにやとどこか意地の悪い笑みを浮かべていたのだ。

 しかしそれらは、アルフィアス男爵夫妻が彼らに話を振ると霧散する。ぱっと表情を愛想笑いに変えて、楽しそうに会話に加わるのである。


「フランツと奥方の結婚も、ハンスが取り持ったようなものなのですよ。なぁ、フランツ」

「そうなんですよ。実をいうと、妻は兄と婚約する可能性があったんですがね。兄はグローリア辺境伯家へ婿養子に入ることになったものですから。おかげで私は、ずっと憧れていた愛しのチェルシーと結婚できたというわけです」

「まぁ、あなたったら」

「ははは。いや、あの時は、兄が神様のように輝いて見えたものですよ」


 響く笑い声の、なんと白々しいことか。


 ラナの定期報告でも、この四名は表面上は仲良くしているが、内実は一枚岩とはとは言えず、互いに含むところがありそうだ、とのことだったが……。どうやら、思っていた以上に関係は良くないようだ。

 それぞれの夫婦の関係も、どことなく空々しさがあるし、親しい友人だと言うわりに、グラスベリー子爵がアルフィアス男爵に向ける視線には侮蔑が籠もっている。逆もまた然り。

 ほんの二、三回会っただけの僕ですらそれを感じ取れるくらいだ。お互い相手の感情は察していることだろう。


 それでも表向きは仲良く笑い合っているのは、それだけ利害の一致する何かがある、ということになる。まぁ、普通に考えて、両者を繋いでいるのはハンス・グローリアなのは間違いないだろう。彼からもたらされる利益の為に結託しているとみていい……と、思うのだけれども。


 ……いくら僕らを幼児だと思っているからって、底が透けて見えすぎじゃないか?


 貴族って言うと、もっとこう、海千山千な魑魅魍魎ってイメージがあったんだけど、それこそ妹おすすめの漫画や小説に感化されすぎていたのかもしれない。


 表面上和やかな晩餐のあと、大神警視はロイに命じて、レイナードさんからもらった【でんでん伝言水晶・改】をひとつはフレアローズ城へ、もう一つは、北の山嶺のアルグレイ伯へと届けるよう早馬を出させた。


 春に大氾濫が起こる可能性を考え、少しでも両者との連絡を取りやすくするためだ。


 平和なエヴァローズ子爵領ならともかく、対魔獣最前線の北の山嶺には、子どもの身ではそうそう赴けない。

 少しでもはやく、アルグレイ伯とも直接コンタクトを取りたいが、その為にこの通信機に頼るのが一番確実だろう。


 ロイはただでさえ少ない護衛を減らすのを渋ったが、ハンスがグローリア辺境伯を名乗れるのも、ディアナとケインの父という立場にあるからだ。その恩恵を受けている彼らが、積極的に子ども達を害する理由もない。

 これまで放置してきたのが、急に接触を図ってきた目的は気になるところだが、物理的な危険についてはそう警戒することもないだろう。


 この時まで、僕はそう考えていた。


 それが甘かったのだと認識したのは、この翌日。




 ――吹雪吹きすさぶ雪山に、放り出されてからのことであった。




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