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12 狩猟パーティーへの招待状




 エヴァローズ子爵領にやってきて、はや一週間。

 街巡りから帰ってきた二日後にはエヴァローズ邸の蔵書から古い地図を見つけ出し、廃村になったというノルーン村の跡地にあたりをつけるところまではできたのだが、甜菜探しにでかけるのは春を待ってから、ということになってしまった。

 理由は単純。

 その地域は毎年かなり雪が降るので、迂闊に山に入っては危険すぎるのだ。それに雪に覆われていては自生している植物を見つけることなどできるはずもない。


 では春までどうするのか、というのが問題なのだが、エヴァローズ子爵はせっかくだし春まで滞在していくといいと言ってくれている。領内の諸々はシモンズさんに任せているので、フレアローズ城に急いで帰る必要があるかというと、そうでもない。

 ウィルソンのことはシモンズさんが、客人たちのことはラナが逐一報告してくれるからだ。奴隷商の引き渡しも無事に済んで、懸賞金も分割ではあるが支払われることが決まった。すでに一部はシモンズさんが受けとって預かってくれている。


「春に向けて、警備騎士団の再編成を進めているそうだ。ロックヒル氏が指揮をとっている。北の山嶺のアルグレイ伯とも連携を取らなくてはならないが、やはり連絡手段がネックになっているようだな」

「兵の数にも限りがありますからね。北の山嶺だけでなく、領都の近くでも魔獣が出ているということは、他の地域にも警戒が必要でしょうし」

「多方面に兵をさくとなると、……厳しいだろうな。魔獣の強さや数にもよって対処も変わる」


 談話室で、フレアローズ城から届いた複数の手紙を広げ、うーん、と唸る。警戒すべき場所が多く、しかし人員は限られる。相手の出方も戦力の情報も乏しく、そもそもコトが起こるかどうかもわからない。しかし起こってからでは遅いので、最大限警戒は必須。

 ――なんだかテロリスト相手にしてるみたいだなぁ。


「人間ならば、人員(ヒト)武器(モノ)資金(カネ)の動きである程度動向を探れるが、獣相手ではな。まったく、テロリスト相手よりやりにくい敵がいようとは」


 警視にとっては、テロリストより魔獣の方が面倒らしい。

 実際、動向が読めないというのは一番恐ろしいことだ。どうしたって、対応が後手に回らざるを得ない。


 基本的に、警察はいつでも後手ではあるのだが……なんせ、事件が起きないと動けないのが警察だからね。そんな警察の中で、事件が起こらないように動くのが我々公安であるので、公安部は考え方ややり方が他の警官とはかなり異なる。おかげさまで警察組織の嫌われものなのだが、それもまあ仕方のないことだ。


 話が逸れた。今問題なのは、大氾濫にどうそなえるか、だ。


 大氾濫――魔獣が大量に溢れ出し、人里を襲ってくることをいう。

 寒気が厳しい冬が数年続くと、冬眠から目覚めた魔獣らが雪崩を打つように押し寄せてくることがある。それを大氾濫と呼び、これが更に大規模になると、大災厄と呼ばれるようになる、そうだ。


 ゲームでは、ディアナが魔獣の女王とならない場合、この大災厄が発生し、それを皇国のレガリアである聖剣とヒロインの力で鎮めることになる。統率するものがいれば脅威は跳ね上がるので、大災厄の場合は被害の規模も劣るし、鎮める難易度も低いのだが……それはあくまで、ゲームの話だ。


 前にこの国で大氾濫が起こったのは二十年前。その当時はかなりの被害が出たらしい。


 それが今年の春に本当に起こるかは不明だが、領民どころか、近隣の領主、さらには領内を行き来する商人が不安視していることが問題だった。

 ここで何らかの手を打っていることをアピールしておかないと、万が一が起こったとき、グローリア辺境伯家の信用が毀損してしまう。ディアナ嬢とケインくんを何としても守らなくてはならない僕らにとって、グローリア辺境伯家の地位が陰るのは大問題だ。


「通信網の構築は、レイナードさんの通信機が量産できればなんとかなるだろうが……。移動手段が問題だな……」

「漫画によくあるような転移魔法が確立されていれば、どこにでも救援をだせるんですけどねぇ……」


 ヒトやモノを移動させる転移魔法。ファンタジーでは定番の魔法だが、残念なことにこの世界ではまだ研究段階で、大がかりな準備と大人数の術士を揃えても、近距離のモノの移動しか成功していない。転移できる質量にも限りがあり、安全性の不安からまだ生物での実験は行っていないそうだ。

 レイナードさんも研究中で、試験的に近距離ならば成功したという。それを改良した魔方陣を組むつもりでいたが、それは途中で放り出されている状態、らしい。魔導鉱石なんていう面白い素材を見つけてしまったので、今はそれに夢中だ、とセバスチャンさんが呆れ混じりに言っていた。


 遠距離移動も可能な転移魔方を完成させるほうが、レイナードさんの株がぐっとあがるのに、とぶつぶつつぶやいていたので、彼としては主人の業績が評価されていない現状が口惜しくあるのだろう。


 力関係はセバスチャンさんが上のように見えるが、なかなかどうして、彼なりにレイナードさんに忠勤しているようだった。


 なんて、僕がつらつらと考えている間、大神警視も黙考から戻ってきたようである。


「……やはり認めるしかあるまいな」

「え?」

 

 ぽそりとつぶやいた大神警視は、ひどく険しい表情をしていた。


「我々の世界にも、魔法や魔術は実在していたことは、もはや疑いようもないだろう」

「元の世界に、ですか?」

「実際、百目木(どうめき)真莉愛(まりあ)はこちらとあちらを繋いだ。我々がこうしてここにいるのがその証明だ。……これが、昏睡状態の我々が見ている夢でもなければ、だが」

「それは、まぁ……」


 僕らのいた世界に、魔法や魔術が実在していた、かぁ……。

 それは僕もうすうす察していたことであった。目の前にある問題に集中することで、ある意味現実逃避していたのだが……。

 つまりはまだ、心のどこかで現実を認めたくなかったのだ。


「ここに来てから、できるだけ魔法書の類いにも目を通してはいるが、長距離通信や長距離移動の魔法すら確立していない世界で、異世界への転移を可能にする技術があると思うか?」

「……思えませんね」

「最悪、あの女はこの世界の誰より優れた魔法使いである可能性を念頭に置く必要がある」

「我々が知らなかっただけで、我々の世界の魔法の方が優れていたってことですか?」

「それは解らない。比較しようがないからな。だが、こちらの魔法使いができないことを、百目木が為したことは事実だ。例え魂だけであったとしてもな」

「……はい」


 本当に認めたくない事実だ。

 せめてもの救いは、あの日、百目木はこちらの世界の人間が使う攻撃魔法のようなものは使ってこなかったことだろうか。大事な儀式の最中であったのだから、扱えたなら使っていたはずだ。


「あの教団は、教祖が神を降ろし託宣を告げる様を信者に見せつけていたな。召喚魔法はこちらにもあるようだが、百目木の魔法は降霊や召喚に特化していたという可能性も考えられる」

「それはそれで問題ですね。魔法に関する親和性は、きっとあの女の方が高いでしょうし、ヒロインの中に入っているなら、マリアベルの能力をフルに活かそうとしてくるでしょう」

「こちらも対抗できるだけの力を蓄えるしかないか。……レイナードさんの知識や発想は、我々にとって強力な武器となり得るだろう。できれば近くで勉強させてほしいものだが、マリアベルの捜索を優先するならここでは都合が悪いな」


 あちらを立てればこちらが立たない。諜報部隊を組織するにも、相応のカネと時間が必要だ。


「ではフレアローズに戻りますか?」

「……レイナードさんの通信機がある程度数が揃うまではここにいよう。それを融通して貰えれば、フレアローズに居ても彼と話すに不便も減る」

「そうですね、ではそのように……」


 そこまで方針を固めたところで、談話室の扉がノックされ、エリスが困惑した表情で入ってきた。手には、一通の封筒がある。


「ディアナ様、ケイン様。たった今、お二方にお手紙が届きました」

「手紙? 今朝も届いたのに……」


 もしや何か問題が起こって、早馬でも飛ばしたのだろうか。

 僕らはそう考えたのだが、盆の上にのせて渡されたその手紙は、シモンズさんやネルソンさんたちからのものではなく――……。


「グラスベリー子爵からです」


 実に胡散臭い相手からのものであった。





 ***




 その晩、僕の夢の訪問客はひとりではなかった。


「……ほんとうに、あのひとと会うの?」


 不安げな表情で、開口一番そう尋ねてきたのは、本物のディアナ嬢だ。

 姿は日中目にしているけれど、こうしてみるとやはり表情がまったく違う。なんというか、ディアナ嬢の方がずっと繊細そうというか、物憂げというか……。全体的に、はかなげな雰囲気があるのだ。

 もっとも、それは今のこの子の心境が反映されているせいもあるのだろうけれど。


「うーん、本当にハンスさんが狩猟パーティーに来るなら、会うことになるかな」

「そう……」


 しょんぼりとうつむくディアナ嬢と繋いでいた手を、ケインくんがぎゅっと強く握りしめた。気遣うような表情には、大きく心配だと書かれている。


 ケインくんが僕の夢にやってくるのは、これで通算四回目だけど、ディアナ嬢が一緒に来たのは初めてだ。ケインくんが言うには、同じ身体に宿っている相手の夢の方が入りやすく、更には大神警視が「受け入れて」くれたおかげで、ディアナ嬢は頻繁に警視に会いに行っていたそうなのだが……。


「珍しいね、君が僕のところに来るなんて。大神警視の夢に入れなかったのかい?」

「……お父様にあのひとのはなしなんてしたくないもの」

「そ、そうか……」


 うつむいたまま、ディアナはぽそぽそと理由を口にした。

 すっかり警視を父と慕うようになった幼女は、実の父親のことを話題に出すのも嫌らしい。

 ハンスに会う……かもしれない、ということになったのは、グラスベリー子爵からの手紙が原因だ。

 フレアローズ城を出発するときに話題に上げられた、狩猟パーティーの招待状が、ディアナ嬢とケインくんの連名で届けられたのである。


 場所は、エヴァローズ子爵領との領境となる白鷲山の、グローリア辺境伯領側の麓に建つブランカ城。グローリア辺境伯家の別荘で、開催日は二週間後だ。

 ハンス・グローリアも参加できることになったので、是非ディアナとケインにも来てほしいと記されていた。


 大神警視は少し考えた末、出席する旨返事をしたためたのだ。

 ハンスに会える機会があるなら、会っておいた方が良い。彼がどのような人となりで、何を考えて子ども達を放置しているのか。探れる機会を逃すわけにはいかないから。


 だけれど……。


「……会いたくない、かな?」

「だって……こわいお顔されるわ。いらない子だって、お父様の前でも言われたら、どうしよう……」

「ディー、レンは気にしないよ、絶対」

「で、でも……っ、親、にもいらないっていわれるくらい、つまんない子なの、ばれちゃう……」


 じわっとあふれた涙に、僕は慌てた。そうして同時に、腹の奥に怒りが灯る。


 ディアナが恐れているのは、実の父親に会うことではないのだ。

 血の繋がった()()()()()愛されなかったことを恥じ、その事実を大神警視に知られることを怖がっている。

 実の親にすら愛されない、取るに足らない存在なのだと、誰より自分がそう思っているから。


 怒りが面に出ないように、つとめて表情を柔らかくとどめて身をかがめる。

 しゃがみこんで、ディアナと視線を合わせれば、不安に揺れる群青が縋るようにこちらを見ていた。


「ディアナ、聞いてくれ。ハンスさんが何をどう言おうと、大神警視も僕も、君をつまらない子だなんて、思わないよ。君が要らないだなんて、そんなことは絶対にないんだ」

「でも……」

「絶対に大丈夫だ。不安に思ったことは、全部ちゃんと口にしていいんだよ。だってあの人は君の父親になるって自分で決めたんだから、君をないがしろにするようなことは絶対にしない」

「そうだよ! ディーは悪い方に考えすぎだってば」


 今この子に必要なのは、この子の言葉を否定することだ。

 そんなことはないと、言い聞かせる言葉。それから、背中を押して上げること。


「絶対に大丈夫だから。さぁ、警視のところにいっておいで。万が一あの人が君を傷つけるようなことを言ったら、僕が殴ってやるから」


 まあ、あり得ないことだけど。

 万が一があればその時は全力で頑張ろう。


 心からそう言ったのに、ディアナは少しの沈黙のあと、ちょっとだけ笑って言った。


「カズマじゃお父様にかなわないでしょ」


 うん、事実だけど、今はそういう客観的な事実はおいておいてほしかったな。

 僕の顔がよっぽど情けないものになったからか、ディアナはくすくす笑って、「ありがとう、いってくる」と姿を消した。


「ついていかなくよかったのかい?」

「うーん……。うん。今ついていったら、きっとまたもやもやするもん」

「なるほど、複雑だな」

「ふくざつだよぉ」


 むすっとしたケインくんの表情は、実に彼の心境を物語っていた。


 ディアナには元気でいてほしいし、哀しい顔をしてほしくないけれど、笑顔にするのが自分じゃないのはつまらない。

 でも、今のあの子に必要なのは「父親」の「無償の愛」だから、自分が何を言っても憂いを晴らしてあげられないと、聡い少年は知っているのだ。


「君はいい男になるよ」


 よしよし、と頭を撫でてやれば、ケインくんはふん、と薄い胸をそらした。


「そうだよ、レンもカズマもすぐぬかしてやるんだから」


 ああ。


 なんだろう、これが父性というものだろうか。

 僕も大神警視のことは言えず、いつのまにかこの子達の父親気分になっていたのかもしれない。妹の二葉を見守るような、あの感情に近いものをこの子達にも感じている。



 子ども達の健やかな成長を願いつつ、いずれ自分の手を離れる時を思うと寂しくなるのだから、親というのもなかなか勝手な生き物だ。




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