10 エドガールート粉砕?
さて、ここでエドガールートについて整理しておこう。
エドガー・サリバンは、攻略対象の中で唯一の平民だが、裕福さでは他の貴族たちにまったくひけを取らない。むしろ、そこらの貴族よりよっぽど富豪と言える。
父が皇国で一、二を争う大商会の会長で、行商から財をなし、一代で巨万の富を作り上げた商人だ。サリバン商会で扱う商品は、日用品から高級品まで幅広い。元は庶民を相手にしていたが、魔導鉱石を使った道具を多く扱っており、それが商会を皇国指折りに押し上げた最大の要因、だったはず。
しかしエドガーは、商人の父と折り合いが悪く家に対して反発している。幼少の頃、魔力の暴走で母に大怪我を負わせ、それをきっかけに、取引のあった貴族の家に預けられた。平民の中に、希にうまれる魔力持ち。その力が強ければ、魔法を使えない平民の親ではその子や周囲の安全を確保できない。だから、魔力の暴走がおこっても対処可能な貴族の家に預け、コントロールを習得させようとしたのだ。
しかし、そんな大人の苦肉の策は、幼いエドガーには届いておらず、彼は両親に捨てられたのだと思ってしまった。
預けられた貴族が発明家で、その縁で画期的な商品を開発し、サリバン商会は大きくなっていったから、余計に。貴族との縁作りのために、魔力持ちの自分を売ったのだ、と。すっかりひねくれた解釈をしてしまったエドガーに、それは違うと訴え、両親との仲を取り持ち和解させるのがヒロインである。
それまでは父への反発から、商売を厭っているような言動をしていたエドガーだったが、両親との和解後、自分の気持ちに素直になるようになり……。魔法学院を卒業したのちは、学院で作った上位貴族とのコネもフルに使い、ますますサリバン商会をもり立てていく。
そうしてやがて起きる「大災厄」と呼ばれる魔獣達の大量発生では、サリバン商会の財力と最新魔導具の力でヒロインをサポートし苦難を乗り切るのだ。
この時の功績を認められ、エドガーは貴族の爵位を得て、ふたりは幸せに暮らしました……というハッピーエンド、だったはず。バットエンドはなんだっけ。両親と不和のまま学院を卒業したエドガーは、商人になんてなるものかと別の道にすすんで、挫折して、こんなんじゃヒロインを幸せになどできないと姿を消す……だったかな。
うん、まあそのあたり、今は現在必要な情報ではないので置いておこう。
重要なのは、エドガーくんは魔力があるがゆえに、親に捨てられたと思い込んでいる、ということだ。
「おっ、オレ、オレがヘンだから……っ。父ちゃんはオレをすてたんだ……っ。し、しんせきでもなんでもない、たにんの家においてったんだ……っ」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、エドガーくんが話してくれた内容は、おおよそゲームの中のエドガーの生い立ちと同じものだった。
ちらっとエドガーくん越しに大神警視と視線を交わす。
――間違いないな。
――ええ、間違いないです。
唇の動きだけで確認しあい、数秒の沈黙。
さて、どうしたものか。シナリオに沿うならば、ここでは何もせずスルーして、いずれヒロインが親子の仲を修復するのを待つべきなのだろう。とはいえ、ヒロインにあの女が憑依している可能性が高い現状、僕らとしてはシナリオ通りにことを運ばせる気は全くない。
そもそも、将来このいたいけな少年があの恐ろしい女の毒牙にかかる可能性があると知って、放置などできようか。それでなくとも、両親の愛を疑って泣いている子供だぞ。
「……あなたがここに預けられたのはいつから?」
「……っ、ひっく、あ、秋の始め……」
「お父様があなたに会いに来たのは、これで何回目ですか?」
「え? えっと……三回、目……」
僕がちょっと遠い目になって、いろいろと考えている間に、大神警視はさくっとサリバン親子の仲裁に入ることを決めてしまったらしい。
いつもの僕への態度からしたら別人かと思うレベルで優し気な声で、エドガーくんに問いかける。
秋のはじめということは、大麦月か枯草月頃かな。それで、今は雪月半ば。半年未満の間に、三回会いに来たということになる。
日本人的感覚では少ないと思いそうなところだけど、この世界の交通事情を考えれば、驚異的な回数と言ってもいいのではないだろうか。だって、エヴァローズ子爵領への道中、サリバンさんは、皇都に本店を構えていて、住居もそちらにあると話していたのだから。
「すごく足繁く通ってくれてるじゃない。捨てられたなんて言ったら、お父さん可哀想だよ」
「うっ、え? で、でも……っ!」
「そうですね。数年まったく領地に帰って来ず、祖父母の葬儀でようやく一時帰ってきたかと思ったら、ひとりでさっさと皇都に戻った我が家の父とは大違いです」
「えっ……」
恐らくディアナ嬢から聞いたのだろう、ハンスの所行を大神警視が淡々と口にすれば、エドガーくんはどん引きした。涙すらひっこんでいる。
「両親の婚礼時に描かれた肖像画がなかったら、父の顔など忘れていたでしょうね」
「そうですねぇ。僕も養子として辺境伯家に連れてこられた時に一度会ったきりなので、そのうち顔忘れそうです」
……と、言っていたのはケインくんである。
「えっ、え? お、おじょうさまたちの父ちゃん、家に帰ってこねぇの?」
「ええ、手紙も一度も受けとったことありませんね」
「て、手紙も!?」
更にどん引きされてしまった。
聞けば、エドガーくんの元には、二週間に一度、両親からの手紙が届くそうだ。
怪我をさせてしまった母親からも、もう大丈夫だから気にしないで、と書いてくれていて。だけどエドガーくんは、それらの手紙に返事を書くことができずにいたという。
最初は、知らない家に置いていかれたことがショックで、ふてくされていて。
だんだん、本当は家族にはとっくに嫌われていて、義務感で手紙を送ってきているのではないかと思い初めてしまって。そんなわけないと思いたいのに、不安ばかり増していって怖くなってしまったのだ、と。
「だって、父ちゃんは仕事のついでに会いに来てるだけだし、母ちゃんは来て……くれないしっ……」
「仕事のついでにしたって、冬の旅は危険なのに、会いに来てくれたんだろう?」
「……? ちょっと待って。もしかして、どうしてお父様があなたをレイナード大叔父様に預けたのか、聞いていないんですか?」
「いや、それは流石に……」
「……知らねぇよ、そんなん」
「ええっ!?」
てっきり聞いているものだと思っていたが、まさかの知らない、とは。
いや、待て待て。単に、本当は知ってるけど、拗ねて知らないと言っているのではないか?
「……魔力って、ほんとうはオキゾクサマしかもってないって、みんなゆってた……。オレは父ちゃんのこどもじゃねーんじゃねーかって……。だからここにおいていかれたんだ……」
あ、これ本当に知らないやつだ。
「……私たちがそんなわけがない、と言うのは簡単です。でもそれでは、あなたも納得できないでしょうね」
ふう、とひとつ溜息をついて、大神警視はエドガーくんの手を取って立ち上がった。
「ど、どこいくんだよ……」
「聞きに行くんですよ、あなたのお父様に」
「えっ」
「どうしてあなたを置いて行ったのか。あなたからでは聞きにくいのなら、私が代わりに聞いてあげます」
「で、でも……」
「大丈夫だよ。怪我の手当もせずに君のことを追いかけようとしてたお父さんが、君を捨てたりするわけないだろ」
強張る背中を押して、宥めすかしながら屋敷へと向かう。フレアローズよりも北に位置するくらいだから、まだまだ雪深い。部屋着のままの僕らの身体は、すっかり冷え切っている。エドガーくんは僕らよりも薄着なくらいだから、このまま外にいたら風邪をひいてしまうだろう。
そういう理由もあって、これ以上外で話し込むのはよろしくない。
この親子の問題は、きちんと面と向かって話し合えば解決するはずのものだ。だから怖がるエドガーくんには申し訳ないけど、少々強引に引き合わせることにした。家庭内不和は、他人が立ち入るのはなかなかむずかしい部類であるが、あの父親ならば問題ないだろう。
――と、いう僕の期待は、裏切られることはなかった。
「エドガー! 大丈夫か、怪我はなかったか?」
城館に戻るや、右手に包帯を巻いたサリバンさんが駆け寄って、エドガーくんを抱きしめた。そうしてエドガーくんの手をとり、あちこち確認する。
そんな父親の、心底心配していました、という表情に当惑するエドガーくん。
「だ、だいじょうぶ……。えっと……父ちゃん、手……」
「ああ、このくらいなんともないよ。少しばちっとしただけさ。母ちゃんだってもうすっかり元気になってるんだ。気にしなくていいって何度も言っただろう?」
「で、でも……」
「大丈夫だ、エドガー。お前はまだ六歳で杖も持てないから、魔力のコントロールがうまくできなくっても仕方ないんだ。ゆっくり、エヴァローズ子爵に教えて貰えばいいんだよ」
「え……?」
「子爵が、杖が持てるようになれば、もっと安定して力を逃がすことができるようになるって言っていたんだ。なぁに、心配するな! お前が十歳になる頃には、父ちゃんがどんな貴族様にも負けないような、立派な杖を買ってやるからな!」
息子の両肩にしっかりと掴み、若い父親はにっかりと笑う。お前は魔法学院に行くことになるから、今からちゃんと学費も貯めてるんだぞ、と自慢げに言うサリバンさんに、エドガーくんは大きな目がこぼれそうなほど見開いて、固まっていた。
「うっ……、うわぁぁああぁんっ」
「え、エドガー!? どうしたんだ!?」
やがて溢れる涙を堪えることもできなくなり、わんわんと泣き出してしまったエドガーくんに、サリバンさんは大いに狼狽えた。
親子の間のすれ違いが無事修正されたのは、たっぷり三十分は泣き声が響いたあとのことだった。
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