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9 ふたりめの攻略対象者




 初日にあまり動き回るのも目立つだろうからと、大人しく夕食を食べたあとは、借りた研究書を客室に持ち込み、満足するまで読書にいそしんでから、日課をこなして就寝。


 翌朝は陽が昇る頃に起き出して、身支度を調えてから運動着にしている簡素な服で外に出る。前日に決めておいたとおり、城館の中庭で同じく男の子の簡素な服を着た大神警視と合流。まずはジョギングを兼ねて、城館内の建物の配置、出入り口の確認をしていく。

 合間に、既に仕事を始めている使用人たちに挨拶し、時に世間話をかねて情報収集。


 ふむふむ、エヴァローズ子爵レイナードさんは、使用人にも変人だと思われているが、貴族なのに偉ぶらない、ちょっと変わってるけど良い領主だと認識されているようだ。

 変なモノの話を延々されるから、うるさかったら逃げるんだよ、という助言にはつい笑ってしまったが。


 一通り走って身体を温めたあとは、土の軟らかそうな中庭の芝生の上で、大神警視と軽く手合わせをする。これは大神警視がウィルソンを支配下に置いた翌日からの日課だ。ディアナ嬢とケインくんの身体にも、最低限の護身術はとっさに出てくるくらいまで覚えさせたい、という考えから始めたのだけど……。

 さすがはラスボス令嬢と攻略対象者と言うべきか。中身が逮捕術を含め武道に精通した僕らだというのを差し引いても、身体が動きを覚えるのが速かった。

 たった一週間の鍛錬で、大神警視はディアナ嬢の身体での立ち回りに慣れてしまって、ネルソンさんもロックヒルさんも大層驚いていたものだ。


「……っわ」


 朝の鍛錬を見た騎士団長たちの愕然とした顔を思い出していたせいで、一瞬反応が遅れた。小さな手が僕の襟首を掴んだかと思ったら、足を払われあっという間に芝生に転がされる。とっさに受け身を取ったから怪我はないが、今のはあっさり投げられすぎだ。


「集中!」

「すみませんっ!」


 いけない。手合わせ中によそ事を考えるのは相手にも失礼だ。

 すぐさま起き上がって、今度は自分から仕掛ける。

 柔道だけでなく、打突もありの徒手格闘だ。間合いに踏み込み、拳を繰り出す。片腕でそらされ、開いた胴に膝が打ち込まれてきたのを、反対の掌でガード。後ろに飛んで距離を取り、着地した左足を軸に中段回し蹴り。は、身を低くして避けられた。大きな攻撃のあとは隙が出やすい。

 低い位置から弾丸のように跳び上がってきた大神警視に脇腹蹴られ――って、重っ!? とっさに脇腹のあたりに壁を作るイメージで魔力を集めたけど、それも……うん。ふっとんだよ、見事に。


 ずざーっと芝生の草を巻き上げ、ケイン君の身体がころころ転がる。魔力を巡らせて身体強化してなかったら、怪我をしてしまっていたかもしれない。


「……しまった。怪我はないか?」

「な、ないです……多分。というか、なんですか、今の。身体強化しててもすごい衝撃だったんですけど!?」

「あぁ……。すまない。ちょっと思いついて、蹴り足に魔力を大目に巡らせてみたんだが……」

「えっ、こわっ……。身体強化してなかったら内臓破裂してたかもしれないじゃないですか……」


 そういうこと試すなら事前に言ってくれ……!

 僕の切実な叫びに、大神警視は神妙に謝罪した。僕が本来の身体だったら、このくらい避けろとか防げとか言われたかも知れないが、今は互いに他人の子どもの身体である。やり過ぎは厳禁。お互いに怪我をしない・させないをモットーにやっているため、僕の抗議は正当だ。


 あやうくケインくんに怪我をさせかねなかったということで、大神警視からは詫びに今日のデザートを譲って貰うことになった。甘い物は正義だ。特にこのエヴァローズ子爵邸では、メイプルシロップをふんだんに使ったデザートが饗されるので、昨日から食事が楽しみの一つになっているのだから。


 さて、それでは続きを……と思ったところで、城館から飛び出してきたロイにものすごい形相で怒鳴られた。


「あっ! やっぱりこんなとこにいた!! てかマジでヒト様の家に来てまでやってんすか、それ!?」


 僕らの鍛錬に、騎士達もメイドたちもあまりいい顔をしない。ロイは基本的に放置してくれるけど、まさか旅先でまでやるとは思っていなかったようだ。しかし日課は毎日やるから日課と言うのである。


「ロイ、ちょうど良かった。あなたも付き合ってください」

「しませんよ! 冗談言わんでくださいっ! エリスちゃんがもうすぐ朝食の時間なのに、お嬢様達がいないって真っ青になって探してたんですからね」

「えっ、もうそんな時間!?」


 ロイの言葉に、僕は慌てて起き上がり、芝生まみれになっているのを手で払う。流石にこんな格好で朝食の席には行けないよな、汗もかいたし。

 不機嫌なロイにせっつかれ、僕らは急ぎ足で客室に戻り、エリスの小言を聞きながら汗を拭いて令嬢、令息らしい格好へと着替えた。


 朝食の席では、眠そうな顔のレイナードさんが待っていて、豊穣の女神に感謝の祈りを捧げて食事を始める。この祈りの作法、する家としない家があるけど、まあやったほうが文化的な人間と見なされるそうで、マナーの教本にはきちんと祈りの文言まで載っていた。

 テーブルマナーは気にしなくていいと言われてはいるが、レイナードさんには僕らの中身が成人男性であることはとっくに伝えているので、下手な作法は見せられない。


「今日はふたりは、どうするんだい? 街を歩くなら、案内をつけるけど」

「そうですね……。午後には街を見て歩きたいと思います。午前中は、もう少しレイナード大叔父様の蔵書を拝見させていただいても?」

「もちろんだとも」


 と、いうわけで、午前中は城館内で、午後は街での情報収集だ。


 甜菜を探して、砂糖栽培を画策していることは、まだレイナードさんにも話していない。秘密にしているというよりも、話すタイミングを逃しただけだが。抽出作業で協力を依頼するとか言っていたし、そのうち大神警視から切り出すだろう。


 レイナードさんは、昨夜完成した新しい設計図を元に、でんでん伝言水晶の改良版を作成するとのこと。なので、僕らは借りた書籍を持って、暖炉のある談話室で午前中を過ごすことにした。

 エリスは僕らの借りている客間を掃除したり、たまにお茶を淹れに来てくれたりして、ロイは護衛騎士たちと訓練をおこなったり、とそれぞれ過ごしている。


 一時間ほど集中して本を読み、ちょっと喉に乾きを覚えたところで、僕らは一旦休憩することにした。エリスを呼ぶことはせずに厨房へと向かう。

 せっかくなので、この城館で食を預かる料理長に甜菜について何か知らないか聞きたかったのだ。


 しかし、談話室を出て階下に降りると、妙に玄関のあたりが騒がしい。


「あれは……。エドガーくんか」

「そうですね。あれ、サリバンさん?」


 玄関先で、エドガーくんと何やら揉めているのは……。サリバン商会の会長、チャールズ・サリバン氏だった。

 サリバンさんがどこか固い表情で何か話しかけているが、エドガーくんは帰れとしきりに声を張り上げている。


「エドガー、落ち着いて、話を……」

「うるさいっ! 帰れよ! オレのことすてたくせにっ!!」

「エドガー! っう、」


 サリバンさんが伸ばした手は、しかしエドガーくんに届く前に弾かれた。

 ぶわりとエドガーくんの全身を包むようにふくれあがった魔力が、サリバンさんの手を弾いたのだ。

 痛みに顔を歪め、サリバンさんは小さくうめく。その様に、エドガーくんはびくりと怯えた表情になって外へと飛び出した。


「エドガー! 待ってくれ……!」

「サリバンさん、血が!」


 エドガーくんを追いかけようとするも、サリバンさんの手は血で真っ赤だ。構わず追いかけようとする彼を、引き留めれば、僕らがいるとは思っていなかったのか、サリバンさんは驚いて眼を丸くした。


「これは……。ケイン様、ディアナ様……。こちらにご滞在だったのですね。お恥ずかしいところをお見せして……」

「言ってる場合ですか。すぐに手当をしないと」


 僕が声を張り上げてひとを呼べば、メイドがひとり、慌てて駆け寄ってきてくれた。

 怪我人がいること、手当を頼みたいことを説明している間も、サリバンさんはエドガーくんを追いかけようと手当を渋っていた。


「いえ、このくらい……」

「あの子は私たちが連れて戻りますから。あなたはきちんと手当を受けてください。自分のせいで酷い怪我をさせたと思えば、気に病むのはあの子のほうでしょう」


 ぴしゃりと大神警視に指摘され、弱り切った情けない顔で、サリバンさんはお願いします、と頭を下げた。

 それを尻目に、僕たちは玄関を出て、エドガーくんを探す。


 地の利はエドガー少年にあるとはいえ、こちとら捜索はお手の物の警察官だ。子ども隠れそうな場所はある程度予想がつくので、割合すぐに、エドガーくんを見つけることができた。

 庭師に綺麗に整えられた、中庭の隅。木登りにちょうどよさそうなでっぱりのたくさんある大木の根元に、ちょこんと膝を抱えて座り込んでいたエドガーくんは、まだ僕らに気付いていない。気配を殺してぎりぎりまで近づき、逃げられないように僕と大神警視で左右を挟む。


 ぐすん、と鼻を啜る少年に、そっとハンカチを差し出せば、僕らに気付いていなかったエドガーくんはぎょっとして少しお尻を浮かした。


「うわっ」

「……そんなに驚かなくても」

「な、なんで……っ! あっ……」


 受けとってもらえていないハンカチはまだ僕の手の中だ。泣いているのを見られたと気付き、エドガーくんは慌てて涙を袖で拭おうとする。そんなに乱暴に擦ったら、眼が赤く腫れ上がってしまうだろう。


「やめなさい。肌が傷みますよ」

「は、はなせよっ」


 大神警視がエドガーくんの腕を掴んで顔から引き離せば、少年は見る間に真っ赤になってへにょりと眉を下げ、唇を噛んでうつむいてしまう。実に気の毒な様子に、憐れみをおぼえつつ、エドガーくんの手にハンカチを握らせれば、突き返されることはなかった。

 しかしそれで顔を拭うでもなく、手の中で弄ぶ。ぶつぶつと「こんなじょうとうなの……」とか文句を言っていたけれど、無視してエドガーくんの様子を観察。


「怪我はなさそうだね。良かった」


 初級魔法書で、魔力が暴走すると、周囲や自分の怪我にも繋がるから、心を落ち着けること、怒り任せに力を使ってはいけない、という注意文があったくらいだ。魔力はどうやら、感情が高ぶることで暴走することもあるらしく、高位貴族の家では子守は基本的に魔法の使える下級貴族の家から雇うものだ。要するにストッパー。使用人を多く雇えない下級貴族の家では、両親……主に母親がその役を担うという。


 ……と、いうこれらの情報と、先ほどの魔力のプチ暴走。それからこの少年の名前と、サリバンさんとのやりとりを見て。

 辿り着く結論はひとつ。


 この少年は、「皇国のレガリア」の攻略対象のひとり。平民出身ながら、強い魔力を持ち魔法学院に入学した、皇国でも指折りの大商会の息子――エドガー・サリバンだ。





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