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7 天才発明家レイナード・エヴァローズ




 応接間の扉を蹴破ったのは、ディアナ嬢やケインくんと同じくらいの年頃の少年だった。

 亜麻色の髪に、琥珀色の瞳。まろい頰も、衣服もずいぶん埃っぽく、シャツにいたってはところどころ焦げている。きりっとつり上がった眉に反して、目元は柔らかく垂れていた。

 そのせいか、怒っているのは間違いなのに、なんとなく愛らしく見える。


 こう、こんなことを言ったら余計怒り出しそうだけど、可愛らしいポメラニアンがキャンキャン吠えているような、そんな風に見えるのだ。

 子どもながらに顔立ちが整っているから、余計そう感じるのかもしれない。


「こら、エド。お客様がいらしてるのに、なんだねその態度は」

「はぁ!? のんきにお茶なんてしてるとおもったら、アンタに客だって!? どうせまたとなりのジジババがもんく言いにきたんだ……ろ……」


 エヴァローズ子爵に窘められてもどこ吹く風であった少年だが、子爵の正面に座る僕らに気付いて、見るからにトーンダウンした。表情には、あからさまに「しまった」と書かれている。

 どうやら本当に客が来ているとは思っていなかったらしい。大神警視も僕も、旅の間は商家の子どものような格好をしていたけれど、今日はエヴァローズ子爵邸に到着する予定であったから、きちんと貴族の子女らしい格好をしている。対して、衣類から推察するに、少年は平民だろう。


 子どもとはいえ、客の前で当主を罵倒したのだ。折檻ですめばいいけれど、もし使用人なら紹介状も持たされず解雇でも文句は言えないし、そもそも当主の人柄によっては不敬罪に問われてもおかしくない。

 ……まあ、この短い時間でエヴァローズ子爵が使用人に罵倒されても気にしない質であるというのはよくわかってはいるけれど。


「ディアナ、ケイン。すまないね。この子はエドガー。事情があってうちで預かっているんだ。エド。この子達はワシの兄の孫で、今日からしばらくうちに滞在することになっている。ご挨拶なさい」

「……どうも」


 バツが悪そうにもごもごとそれだけつぶやいて、エドガーくんはそっぽを向いた。

 初対面の相手にする態度としてあまり褒められたものではないが、人見知りの子どもならこんなものだろう。


「はじめまして、ディアナ・グレイス・グローリアです。しばらくこちらにお世話になる予定ですから、どうぞよろしく」

「ケイン・グローリアです。よろしくね、エドガーくん」


 子ども相手にあまりかしこまった挨拶ではかえって壁をつくりかねない。貴族としての体面を損ねない程度にフランクに自己紹介をしたら、エドガーくんはなぜかぎょっとした顔になった。それから首が痛くならないか心配になるほどの勢いでエヴァローズ子爵を見上げるや、なんとも言えない顔になる。


 何か納得したような、しかねるような、複雑怪奇な感情が伝わってくるようだ。


 うん? 今、ぽそっとこの爺にして……とか聞こえたような?


「そういえば、レイナード大叔父様。珍しい鉱石を発見されたとおっしゃっておりましたが、どのようなものなのですか?」

「おっ、興味があるかね!?」

「ええ。料理長のカールから大叔父様のお話をお聞きしてから、是非どのような研究をされているのかお尋ねしたいと思っていたのです」

「おぉ……!!」

「えっ!?」


 少年の微妙な反応を見て、話題を変えようと思ったのだろうか。大神警視が話を切り出すや、エヴァローズ子爵は表情いっぱいに喜色を浮かべ、エドガー少年は純粋に驚いた顔をした。それからどうしてか、心配そうにおろおろとしだす。


「そうかそうか、君たちはワシの研究に興味があるのか。それじゃあさっそく研究室に」

「ちょっとまったジィさん!!」


 いそいそと立ち上がり、僕らを研究室へ案内しようとしたエヴァローズ子爵を止めたのは、やはりエドガーくんだ。


「あの部屋、今はすすとかはへんだらけでめちゃくちゃだろうが! そんなきれいなべべ着た子たちいれるきかよっ! せっけーしつにいけ、せっけーしつに!」

「これ、エド、お前はどこに行くんだね」

「そうじのつづきだよ!」


 びしっと城館の上の階を指さしてそう怒鳴るや、荒い足取りで応接間を出て行くエドガーくんは、相変わらずぷんぷん怒っていたけれど……。これは多分、客である僕らの相手を優先させようとしてくれてるんだよな?


 素直になれないお年頃というか、ちょっとはやい反抗期なのだろうか。つんけんしているけれど、本来は気遣いのできる聡い子なのだろう。


「……良い子ですね」

「そうだろう、そうだろう。事情があってちょいと世を拗ねておるが、心根の優しい子だよ」


 僕のつぶやきを拾って、エヴァローズ子爵はにっこりと笑った。


 ……それにしても、エドガーって。

 攻略対象者のひとりと同じ名前だけど、まさか……なぁ。

 エドガーの外見特徴ってどんなだっけ。エドガールートは、僕は一緒に見てなかったから、妹が語っているのを聞いただけなんだよなぁ。


 こんなことなら、いっそ全ルート一緒にプレイしておくんだった。なんて、今更の話だけれども。




 ***




 エヴァローズ子爵の設計室は、城館の二階にあった。元々はただの書斎だったのだが、図面を引くための大きな作業台やら道具を揃えているうちに、いつの間にか使用人の間でもそう呼ばれるようになったのだとか。


 グローリア辺境伯家の図書室の半分もない広さだが、扉を除いて四方が本棚で埋まっており、通風のための窓はあるが、本を悪くしないようにか陽は射さないよう計算されているようだ。カウチソファーや木製の椅子の上にも書籍が積み重なっていた。

 部屋の中央にすえられた大きな作業台の足下には、書き損じなのか、ぐしゃぐしゃに丸められた紙がいくつも転がっている。作業台の上には、僕には何がなにやら良くわからない図面が何枚も散らばっていた。


「こ、これは……!」


 紙は高級品であるのに、随分贅沢に使うものだ。さすが貴族様だなぁ、なんて変なところで感心していたら、作業台の上の図面を精一杯背伸びしてのぞき込んでいた大神警視が驚きの声を上げた。


「上下水道の設計図!?」

「えっ!?」


 なんだって!?


 僕も一緒になってその図面をのぞき込もうとすると、エヴァローズ子爵は得意満面で椅子を二つ、作業台のまわりに持ってきたくれたので、行儀は悪いが椅子の上に昇った。踏み台がないと机の上のものもろくに見えないのだから、子どもの身体というは本当に不便だ。


「よく一目で気付いたね。さすが渡界人というべきなのかな」

「街全体の上下水道の設計図と、こちらは……この屋敷の水道の配管図ですね?」

「うん、大ガロリア帝国時代の技術を改良してみたんだよ。とはいえ、この城館だけでなく、そもそも街中の地下工事をしないといけないわけだから、実際にやろうと思うと費用がねぇ……」

「ああ……。とても大がかりな土木工事が必要になりますからね……」

「そうなんだよぉ~。うちの領地も、貧乏なわけじゃないけど、裕福かといわれるとそうでもないからねぇ」


 設計図を作ったはいいが、着手するには予算が組めず見送りになっている、ということか。苦笑して肩を竦めたエヴァローズ子爵だったが、すぐに表情を明るいものに切り替えて、いそいそと懐から何か引っ張り出した。


「ふふふ、その設計図にすぐ眼を着けた君たちなら、きっとこの発明の真価もわかってくれることだろう! じゃっじゃーん!! 名付けて! でんでん伝言水晶~~!!」


 てってれーん♪


 ……はっ!? 

 今、何か軽快な電子音の幻聴が聞こえたような!?

 一瞬僕の意識も飛んだような気がするぞ??


「コレはつい先日試作品ができたんだけどね、はい、レンくんこの水晶持ってね。で、ちょっとまっててくれるかい」


 そう言うや、エヴァローズ子爵は懐から取り出した、通称でんでん虫――かたつむりを象った水晶を大神警視に渡した。大きさは、大人の掌にすっぽりおさまるくらい。ディアナの小さな手だと両手で抱えなくてはならない。

 ……え? こんな厚みもあってわりと大きいもの、あのひとどうやって懐に入れてたんだ?


 僕が疑問を尋ねる間もなく、エヴァローズ子爵は小走りで設計室から出ていってしまった。


「えっ」

「水晶が光った?」

「まさか……」

『……、……おーい、聞こえるかーい?』

「「っ!?」」


 水晶が光ったかと思えば、かたつむりの頭のあたりから、エヴァローズ子爵の声が聞こえてきたのだ。


「エヴァローズ子爵、これは……まさか……」

『おぉ! よしよし、三回目の試運転成功したぞい!』


 上機嫌な声だけでなく、パタパタと軽い足音がして、子爵が設計室に戻ってきた。彼の手にも、透明なカタツムリ型の水晶が握られている。


「で、電話……?」

「デンワ? なんだね、それは」

「あ、えぇっと、僕らの世界に存在する、遠方にいる相手と通話ができる道具です……」

「ほぉ! なんと、異世界には既にでんでん伝言水晶が存在しおったか!?」


 得意満面な笑顔が一転、衝撃に沈む。なんとも、感情の起伏の激しい御仁だ。

 大神警視はそんな彼に、酷く緊迫した表情で「いいえ」と答えた。


「我々の世界で使われている技術とは、これはまるで異なるものです。レイナードさん、これはどの程度の距離まで、離れて使えるのでしょうか」

「うむ? 実際に試したのは、この街……メイルズの端から端までだが、理論上は大陸中どこでも使えるはずだね」

「た、大陸中!? あの、これは誰でも使える道具なんですか!?」

「いや、使う間微量ながら魔力を吸い取られてしまうから、魔力を持っている人間にしかあつかえんのだが、この番になっているでんでん伝言水晶の片割れ同士を持っておると、どんなに離れていても会話することが可能なのだよ」


 エッヘンと薄い胸をそらしてふんぞり返るエヴァローズ子爵に、僕はあんぐりと口をあけてしまった。カタツムリは雌雄同体なはずで、番なんてあったっけ? とかどうでも良いことが脳内で巡る。うん、本当どうでもいいな。


 いや、しかしこれ……。

 緻密で計算され尽くした上下水道の設計図といい、この通信器具といい……。このひと、このひと……!


「なんということだ……! あなたは天才だっ!」

「ほっ?」


 かすかすにふるえる指で、水晶のカタツムリをテーブルの上に置いて、大神警視は熱の籠もった眼差しをエヴァローズ子爵に向けた。ひょいと椅子の上から飛び降りて、がしっと子爵の手を両手で掴む。


「よもやあなたのような天賦の才を持つ発明家にお会いできようとは、まことに光栄に思います」

「お……? おぉ……!? そ、そうかなぁ?」

「もちろんです。あなたの発明は間違いなくこの世界を変える。常識を覆す世紀の発明と言っても、まったく過言でもありません!」

「そん、そんな……そ……そうかなぁ~~?」


 大神警視に真剣な眼差しで強く絶賛され、はじめは予想外の反応とばかりにきょとんとしていたエヴァローズ子爵は頰を紅潮させ声を上擦らせるほど喜んだ。


「そ、そそんなに言うならぁ? もっと見せてあげちゃおうかなぁ……。こ、これはまだ研究段階なんだけど……」


 そう言って、頼んでもいないのに次から次に彼が作った発明品を見せてくれる。

 照らした物の色を変化させるランプ、自動筆記羽ペン、十年後の姿を予想して映し出してくれる鏡、引っ張るといくらでも伸びるロープ等々……。


 いや、正直何に使うんですか、それ? というものばっかりだ。

 自動筆記羽ペンは一見便利にみえるが、インクの持たない羽ペンなだけあって、しょっちゅうインクを付け足したり、ペン先を削ったりする必要があって、そこは手動でどうにかしないといけないから……。ちょっと……そんなに便利かっていうと……。

 うん、鉛筆とか、万年筆でこれができたらとても楽ができるだろうけれど……!


 話に聞いているかぎり、エヴァローズ子爵の発明品で、完成しているものの九割はガラクタだ。ほとんど役に立たないし、それを持っててどうするの? と首を傾げたくなるようなものばかりだ。

 だけど残りの一割……でんでん伝言水晶は画期的な発明品だと言える。


 大神警視は熱心にエヴァローズ子爵の説明する発明品の話を聞き、時に質問した。それにいちいち大喜びする老人の様子を見るに、彼は発明品を褒められることがほとんどないのではないだろうか。

 まぁ、ないだろうなぁ……。


「なんて嬉しいことだ、こんなにもワシの発明を理解してくれる者がいたとは……! そうじゃ、レンくん、これを見てくれ。これが今、ワシが最も時間を割いて研究している鉱石なんだよ」


 歓喜のあまりつぶらな瞳を涙で潤ませ、エヴァローズ子爵が書棚の中段に設けられた引き出しから取り出してきたのは、子どもの握り拳程度の大きさのネオンブルーの石だった。


「これは……?」

「宝石ですか?」


 この設計室は、採光のための窓はない。そのため、昼間でも暗いため、部屋に入ったときからランプに灯りがつけられていた。

 その灯りを受けて、ネオンブルーの石がきらきらと輝いている。色合いは本当に美しい、緑がかった明るい青。

 まるでパライバトルマリンのようだ。


「フッフッフ! なんとこの石は魔力を貯めたり、逆に放出する特性があるのだ!!」

「……っ! それでは……!」

「そうとも。この石があれば、魔力がないものだって魔法を使えるようになるのだよ!!」


 興奮に上擦ったエヴァローズ子爵の声に、僕は……。僕らは悟った。


 魔導鉱石――その発見から始まる、魔導具の急速な発展。

 それはこの老人の、紛れもなくこの世界の歴史を変える発見であったのだ、と。





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