4 小さな恋のメロディ?
見覚えのある池の畔は、それもそのはず、フレアローズ城の庭の一角だ。ディアナ嬢とケインくんが魂替えの法を試みた場所だからか、あの子達と会うときは毎回この場所になるようだった。
聞けば、ケイン君とディアナ嬢は日中はうすぼんやり意識があったりなかったりで、僕らの視点で物事を見ているのだとか。だからこの一ヶ月と少しの間のこともおおよそ把握していて、夜はこの場所で合流しておしゃべりをしたり、一緒に遊んだり、眠ったりしているらしい。
池の畔に並んで腰を下ろしているが、以前のように僕と大神警視の夢が繋がっているわけではなく、この場にいるのは僕とケインくんだけだ。
あの時は、僕らが魔力を使いすぎたことにより潜在意識を保護する障壁も弱まっていたので、夢にお邪魔できたんだとか。同じ身体に宿っているのに、僕と、特に大神警視の意識は潜りにくいのだと拗ねたように言われてしまった。
この世界の人間じゃないからだろうか? 良くわからないが、そのせいで普段は話しかけることができないのだとか。
では、なんで今日僕と話ができているのかというと。
「とってもきれいなお姉さんがきたんだ。ぼくたちが弱ってるから少し力を分けてあげるって」
「綺麗なお姉さん?」
「うん。えっと、あと、レンとカズマに、マリアベル? をさがしてくれって伝えてって」「マリアベル嬢を……。そのお姉さんは何者なんだ?」
「お名前は教えてくれなかったけど、とっても強い力を持ってるひとだと思う。ほんとうは、かんしょう? しちゃいけないんだけど、とか言ってたんだ」
「そうか……」
干渉しちゃいけない。どういうことだろうか。
いや、それよりケインくんたちが弱ってるというのも問題だ。この子達に何が起きているのだろう。
「君はそれを伝えに来てくれたんだな。ディアナ嬢は一緒じゃないのかい?」
「ディーはレンのところ」
ん?
ぷくっとケインくんの頰が膨らんだ。とっても面白くなさそうだ。
「不機嫌だな、どうしたんだい?」
「……最初は僕も一緒だったんだけど……レンが、お父さんになってくれるって言ってたから」
「ああ、聞いていたのか」
ぽそぽそとケイン君が教えてくれたことには、まず二人揃って大神警視のところへ行ったそうだ。
ディアナ嬢が真っ先に確認したのは、「ほんとうにお父様になってくれるの?」だった。これに大神警視は是と答え、結果ディアナ嬢が大いに浮かれることになった。ここまでは、ケインくんも気にしてたことだったので良かったのだけれど……。
「ディーってば、レンにはすっごいデレッデレなんだよ! ぼくとはじめて会ったときとかすっごくつーんってしててさ。なんかこわそうな子だなぁって思ってたのに! ここに来てからぼくずっといっしょにいたのに、あんなふにゃふにゃ笑うの見たことないよ」
見てらんないと思って、僕のところに来た、とぷんすこしているケイン君に、僕は思わず顔が弛んでしまった。
「なんで笑うの!?」
「あ、いや、すまない。相手は父親なんだから、妬かなくてもいいんじゃないか?」
「やく?」
「あー……。大神警視にディアナ嬢を取られたみたいで面白くないんだろう?」
「おもしろく……? なのかな? よくわかんないけど、イヤだなって思った」
「そっかそっか。それは立派なヤキモチだな」
「ヤキモチ……」
言葉の意味がまだちゃんとわかっていないのか、咀嚼するようにオウム返しにつぶやくケイン君。その様子があまりに微笑ましくて、僕はまた笑ってしまう。
「君がディアナを大好きだってことだ」
「……っ!? なんで!?」
とっさに出るのが否定ではないあたり、本人も自覚していたのかもしれない。ぱあっと柔らかそうな子どもの頰が林檎のように赤くなる。
ゲームのなかでの印象では、どちらかというと斜に構えたところのある少年だったけれど、まだひねくれる前であるせいか、とても素直な子だ。これは大神警視にも気付かれているかもしれないなぁ。
それにしても、特殊な状況に陥っているせいか、ケインくんとディアナ嬢の仲が険悪になるどころか、初恋(推測)が芽生えるとは……。これはケインルートは発生しそうにないな。まあ、現状、ケインくんの中身が僕になってる時点でお察しだけど。
「ディ、ディーには言わないで……」
「言わない、言わない」
頰を真っ赤にしたまま、涙目で見上げてくる子どもがあんまり可愛らしくて、つい笑ってしまった。しかし、これ以上はいけない。からかい過ぎたら嫌われてしまう。
幼い恋心をつっつくのはやめて、この機会にケインくんに確認しておきたかったことを聞くことにする。
「ところで、ケインくん。もし良ければ、君の家族について教えてくれないかな」
「ぼくの家族?」
「うん。話しにくいことならいいんだ。けど、もし君の知り合いに会った時に、僕が相手を全く知らないと不自然に思われるだろうから」
「……そっか。そうだね。えっと、お父様とお母様と、弟がひとりいるよ。ぼくの魔力がとっても強いって、みっつくらいのときに、しゅくふくのぎで言われたから、ぼくはようしに出すことになるだろうってわかってたんだって。だから弟がうまれて、みんなとってもよろこんでた」
「……そうか」
家族について話すケインくんは、少し寂しそうだった。嫌悪感は感じないから、両親や弟を嫌っているわけではないだろう。もしかすると、早くから養子に出されることが決まっていたために、家の中で疎外感を感じることがあったのかもしれない。
それでなくとも、年の近い兄弟ができると、上の子は親を取られたような気持ちになって赤ちゃん返りしやすいというし……。
周囲が弟の誕生をことのほか喜んで、そうして時を置かずに自分はよその家に養子に出された、となると。
うん、それは寂しくもなるよなぁ。
「お父様は火の魔法がとくいで、お母様は風の魔法がとくいなんだって。ブランコをよく、風の魔法でゆらしてくれたんだ。弟はまだ赤ちゃんだから、おはなししたことなくって……。でもちっちゃくってやわらかくてかわいかったよ」
ケインくんの顔立ちは母親に似たが、髪の色は父親譲りだとか、弟は髪や目の色は母親譲りだとか、容姿の特徴も教えてくれる。
実家にいたころは、祝福の儀の後から魔力を練る訓練がはじまったそうだ。祝福の儀というのは、赤子が三つまで生き延びたことを神殿に報告し感謝を捧げ、神官に祝福してもらう晴れの日で、このとき魔力の多寡も鑑定してもらうのだとか。
「十にならないと杖を持っちゃだめだから、ふつうは魔法のべんきょうは十になってからするんだ。でも、お父様が、ほんけのようしになるなら、いまのうちからできることはくんれんしておいたほうがいいって。ぼくがしょうらい、かたみのせまい? 思いをしないようにっていってた」
「そうか。君のお父様は、君のことを心配していたんだな」
初級魔法書によれば、まず自分の魔力の質、流れを知ることが重要で、これを感じ取れない限り魔法は使えない。体内で巡る魔力を練りあげることで、魔力回路ができあがる。この回路が太ければ太いほど、より強力な魔法を扱えるようになるのだ。
そうして、この回路を太くするには、魔力を練り続けるしかない。つまりは基礎訓練こそが重要なのである。
それならば、呼吸をするように常時魔力を練り続ければ、より魔力回路の発達に繋がるのではないか? という予測を大神警視が立て、僕らはそれを実践中なのだが、武道の呼吸法がこれの役にたった。
もっとも、本当に常に、というのはなかなか難しく、ふとした拍子に途切れてしまって、練り直すこともしばしばなのだけど。
僕らがこういったことができるのも、もともとは子ども達が努力し続けてきた結果だ。
ケインくんのお父さんは、この子が辺境伯家に入ったあと、侮られたり軽く扱われることがないよう、少しでもこの子の能力を磨いてあげたかったんだろう。その親心は容易に想像がつく。
「うん。お父様もお母様も、つらいときはちゃんというんだよって……。あっ! 手紙! どうしよう、ぼく、おちついたらお手紙かくってやくそくしてたのにっ!」
「それは……困ったな」
「カズマ、おねがい、かわりにかいて!」
「えっ!? し、しかし、何を書けば!?」
会ったこともない相手に、ケインくんになりすまして手紙を書くとか、随分難易度の高い任務だな!? しかも相手はその子の親。騙しとおせるとはとても思えないんだが……。
「まって、いまかくことかんがえるから。カズマ、覚えてくれる?」
「お、おぉ……。あまり長い文章でなければ、善処しよう」
いかに公安警察として記憶力を鍛えているとはいえ、あまり長いと委細漏らさずとはいかない。僕は上司のようなバケモノ並みの記憶力は持っていないのだ。
しかし幸い、ケインくんが考えた内容は、それほど込み入ったものでも、長いものでもなかった。もしかすると気を遣わせただろうか? だとしたらいささか情けないものがあるな……。
「君の筆跡とは違ってしまうかもしれないが……」
「ひっせき?」
「君の書く字とは違うかもしれない、ということだよ」
「だいじょうぶだと思う。きっといっぱい練習したんだって思ってくれるよ」
断言するケインくんの様子が微笑ましい。多少寂しい思いをすることがあったとしても、家族仲は良好だったのだろう。両親が自分を疑うとは思っていない様子からそれが伝わってくる。
「カズマ、ありがとう」
「うん?」
「ディーの前では、お父様たちのお話、しにくかったから。きょういっぱい話せてうれしかった」
「……そうか。いつでも話に来てくれて良いぞ」
「うん。へへっ、カズマはレンほどもぐりにくくないから、たまにだったら来れるかも。うまくもぐれるように、ぼくもがんばるよ」
ぺかーっと良い笑顔で言われるが、なんだろう。あまり良い意味に感じないな? いや、潜りやすいのと潜りにくいのとどっちがいいことなのかわからないが。だが!
……まあいいか。
困難の中にある子どもが笑っているなら、それで十分だ。
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