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15 籠城戦と横槍



 ほとんど手入れされた様子のない、古びた屋敷だった。床はところどころ腐りかけているし、すきま風がどこからともなく吹き付けてくる。調度品は布がかけられ、その上に埃が溜まっていた。建具や調度品の足などを見るに、作りは悪くなさそうだ。

 恐らく元は富裕層の別荘か何かだったのだろう。持ち主が手放したか、なんらかの理由で寄りつかなくなったのか、放置された空き家のようだ。


 領都にも近く、けれど森の中なら街道からも見えないし、周囲に集落らしきものはなかったから、攫われた者が大声を出そうと誰にも気付かれない。まったく、良い隠し場所を見つけたものだ。


「すげぇだろ。ガキだがとんでもねぇ上玉だ。こりゃあ十分目玉商品になるぜ」

「多分どっかの貴族だろうな。領都には北部の全貴族が屋敷を持ってるっていうくらいだ」

「けどよぉ、貴族のガキだとしたら、すぐ憲兵が動くんじゃねぇか?」


 声は三人分。寝たふりを続行しているので姿は確認できていないが、一人は僕らを連れてきた男、残りの二人はこの屋敷に見張りとして残っていた連中だろう。


「おうよ。親方から命令だ。すぐに荷を纏めて、いつでも出発できるようにしとけってよ」


 僕らを連れてきた男がそう言うと、ふたりの見張りは不安げにぼやいた。


「お、おう……。けど、大丈夫かなぁ……」

「グローリアの騎士団って普段から魔獣の相手してっから、めちゃくちゃつえーんだろ?」

「はっ、バッカ野郎。いくら腕っ節が強くたってなぁ、統率とれてねーなら何の意味もねーんだよ。奴らのご主人様はあの()()()の子ハンスだぜ? 女遊びしか興味のねぇ野郎だ。魔獣騒ぎに気を取られてる隙にとっととずらかりゃいい。グローリア領から出ちまえばこっちのもんだ」

「そ、それもそうか」


 不安を吹き飛ばすような笑い声がひとしきり響き、それから三人は急ぎ足で部屋を出て行った。

 小さな屋敷だから、部屋の数もそう多いものじゃない。足音があちこちで響き、ガタゴトと何か動かしているような音もする。どうやらこの隠れ家に隠していた荷物を纏めているようだ。


 それにしても、血無しの子ってなんだろう? あんまり良い意味ではなさそうなのは確実だけど、ハンスってことはハンス・グローリアのことだよな?

 しばらくその様子を目を閉じたまま考えていたが、隣から身を起こす気配を感じたので、僕も目を開いて身体を起こした。


「ひゃっ!?」

「え?」


 驚きを伴った子どもの声がしたので振り返れば、部屋の隅で固まっていた子どもや女性、若い男性のうち、十二歳ほどの女の子が口を両手で覆っていた。どうやら声の主は彼女らしい。僕らが突然起き上がったから驚かせてしまったのだろうか。

 全員両手を縛られていて、酷く痩せこけ、不安そうな生気のない目をしている。この暖房器具もまったくない部屋で、寒さや不安から耐えるようにひとかたまりになっていた。その数、男女子どもあわせて十四人ほどだろうか。


 部屋には窓が二つあるが、どちらも外から板が打ち付けられているせいで、昼間だというのにひどく暗い。


「あ、あの……だ、大丈夫? け、けがは……ないですか?」


 恐る恐るといった体で、小声で訊ねてきたのは、先ほど声を上げたオレンジに近い赤毛の女の子だ。肌は少し焼けていて健康的な色をしていて、鼻の頭にそばかすが散っている。着ている服は薄汚れてぼろぼろだったが、元々の材質は悪くなさそうだ。と、なると……聞いていた特徴と一致する。


「……シシー?」

「えっ、どうして私の名前を?」


 僕が思わず名前を呼べば、赤毛の女の子はきょとりと目を丸くした。シシーの後ろには、茶色の髪に栗色の目の少年と、ブルネットの髪に琥珀の目をした少年が怪訝そうに僕らを伺っている。


「後ろの子は、ブランくんとサンディくんかな? 僕たち、レオとアンの友達なんだ」


 なるべく怖がらせないようにと笑顔でそう声をかけたが、子ども達は僕の言葉で何故か混乱してしまった。ウソだ、とか、なんであいつらと、とか、そんな声が聞こえてくる。

 これはもしや、なんで見るからに上流階級の子どもらしい僕らが、あの子達と友達になったのか理解できない、ということだろうか。

 いや、確かに現実的に考えて、普通は出会うはずもない身分差だけれど。


「……あの男達に攫われた人は、全員ここに集まっているのですか?」


 小声で騒ぐ、という器用なことをしている子ども達は落ち着くのを待つことにしたか、大神警視が声をかけたのは、戸惑っている様子の大人達の方だった。

 大人の数は五名。うち女性が四人、男性が一人だ。いずれも若いが、酷く痩せて衰弱している。大神警視の質問に答えたのは、男性だった。名を聞けば、エリックといった。シシーと同じ村から避難してきた青年だという。


「あ、ああ。もう一人いたんだが、連れてこられてすぐ……。酷く抵抗したものだから……」


 きゅっと眉根を寄せ、エリックが出入り口近くの床に視線を走らせた。一部分だけ赤黒い染みが広がっている。範囲が広い。血痕であるなら、かなりの流血があったはずだ。それきり口をつぐんだ彼の様子から、その男性がどうなったかは容易に想像できる。


「私たち、どうなっちゃうのかなぁ……」


 ぽそりとつぶやいたのはシシーだ。部屋の外では相変わらず、三人の男達が荷物を纏めている物音が聞こえてくる。荷造りが終われば、……恐らく夜には、自分たちも荷物と一緒に纏めて移送されるのだろう。

 それが理解できている大人達は、悲痛な顔で黙り込むばかりだ。逃げよう、と誰も言い出さない理由は、彼らの身体に残る殴打の痕が物語っている。


「大丈夫、すぐに助けが来ます」


 諦念に満ちた空気を振り切って、立ち上がった大神警視の腕から、はらりと縛めの縄が滑り落ちた。

 自由になった両手を開いて、握って。感覚を確かめてから、警視は僕の腕の縄も切ってくれた。小刀なんてどこに隠し持っていたのやら。


「しかし、奴ら憲兵がここを捜し出す前に逃げるつもりで……」

「ええ、ですから――」


 エリックの言葉を遮って、大神警視は部屋の唯一の出入り口であるドアに触れた。木製の、彫り細工が施された表面に両手を添えて、そこを起点に部屋全体にぐるりと魔力を流していく。


 ふわりと警視の足下から風が吹いてもいないのに空気が動く。緩く波打つプラチナブロンドが、スカートの裾がわずかに翻った。



「助けがくるまで、立て籠もりますよ」




 ***




 男達が異変に気付いたのは、小一時間ほどが経過した頃のことだった。

 僕らを荷馬車にでも移動させようとこの部屋に戻ってきたはいいものの、ドアが開かなかったのだ。


 それもそのはず。ドアには変質の魔法がかけられており、ドア枠とドアががっちりとくっついてしまっている。木材同士が連結してしまっているので、蝶番を壊したところで意味がない。ドアか壁を斧で破らないかぎり、部屋の中に押し入ることはできないだろう。ついでにドアにも壁にも大神警視……というより、正確にはディアナの魔力が浸透し強化されているので、ちょっとやそっとでは傷などつくまい。

 では窓はどうかというと、この部屋は二階にあり、外から板を打ち付けられていることもあってこじ開けることは困難だろう。


「チクショウ、どうなってんだ!!」

「斧だ! 斧持ってこい!」

「ダメだ、びくともしねぇ!」


 ガン、ドカン、ガキン!


 三人がかりでせっせとドアを破ろうとしているのが聞こえてくるが、まったく破れる気配がない。まさか商品に籠城されるとは思っていなかったのだろう。口汚い罵声がひっきりなしに飛び交っていた。


「……もしかして、最初からこうするつもりでした?」

「ちょうど良く攫った者をひとまとめにしてくれていて助かったな」


 なるほど、流石にディアナの身体で暴れるつもりはなかったようで少しほっとした。

 これが元の身体だったら、とっくにあの三人は行動不能に陥っている。皇国全土で莫大な賞金付きの手配書を配られてはいるが、彼らはあくまで奴隷商。商人なのだ。戦闘のプロではないし、貴族のように魔法が使えるわけでもない。ケイン君のこの身体では無理だが、元の身体なら僕でも下せる。そう思うから余計に恐怖心が沸かないのだが、他の捕まっていた人たちはそうはいかないだろう。

 明らかに貴族らしいが、幼い少女が魔法を使ったことに驚きつつも、扉を壊そうとしている男達の怒声にすっかり怯えてしまっている。


 聞けば、長いひとは二週間は閉じ込められているというし、はやいところ解放してあげないと。でもあの三人組がいる限り、部屋を出るより籠城している方が安全だしなぁ。

 何か、彼らの恐怖を和らげる良い方法があれば……。


 うんうんと考えてみるがなかなか思いつかない。しかしそれにしても随分寒いような気がする。陽が落ちてきたのだろうか。

 いやいや待てよ、寒いと言うより、これは、何か……。


「……っ」


 わずかに息を詰め、大神警視は突然窓へ駆け寄った。精一杯背伸びをして、打ち付けられた板の隙間から外の様子を確認しようとしている。


「け、……姉上、どうしたんですか」

「さっきから妙な気配がする。この森に入ってからずっと首の後ろがひりつくような感覚があったんだが……」

「妙な気配……? あ……」


 子ども達を余計に不安にさせないようにか、大神警視は小声で言った。その言葉に心当たりがあって、僕も窓に張り付いて外を見ようと頑張ってみる。ケインくんの方が少し身長が高いので、ちょうど目線が板と板の隙間と並ぶ。

 細い隙間越しに見た外は、見える限りは森だった。黒々とした針葉樹ばかりだが、大神警視の言う気配は、意識して探れば僕にも感じ取れた。


 ()()が潜んでいる。

 ――いや、これは。


「あっ」


 森の奥で、梢が揺れた、かのように見えた。

 一瞬のことで気のせいかと思ったが、しかしよくよく見れば、かすかな揺れがどんどんこの隠れ家に近づいてきている。


 その感覚を、何と例えれば良いだろう。


 元の身体で日本で過ごしていた頃には、感じたことがないもの。

 圧倒的な力の塊。

 ――恐らく、魔力の塊が、こちらに近づいてきているのだ。


「――全員部屋の中央に集まれ!」


 ディアナのソプラノが、強い強制力を持って発せられる。何事かと戸惑う子ども達を、エリックと、四人の女性達が戸惑いながらも部屋の中央へ促した。全員の戒めを解いておいて、本当に良かった。

 そう思った、直後。


 何かが隠れ家にぶつかって、建物全体が大きく揺れた。

 屋根が吹き飛び、建材が引きはがされ、無残に散らばる。昼間だというのに暗かった部屋に、急にまばゆい陽光が射した。


 バキン! と何かが破られる音がして、冷たい風が全身に吹き付けられる。


 一瞬にして、屋根どころか壁もなくなっていた。ガラガラと瓦礫の崩れる音があちこちで響く。

 部屋の中央に集まっていた僕らに怪我がないのは、部屋全体の壁をディアナ嬢の魔力でコーティングしていたおかげだ。

 だがそれも、今の衝撃ではじけ飛んだ。


「あ、ああ……っ」


 恐怖に喘いだのが、誰だったか。前を見ていた……いや、前方に突然現れたソレから目を離すことができなかった僕には知りようもない。

 人はあまりに恐怖が過ぎると、声も出なくなるものらしく、それ以上、誰も一言も発しはしなかった。


 それはもちろん、僕だって例外ではない。


 何故なら――……。


 魔力で強化した壁に弾かれ、建物の裏手の庭に着地したその化け物が、再びこの二階へ跳び上がり……僕らへ襲いかからんとしていたのだから。



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