#1 志佑「漫才師を志す男として体を張らずにはいられない」
――笑わせたい人がいる。
置き手紙を残し、俺は地元を出た。
カバン一つだけで、大物になるために夢の上方府へ。従妹に「らしくない」と言われたベタな旅立ちだった。なのに――
◆ ◆
「お願いだ。初日から事件とか、さすがにシャレにならん。だからどうか見逃してくれ」
なんか俺は……便座に座っている少女に前から覆いかぶさるようにして、少女の口を強引に押さえていた。少女は涙目になって、首を細かく横に振っている。
少女の年は、同い年か一つ上くらい。髪はまぶしいほどのブロンド。仕立てのよさそうなカットシャツは、ボタンが弾けそうなほど胸部にふくらみがあった。身を軽くよじらせただけで、ゆさり、小さく揺れる。
ちなみに下は履いていなかった。下着まで完全に下ろしている。
駅のトイレで二人きり。力ずくで制圧する男と、為す術のない少女。一目瞭然の強姦魔、どうも俺です。ビバ現行犯。
――マジでどうするよ、これ。
脳にガンガン血液が回っているハズなのに、頭が働かない。息を吸って、吐いて、よし冷静。
まずは事故であることの説明。いや、その前に落ち着いて話を聞いてもらわないと。
潤んだ瞳を見つめて「落ち着け、なにもしない」と伝える。
上方府の土を踏んで間もないというのに、捕まってたまるか。
少女はこくりと小刻みに頷いた。どうやら話を聞いてくれるらしい。
「不慮の事故なんだ。悪気はなかった。わかってくれるか?」
かくかくかく、また頷く。
俺は潔く、口を塞いでいた手をどかした。
「こんな初体験は嫌……」
震えた口から出た、少女のか細い声。
俺は額に手を当てる。「悪気はない」という俺の意思はまるで伝わっていないようだった。
「あー、別になにかしようってワケじゃなくてだな……」
そのとき、彼女の背後で長い蛇みたいなのが揺れた。赤い蛇。いや、蛇じゃない。彼女から生えた尻尾だ。
赤い鱗に覆われたしなやかな尻尾。ピンと伸ばせば頭のてっぺんをさわれるくらいには長い。
どうやら少女は爬虫類系の亜人だったらしい。
――いや、待てよ?
フリーズしていた思考が途端、素早く巡る。
「なるほど。完全に理解した。怖がらせたことは本当に悪かったと思ってる。上方にきたばかりでいろいろ混乱してたんだ。騒ぎは起こしたくない。ただ……『こんな初体験はイヤだ。どんな初体験?』なんて訊かれたら……」
そんなフリ、応えないワケにはいかない。
「大喜利かッ! こんな状況で出さないわよ、大喜利なんて!」
さっきまで震えていたハズの少女は、急に威勢よくツッコミを入れてきた。
おーけー、向こうもその気みたいだ!
俺は固く締めていたネクタイを緩め、次にジャケットのボタンを外していく。
「漫才師を目指す男として体を張らずにはいられない。『こんな初体験はイヤだ。どんな初体験?』これが俺の答えだッ――」
俺は素早くジャケットとYシャツを脱ぎ、裸の上半身を露わにする。
瞬間。
「死ねえええええええええええええッ!!」
少女の尻尾が俺の腹部に叩き込まれた。
――と、まあ。
これが、俺、二科志佑と、彼女、一戸佐奈南の最低な出会いだった。
こんな状況になるキッカケは、ほんの些細なことで。
まずは話を十分ほど遡ろうと思う。