両親
「何を笑っているの、ジャン?」
ルーの声はジャンを現在へと引き戻した。
「君だったのか」
ルーは紺の布から覗く目で、怪訝そうにジャンを見る。
「美しいものは、高いのか」
込み上げてくる笑いは抑えきれず、ジャンの喉を鳴らす。
これを運命と呼ばずしてなんと呼ぶか。
「なぜ、知っているの…?」
不思議そうにルーが首を傾げる。
「君に会ったことがあるんだ」
少女は驚いたように身を引くと、目を伏せ考え込む。
彼女が覚えていないのも無理もない。あれはジャンが6歳、ルーが4歳の時だ。
「覚えてないわ。ごめんなさい」
しばらく考え込んだ後、ルーは諦めたように言った。
「ガスクの町に遊びに行った時のことだ。小さかったから、覚えてないんだと思う」
「ガスクの町?確か4歳の時行ったわ」
「俺は6歳の時だ」
ジャンの推測は確信へと変わった。
こんなことってあるのね、と感嘆の声がルーから漏れる。
その時、談笑する声がジャンたちへと近付いてきた。両親たちだ。
ジャンたちを部屋に2人きりにするくらい、彼らは2人を信頼していた。
「まあ、ジャンったら可愛いのね」
ルーに似た女性の声は、彼女の母親のものだ。
まったく両親は自分について何を話しているのか。ジャンは呆れたように入り口を見ると、丁度両親たちが入ってくるところだった。
「ジャン、ルー、お話はしっかりできた?」
ジャンの母親が白い布の下から尋ねる。
「うん、楽しかったよ」
ジャンは立ち上がると、母親へと手を伸ばす幼い弟を床へと下ろした。
途端にルカが危うげな足取りで母親の元へと走る。
「そう、よかったわねえ」
目を細めながら、ジャンの母親はルカを抱き上げた。
「それで2人とも、答えは出せそうか?」
あごひげを撫でながら、ルーの父親が聞く。
何の、とは聞かなくてもわかる。結婚の話だ。
「私はこの話、お受けしたいです」
先に口を開いたのはジャンだった。
ためらいもあるが、この縁談も何かの縁。過去の出会いも相まって、ヌタがこれをもたらしたのだと思った。
「私も、異存はありません。この縁をもたらしたのはヌタですし」
ルーが続いてそう言った。ジャンは驚いたように隣の少女を見る。
「君も、受けてくれるのか…?」
「『ヌタは言った。信者よ、流れに身を任せなさい。全ては私が取りなしたと。』」
ルーが歌うように口にしたのは、聖典の一節だった。その古代ユタ語は、今まで聞いたどんな歌より美しかった。
唖然とするジャンの顔を見て、ニコリとルーは笑った。
「そうか…そうかついにルーが…」
ルーの父親が顔をくしゃりと歪める。
その妻は困ったように夫の肩に手を置いた。
「おめでとう、ジャン」
ジャンの母親も、ジャンと同じ薄茶の目を涙で濡らしている。
「幸せにするんだぞ」
父親の目も、心なしか充血しているように見えた。
「はい、父さん、母さん。まだお二人に学費も払ってもらっているような身ですが、必ず自立して、幸せな家庭を築いてみせます」
アシャラヌタ、神が許せば、と彼は付け加えた。
何事も、神が動かしているのだ。自分の意志には限界がある。
「大きくなったなあ…」
どこか切ない父の手が、ジャンの頭を乱暴に撫でた。




