古い記憶
「望み、という意味なの」
はて、何がだろう。ジャンは首を傾げた。
「私の名前」
目の前の女の子は、ふふふと笑ってジャンの方を振り返った。
ほころんだ顔は、草原に咲く花のようだった。
肩のあたりで切り揃えられた黒髪は、風に乗ってふわりと舞った。
「ルーシュヌタ」
気付けばジャンは口にしていた。
女の子は、何が褒められたのかわからないようだ。
首をかしげると、温かい黒の瞳でジャンをじっと見つめた。
黒の虹彩を温かいと感じたのは、初めてだった。
「残念だな、君がオラズを被るようになったら」
オラズとは、女性の美しさを覆い隠すための服装のことだ。女児は年頃になると被らなければならない。
あら、と女の子は驚くと、すぐに嬉しそうにジャンから顔を逸らした。
「美しいものは、高いの」
望み、という女の子はしゃがんで地面の草をプチプチと抜き始める。
「お母さんが言っていたわ」
それ以上、女の子は何も語らなかった。
背中で語るとはこういうことかとジャンは見当違いなことを考えた。
「恵み、という意味なんだ」
女の子は草をちぎることに飽きたのか、地べたにあぐらをかいて頬杖をつく。
「俺の名前」
ジャンも地べたに座り込むと、女の子の背中を見つめた。
白いワンピースは陽の光を跳ね返し、ジャンの瞳を蜂蜜色に染め上げる。
「ジャン、かしら」
「正解」
ありきたりな名前だった。
「さっきのこと、ありがとう。アジャンタ」
褒めたことか。勘のいいジャンはすぐに察す。
「ワアジャンタ」
どういたしまして。




