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流れ星の見える夜  作者: 長栄堂
第二章 消えた身代金(一)
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 次の日の朝、有馬慎吾は権藤一郎からの電話で目が覚めた。

 秋里署の朽木啓介が有馬慎吾に会いたがっているので、今晩、連れて行っても良いかという問い掛けの電話である。有馬慎吾は了解し、軽く朝食を取った後、再び十八号コテージのソファに座って目を閉じた。

 考えるべき問題は、鍵である。十四号コテージの鍵しか持たない君原真紀に、どうやって十八号コテージの錠を開けさせたのか? 十八号コテージの鍵しか持たない早川真理子は、どうやって十四号コテージの錠を開けたのか?

 有馬慎吾の頭がフル回転した。

 鍵……? 有馬慎吾はテーブルの上の鍵を手に取って、じっと眺めた。

 十八と浮彫りされた白銅製のタブに鍵がリングで繋がっている。リングは開閉式で、鍵を取り外すことが出来る。鍵にはコテージ番号は書かれていない。この鍵であれば、当たり前のことであるが、十八号コテージの錠を開けることが出来る。

 有馬慎吾は立ち上がり、部屋の中を歩き回った。

「十八号コテージの鍵に、十四号コテージのタブを付ければ……」

 早川真理子なら鍵の付け替えは可能である。彼女は事前に十四号コテージの鍵と十八号コテージの鍵を付け替えて、君原真紀が、十八号コテージの鍵を十四号コテージの鍵として受け取るように仕向けた。そして、十八号コテージを十四号コテージに偽装した。

 しかし……。有馬慎吾は、改めて十五年前のホテルペルージュの防犯カメラの映像を見た。早川真理子は午後五時四十五分にチェックインしてコテージの森に入った後、警察によって録画映像が押収される午後八時まで、一度も本館には姿を現していない。また、ホテルの従業員は身代金の受け渡しのあった午後六時四十分以降、誰もコテージの森には足を踏み入れていない。午後六時四十分以降、警察がホテルの鍵を全て押さえるまで、本館とコテージの森を行き来した者は、君原真紀と警察関係者を除いて誰もいないのである。

「これは駄目だ」

 有馬慎吾はがっくりと肩を落とした。

「その後、私はすぐにまた歩いて本館に戻り、鍵をフロントに返却しました」

 君原真紀は、十八号コテージの鍵をホテル本館に戻しているのである。

 早川真理子はすでにコテージの森の中におり、君原真紀に鍵を返されてしまうと、鍵を元の状態に戻せなくなってしまう。にもかかわらず、早川真理子は正規の十八号コテージの鍵を持ち、フロントには正規の十四号コテージの鍵が返却されている。君原真紀が共犯者でない限り、これはあり得ない。

「この犯人は、それほど甘くはないか」

 有馬慎吾はソファに座り、また目を閉じて、今度はテーブルに足を投げ出した。


 ずいぶんと時間が経ったような気がする。また、少し眠ってしまったのかも知れない。喉の渇きを覚えた有馬慎吾が冷蔵庫からペットボトルを取り出そうとした、その時である。黒塗りの金属製の玄関ドアが目に入った。取っ手の下にピンタイプのシリンダー錠が付いている。有馬慎吾は外に出て、持っている鍵を鍵穴に差し込み、何度も開閉を繰り返した。鍵を回すたびに、シリンダー錠のシリンダーが九十度回転する。当たり前のことであるが、正しい鍵を差し込まないと、シリンダーは回らない。

 有馬慎吾の頭が、再びフル回転した。

「玄関の錠ですか? ええ、施錠せずに本館に戻りました。そういう指示だったものですから……」

 頭の中に、また君原真紀の言葉が浮かぶ。

 急いで十五年前の宿泊者名簿を広げた。一月六日、身代金の受け渡しのあった前日の名簿である。落合要人という人物が、十四号コテージに宿泊している。チェックインは一月六日の午後七時、チェックアウトは一月七日の午前八時である。十八号コテージには誰も泊まっていない。

 有馬慎吾は目を閉じた。十五年前に犯人がこのホテルペルージュで取った行動が、次第に浮かび上がってくる。

 やがて……。

「なるほど……、そういうことか」

 十四号コテージの鍵しか持たない君原真紀に、どうやって十八号コテージの錠を開けさせたのか……? その方法がやっと見えてきた。

 と言うことは……? 早川真理子は、十四号コテージの錠を開けてはいない。二人の刑事には暗くて見えなかったのかも知れないが、早川真理子は開けた振りをしただけで、玄関の錠は最初から開いていたのだ。

 有馬慎吾の頭の回転は止まらない。身代金が運ばれたのが十八号コテージだったとすれば、それを警察に見つからずにホテルペルージュから持ち出す方法は……?

「その答えは、一つしかない」

 犯人が君原真紀にホテルサンロイヤルで着替えさせたのは、警察を巻くためだけでも、君原真紀に化けるためだけでもない。三つ目の目的が、そこに隠されていたのだ。

 この事件は、君原流星誘拐事件であると同時に、それを利用した保前正樹殺害事件でもある。犯人は極めて残忍かつ狡猾であり、まるで犯罪を楽しむかのように殺人計画を練り、それを実行している。 

「真犯人は三人か? いや四人だ」

 有馬慎吾は確信した。四人いれば、保前正樹でなくても犯行は可能である。


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