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流れ星の見える夜  作者: 長栄堂
第二章 消えた身代金(一)
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二つのコテージ

 それから数時間が経った頃である。

「慎吾、起きろ。おい、大丈夫か……」

 有馬慎吾は肩を掴まれて、全身を激しく揺すられた。考え事をしているうちに、ソファで眠り込んでしまったようである。

「誰だ?」と言いながら、声の方に顔を向けると、心配そうに見つめる権藤一郎が見えた。外は日が落ちて、すっかりと暗くなっている。時計を見ると午後七時を示していた。

「親父か。チェックインは済ませたのか?」

「それは済ませて、荷物も部屋に置いてきた。それより慎吾、玄関の錠が開いていたぞ」

「玄関の錠?」

 どうも玄関の錠を閉め忘れて、眠り込んでしまったようである。

「気を付けろ、慎吾。誰がおまえを狙っているか、わからんからな。ところで晩飯は食ったのか? 良かったら今から食いに行かんか?」

 権藤一郎は朝と同じことを言う。

「そう言えば、腹がへったな」

 有馬慎吾はソファから立ち上がり、権藤一郎を連れて本館に向かうことにした。


 その帰りのことである。有馬慎吾は、外周道路を十四号コテージまでカートを走らせていた。夜になると昼間のうだるような暑さも少しは和らぎ、夜風が心地良い。ところどころに設置された街灯とカートのヘッドライトを頼りに、カーブとアップダウンの続く夜道をゆっくりと進んだ。

 やがて、右手に十八、十四と二つの数字が並んだ標識が見えた。さらに行くと右手に十八号コテージがあり、それを通り過ぎると、今度は小径を右に曲がると十四号コテージがあることを示す十四と書かれた標識が見えた。その小径を右に曲がった時である。

「これは……」

 有馬慎吾は、唖然とした。暗闇が周囲の風景と色を消し、薄暗い門灯に浮かぶシルエットだけを見て、初めて十四号コテージと十八号コテージの二つが、同じ形をしていることに気が付いたのである。急いでカートを後退させ、もう一度外周道路に設置された標識を見た。矢印の形をした黒い板に、白抜きで十四と書かれている。

「慎吾、どうした?」

 有馬慎吾は、黙って標識を見続けている。そして、何かがひらめいたのか、「親父、十八号コテージに戻るぞ」と言って急いでUターンした。

「親父、あれを見ろ」

 そこには、外周道路を元に戻ると十四号コテージがあることを示す標識と、交差する小径を左に曲がると十八号コテージがあることを示す標識が設置されていた。それぞれ、標識に書かれている数字は十四と十八である。

 有馬慎吾は小径を左に曲がって、十八号コテージの前まで進んだ。玄関のドアを見ると、そこには黒字で十八と書かれた金属製のプレートが貼られていた。このコテージが十八号コテージであることを示す標識は、これだけである。

「親父。何か羽織るものを持っていないか? 確かめたいことがあるんだ」

「羽織るもの? 夜は寒いかも知れないと思って、薄手のウィンドブレーカーを鞄に詰めて持って来た。おまえには少しでかいが……、それでも構わないか?」

「でかいくらいが、ちょうど良い」


 有馬慎吾は、権藤一郎に二十号コテージの裏庭に立ってもらい、十四号コテージを出入りする人物の顔が判別出来るか、それをチェックしてもらった。二十号コテージから外周道路まで約二十メートル、そこから十四号コテージまでさらに二十メートル、合計四十メートルの距離である。

「慎吾。そこにおまえがいることはわかるが、暗くてとても顔の判別は無理だ。外周道路まで出て来てくれ」

 二十号コテージの裏庭に立った権藤一郎が、携帯で有馬慎吾に伝える。

 有馬慎吾は外周道路まで歩き、そこを左に折れて十八号コテージに向かった。

「慎吾、やはり顔はわからん。おまえの顔をよく知っている俺でも、顔は判別出来ない」

「親父、俺の腹回りはどうだ?」

 有馬慎吾は、権藤一郎のウィンドブレーカーを着ている。

「それもわからん。リュックを腹の中に隠していることは、暗くてまず気が付かないな」

 権藤一郎の大きな声が、有馬慎吾のスマホから聞こえた。


 十八号コテージに戻った権藤一郎は、ほっと一息付いてソファに座り込んでいる。

「親父。コーヒー、飲むか?」

 有馬慎吾は部屋に備え付けのポットで湯を沸かし、コーヒーをいれて権藤一郎に渡した。

 有馬慎吾は気持ちが高ぶっていた。やっと一つの仮説が生まれそうなのだ。

 君原真紀は、十四号コテージに身代金を運んではいない。彼女が運んだのは、十四号コテージに偽装された十八号コテージである。 

 立花清美と朽木啓介が見たのは、君原真紀ではない。もちろん亡霊でもない。それは君原真紀に化けた早川真理子である。

 君原真紀が十八号コテージに身代金を置いてそこから出るとすぐに、君原真紀と同じ格好をした早川真理子が十八号コテージから十四号コテージに向かった。ただし赤いリュックの中身は空である。

 早川真理子は十四号コテージに入ると、その赤いリュックを折りたたんでアウターの中に隠し、あたかも君原真紀が十四号コテージに身代金を置いてきたように偽装した。そして何食わぬ顔をして十八号コテージに戻った。

 犯人がホテルサンロイヤルで君原真紀に着替えさせたのは、単に警察を巻くためだけではない。それは、君原真紀と同じ服装をして、君原真紀に化けるためであった。

 これ以外に、身代金が消えた理由は考えられない。

 となると、問題は鍵である。

「十四号コテージは施錠されていたので、持っていた鍵でそれを開け、犯人の指示通り、中に赤いリュックと犯人から渡された携帯を置きました。その後、私はすぐにまた歩いて本館に戻り、鍵をフロントに返却しました」

 君原真紀は、十四号コテージは施錠されていたと言っているのである。

 仮にそれが十八号コテージだったとして、十四号コテージの鍵しか持たない彼女に、犯人はどのようにして十八号コテージの錠を開けさせたのだろう? また、十八号コテージの鍵しか持たない早川真理子は、どうやって十四号コテージの錠を開けたのだろうか?

 有馬慎吾が黙って考えていると……。

「慎吾。今日のところは、これくらいにしておこう。少し、休め」

 権藤一郎の言葉が聞こえた。時計を見ると、もう午後十一時を過ぎている。

「そうだな。今日は少し疲れた」

 有馬慎吾も、正直言って全身に疲れが回り、良い知恵が浮かんで来そうもない。

「昨日も徹夜だし、今晩はゆっくりと寝ることにする」

「それが良い。俺は、明日は朝から秋里署に行くが、夕方にはここに戻って来る。慎吾、あまり無理するなよ」

 権藤一郎は、カートで十四号コテージまで送ると言う有馬慎吾に「早く寝ろ」と言い、歩いて十四号コテージに戻って行った。


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