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流れ星の見える夜  作者: 長栄堂
第九章 旭日荘の住人
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数が合わない

 翌日、九月二十九日の午後四時、有馬慎吾は権藤一郎に呼ばれて、彼の宿泊するホテルの一室に向かった。四条烏丸の六角堂ホテル、岩城至誠と同じホテルである。

 四条烏丸というから四条通りと烏丸通りの交差点の近くかと思ったが、烏丸通りをかなり北上し、むしろ六角通りとの交差点に近い。近くには地元では六角さんと呼ばれる六角堂があり、それでこの名前を付けたようである。

 地上八階建ての茶色の落ち着いた雰囲気のホテルである。有馬慎吾が部屋に入ると、「慎吾、よく来たな。まあ座れ」と権藤一郎が椅子を勧めてきた。

「親父、岩城至誠は何をしてる?」

 有馬慎吾は、岩城至誠のことが気になって仕方がない。

「心配するな。今日は朝から出掛けている。京都府警の刑事が張り付いているから、今は手も足も出せん。それより、岩城至誠が本郷裕子を探しているというのは、嘘だな」

「ぶらぶら京都見物か?」

「今日はレンタカーを借りて、大原まで足を伸ばしたらしい。慎吾、おまえを襲うとすれば、深夜だ。今日か、明日の夜が危ない。気を付けろ」

 有馬慎吾は「わかった」と言い、権藤一郎に用件を聞いた。

「慎吾。桂浩太郎が、遺体で見つかった」

 権藤一郎が顔をしかめて言う。

 見つかったのは、賀谷地区の山荘近くの山の中である。腹を鋭利な刃物で刺されており、死因は出血多量によるショック死、遺体は死後二、三日経っているとのことである。

「それと桂浩太郎の殺害に使われた刃物は、早川真理子殺害に用いた凶器と同じものである可能性が高いらしい」

 岩城至誠による口封じである。有馬慎吾にはそうとしか思えなかった。


「それと、おまえにこれを話しておこうと思ってな」

 権藤一郎は、小川悟志と岡本奈津、それと君原夫妻の北品川総合クリニックへの通院履歴を見せてくれた。

「結論から言うと、四人とも北品川総合クリニックへの通院履歴が見つかった。全員、担当医は岩城至誠だ」

 有馬慎吾の考えた通りである。

 小川悟志は、食道に慢性の潰瘍を患っており、二十七年前に中国で失踪するまで、何度も岩城至誠の治療を受けている。岡本奈津も胃弱体質だったようで、同じ時期に頻繁に北品川総合クリニックに通っており、大半を岩城至誠が担当している。君原隆司は、それほど頻繁ではないが、やはり北品川総合クリニックで岩城至誠の治療を受けたことがある。

「慎吾。面白いのは君原真紀だ。彼女は二十七年前の五月初旬に腸炎を患って、北品川総合クリニックに入院している。その時の担当医も岩城至誠だ」

「親父。君原隆司が松本に会社を立ち上げたのは、その年の四月十六日だったはずだ。君原真紀は、まだ松本に引っ越してなかったのか?」

「アロードの菊川洋子の話では、会社を立ち上げたのは四月だが、実際に仕事を始めたのは五月の下旬らしい。君原夫妻が、松本に引っ越したのも五月の下旬だ」

 そういうことか……。五月中旬に君原真紀を診たのであれば、岩城至誠はその時、君原真紀が妊娠していなかったことを知っている。君原真紀が、その年の十月二十日に君原流星を産むことは、あり得ないのである。

「当時、北品川総合クリニックに勤めていた看護師が面白いことを言っていた。岩城至誠は釣りが趣味で、よく小川悟志を釣りに誘っていたようだ。診察の合間に釣りの話でよく盛り上がっていたので、それで小川悟志のことも覚えていると言っていた」

「プライベートでも仲が良かったのか」

「そういうことだな。だから、四人とも担当医は岩城至誠だったのかも知れん」

 最後のピースが、カチャっと音を立てて、パズルにはまった。

 岩城至誠は、釣りを共通の趣味として、小川悟志と個人的な付き合いがあったのだ。そしてどこかの時点で、彼が本郷裕子の伯父の本郷重富の子供であることを知った。小川悟志に君原隆司という友人がいることも、岡本奈津という結婚を約束した恋人がいることも、その付き合いの中で知ったのである。

 これで、全ての情報が整った。後は、どんな方法で有馬慎吾を襲ってくるのか? どんな方法で自分の身の安全を確保しようとするのか? 本郷裕子は、どこに監禁され、岩城至誠は、どんな殺害方法を考えているのか? それを一刻も早く、解き明かすことである。


 有馬慎吾が旭日荘に帰ると、大津涼平がすぐにやってきて、「慎吾。岩城至誠がホテルの部屋に入ったぞ」と教えてくれた。意外であった。岩城至誠は、警察を巻こうとしていないのである。あるいは、警察にマークされていることに気が付いていないのか……?

「涼平。部屋から出てきたら教えてくれ」

「わかった。ホテルの正面玄関も裏口も通用口も全て京都府警が押さえている。出て来たら、すぐに連絡が入るから、慎吾、心配するな。それと……、おまえが探していたかわら屋の料理人だが、さっき部屋に帰って来たぞ。またすぐに出て行ったが……」

 時計を見ると午後七時である。鬼車宗八は、今日もかわら屋を休んでいるのだろうか?

 何かが見えそうで見えない。苛つく気持ちを抑えながら、有馬慎吾はテーブルに足を投げ出して、頭を回転させた。 

 エアコンの数……?

 鬼車宗八がもしヒントをくれているのだとすれば、それは、どこかに設置されているエアコンの数がおかしいという意味だろう。それで有馬慎吾が気が付くと思っているところを見れば、それはきっと有馬慎吾の知っている建物である。

 有馬慎吾は頭を切り替えた。それが、本郷裕子が監禁されている場所を示しているのだとすれば、東京から車で本郷裕子を運び、朝には松本の自宅に戻れるところ……、そして有馬慎吾が知っているところ……、そう、長野県か岐阜県である。

 さくら園ではない。権藤一郎の自宅でもない。ホテルペルージュのコテージではない。マンション・セントレジデンスでもない。それは……?

「賀谷地区の山荘……?」

 有馬慎吾は、山の中にポツンと建つ山荘の光景を思い浮かべた。

 丸材を組み合わせた二階建てのログハウスで、前庭には車が二台停まっていた。玄関から横庭にかけて大きなウッドデッキが広がり、そこにはエアコンの室外機が三台……。

「エアコンの室外機……?」

 確か……、あの山荘には、エアコンの室外機が二階のベランダに三台、一階のウッドデッキに三台あった。間取りは二階に三部屋と、一階にはLDKと洋室が一つ。

「数が合わない」

 有馬慎吾はやっと気が付いた。部屋の数に比べてエアコンの室外機が一つ多いのである。広いリビングにエアコンを二つ付けているのか? いや、違う。上に伸びている配管は二本しかなかった。急いで大津涼平に電話した。

「涼平。捜査本部に連絡してくれ。至急、調べて欲しいことがあるんだ」

『どうした? 何を調べれば良いんだ?』

「賀谷地区の山荘だ。そこに、きっと本郷裕子は監禁されている」

『賀谷地区の山荘? 慎吾、それは違う。あそこは、長野県警が中に入って誰もいないことを確認している。本郷裕子はあの山荘にはいないぞ』

「涼平。違うんだ。あの山荘には地下室がある。地下室は埋めてなんかいないんだ。必ず地下室に行く隠し扉があるはずだ。もう一度、徹底的にそれを探してくれ。本郷裕子は必ず、あの山荘の地下室にいる」

『慎吾。なぜそう思う?』

「涼平。エアコンだ。エアコンの室外機の数と部屋の数が合わない。必ず、地下室があって、エアコンの室外機が一つ動いているはずだ。頼むからそれを探してくれ」

『エアコン……? 地下室……?』

 大津涼平は少しためらったが、すぐに『わかった』と言って、電話を切った。


 五分後に大津涼平から電話が掛かってきた。

『慎吾。捜査本部に言って、徹底的に賀谷地区の山荘を捜索してもらうことにした。地下室があれば、必ず見つかる』

 有馬慎吾はほっとした。しかし、本郷裕子が拉致されて丸三日が経過している。

 間に合えば良いが……。有馬慎吾は祈るような思いで電話を切った。

 それから数時間が過ぎた頃である。有馬慎吾の部屋の照明が、突然消えた。有馬慎吾は慌ててスマホの灯りで周囲を照らしたが、照明だけではなく、パソコンもエアコンも電気で動く全ての機器が動きを止めている。

「慎吾。大丈夫か?」

 しばらくすると、大津涼平がペンライトを持って、三階から下りて来た。

『慎吾、どうした。監視カメラの映像が、突然、消えたぞ。何かあったか?』

 権藤一郎が心配して、電話を掛けてきた。

「親父。停電みたいだ。俺は涼平と一緒に今から外に出るが、親父は岩城至誠の様子を見に行ってくれないか?」

『慎吾、気を付けろ』

 有馬慎吾が外に出ると、アパートの門灯は消えており、周囲は真っ暗である。少し離れたところにある街灯が狭い道をわずかに照らしているが、とてもアパートを映し出すほどの勢いはない。朽木啓介がやって来て、有馬慎吾の周りを固めろと指示している。

「このアパートの大元の電源が切れたようね」

 管理人室にいた立花清美がやってきた。電力会社による停電ではなく、アパートの電気設備の不具合による停電のようである。

 アパートの住人が、懐中電灯やスマホの灯りを頼りに次々と階段を下りて来る。

「業者を呼んだからすぐに復旧するわよ。それより慎吾ちゃん、大丈夫?」

 暗くてわからなかったが、すぐ後ろに大前順子が立っていた。

 やがて旭日荘が契約している電気業者がやって来て、およそ二十分ほどでアパートの部屋の照明と門灯が一斉に点灯し、電気は復旧した。業者の責任者が言うには、百ボルトと二百ボルトの家庭用電力を受電している引込開閉器の鍵が壊され、中の漏電ブレーカーが遮断されていたとのことである。


 照明が回復した部屋に戻ると、有馬慎吾は二台設置している監視カメラを取り外し、映像をチェックした。停電でパソコンの電源が落ちたため、映像は送られてこなくなったが、監視カメラにはバッテリーが内蔵されており、撮影は続けているのである。

「何も映っていないな」

 暗闇の中での撮影であり、画像は不鮮明だが、なんとか玄関とベランダの窓は確認出来る。停電が始まったのは午後十一時十五分、復旧したのは午後十一時三十五分、その間、有馬慎吾の部屋に侵入した者は誰もいない。

「やれやれだな。誰がやったのかは知らんが、人騒がせな奴だ」

 朽木啓介が、安堵の表情を浮かべている。

「慎吾。大丈夫だったか?」

 権藤一郎が、タクシーで駆け付けてきた。

「親父。岩城至誠は部屋にいたか?」

「慎吾。あれからすぐに岩城至誠の部屋に行ったが、先に京都府警の刑事が来ていてな、その刑事が言うには、部屋をノックしても返事がないので、合鍵で錠を開けたが、中からチェーンロックが掛かっていて、シャワーの音が聞こえたそうだ」

「それで引き上げたのか?」

「俺はチェーンを切って、中を確かめろと言ったんだが、言うことを聞いてくれなかった。岩城至誠は外からチェーンロックを掛けることが出来ると何度も言ったんだが……、まだ強制捜査を行う段階ではなかったから、躊躇したのも無理はないが……」

 権藤一郎は悔しそうである。

 話を聞いていた朽木啓介の顔色が変わった。

「外からチェーンを掛けることが出来る? どういうことだ?」

「朽木さん。もう一つ、密室の作り方があることがわかった。チェーンロックを外から掛ける方法だ。詳しい説明は出来ないが、岩城至誠は、チェーンを外から掛けることが出来ると考えた方が良い」

 朽木啓介はあごに手を当てて考えている。仮に岩城至誠が外からチェーンを掛けてホテルを抜け出したとして、有馬慎吾の部屋には来ていない。しかし、何か嫌な予感がする。先ほどの停電が誰かのいたずらとは思えないのである。その時である。

「慎吾。そう言えば、おまえが探していた二十五号室の住人だが、さっき部屋に入るところを見たぞ。今なら部屋にいるはずだ」

 何気なく言う大津涼平の言葉に、有馬慎吾は引っ掛かった。

「涼平。今、何と言った?」

「何かおかしなことを言ったか? 確か、午後九時くらいだったかな、かわら屋の料理人が部屋に入るところを見たと言ったんだ」

「そうじゃない。部屋の号数だ」

「号数? 二十五号室と言ったが、それがどうかしたか?」

「涼平、それを誰に聞いた?」

 大津涼平は、まだ自分の間違いに気が付かない。

「一階の案内図に、そう表示してあったぞ」

 有馬慎吾の顔色が変わった。朽木啓介が慌てて表に飛び出し、有馬慎吾がそれに続いた。

「涼平。その表示は偽物だ。俺の部屋が二十五号室で、料理人の部屋は二十三号室だ」

 大津涼平は驚き、そして彼も血相を変えて表に飛び出した。

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