第五十一話 親友(?)との約束
「このクソ神ッ!」
この世界の俺はあの世ほどの力はない。
権能も膂力も無く、一般高校生の身体能力だけがその身に宿る。
だが、足りない力を脳のリミッターを強制的に外して思いのままに右腕をクソ神へ振り切った。
「何してるのお兄ちゃん!?」
――腕は拳は燐音の眼前で強制的に止まる。
燐音が両手を広げてクソ神の前に立ち塞がったからだ。
あのクソ神を庇う?
なんだこの状況は?
「まぁまぁ、落ち着いてよエンマ君。――少し話でもしようか」
「誰が話なんてするかよ! お前俺を! 俺たち兄妹を......!」
「お兄ちゃん本当にどうしちゃったの? なんか変な物でも食べちゃった? それとも昨日野神さんと何かあったの?」
妹は俺と野神と呼ばれたクソ神を往復して見つめている。心配そうに目を潤ませ、悲壮な表情で。
その姿は、その顔は生まれ直したばかりの俺には耐えられなかった。
「――ッ!」
歯を食いしばり、殺意も敵意も内側に押し殺して拳を仕舞う。
そして、その様子をニヤつきながら眺めるクソ神の襟袖を掴み対話とやらに応じてやることにした。
しっかり掴んだ襟袖を引き寄せ、舐め切った顔を睨みつけながら額をぶつけてやる。
「燐音に免じて話だけは聞いてやる。ただし、妹に手を出してみろ。――殺す」
「うんうん。これだからこのエンマ君の事が好きなんだよね――しっかり殺してね」
「なんなの......? 二人とも......」
後ろから聞こえた声は当惑に満ちていたがそれを気にする余裕も俺には無く、ただ殺意を押し殺し続けるのに必至だった。
◆
「初めまして。僕はね、野神真一郎って言うんだ。よろしくね♪」
飄々とした顔で挨拶するクソ神こと野神は相変わらずふざけた態度を崩さない。
故に湧いてくるのは殺意だが、これ以上燐音に心配を掛けられない。我慢である。
「で、どうしてお前がここにいるんだ? ここは八薙家だ。人間に成りすまそうが誤魔化そうが家の結界に弾かれるはずだが?」
八薙家は代々三種の神器を護る防人の家系だ。
家には邪悪なるものは入れない結界が貼られている。
と、そこまで考えて俺は気づいた。
――そうだ。こいつは曲がりなりにも神であったと。
純粋に自身を殺して欲しいと願い、その為に純朴に行動した結果様々な世界線の俺たち兄弟が多大なる迷惑と死を味わせたクソ神。
だからこそタチが悪い。
この家が燐音が死ぬ期限の儀式までは安全地帯だと思い込んでいた俺が馬鹿であった。
唇を噛み締め次の言葉を頭の中で再構築する。
その間ニヤついている様子の野神を殴りそうになったが我慢である。
「そもそもエンマ様こそどこまで覚えているのさ」
「……どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。転生してこの世界線のエンマになったということはさ、今の肉体の記憶を引っ張り出せばいいだけだろう? 何故そんな事もしないのかな?」
「あ」
……その通りであった。思わず間抜けな声が漏れた。
怨敵にアドバイスされるのは癪だが馬鹿は俺である。
妹を救うことに頭のリソースがすべて割かれていたのもあるがそれでも馬鹿なことには変わりない。
今の肉体の記憶を、遡る。
燐音との他愛無い思い出。
学校での楽しい日々。
八薙家の防人としての訓練模様。
そして、俺の親友の野神真一郎との出会い......?
親友?
誰が?
誰と?
「あはっ! いい顔! そういう顔を見たかった!」
「お、お前なんてことを!」
まさかの記憶に胃の中が逆流しそうだった。
友人関係に飽き足らず信頼関係を勝手に築かれていた気味の悪さ。
悪寒や寒気もしてくる。
「まぁそんな事もあって学校では友達でいようね。エンマ君♪」
「おえっ」
「あはっ! やっぱり前のエンマ君より今のエンマ様の方がいい顔するねぇ!」
ひとしきりニヤつき、笑い終わると俺が睨んでいるのを意に解さずにスンと真面目な顔になった。
「さて、今の僕たちの状況がわかったところでだ。ここからは僕たち親友同士で決めた事をもう一度守って欲しい」
――その言葉に記憶がリフレインする。
約束。
親友としてこの野神を守る為この家に居候させている原点。
「……神の教会の破壊計画」
「そんな約束名だっけ? でも大筋はあってるね」
とばけながらも俺の言葉を肯定し、野神はやけに整った顔をさらに引き締めた。
「僕を守って、あのイカれた狂信者達をぶっ飛ばしてほしいんだ」




