第50話 エンマ様の転生
長い、永い糸の先、すなわち終着地点では見知った顔が寝ていた。
先代閻魔、陰気な燐音、朱華。皆が笑顔で待っていた。
「ぐぅ……」
――なんてことはなく。皆寝ていた。
俺が落下してから時間がどれくらい経過したかはわからない。
だけど、寝てしまうのはなんというか誠意に欠けるというか。思うところがあるわけで。
「お前ら起きろぉ! エンマ様が帰ってきたぞ!」
「うーん。むにゃむにゃ」
「ぐ、ぐー」
「ぐがががががが。糞弟子ようやっと帰ってきたか――あ、ぐががががが」
……。いや全員起きてるなこれ。
でもこんなしょうもない寝てる計画をしたのは多分ジジイだ。
なら勝手に落として、勝手に狸寝入りしてる先代にお灸をすえる事にしよう。
「じゃあ、ここで習得した怨嗟の力をひとつまみ」
――想い起こすのは平行世界の自身の記憶。力。知恵。
体中にエネルギーが渦巻き、止め処無く溢れる。
それは黒く、邪悪な感情の奔流。怨嗟だ。
託された怨嗟よりもさらに大きく膨れ上がり、強大な力はまるで龍のような姿に変わり身体に巻き付く。
「起きなければ放つ」
「いやぁ、年寄りは寝起きが悪くてのぉ……」
「新技でも喰らえ。怨嗟神楽――炎魔黒竜撃」
「ぐはぁ!?」
老体に打ち込むには過激な一撃が放たれ、老人のうたた寝していた隣の傍聴席が弾け飛ぶ。
「そんな威力で放ちおって正気か!?」
「それ、急に奈落に落としたあんたにそのまま帰すよ」
「でも成長できたじゃろ? 『可愛い子には旅をさせよ』とか『獅子の子落とし』とか良く言うし?」
「なるほど。ありがとう。――とか言うと思ってんのか! この糞ジジイ!」
「師匠や老人は敬うもんじゃぞ。敬老せぇ! 敬老!」
口撃にヒートアップして多くの傍聴席は壊れ、もみくちゃになって破壊音・衝突音がが辺りに響く。
証言台、裁判官席にまで破壊の渦が届き、その様子をモニター越しの少女が――陰気な燐音の姿がじっと見ていた。
「――皆様。裁判所ではそのような事を許されると?」
「「ごめんなさい」」
大人二人が正座して子供に怒られる。
そんな情けない姿が再会となってしまったのだった。
◆
「俺が転生するのに条件がいる?」
「そうだ。しっかし案外速かったのぉ」
破壊したものを燐音パワーで直して一段落し、師匠から告げられたのは転生の条件であった。
正直、今現実世界のなんにも力を持たない『八薙閻魔』に記憶だけ転生しても享受の神には対抗できない。故の並行世界のエンマを無理やり呼び出して戦わせたとのこと。
――正直、気構えしてたら負けていただろう。
相手がどんな攻撃をするのかを事前に予測できるというのは利点だが、俺は土壇場の馬鹿力でなんとかしているフシがある。
つまりは。
「要するにお前は頭で考えるより、勢いで戦ったほうが良い」
「馬鹿にされてるような、褒められてるような」
師匠の評価に歯がゆい面持ちでいると、先代は腹に開いた穴を擦る。
「ま、その力を得たならどうにかなるじゃろ。他のエンマの記憶も得たんじゃろ?」
「あぁ、まぁ。なんとなく」
「かぁ~! そんなんで倒せるのか?」
「――勝つ。とは言い切れないけど泡を吹かせれるぜ」
「ほぉ」
正直、殺して欲しいと願う神を殺すだけなら簡単だ。
だが、閻魔という役職と燐音の役割もすべてあの神をねじ伏せなければいけない。
殺さずに殺す。
生かしたまま殺す。
その為の力。
その為の記憶。
「……それじゃ、早速転生行っちゃう?」
「……あぁ、やってくれ」
別れの言葉も考えた。
だが、どうせ何もかも救ってくるんだ。
笑顔で行こう。
「エンマ!」
口を固く閉ざしていた朱華が着物袖を振る。
その後、大きく、力強く、気高く拳を突き上げる。
「現実世界の私達をどうか!」
涙ぐんだ声で、涙をためた双眸で。――幸運を願う。
「あぁ! 必ず!」
証人台に立ち、今度は奈落に落とされない。
行き先は現実世界。
この身体を持っていくことはできない。
記憶の転生。
俺の持つ全てを『八薙閻魔』に託す。
「……行ってらっしゃい。お兄ちゃん」
「カッカッカッ! 存分に暴れてこい!」
「いけぇえええええ!」
激励を背中に受けて、瞳を閉じる。
――色んな事があった。
記憶のない朱華に会って記憶を探して。
彼女が並行世界の燐音だとは思わなくて驚いて。
先代と殴り合って、理解を深めて。
並行世界の燐音ズに出会って散々言われて。
それで、それで、それで――。
「――助けてやる。全部。俺のこの手で」
ガコンと地面が開く。
奈落に落ちてゆくのは意識と記憶を持った魂のみ。
身体から霊体が抜け落ちるかのように青い人魂が落下する。
それは幾億年分の積み重ねた魂。
人の業を超えた死後の世界の管理者、閻魔大王の魂。
暗く深く、遠く遥か彼方へ。
落ちてゆく。
墜ちてゆく。
その先に――。
「あぁ、なんて胸が踊るのだろうねぇ、エンマ君」
「久しぶりだな、クソ神」
見知った顔があった。
人魂の姿でもはっきりわかるその存在は気色の悪い笑みを貼り付けた上位存在――享受の神。
「お前の焦った顔が楽しみだ」
「君の絶望した顔が楽しみだねぇ」
交わす言葉は少なく、敵意に満ちていれば良い。
会話に発展などなく、ただお互いを認識していればそれで。
「今、お前のすべてを否定して俺は家族を救う」
「あははは! 僕を否定? いいね! いいよ! やってみてよ、エンマ様!」
トントンと有りもしない心臓のあるはずの左胸を叩く。
二チャリと笑い、狂気で嗤う。
「さぁ! この世界で僕を殺してみなよ!」
「あぁ、楽しみにしておけ。殺さずに殺す」
矛盾の言葉が届く前に、意識は揺蕩う。
――すでに、神の姿もぼやけて見えない。
だが、そのニヤついた顔がすこし揺らいだのが見えたからそれで満足だ。
長い永い夢から覚めるようにゆっくりとゆっくりと意識を覚醒させる。
起きれば現実世界だ。
目覚めれば『八薙 閻魔』だ。
特殊な環境で生まれた高校生。
閻魔の役職を担う為に生み出された怪物。
だが、目覚めの前にお別れをしなければならない。
「じゃあな、閻魔大王」
これまで幾星霜共にしてきた役目を放棄し、閻魔としての権能を手放す。
そうしなければ生身の身体は耐えきれずに爆散してしまうだろう。
問題は閻魔の権能を使わずにあのクソ神をどうにかしなければならない。
まぁ、宛はある。どうにかなると楽観視はできないが、どうにかしなければ妹は救えないのだから。
「――――」
心のなかで息を吐き、集中する。
ふわりと浮かぶ魂が肉体に浸透した不可思議な感覚を感じ、これまでのすべてが夢だったのではないかと思ってしまう。
思い出せ。
目を覚ませ。
眼を開けろ。
俺は――。
「――閻魔だ!」
「……お兄ちゃん? 寝ぼけてるの?」
「……!」
目覚めとともに目に入ってくるのは自身の自室の天井とあどけない少女の顔。
見渡せば木目調の和室。シンプルな白黒の壁掛け時計、勉強机……そして――妹の燐音。
黒い髪を腰まで伸ばし、生気の溢れた健康な姿。彼女の眉を潜め困惑した表情と目があったまま俺は固まる。
それはなんとも言えない感情。戸惑いが混じった安堵が一番近いだろう。
すなわち――。
「生きてる……!」
「ちょ、どうしたの? 起こしに来た可愛い妹の姿見て泣くなんてシスコンもいいとこだよ?」
制服姿の燐音を。生きている燐音を見て、思わず泣いてしまう。
だが、感慨にふけっている場合じゃない。
まずは、行動を。
享受の神が来たる憎むべき儀式の日。それまでに備えなくては……。
考えることが多い。
感傷に浸る余裕も時間も力も何もかも足りないのだから。
「やあ!」
「……は?」
自室の襖に手をかけて入ってきたのはあり得ない存在。
居てはならない存在。状況も飲み込めない。
頭がおかしくなりそうだ。
まだ、こいつに出会ってはいけない。
――準備ができていない。
「待ち遠しくってさぁ。来ちゃったよエンマ様」
――実体を持った享受の神が目の前に現れてしまった。




