第四十四話 立花と朱華
私が消えると言われてすごい時間が経過した。
それはもう長い時間。
どうして自分が消えるのか。
それを考えてもそこに答えを見いだせずにただカラスの目を通じて外の世界を眺めていた。
「立花かぁ……」
立花。私のオリジナルであり、クローンである私の魂。
本来生まれない私が立花とであると消滅するというのは理解できる話だった。
「――呼んだ?」
「うわっ!」
「化け物を見たみたいな反応はやめてよぉ、傷つくじゃん……」
シクシクと泣き真似をするのは私のおんなじ顔をした少女、立花。
カラスの中で私の魂だけしかいないと思っていたこの精神世界で急に現れた。
びっくりもする。
「……」
「ありゃりゃ、私としては友好的にお話をしたかったんだえけどなぁ」
ぽりぽりと頭を掻く立花。
警戒。というより、身体が思わず彼女から距離を取ろうと後ずさってしまう。
本能というのだろうか。精神世界ではそんな行動意味もないのに。
――私《朱華》は立花と出会うと消滅して消える。
そう先代閻魔に言われたのがかなり効いている。
今、とても怖い。
「そだねぇ……、エンマちゃんはとても優しい人なんだ。妹を守ろうといつも必死でさ」
立花が私から目線を外し、どこか遠くを見る眼差しで語り始めた。
それに特に反応もできずただ立ちすくむ私。
「事あるごとに助けてくれてさ。並行世界で私が妹じゃなかったときもさ、紆余曲折あったけど結局はは助けられたんだ」
――その並行世界でのクローンが私だ。でも、そんな事彼女は知っているだろう。
話の結論が見えない。
「ふふっ、私に興味持ってくれた? 朱華ちゃん」
「……」
「ありゃ、まだだめかぁー」
うーんと首を捻り、話を続ける立花。
「でね、その優しさは世界を守るためにも使われたんだ。現世でなく、死後の世界を守る役職として。閻魔大王として。それは時間で換算できないほど途方もない天文学的数字で目がクラクラしちゃうほど長い時間、彼は死者を裁く」
一歩進む。
私は一歩下がる。
「でも、そんな彼は君も守ろうとしてるんだよ」
「…………私?」
「そう、やっと反応してもらえた」
ピタリと歩みは止まり、にぱぁと花が咲くように笑う立花。
その笑顔に心が痛む。
「君を、朱華ちゃんを助けるため彼は今、先代と戦ってる。厳密には君を殺したなんて嘘をついてる先代の真意を問いただすための尋問なんだけどね」
その割には本気で殺しにかかってるんだけどと付け足し、立花は人指を立てる。
「転生。聞いたことあるでしょ? 朱華ちゃんを助けるため先代は君を殺したなんて嘘をついた。そして、その事を効いたエンマちゃんは激昂して先代を殺そうとする。そうなると先代の中にある享受の神とのパスが一時的に消えるんだ」
「それが転生となんの関係が……?」
「そだね、直接の関係はないよ。でも、転生には大事なことなんだ」
カツカツと白い世界を歩き回り、黒い髪をなびかせながら何度もターンをする。
「何度も生まれ変わる。それはとても途方もないことだよね。経験すればわかるけど心が壮絶な記憶と体験に魂が耐えきれない。だから記憶は消される。そのことに先代は着目した」
くるりくるりと舞う。それは華やかな姿で。
艶やかなに装飾された髪飾りを身に着け、染色鮮やかな着物を着て踊っているように幻視するほどに美しかった。
「記憶を転生させる。難しいことではないよね。燐音ズ達がやってるのは魂の転生。それを記憶に置き換えるだけなんだから」
雲のように怠慢に、風のように俊敏に。
足さばきの緩急が付き、舞う、舞う。
「先代は享受の神とつながっている。それは物理的なものではなく、精神的なもの。呪いに近しい。パスがつながってる限り、先代はエンマを享受の神を殺すためにしか育て上げることができないし、情報がダダ漏れになっちゃう」
巨岩のように静止、そして脱兎のごとく飛び上がり、空をも舞う姿は天女のようだった。
「であるなら、先代自身が疑似的に死ぬ、もしくは致命傷を負うことでパスを切ることができる。享受の神とのパスを切れば、エンマに作戦を伝えることもできる、この転生の作戦をね」
「それで、転生した後の目的は……?」
ふふっと笑い、踊りはラストスパートのようでより苛烈さを増す。
激しく燃え盛る豪華のように情熱的な振る舞いは――
「それはもちろん簡単だよ。というよりエンマちゃんも薄々この答えに気がついてた」
――顔を挙げ、最後の舞を踊り、決めポーズを決める立花。
「享受の神は死を享受されたがっている。であるなら、それを逆手に取る。神を殺す状況を創り上げて、その後神を殺さずに殺す。――これが作戦の本質だよ」
「……殺さずに殺す?」
その意味がわからなかった。
なんなら踊ってる意味も。
でも、根拠もないがその作戦が可能な気がした。
できるような希望が湧いてくる。
「万が一失敗とかは……」
「いいや、成し遂げるよ。エンマちゃんなら」
強い意志のこもった瞳が私を見据える。
信頼を太く結束させた絆を具現化した瞳だ。私の少しの不安を消し去ってしまうほどに。
ここまでくれば馬鹿な私でも立花を信じる。
なんなら、私が消えるなんて嘘をついた先代を殴るぐらいの気概は湧いてきた。
「さぁ、時間だ。私はしばらく眠るけどあとはよろしく」
「え?」
そういい、白い地面に横になり寝息を立て始める立花。
「ちょ! まだ、心の準備とかいろいろ終わってないんだけど」
「むにゃむにゃ……、魚はバナナにはいりますか……」
「もう寝てる! もう変な夢見てる!?」
カラスを通しての外の世界は目まぐるしく、カラスの首根っこが掴まれ外の世界にある立花の腹にぶっ刺さる状況であった。
「え? 外の世界も超混沌じゃんっ!?」
「zzz……」
「ちょ、お願い! 起きて! なんかよくわからないけど起きてぇえええ!!」
「ふがっ!」
「いやぁあああああ」
私の叫びも報われることなく、なにかに吸い込まれる感覚があり、私の存在が曖昧になる感覚があった。
死ぬという感覚よりも夢からの目覚めに近い。
「うわぁあああああ………――」
詰まった排水溝の水がすべて抜け落ちるような汚い音が響いた後、カラスの精神世界から私は消えた。
「エンマちゃんを幸せにしてね」
そんな誰にも聞こえない言葉が精神世界に響き渡り、白い世界はガラスの砕ける音とともに崩壊したのだった。




