第四十三話 生まれ直すチャンス
「転生って、そのままの意味、だよね……」
ヤンキー燐音に促されるままお嬢様燐音はVIP席からコロシアムの下まで降りてきた。
そこでエンマと先代の死闘とその事の顛末を聞いていた。
――転生。すべてをやり直して生まれ変わるという事。
それは燐音ズ達が普段からやっていることで特段珍しいことではない。
エンマが殴って飛ばしてきた魂は燐音ズの施設で生まれ変わりの手続きを行う。
そこで前世の記憶を消し、生前の罪に合った適切な身体に魂を転生させるのが仕事であり、使命である。
だが、自身らが対象になることは少しも考えもしなかったのだ。
「生まれ変われたらもう少し、違う未来が……」
そうつぶやき、遠い空を眺めるお嬢様燐音。
どの燐音ズも過去は辛く苦しいものではあった。
さらに言えば他の死者も同じく過去は辛く悲しいことに溢れているだろう。
「うん、そんなことはできない。だってそれじゃ私達のやってきたことが……」
首を振り、歯切れ悪く言葉に詰まる。
燐音ズはずっと生まれ変わりを切望していた。
過去を変えたくて。やり直したくて。
でもそれは今目の前にすぐ手の届く場所にきた。
生まれ変わるチャンスがきたのだ。
――だけど、それでも彼女たちはその誘いに乗れない。乗ってはいけないのだ。
他人の記憶を消して、罪を贖うように仕向けている存在が燐音達だ。
他人からすれば勝手に大切な記憶を消され、弄ばれているように感じるだろう。憤りを感じるだろう。
そんな冒涜的な私達が生まれ変わって、なおかつ記憶を保持したままだなんてとことん厚かましい。
「……うん。やっぱり私は転生できない、しちゃいけない。でも、願いを聞いてくれるなら、お願いが一つだけ……」
考えはまとまったが、未だに思考は巡り、様々な感情の整理がつかず迷っている。
が、その一歩を踏み出す。
先代とエンマの元へ歩みを進める。
「先代に、私達のオリジナルである彼女だけでも救ってあげてほしい」
そんな傲慢で身勝手な願いをぶら下げて少女は心に不退転の決意を宿したのだった。
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「……でもそんなことできんのか?」
真っ先に疑問が湧き、思考を加速させる。
転生というものは複雑なプロセスを介して行うものだ。
俺がやっているのは自分の拳に【八薙の権能】である”三種の神器”の力を込めて無理やり、人の魂を殴って三途の川を渡らせる殴打式川渡り。魂の善悪によって三途の川の距離が変わるように調整もしている。
実際、先々代ぐらいの現世の書物に載るような赤い顔した閻魔大王の時代は面倒だったと聞く。
奪衣婆による罪の処罰の選別、三途の川を渡るための六文銭の支払い、鬼達の極悪の魂たちの死者の管理etc……。
八薙家でもそういう教育を受けた。だが、先代の代で鬼の解任、俺の代で地獄そのものの存在を天国と合体させたからこの世界は誰もが知る【死後の世界】ではないのだが。
「……っと、悪い。考え込んじまった」
「よいよい。で答えじゃが、できるとだけ言っておこう。が、ちと面倒じゃ。……じゃが――」
「――ぁあ。わかってる。おーいこっちこっち」
「は、はーい」
そうこうしているうちにいつの間にか燐音達が来ていた。
お嬢様燐音の背中には意識のない立花とその頭上には黒カラスも止まっていた。
……色々面倒なことになりそうだが、まぁなんとかなるだろう。
「話は少し聞いてたわ。私含め燐音たちは転生できない。しちゃいけないとだけ伝えておくわ」
「……それは神に言われての考えか?」
「違う。これは私達の意思。総意なの。死者を冒涜し続ける私達はここで死者を裁き続けなければならない。それが私達の贖罪なの。だから――」
「ごちゃごちゃうるさいのぉ。まとめて生まれ変わればいいじゃろ」
「っ! でも!」
俺の答えに自らの渾身の決意を告げたお嬢様燐音は小さな拳を握り、震える。
「まぁ、ちぃと話を聞けい。良いか、燐音、ついでに燐音達。これから話すのはすべて他言無用じゃ。これから話せる時間もそう長くはないからのう」
「――っ!」
俺と燐音は先代の腹の穴に視線が誘導される。その中からは依然同じように穴が空いている。
「さてどこから話したもんかのぉ」
髭を擦り、眼を細め、ニヤリと笑う。
「では、まずすべてのワシの計画の全貌を伝えることから始めようとするかのぉ」
「それって長くなるか?」
「カカッ! それはもちろん」
「3行でまとめることはできますの?」
「カカカ……、渾身の語りを考えておったのじゃがのぉ……」
俺達に散々言われて目に見えて落ち込む老人。
すこし、悪い気もするが俺は先代の傷を考えての発言だ。面倒だなんてそんなことは思っていない。
……思っていないぞ。
「じゃあ、3行でいくぞい」
「あ、いけるんだ」
こほん、と先代は言葉を区切る。そして、
「ワシのこの致命傷の怪我はワシ自身が仕向けた事で、この傷により享受の神とパスが切れた」
これで一つと指を立てる。そして2つ目。
「転生といっても実際に転生させるのではなく記憶だけを転生させるという事」
最後にと指を3本立てると、
「実はワシは穴が空いてるだけで死ななかったりするぞい」
と笑いを含んだ声で3行にまとめた先代。
「なぁ、先代」
「なんじゃエンマよ」
「最後のはいらなくね?」
「お前さん等が辛気臭い顔しとるから言ってあげたんじゃ。感謝すんじゃぞ?」
「はぁああああああ~」
良かった。と簡単に安堵の言葉は言えない。
いくら死なないとはいえ致命傷だ。それに傷も痛むだろう。
横を見るとお嬢様燐音がほっとした顔をしているのでおそらく安心させたかったのだろう。
「じゃあ、もう色々面倒じゃから転生さくっと行くかのぉ」
「え? 記憶は転生させるっていってもその目的とか聞いてないんだけど?」
「そんなもん、後で送るわい」
「記憶を宅配便みたいな感覚で送ろうとするなよ……」
「そうですわ!」
第一、これで生まれ変わっても何していいかわからないからめちゃくちゃ困るんだけど!?
そんな俺の顔を見た燐音も同じく慌てていた。
「カカッ! 半分冗談じゃ、冗談。 ジジイジョークじゃよ」
そう笑う先代は立ち上がり、お嬢様燐音が地面に寝転しておいた立花に近づいた。
「さて、後は念願の再開からいこうかのぉ、ほれ、そこのカラスや。いや――朱華よ。こっちへこい」
「カァ!」
朱華と呼ばれたカラスはバタバタと燐音の頭から飛び立ち、立花の腹に乗る。
「ん? あのカラスを朱夏って呼んだがまさか……?」
「ご明察じゃ。あの中には朱華の魂と立花の魂が入っとる」
「入っとるってそんな簡単に……」
「カカカッ! 魂が剥き出しでうろちょろすると危ないじゃろ?」
そう返されてしまえば何も言えない。言えないがこのジジイはもう色々すごいことしかしない。
「じゃあ、ちくっとするぞい。そりゃ」
「カッ!?」
「何やってんだジジイ!」
「ですわ!?」
先代はあろうことかカラス(朱華)の首根っこを掴んで寝転んだ立花の腹に押し込み貫通させた!?
「カカカカッ! 驚いとるのぉ」
それに対して先代は快闊に笑うだけであった。
しばらくは虚無の時間が続いた。
得も言われぬ雰囲気。
腹にくちばしごと突き刺さるカラス(朱夏)も刺さられてる立花もピクリとも動かない。
「……」
「………」
沈黙。
え? やばいよな?
そう思っていると――
ピクリと立花の身体が震える。
そして、その閉じていた瞼が開かれる。
「……エンマ、おはよう」
そう久方ぶりに立花とおもわしき声が発せられたのだった。




