第三十九話 しょっぱいおにぎり
エンマ視点です。
誰でもできるお手軽料理。それがおにぎりである。
炊飯器で炊いたお米をお椀に取り出す。
そして少量の塩をまぶして、手で握る。
すると、手の形に沿った三角のお米の塊であるおにぎりが出来上がる。
中身には鮭や梅干し、ツナや昆布などをいれると味のバリエーションが出て大変美味しい。
――そう。おにぎりとは様々な味を楽しめる美味しい食べ物……なのだが。
「これは流石に……」
「え? だめ?」
「だめだろっ! これはおにぎりじゃねぇ! なんで、おにぎりの中から湯気が出てんだ!」
「え!? 温かい方が良いと思って具には溶岩を泳いでた鮭の身を……」
「そんなもの食えるかぁー!」
「ふぇ!?」
机に並べられたおにぎり。どれもエンマの知るおにぎりではなかった。
先程の湯気――黒煙の立ったおにぎり(?)やら、紫色の吐瀉物のようなもの、緑色の発光するものなどその光景は非常にケミカルだった。
「おにぎりに何がどうなってこんな化学反応が起きんだよ!?」
「いやぁー、地元の食材を使うとこうなるみたいで……」
「地産地消の心意気は大変結構! でも、ここは地獄だぞ!? マトモな食材なんていねぇーし、な によりそんなものを食わそうとするなぁっー!」
「ふぇーん! エンマちゃんがいじめるー!」
先代閻魔の元へ駆け寄り、よよよと泣き始める。
「おいおい、エンマよぉ。女の子を泣かすなんて全く罪な男だなぁおい。はむはむ……」
「え? 食べてんの? 見た目がやばいだけで美味しいのか……?」
「なんじゃ、エンマ。女の子の手料理を食えんと言うのか。仕方のない男よのう、オロロロロ……」
「やっぱだめなんじゃねぇーか!」
先代閻魔の介抱と立花のウソ泣きに対処してる間にほのかに美味しそうな匂いがする。
「はーい。皆さんできましたよぉ~……きゃーっ! 大変!」
御盆に味噌汁を乗せ運んできてくれた燐音はその光景に驚き、すぐさま御盆を脇に置き、周りのフォローに入るのだった。
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話をまとめると案外簡単な話であることがわかった。
俺の低い理解力でも、先代閻魔と燐音がなんとか話を要約してくれたのでかなり助かった。
「で、だ。俺は過去に死んだ並行世界のエンマという人物の記憶と力が寄り集まった存在」
「そうなるのぉ」
「さらに、燐音ズと朱夏。あいつらも同じく平行世界の立花という少女達の記憶が分散された存在ってことだな」
「そうなるようねぇ~」
ズズズ……。
むしゃむしゃ…………。
「え? 反応薄くね? もっと俺の壮大な過去を知って泣いてくれても――」
「いやじゃ、めんどくさい」
「私は知ってましたのでぇ~」
「えぇ……」
どうやら事実に狼狽しているのは俺だけのようだ。
しかし、状況を飲み込み始めると疑問も湧いてくる。
「なんで俺は並行世界すべての力と記憶をこの身に宿してるのに燐音ズみたいに分割されねぇんだろうなぁ」
「そりゃあ、お前さんが閻魔大王という役職についておるからじゃろうが」
「?」
俺の察しの悪さに先代閻魔はため息で答える。
「そもそもじゃ。閻魔大王というのは死者の魂を善と悪に分類し、さらにその者の罪と善行の重さで天国と地獄に分ける役職じゃ。そんなやつがたくさんの記憶と力が一つの体にあって困るような存在じゃったらダメじゃろうて。閻魔大王という役職とは言っておるがその本質は擬似的な神になるようなもの。だから、お前さんはいまこうして無事にいられるんじゃ」
「な、なるほど……」
そうなるとますます申し訳なくなってきた。
死者の魂を殴るスタイルで善悪の分別をしてきた俺にとって耳が痛かった。
「まぁ、わしも面倒だからベルトコンベアに乗せて自動分別機に乗せておったが」
「俺も大概だがあんたも大概じゃねぇか!」
「んん!」
大きく咳払いをし、眼を逸らす先代閻魔。
苦笑いでその場を乗り切る燐音。
俺としてはなにか突っ込んでほしかったがまぁいい。
「で、先代。朱夏はどうした? もうそろそろ燐音と交代しねぇとさ。身体は朱夏のモノなんだからさ」
「あぁ、そのことじゃがのぉ……」
先代閻魔はもったいぶるように言葉を区切り、腰につけていた瓢箪を呷る。
「あやつは死んだ。もうその肉体に戻ることはない」
「は?」
その言葉に耳を疑った。朱夏が死んだ?
このジジイは一体何を言ってるんだ?
「……おいおい、冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ」
「そうじゃな。冗談、ならな」
「洒落になんねぇぞ……!」
「ひゃっ!」
狼狽しておもわず机に拳を叩きつけてしまった。燐音は怯えたように俺と先代閻魔を交互に見ているが今はそれにかまっている暇はない。
「おい先代。いや、ジジイ。詳細を語れよ。俺はこのままあんたを殴りそうだ」
「もう言ったじゃろ。じゃが、こう言ったほうがいいかのぉ」
もう一度酒を呷り、手をひらひらと振り、
「ワシが朱夏を殺した。理由はワシが――享受の神の片割れだから。これで十分か?」
「あぁ、十分さ。あんたをぶっ飛ばすのに値する理由がなぁ!」
口に残った米からは砕けた奥歯の歯の食感と鉄の味、そしてしょっぱい涙の味がした。
「エンマちゃん……」
祈るように手を組む少女と黒いカラスの赤く淡い瞳だけが二人の男の行く末を映し、拳と拳が今――衝突する。




