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エンマ様はぶっ飛ばす  作者: 麦パン
輪廻の世界

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38/50

第三十七話 目覚めた男と混濁した記憶

(エンマ視点です)

 「――ガハッ」


 辺りに血なまぐさい塊を吐き、絶命する男。

 

 その最後の眼には様々な逡巡があっただろう。

 

 眼の中の光が消えていくとき、神を睨むその眼は。

 

 死にゆくその最後の一瞬まで。


 瞼を閉じきる刹那の時間でさえ。


 ――眼前の神を射殺す眼をしていた。


 「う~ん。やっぱり、この世界のエンマも素晴らしい。僕を殺し得る才能があった。――けど、足りないねぇ。力の享受が足りなかったかな。この世界の死後の世界は壊れてないし、僕は追い出されてないし」


 つかつかとあるきながら、エンマの亡骸をそっと抱きかかえる享受の神。

神に纏わりつく黒い大蛇はあの数千の姿が幻だったかのように一瞬で元の一匹の戻っており、神が抱き上げるエンマを見下ろす。


 そして、黒い大蛇はその金色の瞳を細めて、大口を開けて神に抱かれたエンマを丸呑みする。


 ゆっくり、ゆっくりと腹の中に消えてゆくエンマの姿。

 

 この紫と黄金色の二色の空と赤いマグマがしきりに沸き立つ地獄と天国の間で、エンマという男の死体は綺麗サッパリなくなった。


 「あぁ、ようやく。か。これで、あのエンマは私を殺し得る。あそこのエンマはいくつものエンマの魂を集めた傑作品だからさぁ。――さぁ、殺してみなよ。さもないと、君の行き先は地獄になるよ」


 そこには誰もいない。誰もいないはずだ。その言葉だけこの煉獄世界にやけに重く響き渡った。


 「――もういいだろう? もう一人の僕。僕はこれだけ準備したんだ。だから、君も僕の邪魔をしないでくれよ」


 「カッカッカッカ! バカ言え。お前を止めるのもワシの、先代閻魔の仕事じゃろうて」


 「ふん。やっぱり気にいらない。僕に殺意も感情も向けてくれない存在は嫌いだね」


 「おぉ、そりゃあ奇遇だな。ワシもお前さんが嫌いじゃよ」


 「――本当に気に入らない、死ねばいいのに」


 「はっ! お互いにな!」


 灰色の髪をオールバックにしている老人――先代閻魔は神と入れ違うように立ち去る。神はしばらく歩き、その瞬間極光に包まれ姿が消えた。


 そして、取り残された先代閻魔は血が滲むほど拳を握り、


 「とっととやることやるぞ。エンマ。――さぁ神殺しの準備だ」


 そう呟く老人の眼には二つの涙が浮かんでいた。二色の気味の悪い空を眺める老人の顔からは何を考えているかを察することは出来ない。


 だが、その涙は手向けなのか。それとも別の――。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 長い長い記憶の奔流。

様々な人の視点が頭の中駆け巡りシェイクする。


 やりきれない感情が。助けられなかった感傷が。その全てが心という精神を押し殺しにやってくる。


 いくつもの細身の刃が身体を貫き、身動きが取れない。痛みより、興奮が勝っている。

頭の中ではドーパミンが分泌され、もう目の前の存在のことしか考えられない。


 ――殺してやる。


 重く、鈍く、心臓がゆっくりと銀の刃で貫かれてゆく感覚。貫いた相手の顔は仮面で隠れている。だが、笑っていることはわかる。そんな雰囲気がしたからだ。


 ――殺してやる。


 意識が消えかけ、暗い闇の底に沈もうとしたときに懐かしい気配がした。

まともに別れも正体も言わなかった偏屈爺さんの気配と甘ったるいソースの匂い。先代の爺さんが好きなエビカツ丼の匂いだ。懐かしい。


 暖かく、優しく、厳しい爺さんは俺のかけがいのない存在。だから、認めたくないこともたくさんあった。あの爺さんが享受の神だなんて俺は信じない。だから、俺はヤツを。神を。


「――ぶっ殺してやる」




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「エンマ!」


 突然ぎゅっと、身体を抱かれて困惑する。――一体どうなってるんだ?


 上半身をがばっと起こし、辺りを見渡す限り、自分がどこにいるのかがもはやわからなかった。

だから、一時的な記憶喪失のような感覚だ。


 ここはどこで私は誰か。


 そんなありふれた言葉を口に出そうとしたとき、違和感があった。

胸の左寄りの部分。その部分が妙に赤い。いや、黒ずんでいる。Tシャツは破けては居ないがその裏側。肉体自身になにかがあると感じた。


 そこに意識を集中すればするほど、その痛みが酷くなっていく。


 痛みで思い出す。思い出した。俺はあのとき蛇が繰り出すいくつものレイピアの豪雨で刺されて、最後には神自らが俺を殺して……。


 「はぁ……、はぁ……」


 「大丈夫? エンマちゃん?」


ひとまず、抱きつかれている状況がわからないので、身体を退ける。「おっとっとごめんごめん」と素直に離れていった。


 「俺、どうなったんだ。今、記憶がすごい混乱してて……」


 「エンマちゃんはねぇ、私のフリップボードをみたら気絶しちゃったんだよね」


 「気絶……? って、なんでだ。普通そんなこと起きねぇじゃねぇか」

 

 「う~ん。多分隣り合う世界の記憶の話だから親和性が高かったのかも……」


 ふむ。わけがわからない。


 「ひとまず、ちょっと時間をくれないか。咀嚼する時間がないと全然話が飲み込めない」


 「あ、は~い」


 軽い返事をして横に立つ少女。名前は――立花。そうだ。立花だ。あ、いや今はなめが重要じゃない。


 今の記憶とこの場所がどこかだ。随分長い間眠りこけていたんだと思う。

思い出すのに時間がかかりすぎる。


 俺はまず、ここがどこかを理解するため辺りを見渡す。

俺が寝かされていたソファの背面から、寝息が聞こえるので覗き込むと、すぅすぅと眠りこける少女――あぁ、そうだ燐音。尻尾にコードを生やした燐音がいた。


「俺の妹がいて――」


 そして、手すりにはカラスが俺をじっと見つめている。その眼には涙が溜まっているように見えた。


「――? カラスが涙を? てか、なんでカラスが……」


 記憶を探ると、それは朱華が連れていたカラスだということを思い出す。

そうだ。それに未だに気眠ったままの朱華もいる。俺とは別のソファで寝かされている。


 人は思い出した。ここがどこかも段々思い出してきた。


 朱華が誘拐されているのをみて、塔の外側に生えてるロボットアームから上のコロッセオでマネキンと戦ってなんとか倒して。


 そこから。そこからだ。立花が表れて、その記憶をフリップボードで見せてもらって。気を失った。


 ――ここはそのコロッセオの上部に設置されているVIP席だ。思い出した。


 「……イテテテ、なんとか思い出してきた。でもなんでだ。こんなに記憶が混ざってるんだ」


 頭が痛む。俺の記憶が混濁しているのは俺が気絶する以前の記憶だけでなく、別の記憶も入り混じっているのだ。別の世界のエンマの記憶。別の世界の立花の記憶。そして、あの神と先代のやり取り――。


 「――それは螺旋世界の影響だね。私もその影響を受けて記憶が混ざっている」


 考え事は隣でこちらが落ち着くまで様子を伺っていた立花が顔を覗かせたことで終わりを告げる。


 螺旋世界。二重らせんに入り組む世界は互いに影響し合う世界。

だが、それはこの唯一互いに影響しない真ん中に漂う死後の世界とは関係が無いはずだ。俺の記憶の混濁とは関係がなく、ましてや立花の記憶なら尚更である。


 「――おいおい。そりゃあねぇだろ。辻褄が合わない。俺の記憶とお前は違うじゃないか。お前は別の世界の立花だ。俺の世界の立花じゃない。別の世界の立花と俺は出会ってまもなく死んだ。だから、お前は――、あ、そうか」


 そこまで言って気がつく。確かに立花は話していた。『隣り合う世界の記憶の記憶だから親和性が高かったのかも』と。つまりは、立花も俺と同じ立場で記憶が混濁した状態にいる……? 駄目だ。話がややこしすぎる。


 「――一ついいか。立花。俺は一つだけ言わなければならないことがある」


 「うん。私もあるよ。せーので言う?」


 「せーの」

 「せーの」


 二人で息を同時に吸い込み、


「記憶が混ざって、ややこしいわっ!」

「めちゃくちゃお腹空いたー!」


 「え?」

 「ふぇ?」


 俺と立花の言葉は重なったが、その言葉は全く違うものであった。

ぐぅ……。たしかに、腹の虫は鳴いている。死者だからあまり食事は取らないが記憶が混ざった影響だろう。ものすごい空腹が俺を襲う。


 「――はぁ。とりあえず、飯でも食うか。もう少し、思うことがあるからな」


 「わーい! お肉! いっぱい食べる!」


 「お前は作る側だぞ。そら、来い。――って地団駄踏むな。いいから来いって。いずれ起きるだろう朱華と燐音の分までおにぎりでも作るぞ」


 「あぁ~、おにぎりじゃなくて、お肉がいいぃ~。それに、私は食べる専門なんだぁー。いやぁあぁ……――」


 俺は立花の首根っこを引っ張り、VIP席の後方の扉は激しく開けた。


 重苦しい扉は情けない声とともにギィ……っと閉まっていった。

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