第三十五話 救えない男①
(エンマ視点です)
クローンとして生まれ、人としての生命と生殖活動の出来る唯一の個体。
そのオリジナルの名を立花という。
黒い髪に茶色の瞳。顔立ちも身長もごくごく普通の少女は施設に入れられ、その短い生涯をクローン実験の被害者という形で命の幕を閉じた。
本体の死因は、記憶転移の際に魂も同時に転移したため死亡。
引いては、魂の移されたクローンの死因が神による感電殺害。
この世界に新たに生まれた生命の奔流は、その流れを止めて死後の世界に歪な形の魂として旅に出る。様々な感情と干渉を置き去りにしてその魂は死後の世界で居場所を探す。
そこに丁度居たのがエンマ。死後の世界での私は幽霊のような形で居候することになるが、それは別のお話。
これが立花と呼ばれる少女の人生。別の世界の立花としての人生。
そして、ここからがエンマの人生の終着点までのお話。
神を殺そうとした救えない英雄のお話。
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――元々、俺は八薙家の当主として育てられてきたが、こういう社会の闇に触れることは今まで無かった。
八薙家は代々、神の神器を祀る神聖な一族。ここ日本という国では三種の神器と呼ばれるものの手入れを行い、それらを管理していた。
本物はすべて八薙家が保管しており、皇居にあるとされている三種の神器はすべてレプリカとなっている。――余計な考えが出た。
社会の闇というのは、“神を作る実験施設”が存在する。なんて馬鹿げた闇だ。
なんて言ってはいやが。実はそういうオカルト的な実験や研究する施設があるというのは風の噂では知っていた。
だが、それもネットの掲示板や中高生の間で流行るような眉唾もの。
そういう風に世間も俺もそう捉えていた。
だがら、実際が存在して、子供が犠牲になっているという情報を得てからは、驚いたし、嫌気が差した。人はどれだけ時代を越えてもバカな事をしようとする。
八薙家の観点からすれば放っておけばいい。とのことだったが状況が変わった。
とある日。痩せこけた夫婦が八薙家に訪ねてきた。
八薙家の邸宅には一般の人間が入れないような結界を神器の力をお借りして、展開しているので迷ってきたわけでなく、誰かが招いた。そう考えるのが妥当だった。
――まぁ、この招いたというのは享受のクソ神なんだが。
夫婦は、八薙家の門前で土下座をして地面に額を擦り付け、その声を震わせてただただ泣いていた。
夫婦の要求、願いはたった1つ。
『――どうか、娘を助けてください。私達の命でもなんでも。捧げられるものは何でも捧げます。――娘を捨てた母親にこんな事を言う資格なんてないんでしょう。でも、私は。間違いを犯していても私は。あの子を、立花を愛していたんです』
夫婦は嗚咽を抑えながら、声を揃えて言い放った。
母は静かに涙を流しながら懇願した。父もその額が血まみれになるまで地面にこすり合わせて懇願した。
苦しくも切実な願い。それを無下にするのは神器を守り、祀る使命を持つ八薙家の誇りに泥を塗るようなもの。すぐに聞き入れられて娘を助ける事になった。
次期当主たるものこういう願いを聞き届けてこその八薙家だ。とのことで八薙エンマの初の外仕事となった。それまでの祭事の取り仕切りや、神器の取り扱いについての引き継ぎや雑用にしかしてこなかったがようやく、一人前になれるチャンスが来た。
そしてまず、俺は情報を求めるために八薙家と古くから深いつながりのある名家を訪ねた。後で分かることだがどこも裏で手を回されていてその神に関する情報が代々、出てこなかった。
そこで唯一手が回っていない、と言うより恐ろしくて手をだすことの出来ない名家が存在した。死んだ後の世界を管理するというにわかには信じられない家系。
それが閻魔の役職を務める山上家という名家。俺はダメ元で相談を持ちかけた。
すると以外にも教えてくれた。伝えた内容は、
『神の実験。これだけしか情報はないんだがなにか知らないか』
という、超抽象的な質問に帰ってきたこと答えが、
『……知ってる。多分あの神様が関わっている可能性が高い』
そう言われ、「……あの神様ぁ?」と、つい普段どおりのガラの悪い声でどういう意味なのかを聞いてしまった。
『享受の神様。全ての神の生物の創造主。閻魔制度を作ったもこの神様――』
そして間髪入れずに、
『――人の心を考えずにただかき乱していく自分本位のクソ神様』
と儚げな表情を浮かべる銀髪の少女はそう言い放ったのだった。
八薙家と山上家が集めた情報はこうだ。
神の実験は人にバレるリスクを避けるため、東京でも田舎の方の辺境地に立入禁止の区間を作り、秘密裏に施設が作られているそうだ。全国から集めた孤児、捨てられた子や金で買われた子。
夫婦の場合は一番後者となる。
その施設の中に二つの寮施設があり、東棟が比較的小さな子が住む居住棟。西棟が比較的大きな子と区分されていた。
そして、南側には八薙家の邸宅と同様の大きさの大きな病院が立っていた。
――そこまで情報くれたら後は大丈夫。なんとかできる。救ってみせる。
俺はなんとかできる。
八薙家の次期当主だ。そこで培った知識と技量。そして、神器の力さえあればなんとかなる。
そう思いこんでいた。
楽観しすぎたのだ。
神の情報も禄に聞かないで。娘の名前すら聞かない体たらく。はいはいと受け流して来て、片っ端の関係者らしい人間をぶっ飛ばして、見るからに厳重そうな鉄のドアを蹴破ったその結末が――。
眼の前で感電死させられている少女という救えない結末であった。
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「デリートぉ」
「ぁあ! ああああああああああああああああああああぁっ!」
――救えなかった。それが眼の前で失われた少女に対する感想であり、ただ眼の前の光景が信じられずに叫ぶだけの男の姿であった。
そんなちっぽけな感傷しか抱けないのかと、ようやくそこで自分が甘ったれた救えないゴミの人間だと気づいた。
八薙家という由緒ある名家の次期当主になるなんて舞い上がって、自分は出来ると思い込んで突っ走った結果がこれだ。
――醜い。醜悪だ。俺もそして、目の前の男も。なんで殺した。そういう答えを聞いてもまともに答えないだろうというのは行動と言動で理解できた。
あの神の意図も言葉も何も理解なんて出来ない。
俺の物語が始まる? はっ! バカなことを言う。眼の前の命も救えずにただ自分を呪う人間の物語なんてもうここで終わりを告げたようなもの。
「――よし。さ、君はどうする? 救えなかったこの子の為に何をするのかなぁ?」
少女の死体を抱えて放つのんびりとした声。明らかに挑発の意味を込めた間延びした声だ。だが、あの蛇まみれの神の言っていることも理解できる。――おれは何をしてやれるのか。
「……あほか。俺は。いや、馬鹿だ。屑だ。だから。だからよぉ――俺は、俺は!」
後悔と懺悔それらを拳の中に集めて、力を入れる。決してその想いが崩れないようにして己の顔を渾身の一撃でぶん殴る。
「……ぐっ! はぁはぁ……せめてもの報いとしてのけじめ。そうこれはけじめだ」
「……それだけ? それだけがこの子のためになるっていうのかい?」
今ので口の端から血が垂れ、歯も何本か折れた。だが、これは立花のためじゃない。自分のためだ。
「はっ! そんなわけねぇだろ。これは俺の分のけじめだ。正直、まだまだ殴りたりねぇ。それを補填するわけじゃねぇがよ……このけじめに付き合ってくれ。そう言ったらクソ神さんはよぉ。手伝ってくれるか?」
「ククク! いいねぇ。いいねぇ! それでこそ、“エンマ”だ。勿論答えはYESだ、手伝ってあげるさ。――さぁ、来なよ。その眼の前の少女一人救えない貧弱な拳でさぁ」
「ありがとうなんて言わねぇぞ。クソ神。――さぁ、ぶっ飛べッ!」
俺の後悔とけじめを拳に乗せ、神に向かって渾身の一撃を解き放ったのであった。




