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エンマ様はぶっ飛ばす  作者: 麦パン
輪廻の世界

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第三十四話 立花という少女③

(立花視点です)

鉄のドアが蹴破られて、ガラスで区切られた大部屋の中、深い意識の底から呼び起こされた自分は、寝ぼけ眼で言葉を紡ぐ。


 「――ぁ、れ? あ――な、れ?」


 そこに言葉は表れずに、表現のし難い無為な言葉の羅列が空間を漂う。不思議と、手足も自由に動かせない。ベッドで手足をばたつかせる赤子のようになっている私。


 「あぁん? おめぇ……。何言ってやがんだ? さっさと神の場所を教えろって言ってんだ!」


 「――な」


 「な?」


 「なま、え。り、りっ。りっか」


 何が起こっているのかも周りの状況も見えていない私はとりあえず、自分の名前を言った。高圧的な態度だったが、初対面は自己紹介が必要だと感じたからだ。


 「あぁ? そうか! 神がいると思うと頭に血が昇ってしまうんだ。すまんな――それに、自己紹介ってのいうは大事だ。俺は、八薙エンマ。エンマと呼んでくれ」


 私の心を読んだかのように、唐突に理解して、軽い謝罪して自己紹介を始める。正直不気味だと、怖いと感じた。


 「まぁ、怖いだろうけど安心しな。俺は神の居場所を聞きたいだけだからよぉ。目的が達成できたらここから脱出してやるから」


 私が会話できないのを察したのか、それとも自己中なのか。それはわからないが、ひとまず、目の前の青年、エンマの目的がわかった。


 短髪を四方八方に槍のように尖らせたよう黒髪。透き通るような赤い瞳も青年はただ、神を探している。そう言った。


 だが、神を信仰してる宗教施設に属するこの病院に神なんぞいるはずもない。

少なくとも、そんな話を聞いたことはなかった。


 「か、み。いない」


 「お? あぁ、お前には感じられねぇか。この濃厚な神の腐ったオーラがよぉ」


 「……?」


 ――ヤバい奴だ。私はそれまで、不気味で怖いやつという印象だったが、それ以上のヤバさだ。

 薬でもやってるんじゃないだろうか。申し訳ないが別のところをあたってくれないか。そういう願いをエンマは裏切る。私の思いとは裏腹に床に腰を下ろし、どかっと座り込む。


 「あ、あの……いま、どういう状況……?」


 「おぉ? 気になるか。じゃあ、このスマホを見な。すべてわかるからよぉ」


 「スマホ……?」


 ヤバい奴の右手には赤いスマートフォンが握りしめられていた。

 その画面にはこの病院施設の外側に沢山の人と車が集まっている映像が映し出されていた。


 「……え? なに、これ?」 


 「なにって抗議と非難のデモ。それと野次馬共が集まってる。もうじき、警察も来るだろうよ」


 「デモ……? 一体?」


 心当たりがない。いや、この病院施設ではいろんな実験が行われていることは知っている。だが、警察や検察などの社会組織はこれらを隠蔽しきっているはず。なんで、こんなに人が集まって……。


 「情報漏洩さ」


 「……情報漏洩?」


 またもや、私の心を読んだように解答が帰ってくる。


 それは想像できるなかで、もっとも否定すべき事象であった。情報漏洩とは文字通り、情報が外部に漏れたということ。でも、この施設ではそう言う大事な情報は保管され、秘匿され守られているはず。どこから、漏れたのか。それがわからない。


 「まぁ、お前さんがその情報を漏らしたんだがなぁ……」


 「わたしが……?」


 「正確にはお前の両親がだ」


 ――ますます、意味がわからない。私の両親は私を売った。さらには、関係性も絶たれた。干渉する余地など無い。


 「そ、そんなはずは……。だって、父さんも母さんも! 私を! 売ったんだ。売ったんだよ! そんなはず絶対にない!」

「あるんだよ。そんなことがさ」


 ようやく、喋れるようになった私の言葉に被せるエンマ。私は思わず、言葉の語気を弱めてしまう。


「よく見てみろよ。おめぇの――いや、りっかと言ったか。お前さんの両親が映ってるだろう」


「う、そ。嘘だ! そんな……!」


 信じられない。そんなわけない。そんな感情はスマートフォンの中の映像を注視した瞬間に吹き飛んだ。


 年老いてはいた。だが、それは両親だとわかった。狭い画面の中の映像。だけど、これだけは見間違えようのないことであった。


 涙が、溢れて、思わず感情が爆発しそうになる――。


 ――だが、感情はニュートラル。平坦なまま。感情も感嘆も自分の中には湧き上がってこなかった。


 理由は隣を見ればわかった。右隣で寝ているはずのクローン。

それはクローンではなかった。いたのは私。オリジナルの私。


 じゃあ、今目が覚めてエンマと喋っているのは……?


「――あぁ! ああ!! 私、私は!! ――――ァ!」


「おい! 急にどうした!? 大丈夫か!?」


 声にもならない叫び声が部屋の中に響き渡る。


 ――実験は成功していた。

私が思考の海に浸っている間に。エンマが扉を蹴破るそれより前に終わっていたのだ。

隣でピクリとも動かずに眠る私という本体を殺して。魂を代償にして。


 結局この実験は私の死を持ってして、クローンの複製に成功したのだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 世界は残酷である。自分に甘い世界なんて無い。自分が助けられるために生きているのか。それとも死ぬために生きていたのか。


 それらを考えないようにしていた。


 日々の実験は決して、楽なものじゃなかった。


 身体や精神に負担が全くない訳がない。


 でも。


 それでも。


 【自分は大丈夫】だと。


 そう思うことが自分の慰め。自分を保つための一本の精神の柱だった。


 それが私という存在がなくなり、クローンの私が完成することでようやく実験が終わったのだ。苦しい苦しい研究が終わったのだ。


 こんなに嬉しいことはない。こんなに喜ばしいことはない。


 ――ねぇ、先生方。偉大な研究が成功しましたよ。人類に汚点を刻もうとも、これは人類の偉大な一歩です。


 だが、その先生方は今この病院の研究施設には居ない。床に転がって、虫の息だ。看護婦も医者も、看護助手も。男も女もみんなみんな床に伏せていた。


 エンマという一人の男がすべてそれを成し遂げたらしい。施設に居た私と同じような子供は保護されたとエンマが言っている。他にも色々言われている――はずだ。私の意識はある。だが、内容は入ってこない。思考は前に進まない。前を向けない。


 ――この身体は、欠陥品だ。


「――。」


 身体はたしかに私の身体そっくりで、精巧に作り上げられている。


 なにせ、遺伝子から、培養されていたのだ。同じじゃないわけない。


 差異はあるが、クローンは私と同じ形で造形され、そして最後のひとピース。

魂が必要だった。


 それを、病院の研究施設側が認識していればこの実験は魂を一から作り上げる事で成功にとなったのだろう。


 そうなれば、私が死なずに済んだのに。感情を出すことだって出来たのに。


 ――この身体は模造品だ。


 人間の身体を真似ただけのただの模造品。


 身体は動くし、呼吸も、声も、なんだって自由だ。


 でも、駄目だ。もう、家族の事を思って泣くことも悲しむことも笑うことも出来ないなんて、そんなの嫌だ。


 嫌だ、嫌だ


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ――。


 もう、いっその事死んでしまえば楽になれるのではないか――。


 そうだ、それがいい。


 悲しみも、憂いも、喜びも。全てを取り戻すために死んで開放された方がいい。


 動物的な恐怖や、原始的な危機回避能力。最低限な感情しか持たない私はもう、人間ではない。


 作り上げられたクローンでもない。


 これは、人の皮を被った獣だ。


 立花という記憶を植え付けられた原始的な生物だ。


 歪なこの姿も存在も死ねばそれらがすべて消えてなくなるはず。


 だから、私は死ぬために、生命を維持するための片っ端の装置を壊す。


 壊す。


 ぶっ壊す。


 「おい! さっきから様子が! ――だぁ! 聞いてねぇ! やめろ!」


 エンマの身体が私に覆いかぶさるが、それでも身体を必死に動かす。


 クローンの身体は、動きづらい。


 なにせ、初めて動かすのだ。関節も、筋肉も萎縮してこわばっているはず。赤ちゃんでさえ、歩くのにも動くにも初めてが存在する。

それすら経験していないクローンの身体を無理矢理に動かせばどうなるか。私は想像と予測が出来ないほどまともな判断ができなくなっていた。


 「――ガァ゛!?」

 

 激痛が身体全体を貫き、もだえ苦しむ。口から涎が出そうなくらいの痛み。

全身の筋肉は悲鳴をあげ、筋肉痛と筋肉疲労と関節の軋み。それらが、同時に身体に襲いかかる。歯を必死に食い縛るが、そんなもので痛みが和らぐはずがない。


 「――っ!? こいつ、急に苦しみだした……? 大丈夫か!」



 もがきながらベッドから転がり落ちる形で、人工酸素供給装置や、心拍計測装置、点滴等が撒き散らされる。エンマもそれにあわせて、飛ばされる。


 「ガァァ゛――! ギギギギィ……、ガァ゛! 痛い、痛い、痛い――!」


 「イテテ……俺を吹き飛ばしやがって。てか、なんだ。それ。なに……やってん……だ? あぁ? おい! お前それ!」


 「――ァ」


 「やぁ、おめでとうお嬢ちゃん」


 空間の軋轢。そこには予兆も兆しもなにもなかった。いや、エンマは言っていたか。濃厚な神のオーラがすると。


 エンマが。私が。二人が瞬きをした時にはもうそこに存在した。私が暴れちらかしたベッドの上の横に立っていた。


 「――お前は! お前はッ! 遂に表れやがったなクソ神ィさんよぉ! ぶっ殺してやるッ!」


 唐突に表れたのは、大きな蛇をその身に纏った細身の男。龍の仮面を被った男。


 殺意を叫び、大きく振りかぶって殴り掛かろうとするエンマに構わず、そっと静かに、床に散らばったケーブルの電線を拾い上げて束にした。


 エンマの動きが一瞬止まる。


 拾い上げる動作は遅かったが、蛇まみれの神と呼ばれた男は私をすっと胸の内に引き寄せ、盾のような形で、エンマの前に差し出したからだ。


 「な、なにを……?」


 私の疑問に答えはなく、次の瞬間。神は電気の通った電線を私の口を広げ、その中に無理やり押し込んだ。


 「――ごぼっ」


 「り、立花! おい。何しやがるんだてめぇ!」


 「新たな生命の誕生。そして、その生命の死を持ってエンマ君。君の物語は始まりを告げる……。なんてねぇ」


 「――あ。あぁ! た、たすけ――」


 「おい、やめ、やめろッーー!」


 「はい。デリートォ」


 「ガァ゛……」


 電流が。


 見えない死の奔流が。


 私の身体全体を貫き、焼け焦がして、その生まれたての生命を完全に殺しに掛かった。

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