第三十三話 立花という少女②
(立花視点です)
一枚の大きなガラス板で区切られた大部屋。
各部屋には一人ずつ寝ている存在がいる。
その片方が私――立花。そして、ガラスの向こう側にいるのがクローン技術で作られたもう一人の私。死んでいるかのように静かに眠っており、そこで、様々な計測類を付けられ、モニターでモニタリングされているような状況だ。
――かくいう私もその状況になろうとしているのだが。
「ねぇ、石田先生。これ、なんか怖いんだけど大丈夫? 死んだりしない?」
「――。あぁ。大丈夫だ。死にはしないよ」
「本当に本当?」
「じゃあ、早速始めていくから力抜いてね」
「あ、やっぱりこの人苦手だぁ――」
私は口に呼吸器を付けられ、頭にはヘルメット型の脳波計測装置を付けられていた。
そこで読み取った記憶を隣のクローンに移す装置らしい。極めて簡素な説明。もう少し、詳しく教えて欲しいものである。
「では、麻酔を――」
石田先生は、隣の同じく白い白衣を着た医師に指示を出す。
「――そして、神よ。今、御身の元へ向かいます――」
神の誓いが聞こえ、呼吸器より麻酔のガスが噴出され、記憶の移植が開始される。
明るい部屋とたくさんの白衣を来た医師や看護師を瞼の裏に焼付け、そのうちに意識は暗い暗い闇の底に落ちていった。
――眠るときに人間は記憶の整理を行う。一日に起こった出来事を纏めるのだ。
五感で得た情報を精査して、いる記憶といらない記憶に仕分けしてどの記憶を記録しておくかを決める。それが、人間の睡眠の役割。その結果できるのが夢である。
この実験ではその人間の習性とも性とも呼べるこの睡眠を利用して、人工的な夢を発生させると石田先生が言っていた。
人工的な夢は乱雑配置された記憶の混沌を再現するわけでなく、その人の記憶のゼロから終わりまでを夢として体感させる。
それは、一種の人生の疑似体験である。走馬灯のように一瞬で、生まれた時から現在まで記憶をフラッシュバックさせる技術。それがクローンの作成には不可欠らしい。
記憶の転写、複写、複製。言い方ややり方は様々だが、要するに同じ遺伝子を持つ私の記憶をクローンに移植すれば、自我が芽生えるのではないか。そういう研究の一環が私の殻で行われていたのであった。
私自身はこの研究を拒否できる。逃げ出すことも容易だ。
施設の自分の部屋や施設の全てに鍵なんてかかっていない。すぐにそういった行動を起こすことは可能だった。
だが、そうなると家族はどうなるのか。
関係を絶たれた彼らは一体全体どうなるのだろうか。それは想像出来る範囲のことなのか、それとも想像以上のことか。何にせよ恐ろしいことが起きること起きることは間違いない。
私は自由というものに家族という鍵を賭けられている状態。それを壊すことは出来ない。
――そして私自身、この実験が世間一般で言う違法行為であるということは勿論知っている。
だが、それを止める事ができる権力や能力を私は持ち合わせていないし、そもそも警察や検察だってそれが出来ない。
それらのトップがこの研究に資金提供や直接的な支援を行っているからだ。
汚職の恐れがあるから、逮捕や起訴しないのか。それはわからない。だが、唯一言えるのはこの研究が成功すればこの世の中は大きく様変わりするだろうということ。
私が思うに、自分のコピーが出来るというのはこんなに便利なことはない。
ましてや、その記憶を自由に改造や捏造をすれば、自分の能力を持ったまま都合の良い奴隷のような扱いも出来るし、他の有能な人間のコピーの身体を販売したりするそんなSFが起こり得てしまう。
もちろん、そうしたクローン人間は高額で販売され、秘密裏で取引されることになるだろう。
便利なものを有り難いと思う人間だ。最初は裏だけで取引されていたクローン人間もいずれは表にも販売される。そうなればどうなるか。人類が都合の良い人間だけを支配する人の営みと言えないこの世の地獄が出来上がることだろう。まぁ、あくまで全て想像の中の世界だから、こんな事起きるわけがない。きっと。
――どれくらい時間が経ったか。全然。わからない。思考の海に浸り続けていると時間なんてものは、通りすがる風より無為な物になる。麻酔が聞いている間は、夢を見るものだ。もしくは、気がつけばもう麻酔が切れて目覚めるというのが普通だ。やはり、記憶の移植はなにか違うのだろうか。身体が動かせない分、頭の中で思考が周り続ける。かなり、妙な気分だ。
「――」
雷が落ちたような声と瞼の裏から透ける微かな光が私の身体を深い深い意識の闇から強引に引っ張り上げる。
引き上げられた私の意識と身体は倦怠感でいっぱいであった。瞼に接着剤がついているのか。そう思えるほどにまぶたが重く、目を開けることが出来なかった。――というか、まじで、開かない。え?
困惑する私が、意識を強引に覚醒させる。すると先程の雷が落ちたような声が人の怒号だと知る。それに破壊の轟音が怒号と合わせて耳を猛烈に責め立てる。
「――オラァ! 神はどこじゃ! ぶち転がすっ!」
「ひぃ!? なんだこのガキ! どこから……ぐはぁ!?」
「あぁん? オメェには関係ないだろうが! すっこんでろよおっさん。あんたは人間の皮をかぶり腐ったゴミなんだからよぉ。――んで、聞いてんだ。おめぇだ。おめぇ。なぁ女ぁ、眠そうな顔してんじゃねぇぞ? 神がいるんだろぉ? ここにはよぉ!?」
――そこで出会ったのは、ガラスで仕切られた大部屋の鉄製の扉を強引に蹴り破って現れた極めてガラの悪い一人の青年、――八薙エンマであった。




