第三十二話 立花という少女①
(立花視点です)
――では、ここから語る世界は私の内包された過去のお話。
数多の光と闇が同居する混沌とした街、東京。
ここで生を受けた私は順風満帆に生活する……はずだった。
私の出生は政府にとっては問題のある存在だったらしく、すぐに様々な組織が私とその家族を殺そうとした。必死に逃げて、逃げたその先に彼が居た。私の救世主とも言える彼が。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
ニカッと白い歯を見せつけて笑う彼は、高身長で高収入の企業を経営する社長をしているイケメンだった。その黒いスーツには私を救うための拳銃が隠されていた。
バンバンと敵の組織に撃ち放ち、私を救ってくれた。
そこから、私たちは愛を育み、サッカーチームが出来るほどの沢山の子宝に恵まれ、末永く尊い日々を暮らした……。
「――はい、嘘です。ごめんなさい。全部妄想です! あ、エンマちゃん! その固く握りしめた拳はなに!? 私に、向けるもの? キャー! 誰か助けてー―」
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私は東京都で生を受けた。もう、どこの街だったかも思い出せない。
小さい頃の記憶も曖昧だが、一般的な父母子の3人家族で日々を楽しく暮らしていたと思う。時折、喧嘩したり、泣いたり笑ったりするようなそんな微笑ましい家庭。そうであったと私は信じたい。
私が7歳の頃。父方の祖父が無くなった。死因は私にだけ知らされず、母と父だけが聞いていた。……誰かに恨みを買って刺されたと風の噂で聞いたがそれもあるかもしれないと思った。なぜなら、個人が抱えるにしては重すぎる負の遺産があったからだ。
葬式が行われる時に初めて祖父が、至る所に借金を繰り返していた事を知り、父と母は相続の際に引き継いでしまった。相続の事が詳しくなかったのだろう。怖い人(恐らく借金取りの方)に取り囲まれて、泣きそうな顔で二人ははんこを押していた気がする。私も拇印を押した記憶が微かにある。そこからだ、私の人生がそれまでの普通と変わったのは。
借金を帳消しにして、それまでの悪い交友関係を全て解消しましょう。
そんな夢のような世迷い言を言う人が現れた。
それまで、父と母は常に憂いを顔に出し、死を身体で表現するように目を真っ白にして働いていた。
その二人に取って、この申し出は藁にも縋る思いだったのだと思う。両親はすぐに、提案に賛同して、契約書の内容も禄に確認しないまま罪と判子を重ねて押していた。
その人はとある宗教団体の役員であった。
様々な所に顔がたつ宗教団体らしく、農業、林業、漁業等の分野にも資金提供を行っていたそうだ。
そして、一番宗教団体が手厚く協力体制を取っていたのが、クローン技術を手掛ける研究機関であった。
私はそこに齢7歳で宗教施設に入らされた。
父と母と引き離される形で。
確か、あの時はわんわん泣いた記憶がある。目を腫らして、鼻水を垂らして、声が枯れるまで泣いた。そんな記憶があったと思う。
宗教施設の人は優しく、両親に会えなくてもそこまで寂しくなかった。事情を飲み込めていないというのもあったし、少しの間したら会えると子供心に思っていたのもある。
その当時の心境からして、きっと病院に入院するような感覚だったのだろう。
現に、身体の血を抜いたり、点滴を打たれたりしたので余計だ。
1年の時が過ぎたとき、いやそれよりももっと前かもしれない。
私はようやく、自分が捨てられたと認識した。正確に言えば、売られたというのが正しいが。
一枚の写真が決定的であった。
両親からの手紙。全てが簡単な漢字とひらがなで書かれており、私に配慮したのだと見て取れた。だが、手紙の内容は別れの言葉で締めくくられていた。
『もう、会えないけどどうかお元気に。私たちはあなたを愛しています』
意味がわからなかった。理解より先に感情が涙を流した。
泣いて泣いて、泣いた先に手紙からスルリと写真が出てきた。
そこには、今にも死にそうな顔と痩せに痩せこけていた両親とは似ても似つかないふくよかな母とスマートな父の幸せそうな姿が映っていた。
そこが一番捨てられたと思った瞬間だった。
宗教施設の人に聞くと、両親は私を捨てたわけじゃなくて、神に捧げた。
そう言っていた。
結果的には、父と母は私と引き換えに負の遺産を帳消しにしたとそういうことであった。
そこから、私は施設が運営をする宗教に入り、神に捧げたとかいう言葉の意味を理解しようとしたができなかった。
なんだ、享受の神って。
なんだ。世界を救うって。わけわからん。
だが、これだけは忘れないようにした。両親が私を愛しているという事実だけは。
そして、齢17歳。いろんな事があった。
宗教施設が運営している病院で身体の血をほとんど抜かれて、死にかけたこともあった。
新たな自分の名を授かるという式典に参加させられた。私はいらないって言って帰り、後で滅茶苦茶怒られたこともあった。
施設の中で、私以外の子供もたくさんいた。各、月に何人かは指定の病院に向かわされ、そのまま帰ってこない子が多かった。1人、また1人と子供が居なくなっていた。
――そして、あの日。私は病院でもう一人の私と出会った。喋ることはできないし、目も開けることもできなかったがそれはたしかに私であった。
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1つの大部屋がガラスで区切られ、2つの部屋になっている。
私がいる方向と反対の方には、ベッドが置かれていた。そこで、なにやらよくわからない機械が並び、様々なメーターや計測値などが動いていた。
そっと、ガラスに手を当てる。向こうにいる私という謎の存在に思いを馳せて――。
「――立花君。待たせたね。じゃ、始めようか」
「ひゃい!?」
「あぁ、驚かせてしまったね。まぁ、座りなさい。聞きたいことは沢山あるだろうけど、ね」
着席を促され、向い合せに設置された丸パイプの椅子に座る。
対面に座る人は宗教施設に関係する病院の医師だ。
白い白衣に、聴診器を首から下げる坊主の医師。歳は40を越えているだろう。顎ヒゲもすごい。ふさふさである。名は――、
「んで、“石田”先生。今日はあの子について教えてくれるの?」
「そうだね。だが、まずこの書類にサインを」
「あ、はいはい」
いつもの内容のわからない書類にサインを書かされる。内容が全部英語で書かれているから内容はわからない。施設では基本的な教養は学ぶが、こんな筆記体で書かれた英語なんて読めるわけがない。でも、基本は医療行為に対しての同意のサインだから別に内容がわからなくてもべつにいいのだ。
――その他にも多くの外国語の種類に自分の名前のサインを書く。
それが数十分掛かる。大変面倒くさい。
「――これでいい? 正直なんて書いてるか、わかんないよ先生」
「うん。まぁ、わからないほうがいいのかも知れないね」
「もう~ちょっと怖いよ、石田先生~」
「――じゃあ、説明を始めようか」
「あ、はい」
――正直この先生は苦手だった。自分のペースに巻き込めない堅物な先生だからだ。そして、最低限のことしか言わない無口な点も私は苦手であった。
他の看護師さんとかは仲良く出来るのだがどうしても石田先生だけは出来ないのだ。
「横にいるのは君と同じ存在。クローン人間。これは見たらわかるね?」
ガラス板の向こう側を指差す、石田。だが、そう言われてもピンとは来ない。それを見兼ねたのか、
「君の血や細胞を培養して作ったクローン人間って言えばわかるかね?」
「なんとなくわかりました」
「それで、そのクローンに君の記憶を移植というか、コピーさせてほしいんだ」
「え? そんなことできるんですか?」
「あぁ。できるとも。それに、了承のサインはもう頂いたからね。拒否もできないんが一応聞こうか。記憶の移植を手伝ってくれるかい?」
「あ! あれってそういうサイン……! いいけど、なにすればいいの?」
「簡単さ。そこのベッドに寝転がっているだけでいい。それだけで僕を含めた医療チームが準備を進めるからさ。さ、待ってて。すぐ準備して、すぐ済ませるよ」
「えぇ……、私了承のサインはしたけど心の準備が! って、言っちゃった……」
言うだけ言ってさっさと石田先生は席を立ち、扉の向こう側に消えていった。
そこに残されたのは私とガラスの向こう側に眠るクローンの私という異様な二人。
私は備え付けのベッドに寝転がり、不安な気持ちを隠すように目を瞑り、羊の数を数え出した。




