第三十話 着物の少女②
(エンマ視点です)
「やっほー、エンマちゃん。久々だね」
そう、自分の名前を呼ばれる。その姿は黒髪を後ろまで伸ばした茶色の瞳の少女。赤い彼岸花柄の着物を着た少女は朱華そっくりではあるが、そうではない。
――朱華はクローン人間である。クローン人間はオリジナルが存在する。それが目の前の立花と呼ばれる少女。俺が救えなかったもう一人の少女。それが、俺の召喚術を通じて、神輿から出てきた。思考が追いつかない。なにから考えればいいのか。なにから――。
「――おーい。身体、大丈夫そ?」
「あ、あぁ……。だ、大丈夫だ。身体中から血が吹き出しそうなほど痛みがするだけで全然傷なんかはない」
「それ重傷ってやつだよ……エンマちゃん……」
呆れたように息を吐き、片目を瞑りやれやれと両手をひらひらと振る立花。その姿はやはり、生前見た立花そのものだ。そして、朱華の動きとも重なる。それがなんとも言えない気持ちにさせる。自分の心が鉛のように重くなるような、そんな感覚。
「で、もう一度言うけど待たせたな! 皆々様!」
「――お、おう」
「なぁーんだよ! ボケてるんだからツッコんでおくれよ~」
「……な、なんでやねん」
「アハハハッ! なにそれ、そんな覇気のないツッコミ、エンマちゃんらしくないよ!」
――ペースを完全に掴まれている。俺が聞きたいことが全く言えないし、考えられない。
まず、なぜ気づかなかったのかと自分に問いただしたい。
「やっぱり、気になる? 私がここにいる理由?」
「そりゃぁ、聞きたいことは沢山ある……けど」
「けど?」
「お前の事を忘れてたのは俺の問題かもしれない。だから、答えは言うな。なんとか思い出すから」
「アハッ! やっぱりエンマちゃんはエンマちゃんだ。変わってないね。でも安心して――」
「二人で駄弁ってる暇はもうねぇですよ!?」
「フヒヒ、時間切れ。もうあの壁は無い……よ?」
気がつけば【閻魔神楽】の時間が切れ、神輿と祭囃子が消えていた。その神輿の周辺には多くの重い攻撃を受け止めたであろう痕跡がクレーターという形で残っていた。
「兄さん!」
「――エンマちゃんの問題じゃないよ。これは私が選んだ問題だから」
地面と下駄の音がカタンカタンと心地よいリズムを奏でる。
それは立花が駆ける音。そして、続く重くて鈍い鉄の音。立花が跳躍し、右手の掌底を巨人のマネキンに叩き込んだ音。マネキンに衝撃が全体を伝う。
「とりあえず、倒れて、ね? 巨人のマネキンちゃん?」
「キヒッ!? 私にも衝撃が伝わりやがります!? なんだ、それ……?」
「フヒヒ、こういう時、悪役は倒されるもの……ガクッ……」
「い、一撃かよ……、苦戦してた俺って……」
「に、兄さん……」
妹に同情の目で見られて兄心としては複雑だった。
後ろ向きに盛大に倒れ、砂煙が空に舞う。マネキンの中から、ボソボソ声が聞こえるから陰湿な声の燐音も無事だろう。
肩の上に乗っていた幼い声の燐音ズの一人は、泡を吹いて倒れていた。
身体は燐音のものだから、一先ず起こして、スマホの燐音とコードを繋ぐ。
「あ、そこもっと、優しく。できるだけ身体を触らないようにお願いします兄さん」とか言われたが、触らないようにするほうが難しい。
そこは目をつぶってほしいものだ。こちらのやり取りが終わり、燐音の意識が元の体に戻り、起き上がるとそれを見計らったように、背伸びをした燐音が話し初めた。
「――さ、じゃあ。お話しようか。エンマちゃん。と妹さん。大事な大事なお話しをさ」
「あいや、いや話もそうだが、まずあいつ――朱華の安否を確認しくちゃなんねぇ! 」
俺は急ぎ足で、コロッセオを見渡せることが出来るVIP席だと思うがそこに向かう。
後ろからは、
「あらあら、私より大事な人ができたの~? あんなに熱い夜を過ごしたのにぃ~?」
そんな事実はない。断じて。横で一緒に走る燐音の視線が痛い。やめろ。そんな女たらしみたいな目で見るのはやめろ。
「はぁ、そんな熱い夜は存在しないし、過ごした覚えもない」
「アハハハッ! やっとエンマちゃんらしいツッコミが聞けたぁ~! 嬉しい~!」
後ろを振り返りながら、返答したがそこには喜びの舞なのか、腰をくねらせ、黒髪を揺らす立花の姿があった。
――横で走る、妹の目が一層厳しい目になったが、これは冤罪だ。別に何かったわけじゃない。妹の教育に悪いので止めていただきたいものだ。
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――VIP席にたどり着いた後、一瞬死んでいるのかと思った。だが、それは杞憂であった。
ちゃんと、息もしてる。ただ眠っているだけだ。急いで駆け寄って脈も測ったがちゃんと正常だ。
「ふぅ……、とりあえずは大丈夫か。しかし、身体を奪うって言ってたのは何なんだ?」
「あぁ、『ワタシ』が朱華さんをさらう時に言ってたことですね。あれは言葉通りのことです」
俺の横に立つ燐音は、ツンツンとVIP席の手すりの上に立つ、朱華が連れていたカラスをつつきながら答える。
「言葉通りって……あれか? 身体を奪うってやつのことだよな。でも、それって燐みたいな同じ存在同士じゃないと身体の貸し借りは駄目なんじゃないのか?」
「うん。基本はそうです。そのほうが身体に不具合が生じないんです。けど、」
「けど?」
「空っぽの身体なら話は別です」
「――! そうか、あのマネキンそういう原理か!」
俺はそこでようやくあのマネキンが動いている理由がわかった。
本来、身体を持たない魂は輪廻転生の為の動きしかできない。三途の川に渡るためにそこに向かうように魂に刻み込まれて動いている。だが、身体があればそれは自由に動ける。その理屈で言えば、マネキンの中に魂が存在しているのに説明がつく。
「いやでも、朱華はあれだぞ。魂があるはずだ。空っぽの身体の訳――」
「あれ? 気づいてなかったんですか。兄さん」
「え? なんの話、だ」
――何か、これを聞いてはいけないようなそんな焦燥感が身体のそこから湧き上がる。
その言葉を俺は知りたくはなかった。いや、認めたくはなかった。
「朱華さんは魂が――むぐぅ」
「――おーっと、それ以上は私が話そう、妹ちゃん?」
後ろからついてきた立花が、燐音の口を指で遮る。
「な、なんだ。どういう事だ!?」
「まぁまぁ、お話があるって言ったでしょ、エンマちゃん」
立花は、燐音から指を離して、俺と燐音に指で合図をする。VIP席のフカフカの赤いソファそこに座るようにと。
「よいしょ。さて、端的に言うとだね――」
「やめろ。あいつはやっと名前も自分の事も認められたのに――むぐぅ!?」
「そう。それは知ってる。朱華ちゃんのことは私もエンマの中から見てたからね」
燐音にしたように、俺の口に立花の指が立ちふさがる。
「――ぷはっ! な、なにしやがる! 俺は朱華の為を思って」
「ううん。違う。違うよね。エンマちゃん。君は優しい。だから、そういう人を思えることが言える。でもね、これだけは言わなくちゃならないんだ」
「そ、そんなこと……」
「に、兄さん、私もしかして失礼なことを言おうと……?」
「あ、いや! 燐は悪くない。悪いのは聞く覚悟ができてない俺だ。俺が悪い」
息を吸い込む。深く、さらに深く。そして、ゆっくり細長く息を吐く。
自分の顔を手のひらでバンバンと叩き、覚悟を決める。
もう、何を知っても驚いてやんねぇ。
「――いい? 私は朱華ちゃんの記憶と魂。そして、朱華ちゃんは身体。私の器なの」
「器……、なんだそれ。お前が本体であいつが偽物ってそういうことか?」
「あ、違う違う、怒んないで!」
ぶんぶんと手を振り、否定する立花。どうやら、感情が言葉と顔に出てしまっていたようだ。
駄目だな。俺は。すぐに感情的になってしまう。
「あの子は、クローン人間であることには間違いないの。でも、それには私の過去を話さなないといけないけどいい?」
「? お前の過去なら知ってる。お前はあのあと神の儀式に巻き込まれて死んだ。そうだろ?」
そう。俺の認識ではそうだ。それが違う……? どういうことだ。
「ん~、あれだね。たぶん、平行世界とか螺旋世界の違いだろうね」
「平行世界と螺旋世界……か」
「そう、そのどちらかが影響してる。エンマちゃんは私を知ってるし、私もエンマちゃんを知ってる。これだけなら平行世界の私って言えるんだけど、うーん。じゃあこれだけ教えて。それでわかるから――私はどうやって死んだかを」
「――お前は、神を降臨する依代として、あの腐った研究機関の奴らの手で殺された……」
「うん。ありがとう。エンマちゃん。言いたくなかったよね、ごめんね」
急に頭に温かい感触がする。それは手を伸ばしてきた対面の座る燐音の手が撫でてきた。
俺の心臓が跳ね、思わず立ち上がってしまう。
「!?」
「あ、驚かせちゃったね。ごめんごめん。つい、弟のみたいに扱っちゃった。えへへ。――んじゃ、私は螺旋世界の私だ」
そう、結論付けた燐音は続けて、
「私の死因はね、私のクローンに魂を癒着させようとした過程で死んだんだ」
立花は髪をかきあげ、静かに俺が知っている死因と異なる事を言い放った。




