第二十九話 着物の少女①
(エンマ視点)です
――折角、体の中の罪人の魂をマネキンから取り出したのに、そのマネキンの抜け殻が集まって、大きくなるというのはなんなんだ。
衣料販売店によくある目も口もないマネキン。その巨大なバージョン。
そのマネキンの巨大な一撃は、振りかぶられた拳の質量と圧倒的な速度で俺の方へ打ち出される。まるで、隕石の落下のような重い一撃。それをなんとか、両の掌で持ちこたえる。
俺の足を支える地面は拳の重量に耐えきれずに、悲鳴の音を上げる。
かくいう、俺も腕と足の限界だ。押し返せそうにもなかった。そして耐えきれる、押し返せる以前に、高速で打ち出された拳は超高温であった。
「――くっそ熱いなぁ!? おい! くっ! 駄目、か!?」
「兄さん! これは耐えきれないです! 一旦離脱を!」
「あぁ! そのほうがいい、なっと! あ、危ねぇ……」
首にぶら下げたスマホに入る燐音からの一言で、腕をわずかに弛緩させて、降り掛かっていた拳の重量を受け流す。マネキンの巨人の拳は俺が先程まで居た場所に小さくないクレーターを作り出す。凄まじい衝撃の余波がこっちまで飛んでくる。
「フヒヒヒ。さすが兄さん! やるねぇ。じゃあ、連続ならどう?」
「こ、んの! オラオラオラオラオラオラオラオラァ!」
「キヒヒヒヒ! やっぱり、楽しませてくれやがりますね! エンマ兄!」
拳を嵐のように打ち込み、マネキンと俺の拳がぶつかる度に雷のような轟音がコロッセオを轟かせる。
だが、俺の拳の威力が弱いようで、マネキンの上からの高速の連打には耐えきれなく、拳を打ち込んでは離脱。拳を打ち込んでは離脱――。その繰り返しで、防戦一方だ。
――あの巨大なマネキンの中から、陰気な燐音ズの一人の声が聞こえる。マネキンの巨人の肩の上では別の幼い声の燐音が、この戦いを称賛していた。
対抗策はいくつかある。だが、それをすればどうなるか。
ここに肉体のあるものだったら死にはしないだろう。
だが、魂だけ存在で肉体を持たない燐音ズはどうだろうか。
眼の前の巨大なマネキンから、動力源である魂を掴み取ることは可能だ。
そう、現に他のマネキンの霊は身体から、抜き取り、山のように積んである。
――いや、魂の山が無い。あの巨大な拳が打ち込まれる前にはあったはず。ではどこに?
「――兄さん! あ、あれ!」
「――な、なんだぁ!?そりゃ!」
考え事が長すぎたようだ。拳を打ち込んでいるのに集中していて、燐音に声をかけられて初めて何を叫んでいるのかを理解した。
巨大なマネキンは、右足を上げる。その足の裏には、小さな影、子供の大きさのマネキンが大量にしがみついていた。
右足を踏み降ろすと、その勢いのまま子供のマネキンの大群がミサイルのように俺たち目掛けて飛んでくる。
「まじか! 魂を足で踏んづけて、マネキンを生成しやがったってことか!?」
「兄さん! 行ける!?」
「お兄ちゃん頑張るけど、ちょっと無理そうかな!」
「えー! じゃ、じゃあどうするの!?」
驚きに満ちた燐音。降りかかる子供のマネキンのミサイル。そして、次弾の巨人マネキンの右足の踏みつけ。
「キヒヒヒヒ、ぶっ潰れるです」
「フヘ、これはもう私達の、勝ちだね。『ワタシ』」
俺は静かに眼を瞑る。ギリギリまで、ミサイルを寄せ付けて、寄せて、寄せて、寄せる。
「――兄さん!」
燐音の迫真の声が聞こえる。だが、まだ。まだまだ。
「ぶ、ぶつかるっ!」
――その瞬間、両目を開き、【八薙神】の全権能を発動する。
「全てを見通せ、八咫鏡。全てを切り裂け、草薙ノ剣。全てを越えろ、八尺瓊勾玉。八薙神全開放!」
瞬間、時間が止まる。いや、時間が止まったと錯覚出来るほど周りの光景の全てがスローになっていた。魂の穢れや、真実その全てを見破る【八咫鏡】。その本質は鏡。それを眼に移し、マネキンのミサイルの動きを全て鏡に反射させ、脳にその情報を送り、正確に見通す。
これを可能とするのが、【八尺瓊勾玉】。身体能力と思考速度を一時的に極限まで高める極上の勾玉。
全てを見切れるのはこの、極限まで高められた思考速度の影響。
もはや、眼前まで迫ってきていた子供マネキンのミサイルに全て確実なる拳を打ち込み、攻撃をぶった切るのは【草薙ノ剣】。拳に乗せた権能は、魂を三途の川の向こう側に飛ばすだけではなく、その穢れをも断つことが出来る。
――そして、スローになっていた景色が、もとに戻る。
「うおぉー!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッッ!!」
次々に、頭から突っ込んでくる子供マネキンのミサイル。それを高速――神速の拳で正確に打ち返していく。その半分を打ち返し、息を吸い込むまもなく吐き続ける。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ! ――ぶっ飛べぇ!!」
10、20、30……と次々にマネキンをぶっ飛ばしていき、最後のマネキンを打ち返し終え得た。
俺が山積みにしていた魂とおおよそ同じ100の魂が入ったマネキンをようやく全て打ち返した。
だが、まだ攻撃は終わっていない。今度は巨人のマネキンの踏みつけ。だが、権能で酷使した身体が痛みという悲鳴を上げて俺を襲う。
「がぁっ!? や、八薙神の権能のせいで全く、か、身体に力が入らねぇ!」
神速の拳は師匠が使っていたパンチの猿真似。本来は師匠との戦いで使いたかったが使う暇が無かった。そして、これを使えば身体に負担がかかりすぎる。
立つことすらままならない。拳ももう打ち込めそうにもない。
足が震え、腕がだらりと下がり、身体という身体から、血が吹き出しそうなほどの激痛が走る。
だが、この痛みを奥歯を噛み締め耐える。
身体をあまりにも速く動かした影響で、首にかけていたスマホが地面に落ち燐音と目が合う。
俺は不死身だが、燐音は違う。このスマホが壊れればそれまでだ。ここで身体を動かせなくてどうする。心が折れるな。助けろ。今度こそ。
――この身を呈して、無様な姿でも必ず守れ。守りきれ。
「あ、ありがとう兄さん! ――兄さん!? 危ないから離れて!」
「――大丈夫だ。お前は今度こそ、俺が守る。なぁに、兄ちゃんは不死身だからさ」
「ふ、不死身? それでも! 私は兄さんに痛い目に遭ってほしくない! ――ってなんか兄さん光ってる!?」
「あぁ、光るさ、兄ちゃんだからな」
「そんなわけないよ!?」
「あぁ、たしかに言われれば光るなんてそんなの――」
俺がそこからは、一瞬瞬きもできない刹那の瞬間。
瞬間、踏み降ろされた巨人の右足は黒い光に包まれた。
「すごい、光!?」
「俺の身体が!?」
「キヒヒッ? なんの光でやがります?」
「フヘ、破滅の光とか……言ってみたり……」
ピューピロロロ、ドンドンドン。軽妙な音楽は、笛と太鼓の音で構成されている。
それは、祭りでよく聞く祭囃子と呼ばれる音楽。
黒い光は収束する。そこに表れたのはこの空と同じ黄金色の豪華絢爛の神輿。そして、その神輿の上に踊る赤い彼岸花の柄の着物を着る少女。
その顔には狐のお面を被っていた。そして音楽に合わせ、扇子を持ち、神楽を舞い踊る。
「!? って、この神輿全然壊れねぇでやがります!?」
「フヘ? 頑丈ってレベルじゃない……」
巨人の踏みつけは黒い光が止めたのではなく、この神輿が止めた。
法被を着た黒子に担がれた神輿の黄金色の屋根は鋼のような強靭さでその美しい造形を崩さずに受け止めきった。
何度も何度も踏みつけ攻撃が繰り出されるが、エンマの目の前の神楽がその全てを受け止め続ける。
その度に祭囃子が大きく聞こえ、神輿はギシギシと揺れるだけでびくともしない。
「くっそぉ! 壊れ、ねぇですね!?」
「硬すぎ、フヘヘ」
――その神輿は俺の作った召喚術の【閻魔神楽】であった。だが、おかしい。口上も無しに召喚術が発動した? どういう事だ。
「な、なんで使ってもないのに閻魔神楽が……?」
「見て! あの人……」
スマホに目を向けると、画面から外の神楽に向けて指を指す燐音。
「すごく、似てる。雰囲気というかなんというか似てませんか? 兄さん」
「――似てるって誰にだ? 燐」
「――でも、似てる? いや違うかもしれな、いやいやそう。……多分違うと思います」
含みのある言い方に俺は困惑する。
「ごめんな。兄ちゃん察しが悪くて分かんねぇや。あの着物の少女が誰に似てるんだ。あいつは、召喚術を作ったときから一緒に……居た。いや、いたか……? なんだ。何かおかしい」
そう、おかしいのだ。記憶の混濁がある。長年生きてきて記憶の忘却が始まったとかそういう老化現象の忘却ではない。
なにか、スッポリ抜け落ちているような。
そこで、少女の声がコロッセオに鳴り響く。
「――やぁやぁ皆々様、待たせたな!」
その狐のお面を取り、神楽の舞を止めて神輿から降りる。翻る着物の袖、舞い上がる黒髪の風。
そして、こちらにゆっくり近づいてその狐のお面を取る。
その姿は。
「――朱華。いや、お前は……」
「やっほー、エンマちゃん。久々だね」
朱華のオリジナルの黒髪の少女。立花その人であった。




