第二十八話 夢の間でエンマと閻魔とマネキンが
「別に来たくて来たわけじゃないけど、来ちゃったなぁ……、この世界」
私がいるここは、今まで居たコロッセオのVIP席ではない。
地平線の果てまで続く天井と床も全てが真っ白。
ここは、夢の世界。私が命名した権能【アマデウス】の白亜の世界である。おそらく。以前は享受の神の影響でここに来たが、まさか気絶して来れるとは思わなかった。
――というか、私、眠ったり気絶したり忙しすぎない?
「まぁ、でもいいか。パソコンを使えばすぐに脱出出来るだろうし」
「――まぁまぁ、そんな急いで行かなくてもええじゃろて」
「――? いま、見知った声が……、いやそんなはずは……」
その声は、ダンディなイケてる声。その声の持ち主は三途の川の向こう側にいるはず。
「そんなはずがあるんじゃよな~、夢の世界にようこそ! って招いたのはワシなんじゃけどな、カカッ!」
声の方向に振り向くと、快活に笑い声を上げる老人、ここには居ないはずの背高の老人である先代閻魔の姿がそこにはあった。
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「カァ~」
こちらも私が命名したカラスの鴉丸。だが、鴉丸はこの【アマデウス】の白亜の世界には居ない。いるのは私が気絶した状態で横たわっている死後の世界。
現在、コロッセオのVIP席からその闘技場を見下ろす、鴉丸の視界を“共有”して、外の世界を観測しているのだ。
「おぉ~……すげぇ戦い。ん? 烏丸の視界がブレて……? え? 嘘! あの横になってるは一体誰だ……? ――あぁ~、何だ。ただの黒髪の美少女か」
「朱華よ、自分の姿を見て美少女とか言って悲しくならんか?」
「ならない! だって、私は美少女だもん。美・少・女だもん!」
「えぇい! わかった! わかったから、老人の耳元で叫ぶでない!」
――視界の先、エンマとその首にかけられたスマホの中の燐音は現在、ロリ燐音がどこからともなく召喚した大量のマネキンと戦いを繰り広げていた。
「くっ! こいつら全員、罪人の魂を入れられてんのか!? ――これは消耗戦だぞ!?」
マネキンの大群そのものの動きは怠慢だがその威力は凄まじく、マネキンの空を切った一撃は空気を破裂させ轟音を鳴らし、地面を叩いた拳はその場に小さな窪みを作り出していた。
その各々のマネキンが酔っ払いの千鳥足のようにヨロヨロと動き、エンマに襲いかかる。その数は私から見ておよそ10程度。
だが、その後ろで、ロリ燐音がまだまだ追加のマネキンを地面から作物を引き抜くように次々に引っ張り上げていた。
「キヒヒヒッ! もっと! もっと! 楽しませやがれ、です!」
「――兄さん! 高速の攻撃が右方向! 左方向! 同時に攻撃来ます!」
「まじか! 体力を回復する暇もないな!? オラオラオラッ! ――助かった、燐音!」
「……、いえ私は指示しただけです――えへへ」
燐音の的確な助言により、拳を高速で動かして連打を繰り出しマネキンを迎撃するエンマ。
その後の少し、燐音が照れたように私は見えた。
――しかし、あんな遠くにいるのに会話をしっかり聞き取れるっていうのは凄い。これもこの【アマデウス】の権能の力のおかげだろう。
「しっかし、こうも連続でしかも大量に来られると次の手が困るのぉ」
「ですなぁ。こりゃあ、敗北濃厚ですわ――って言ってる場合じゃない! やばいじゃん! 助けないと!」
「おっ? 危機感持ったのぉ。カッカッカッ! いいことじゃ!」
歯を見せて笑いかけてくる先代閻魔。この爺さんはいや、この享受の神の別側面の老人はいつも笑っている。そこが、何を考えているのからないところでもある。
ここにいる理由を聞いたが、『まぁ座れ』と言われ、流れるままに鴉丸の視界を通じて外の世界を観測して、冗談を言っていたというのが現状。そして私はエンマがピンチな状態を見て、先代閻魔の空気に流されていることに気づき、思わず立ち上がり、先代閻魔を睨みつける。
「で! もうここから出るんだけど、先代はなんでここにいるの?」
「カッカッカッ! そう焦るでない! ワシはワシが居たい所に現れる。そう今は、この世界がそうじゃな。で、朱華よ。お前さんに話しておかないといけないことがあるんじゃ」
「――それって私を殴り飛ばす前に言ってたら良かったんじゃない? 今、急いでるんだけど」
「まぁ、そうじゃな。でもタイミングってのがあるじゃろ? 今がその時なんじゃよ」
「いや、何ならタイミング最悪ですけど」
「あれ? 確かに! カッカッカッ!」
――私が早口で捲し立てが帰ってきたのはやはり、快活な笑い声。最初はいつも笑ってるお爺さんだと思っていた。冗談も言い合った。だが、ここに来てなにか不気味な人間じゃなさをひしひしと感じる。言動からではなく、その行動というのだろうか。それが私の中の野生の感の警笛を鳴らす。
「じゃ、そゆことで! 私は現実世界に帰らせてもらう!」
私は先代エンマに背を向けるようにくるりと踵を返し、以前帰る事の出来たパソコンがある所へ向かう。場所は私の記憶が具現化された場所。ここから見える距離にある。
あそこに行けば外の世界で目覚めることが出来る。だから、足を必死に動かし向かう。
「――立花の居場所を知っている」
静かに語られた言葉。その言葉は重く。ピタリと。私の駆け出した足は止まった。止まってしまった。
「お、興味を持ったか? じゃあ続けて言おうかのぉ」
先代はその灰色の髪を撫でながら、じっと河伯色の瞳で私に告げる。
「では言うぞ? ――お主のオリジナルの存在、立花は閻魔の中にいる。そして、そこから立花が本格的に出てくればお主の存在は、魂は、虚無へと帰るということをじゃな」
――立花が閻魔の中? わけがわからない。確か、エンマが立花は死んだと言っていたが、それは嘘なのか。いや、この先代が嘘をついてる可能性がある。どちらが真実か。
色々と言わなければならないこと、聞きたいことがあった。だが、私の次点の言葉は出なかった。
なぜなら――。
「よっしゃぁー! 全員ぶっ飛ばしてやったぞ! オラッー!」
「兄さん! あれ!」
「って、なんじゃそりゃ~!?」
テレビに映し出されている鴉丸による外の景色。エンマが勝利の雄叫びを上げていたがその声を燐音が遮った。
――マネキンの真ん中にあった青い人魂。それをすべて拳で穴を開けて取り出したエンマ。
だが、そのマネキンがプルプルと震えだしたかと思えば、最終的な総数100を超えるマネキンが一つの塊となり、コロッセオを超える巨人のマネキンと姿を変えたのだから。
「あー! もう色々起こりすぎ! 私はどっちに集中したらいいのぉ!?」
「カッカッカ! 青春じゃのう!」
「って、一つは先代の言動も含まれるよ! もう!」
「ありゃ、そうじゃったな、カカッ!」
私の怒りは先代に向けられるが今はそういう場合じゃない。エンマがやばい。
白亜の空間には、テレビに映るエンマに迫りくる巨人型のマネキン。そして、自分の存在が消えるかも知れないと言われた私。そして、それを言い渡した先代閻魔。混沌した状況は進展を見せずに、新たな笑い声と聞いた笑い声の二つで遮られる。
「キヒヒヒヒ! このマネキンの全てが罪人の魂かと思いやがりましたか? ――残念! 最後の巨人のマネキンを操るのはこいつでやがります! でやがれ! 「ワタシ」!」
「ふひひひ、この最後の最後で出てくる最終兵器感。私は嫌いじゃない……、むしろ好き」
胸に穴が空き、罪人の魂がくり抜かれ、それらが一つに集まり巨人となったマネキン。そのマネキンから陰キャ燐音の陰湿な笑いが聞こえてくる。
「――じゃあ、ぶっ潰れて、ね? 兄さんと「ワタシ」」
巨人のマネキンが振りかぶる拳はまるで隕石が落ちるが如く、凄まじい轟音を轟かせ、超高温の赤い熱を帯びて迫り、そして、巨人の死の拳がエンマと燐音に対して叩き込まれたのである。




