第二十五話 溜め込んだ感情は涙となる
(エンマ視点です)
不気味な外見の塔の中。
俺は芝生の床の上に正座で座り、燐は塔の真ん中にあるハンモック横のモニターに映し出されている。寝床にしているのだろうか。ここで何をしてきたんだ。そんな簡単な質問さえ口から出すことが出来ない。
「――」
「……」
「――――」
「…………」
――沈黙。まるで、この世界に二人しか居ないようなそんな錯覚を覚える程の静けさだ。
原因は俺と燐――、燐音との関係にある。
俺達は兄妹だが、義理の兄妹だ。
生まれて一緒に過ごしてきたわけじゃない。燐音が5歳の時に初めて出会った。
そこから、養子の話や色々重なり、結局兄妹となった。
燐音は俺を兄さんと慕ってくれていて、俺も妹として扱ってきた。でも、こう言いたいことや言われたいことを言い合ったということがない。喧嘩というのもあまり経験がない。だからこそ、こんな気まずい空気が流れているのだが。
「――あ」
「……あ」
「!? 兄さん、どうぞ……」
「!? いや、燐のほうが先だったろう……」
「――――」
「…………」
全く同時に言葉が紡がれた。だが、その後の言葉が出てこない。
朱華や燐音ズが居た時はスラスラと喋れていたのに不思議である。いや、居たからこそ喋れていたのかもしれない。
長年のブランク。会わなかったが俺は燐音の事を考えていた。(共に過ごした記憶は曖昧なのだが)それ故に、余計に何を言えば正解なのかがわからない。
後は、ここに来るまでの先代閻魔――享受の神との事も静まり返った環境ではつい、考えてしまう。あの人は一体何者なのか。一体何者だったのか。今、何をしているのか。
――駄目だ。いろんなことが頭をぐるぐる巡って何を言いたかったのかわからなくなる。
何を。何を言えば。俺は。俺は一体何を言いたかったんだ――。
「――兄さん!」
「燐……?」
「顔色悪いですよ……。大丈夫、ですか?」
「――あ、あぁ。ありがとう。大丈夫。ちょっと考え事してただけだ。悪い」
「そう、ですか」
「――」
「……。――はぁ、何やってんだ、俺は。」
妹に心配された。それはきっと俺が情けない顔をしていたからだろう。
折角生きて会えたのはこんな心配させるためか?
――エンマ。お前はそんな事の為にここに来たんじゃない。
――言えよエンマ。お前は言わなくちゃならない事があるだろ。
「ごめん。俺はお前を。燐を助けられなかった。眼の前で腹を貫かれて、そこでようやくお前が危ない状態だと、でも俺はどうしようもなかった。あのクソ神に身体を拘束されてたんだ。でも、どうしてもお前を助けたくて、俺は地獄も天国もぶち壊して。それでも燐が死んだ事を認めたくなくて。だから、手を離さないようにしてたのに! 俺は! お前を!」
「……兄さん」
感情が昂り、言いたいことと言わなくていいことがぐちゃぐちゃになる。これじゃない。言いたいことはこれじゃない。ほら、燐の顔も暗くなってる。
――燐にそういう顔をさせるんじゃない、エンマ。言えよ。たった一言。それだけだ。それだけを言えよ。
「……すまん。詰め込みすぎたな。俺の中の後悔と罪悪感を燐に押し付けるつもりはない。今のは半分忘れてくれ。そして、一言。お前を助けられなかった愚かな俺の一言を聞いてくれないか燐」
「うん。兄さん」
息を吸う。それだけで、身体が鉛を飲んだように重くなる。それを吐き出すように一言に感情をいや、渾身の魂を込める。
「ごめん、燐。俺はお前を救えなかった。お前を救ってやりたかった! ごめん……ごめんなぁ……!」
「兄さん!」
「――あ、痛ぇ」
ゴンッという鈍い音と温かかさ。自分の体温ではない、温かさ。それは、モニターの温かさ。
それが近づき、抱擁(体当たり)した結果の温かさだった。
「私も、兄さんがどうなったのかわからなくて、でも久々に会ったらなんか感情がわからなくなって! 私こそ心配させてごめんなさい!」
「あぁ……! あぁ……! 燐が謝るなよ! 俺が、俺が悪いんだ!」
「私が……! 私が悪いの!」
「「う゛わぁああああああああああああああああん!」」
絶叫と号泣。感情がはち切れた。会えなかった時間を埋めるように俺と燐音は抱き合った。――本当は肉体が合ったほうがいいのだろうが今は無いので仕方ない。
俺は精一杯モニターの中の燐音を抱きしめる。
そして、俺たちはワンワン泣いて、泣いて、泣いた後に。
ぐちゃぐちゃになったお互いの顔を見て、笑った。
「兄さん、変な顔」
「お前こそ」
「ふふっ!」
「ふはっ!」
泣いた後に笑う。それは今までの悩みとかくよくよしていたものが全部飛んでいくような、錯覚。
――いや錯覚ではない全部飛んでいった。もう、なんでもいい。俺は今、燐音と話せる今を。抱いて体温(モニターの排熱)を感じられる今を祝福したい。大事にしたい。
たとえ、長くは続かない泡沫の夢であったとしても。
「――それと、兄さん」
「ん? なんだ」
「膝の上に漬物石を置いてごめんなさい……」
「あぁ。いいよ。あれだろ? 俺に対する不満とかじゃなくて、単に久々に会えて距離感がわからなくなった感じのやつだろ?」
「――。えぇっと、うん。そんな感じ。別に恨んでたとか、憎しみとかそういうのじゃない……よ?」
「今、間があったな」
「ソンナコトナイヨ」
「片言じゃねぇか」
――案外、俺は妹を待たせ過ぎて恨まれていたのかもしれない。
俺の“妹溺愛心”に少しばかりのダメージが残った。
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「――って事はあれか。俺が殴った魂は全部燐が手続きして転生処理してたのか」
「うん。この施設全体が輪廻転生に関わっているの。でも、最初はびっくりした。だって、途中までベルトコンベアで流れてきてた手続きをする手筈だった魂が三途の川から降ってくるんだもん」
「あぁー、それはまぁ紆余曲折あってだな――」
会話も順調にできるようになった頃。
俺と燐音はこの輪廻転生装置施設の事を話し合っていた。
今は、朱華が燐音ズと施設観光という体の気遣いでこの場には居ない。
その御蔭で兄妹、水いらずで、喋ることが出来るのだが。
「――そうだ。あのモニターに入ってる燐音ズ。って今は燐音も入ってるのか。で、あの子らは何なんだ?」
「うん。あの子達は“私”」
「お、おう。もうちょっと分かりやすく言ってくれないと、兄ちゃんわからん」
「えと、あの子達は私の平行世界線上に存在する別存在って言えばわかる?」
「あー、うん。何となく。あれだろ? 平行世界っていうのは異なる可能性の世界で、落ちてるお金を拾ったAという燐音がいる世界とお金を拾わなかったBという燐音がいる世界が並んで存在するのが平行世界……って認識でいいか?」
「うん。その差異を更に広げたのが“私達”。それぞれ違う死因でここにいる“私達”。でも喋れるのはあの子達だけ。他の私は喋れなくなった」
「――? それはどういう?――」
「ん」
「――っ! まさか、あれ全部燐音……なのか…!?」
モニターの中の燐音は指で上を指し、それが何を指しているのか少し時間は掛かったが理解は出来た。
――この塔の高さは3メートル程。直径も同じくらい。
だがその内側には上から下まで所狭しと、モニターが並んでいる。それを指さしているということはこの画面ついていないモニターすべてが喋れなくなった燐音ということになる。
「正確には、喋れるけど壊れちゃった子達」
「壊れちゃった……モニターの調子が悪くなったとかか?」
「ううん。心がね。ポキっと折れちゃったの。並行世界の私はどれも悲惨な過去を負ってるから、生き続けることが嫌になっちゃうみたい」
「――。それはっ……」
言葉が出なかった。あまりにもそれは可愛そうで救えない話だった。
生き続ける。その言葉で思い出す。俺は【閻魔】の役職を背負ったから不老不死だ。
でも、燐音は? 平行世界の燐音達は? 答えは同じ不老不死。
なぜなら、俺が生きている状態で燐音達と会えているこの状況だ。
俺が何千年生きているのに、不老不死じゃなければ燐音達と会えるなんていうのは叶っていないと思うからだ。
それ故にだ。長過ぎる時間ゆえに心が耐えきれず死んでしまった。正確には生きてはいるが心が。精神が死んでしまって喋ることもままならなくなった。というのが正しいだろう。
「兄さん。これは私の叶うかどうかのわからない賭けなんだけどいい? 兄さんの力が必要なんだ」
「……あぁ。いいけど、俺になにか出来るのか?」
「うん。この子達を救ってあげてほしいの」
「救うって、このモニターの中にいる燐音達をか?」
「うん。兄さんならできると思うの」
「わかった。兄ちゃんに任せろ」
救えるかはわからない。が、妹の願いを叶えてこその兄貴だ。全力で助けてやろう。
「で、どうすればいいんだ?」
「それはね。――!? な、なに!?」
「なんだ!?」
ゴゴゴゴゴゴという轟音が聞こえ、塔全体が揺れる。地震ではなく、塔だけがはちゃめちゃに揺れている。
そして――。
「キヒヒヒヒ! この身体は私のもんです! 誰にも渡しはしねぇですよ!」
「キャー! 助けてーエンマ様―」
燐音そっくりの声だが燐音ではない。あれは燐音ズの一人の子。
そして、抱えられて棒読み気味の叫び声を上げている朱華。
「……え?」
「……何だあれ?」
外に出てみると異様な光景がそこにはあった。
――それは塔の側面。ワシャワシャと動く塔の外側のロボットアームが燐音の身体と朱華を掴み、塔の上に引っ張り上げている光景であった。
「何かわからねぇが、この振動あのロボットアームが原因か! とりあえず、行ってみるしかねぇか!」
「兄さん! 私も連れて行って!」
「お、おう。でもどうやって」
「私はどこでも入れる電波になってる。横のスマホと私のモニターを繋げて!」
「わかった!」
モニターとピンクの首掛け紐突きのケースがついたスマホをケーブルで繋げ、燐音の意識をモニターからスマホへ移す。
「それを首にかけて上に……ってどうしよう行ける? 兄さん」
「任せろ。兄ちゃんはこの死後の世界では案外強いんだぜ……? よっと!」
どんどん、ロボットアームがワシャワシャ動いて、二人を上に持ち上げていく。
俺はそれを追いかけるように、跳躍でロボットアームの上に立つ。
「……おぉ!」
「よっ、ほっ!」
上に上に登っていく。首からかけたスマホの中の燐音は俺が跳躍する度に感嘆の声を上げていた。少しこそばゆい気持ちだが悪くない。兄貴としての尊厳が少しばかり回復した気がする。
「って、何じゃこりゃ!」
「私も、初めてみた……!」
ロボットアームに掴まれ、塔の上に上がっていく二人を追いかけたその先にあったのは。
――明らかに3メートルの塔の上と思えないだだっ広い不自然な空間。
それは西洋のコロシアムのような様相を醸し出す10メートルは遥かに超えるだろうという巨大施設であった。
「――さぁ、来てみやがれです」
燐音とおんなじ声で、口調だけが異なるその存在の言葉はコロシアムの中に消えていった。




