第二十三話 気持ち悪い塔の中身
眼の前のモニターからは多くの太い配線が奥にある塔に繋がっていた。
塔の外見は近未来的デザインで、多くのLEDライトとロボットアームが沢山ついている私にとってはこう言える。
「え、気持ち悪い塔……」
なんか時折、塔に付いているロボットアームがわっしゃわしゃ動いている。
そこでなんで気持ち悪いか思い当たる節が合った。
「あれだ。ひっくり返った虫。あれがワシャワシャしてる感じ。あれに近い」
そう、虫が何故かひっくり返って起き上がろうとしているあの姿あれに酷似しているのだ。
「――色々聞きたいことはあるがまずは俺を助けてくれる助かるんだが……駄目か?」
「ほう。美少女に囲まれて更には私という美少女にも助けを求めるとは。このこの~」
「いや、茶化さないで、まじで、ちょっと、助け、ガァー!?」
助けを求め、悲鳴をあげるエンマ。その白く長い髪は揺れ、その瞳は涙ぐんでいた。
現在エンマは銀髪の美少女と塔から伸びる配線に繋がれたモニターに映る美少女に囲まれて正座をしている図。
そして、銀髪の子はエンマの膝に次々と石を乗せている。
「燐! 悪かったっ! 俺が悪かったから話を!」
「――はい、兄さん。もう一個追加ね」
「えっ! なんで!? 怒りの琴線がわからん! ――あーっ!」
私の眼の前の光景は、いや、“権能”の知識によると【石抱または、算盤責】という江戸時代で行われていた拷問に酷似している責め苦だ。本来は平たい大きめの石を乗せるのだが、今は漬物用の重し石を乗せていた。
――知識の権能。私が着地の際に呼び出した大量の鴉やそれ以前で無意識に具現化したティッシュ。これらは私の知識を具現化した権能だ。
一応名前も着地までの時間で考えた。神の力っぽいかっこいい名前。
「【アマデウス】……! いい響きだぜぇ……」
「アホォ~」
「君まだいたの!?」
「カァ~」
【アマデウス】。自身の夢の中で記憶と知識を具現化出来る力。それをこの現実世界でも具現化することが出来る。
が、なんで出来るのかはわからない。でも凄い便利な権能である。
さっき着地の際に鴉はどこかに消えていったというより、制限時間があるようで一定時間後に消えた。
でも、この鴉だけは残っているのでおそらく一つのものや生物なら残しておけるのかもしれない。もう少し、詳しく調べるとかなり使えるとは思うが、生まれ変わろうとしている人間がこんな何でも出来そうな権能を極めても意味は無さそうなのだが。
「……ところで、そこの君。君は兄さんの関係者?」
【アマデウス】のことや鴉の事を考えているとふいに声が掛けられる。完全に存在を忘れていた。びくりと私の身体は跳ねる。
「ふぇ!? あ、はい。関係者です。あと、ただならぬ関係です」
「ふ~ん。……兄さんの、ね……」
「ちょ! 朱華! いらんこと言うんじゃねぇ! 状況を考え――、がぁ!? 俺の膝に4段目の重石がぁー!」
彼女がナチュラルに石を置く姿に驚きはない。そうするだろうと思っていた。
――後でエンマに怒られるだろうがこれもエンマの罪(?)ということで許してもらおう。
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「私は燐音。山上燐音。よろしく」
「私は朱華! こちらこそよろしく! ――ん? エンマ様と名字が違う……?」
「――はぁ……、はぁ……、お、重かった……!」
息の荒いエンマを尻目に、握手をして挨拶を交わす私達は、現在モニターから伸びる塔の中に移動している。因みに、ただならぬ関係という誤解はすでに弁解済みだ。
そして、自己紹介の中に気になる事があり呟いた私の言葉は燐音には聞こえていないようだった。複雑な家庭。そう考えればいいかと思い、ここは大人のスルー力で対応することにする。
――眼の前にいる銀髪の少女、燐音。
この子がエンマの妹。エンマが助けられなかったと後悔している少女。
見た目は顔立ちが幼く、小柄な普通の美少女といった印象。ダボダボなパーカーにジャージ、サンダルを履いているラフな姿からは、あの悲惨な状態で血を流していたとは思えない。
お腹から血を流して倒れていた。だが、そのお腹はポッカリと穴が空いていたのだ。
「つかのことをお聞きするんですが、燐音ちゃん。お腹に穴が空いたりした経験ない……?」
「っ!? なんでその事知ってるんですか?」
しまった。距離を取られてしまった。私の悪いところ、気になることをつい聞いてしまった。ここは『君が血を流す光景を、記憶を見たんだぜ?』とか言うのはどうだ。
いや、怪しいな。ここは、共通の存在を話せばなんとかなるかもしれない。
「あ、ごめんごめん! 怖がらせちゃったね? えぇと、享受の神様が関係して記憶を見たとか言えば伝わる……かな? あ、別に興味というか魔が差して聞いたから別に答えなくていいよ、改めてごめんね?」
「――。別にそんな謝らなくてもいいですよ、朱華さん。――享受の神ですか。それなら話が色々早いですね。そして、ありますよ穴、お腹にほら」
燐音がバッとパーカーをめくると、大人の拳ぐらいの黒い穴がお腹にぽっかりと空いていた。凄い光景。普通の人間では生きていないほどの怪我というより損傷。壮絶である。
「うわぁ、とかいうと失礼だよね、でもうわぁ。凄い向こうの景色が見える……」
「もう、いいですか……、恥ずかしいので……」
「ああ! ごめんごめん! 見せてくれてありがとね!」
顔を赤らめてパーカを下ろす。
――可愛い。妹にしたい。撫で回したい。私の中のお姉さんスイッチは現在完全にONになっている。
「――いいえ、別に見せるくらい何でもないです。あと兄さん見ましたか?」
「いや、目ぇ逸らしてたし邪魔しちゃ悪いと思ってたから見てな――、だぁー! 弁解の途中に目潰しをしようとするなー!」
ドタバタ騒がしく走り回るエンマと燐音。
この二人は積もる話があるだろうに今は仲良く喧嘩している。
いや、積もる話がありすぎて、会話のきっかけが掴めない。というのが正解かも知れないが。
――そういえばエンマに先代の話をしてないけど、今はいいか。ここで話すとややこしくなるだろうし、エンマには妹の件も含め気持ちを落ち着ける時間が必要だ。
「ま! この話はまた後でってことで! 今はこの癒される光景を眺めていよう。――やれやれ、燐音ちゃん!」
「はい。朱華さん。頑張って潰します」
「潰すって、眼っだよな!? そんな子に育てた覚えはねぇぞ! 兄ちゃんは!」
「――えぃ!」
「おうっ!? 眼じゃなくて、鳩尾じゃねぇ……か」
眼を狙うのには身長が足りないと判断した燐音はその手刀をエンマの鳩尾にスッと差し込む。
しっかりクリーンヒットしたようで、ガクリと倒れるエンマ。
その横で両手を上げ、勝利のポーズを取り、ふふん! と小さい胸を張る燐音。
心なしかその顔は誇らしげだ。
――幼女可愛い。だが、もうそろそろエンマが可愛そうになってきたので止めてあげるように諭す。
すると燐音は少し、むくれて「まぁ、いいですけど……」と言っていた。
可愛い。妹にしたい。完全に私の中のお姉さんゲージは臨界点を突破していた。
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見た目が気持ち悪いロボットアームがワシャワシャ生え動いている、近未来的デザインの塔。その中身は配線と数多くのモニターが所狭しと並んでいる。
それは塔の中の内壁全てにモニターがついているように見える。
幅は3メートルぐらいはあるだろうか。その全てにモニターが雑多に並んで付いている光景は圧巻であった。
今いるところは塔の真ん中。真ん中にハンモックがあるのみで他の家具は見当たらない。地面は芝生なのでそこで寝転がるのもいいかも知れない。
見える範囲でのすべてのモニターは電源が落ちており、何も映っていない。真っ黒な画面だ。
でも、確か私が到着した時には燐音と同じ顔で性格の違う子がモニターに映っていたはずのだが……。
「そういえば、燐音ちゃんによく似た子がモニターに映っていた気がするけどあの子らは……?」
「あぁ……。あの子達は私です」
「――“私”って事は燐音ちゃんってこと?」
「そうですね。私――燐音という事になります」
「なるほど。――なるほどぉ?」
わからん。全然お姉さんわからない。
でも、ここで『わからない』というと私の中でのパーフェクトお姉さん像が崩れてしまう。
それだけは回避しなくては。
「まぁ、わからないですよね。……あの子達は別世界の私です」
「あぁ、そう。そうだよね。わかってた。こうあれでしょ? 影分身した燐音ちゃんとかそういうことでしょ?」
「あ、いえ全然違います」
「あぁん! 私の中の完璧なお姉ちゃん像が!」
「――? お姉ちゃん?」
首を傾げる燐音。可愛い。素晴らしい。
だが、私の中ではお姉さんとしてアイデンティティが崩れたので精神はぼろぼろである。
「よくわからないですから、話を続けてもいいですか?」
「あ、はい。お願いします」
大人。すごい大人の対応をされた。これはもうお姉さん引退だな。
「えぇと、この塔にある全てのモニターにはそれぞれ一人ずつ私が居て――」
燐音が話を進めようとしていると、その燐音を取り囲むように複数のモニターが取り囲む。それはモニターではあるが、まるで意志をもつようにぬるりと動いていた。
そして、モニターはブルースクリーンを移し、やがてその姿が鮮明に映る。
モニターの数は4つ。それぞれがすべて、燐音と全く同じ顔をしており、その口が息を吸い込み大きな声を上げる。
「勝手に電源切るんじゃねぇよ! 『ワタシ』よぉ!? ふざけたマネしやがって!」
「全く酷いですわ!」
「はっ! そんなに兄ちゃんが大事でやがりますか?」
「ふへ、こういう強制シャットダウン、久々でちょっと新鮮。へへへ」
性格と口調の違う4人の“燐音”が一気に声を上げ、燐音に詰め寄る。
そこで、燐音はモニターたちに言い放つ。
「はぁ、君達は兄さんを出会うとこうなると思ったから消しておいたのに……。――じゃぁ仕方ない。あとで、私の身体を貸してあげるからそれでこの事は水に流す。これでどう?」
そう言うと、
「はっ! いいねぇそれ! 本当はその体を奪いたいがそれは出来ねぇからな! それで手打ちだ!」
「いいですわ! いいですわ! あぁ! これでお兄様と抱擁が! フフフ!」
「『ワタシ』にしては良い提案じゃねぇですか。褒めてあげるです」
「ふへ、私は別にどうでもいいけど、どうしてもならいい……よ?」
それぞれの燐音(?)が同時に反応をしているが、私には身体を貸すということがどういうことか全くわからず、呆然と立ち尽くしていた。
――一方、エンマは以外にも深く鳩尾に刺さったらしく、まだ地面に伸びていたのだった。




