第二十二話 新たな気付きと美少女と正座
浮遊する感覚。それは初めての感覚であった。
生身に当たる生ぬるい風が身体を包み込み、抜けてゆく。
ぬるいサウナを高速で通過しているような感じである。
「自分で言ってても訳わからんな」
空中を飛んでいると思う。これ、下に落ちないのかと。
眼下に広がるのは一面青緑に広がる川、三途の川である。
下に落ちれば、川底に沈んでいる贖罪の大罪人の意識と自身の意識が同調されると聞いてからはあまり意識しないようにしていたが、落ちると考えるとやはり、怖い。
「にしても、あの神、先代は私も飛ばす必要もないのに。というかマジで着地どうしよう」
――エンマが三途の川の向こう側、輪廻転生装置のある所へ先代の拳により、殴り飛ばされて空を舞った。
そして、時間は遅ればせながらも何だかんだありながらも空を飛ぶ私。
詳しくは話さなかったが、先代には私は空に飛ばした理由がなにかあるはず。
川を泳ぐとなんか罪人のだし汁が身体に染み込んでやばいとか? ――それだったらエンマも泳いでたとき危ない状況だったってことで、これはなし。
私がクローン人間で真っ当な生まれをしていない魂だから、川を渡ろうとすると私も戻される可能性? ――これが一番あり得るか。いや、こればかり考えても仕方ない。今大事なのは着地。
この三途の川の中空で飛び続けているこの状況。
放物線を描くように飛ばされた私はそのまま自由落下して、水面に身体を叩きつけられるかと思っていたが、実際は飛び続けている。
それは子供が川で遊ぶ、水切り石のように私は水面にわずかに触れるとポヨンと跳ねて、また中空を飛ぶ。これの繰り返し。
そして、このゴムのように弾む現象がいつまで続くか。それが問題だ。
向こう岸に着く頃に、運悪く中空に飛んだ時はもう最悪。
そのまま地面に叩きつけられる。
それが、この三途の川の水面のように跳ねてくれればいいがそうはいかない可能性も探さなければならない。
「ん~。でも、これがいつまで続くかもわからないしなぁ」
――そう。今、私はかれこれ一時間以上この状況を繰り返している。
もう着くか、もう着くかと焦らされて着かないこの胸のざわめきはまるで恋のよう――。
「いや、着地の時にやってくる衝撃と痛みに対する恐怖心によるざわめきでしょ、絶対」
中空で、胡座をしたり、ヨガのポーズをしたり、ブリッジしてみたり気分を紛らわすが、現実は非情である。落ちるという事実は変わらない。が、そこで、何かに気づく。何か腰の後ろが重いのだ。
「? これは……? 紙?」
ガムテープで貼り付けられた紙。それは私のワンピースの腰部分に貼り付けられていた。
ちょうど、腰をひねる運動をしている時に気づく。
「えぇと何々。『おじいちゃんです。いい忘れておったけど落ちる時は朱華自身の権能でなんとかなるんで頑張るじゃぞい――先代閻魔より』……と。なるほど」
お世辞にも綺麗と言えないその文字は私の中で感情を高ぶらせる。
それは。
「って……権能って何のことじゃい!」
そう純粋な怒りであった。そもそも権能とか能力とか言われてさっぱりでそんなもの私の記憶が始まった中で使ったことも触れた思い出もない。――いや待てよ? あれは? どうだろうか。あの夢の世界は享受の神が与えたとか夢の中の青い本に書いてあった気がする。でも、夢だしもう一度入れるのには寝るしかない。だけど、
「寝てもあの世界には入れなかったしなぁ……、あ~! こんな事なら脱出方法だけでなく、入室方法も書いてほしかった!」
そう言ってももう出てしまったから入る方法はわからない。そもそもはいったところでその夢の世界は着地にはなんの関係もない。ただの白亜の世界。クローン人間朱華のそれまでの短い記憶があるだけの世界。エンマや、ケルちゃんの人形やパソコンとか海老カツ丼があるだけのへんてこな世界だ。――他には何も。
「あっ! そうか。記憶じゃなければいいのか!」
思いつくというより、その時は実践していなかったこと。それは知識の具現化。
白亜の世界ではそれまでの記憶が実物の存在、触れられる存在としてそこに具現化されていた。パソコンも動いたし、触れたしそれで私は夢の世界から脱出できた。
――であるなら知識も具現化できればこの着地という大問題も解決できる……!
「よし! なら、早速夢の世界で――。そうだ! 夢の世界の入り方がわからない!」
……詰んだ。そもそも詰んでいた。何しろ具現化出来ても夢の世界だ。現実世界に持ってくるなんて馬鹿げたことは出来ない。現実は現実。夢は夢。この世界には魔法も不思議なことなんて無いのだ。
「はぁ……大人しく落ちて痛みを待つか。死ぬことはないのだし、痛いのを我慢。すれば。いいだけ。ぅう……」
多少明るく振る舞おうとしても痛いのは怖いし、凄く泣きたい。
他に方法もう無いし、ここは万能の柔道の受け身をやるしかない。この身体はそれが出来るのかは分からないが多分できるだろう。こう、いい感じにバンって身体を地面に叩きつけるだけだ。
そう、バンっと。この中空を飛んで落下する際にバンッと。強く叩きつけられて痛みを伴う……。
「やっぱ無理無理無理! 黒帯の人でも空から落ちて受け身を取ったって衝撃を逃しきれるわけない! うわ゛ぁ~ん!」
汚い声が木霊する。そう、私の泣き声だ。凄い涙と鼻水が出ている。何か。何か拭くものは。私のワンピースにはハンカチやティッシュは入っていない。垂れ流しである。それは乙女と手の尊厳が許さない。
「うわ゛ぁ~ん。ひっぐ。あぁ、こんなところにティッシュが。ズビビビビ」
空を飛んでる最中、手元にティッシュ箱が現れた。これはありがたい。鼻をかむのに使わせてもら……おう? え?
「ズビビビビ。え?」
それはありえないこと。どこからか現れたティッシュ箱が目の前に存在する。
三途の川の中空。そんなもの飛んでくるはずもないし、先代がこの状態を見越してぶん投げたというのも考えづらい。となれば――。
「夢の世界の知識を具現化させることが現実にも起こった……? ズビビ。え? もしかして他にも出来たり……?」
手に何かイメージを込める。それは神様に願い事を叶えてもらうように必死に願うような感じ。お願いします。どうかどうか!
「!! 出てきた! ハンカチ! ……何か夢じゃないのに使える。え? もしかしてこれも夢?」
ひじをつねる。痛みは無い。あ、ひじは痛みがないか。頬をつねる。
「イテテ。うん。うん? やっぱわかんないな。これが夢じゃないならこの権能を使って着地が出来る! うし!」
喜び。換気の枚を中空で踊る。ズンチャズンチャ。
着地に必要なのは知識。その知識の扉を開き、着地の威力を軽減する何かを想像そ、創造する。顕現させる権能。だと思う。うん。
「パラシュート……は絡まったらやばいし、こうお手軽に出来るもの……。あ」
そこで、何故か知識にあるアニメの映像が流れた。アニメでは黄色と黒のちゃんちゃんこを着た少年が糸に繋がれた木の板に座り、その糸を引っ張るカラスが何十羽も飛んでいる。これならなんとかなるんじゃないか? 空を飛んでいるし。
「よしよし、馬鹿みたいだけどやってみるか……! ――カラス、からす、烏、鴉! 来い!」
「カァ、アホォ」
「よし! まずは一羽! え? なんか馬鹿にされてない?」
「カァ。キノセイ。カァ~」
「なんか喋ってるっ~!?」
世にも奇妙な喋る鴉。そんな鴉を何十羽も呼び出し、どこぞの鬼太郎よろしく、鴉に支えられ向こう岸の着地に挑む。
そして、さらに何時間か経過して向こう岸に着地した。
が、そこで見た光景は。
「おい、てめぇ。今更なにしに来やがったクソエンマ!」
「まぁ! まぁまぁ!! 来てくれましたのね! お兄様!」
「はっ! 遅いご到着出やがりますね! お兄ちゃん!」
「ふへへ、ほ……本物だぁ。へへ、エンマ兄」
「――さて、兄さん。久しぶりの兄弟で話をしようか」
沢山のモニターに映る同じ顔をした性格と口調の違う銀髪の少女とさらに同じ顔をした銀髪の少女に囲まれ、正座させられているエンマの姿であった。




