幕話 輪廻転生装置にて待ち人来る
未だ私はこの牢獄にいた。何時までも終わることのない、この牢獄。
ひたすら流れてくる人の魂を次の世界へ、次の世界へ。
その心は次第に疲弊していき、生きているのか、死んでいるのかわからないこの私は一体なんなんだろうか。
「そりゃ、おめぇ。『ワタシ』だろうが」
「いえ、『ワタシ』ですって」
「何を言ってやがるです? 『ワタシ』に決まってんですよ」
「……『ワタシ』です。なんて言ってみたり……ふへへ」
幾重にも広がり、際限のない『ワタシ』。
その中でも、会話が出来る『ワタシ』が、頭の中で喧嘩する。ここで、もうわけが解らなくなる。
それでも喧嘩は終わらない。終わることのない言い争い。
「で、いつまで“助け”を待ってんだ? “燐音”よぉ。んなもんこねぇ。来るわけねぇんだ」
「そんな! 希望を捨てては行けませんよ? “燐音”も諦めないでくださいまし?」
「ははははははは! もう、自己がわからなくなってやがるです! 次からは私が“燐音”になってあげます!」
「くくく……、大丈夫、『ワタシ』は燐音の味方。ふへへ」
性格の違う『ワタシ』はそれぞれの事を言って、私を困惑の渦に閉じ込める。
だが、私は知っている。この私達は、助けを求めなかった私。諦めた私。だから、渡さない。
この唯一の身体は絶対に渡さない。
――この身体は兄さんの物。兄さんが助けてくれるための身体。だから、渡すわけには行かない。
――たとえ、この意識が悠久の果てに消えようとしても。
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「はいはい、次の方~」
呼び出される声に、おずおずと動き出す影。
それは人の形を保ってはいるが、それはあまりにも醜く、醜悪なで悪辣な表情を浮かべた人とナマズをミックスしたような顔。
その巨体はのしのしと、カウンターへと移動する。
ナマズ顔の持つ、紙には数字の『2434番』という文字が印刷されていた。
ちょうど、カウンターの上にあるモニターの呼び出し番号と同じ。
ナマズ顔は声も出さずに、その紙をカウンターに置く。
「はい。では、罪状と行き先を発表するのであちらの待機所にてお待ち下さい~」
素直に聞き入れたナマズ顔。その足取りは重たく、その背中は哀愁が漂っていた。準備された待機所。そこには、ナマズ顔のように醜悪な顔の者から、反対に秀麗で美形の人の姿も確認できる。
――ここは、病院の風貌を兼ね備えた転生留置所。
あらゆる、魂が集まり、その罪の重さ、種類によって姿かたちが変わる場所。
ここでは、嘘がつけない。自身の魂に染み込んだ罪はここで丸裸となる。よって、あのナマズ顔の醜悪な見た目はあの者の罪が薄汚い泥魚のような罪のためあのような姿となった。
逆に、あまり罪を犯さなかった存在は秀麗な見た目で表示される。
だからこそ、自分の罪を認めたくないと云う愚かな人間程、自身の醜い姿を見て驚き、呆れ、絶望の底に沈む。その結果何も喋れず、次の人生こそはと宣うだけの凡愚となり得る。
「滅んでしまえばいいのに人間なんてよぉ」
私がボソリと溢した言葉は本心だった。あの人がいない世界なんてもうどうだっていい。
そう思って何千年過ぎただろうか。私って一途。
「はぁ……。は~い、次の方どうぞ~」
ため息が出る。だが仕方ない。こんな仕事を続けていたらため息だって出る。
だけど、まだ希望は捨てていない。
「あの身体さえ、手に入れれば私は会いに行けるんだ。まってろ燐音――復讐の為に」
その憎悪だけで私はこの醜い人間達とちょびっとの綺麗な人間の宣う地獄で生きていけるから。
待機所で待っている人々の姿が次々と、白い光に包まれて消え去るのを見届け、私は次の人魂を見送る。次の次の次の人魂をも見送る。次の次の次の次の次の人魂を――――。
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ナマズ顔は俯いて、一向に顔を上げない。いや、上げたくないのだろう。自分の醜い顔を見られたくない。自分の薄汚れた裸の魂を見られたくないという気持ちでいっぱいなのだろう。その気持ちの所為でおおきな巨体が小さく縮こまって見える。まぁ、私にはどうでもいいことなのだが。
「えぇ、罪状を読み上げます。良いですか? あなたは、まず10歳の頃、隣の部屋の実姉の下着を盗んだ。そこから、11歳。12歳。13歳と繰り返し盗みを働いた。その欲情が忘れられず、次は他人の下着を盗むためマンションやアパートに住む一人暮らしの女性の下着を盗み、あまつさえその女性に淫らな行為を働いた。ここまでは、現世で裁かれた通りの罪。遜色は有りませんね?」
――ここは、法廷に似た施設。断罪場。
罪を改めて裁き、認めさせ次の魂に移るための儀式のようなもの。ここで、記憶はすべて向こうの三途の川の記憶のガラス玉に遠隔でつながっている小瓶に記憶が注ぎ込まれていく。
それが満タンになると向こうの記憶のガラス玉に転送され、浄化の泉で綺麗な記憶として新たな人生を送る。その作業が終わるまでの時間潰し――時間調整を兼ねた罪の再確認だ。
私は裁判官の位置に座り、ナマズ顔や他の霊は証人の位置に立っている状態。実際の法廷とは違うが、これはただの形式なので別に何だっていいのだ。
ナマズ顔はつらつらと読み上げられた罪状を聞いて、小さく頷く。その顔は大玉の汗が滲んだ浮かない表情。
「そして、さらには前世でも罪を犯したそうですね。無理やり、心中しようとして断られた女性を川にに沈めましたね? 決して許されることではありません。死んでください。いや、もう死んでいるのでしたね。それから、あなたは前前前世では――」
なにも、罪は今世だけではない。次の人生で前世の記憶があると不都合があるので記憶は浄化の泉で消されているがそれまで生まれ変わってきた罪が消えるわけではない。
だからこそ、ここで思い出させて罪を自覚させ、記憶ではない魂に刻みつける。そうしないと何度も繰り返す。何度も何度も。
「――ふぅ……。次からは気をつけるように。では、次は良い人生を送れますように」
私のこの麗し声に呼応するように、証人席に立つナマズ顔の巨体は姿を消す。
否、ナマズ顔の下に人が一人入れるくらいの穴が空いたのだ。
そのまま、穴に落ちるナマズ顔。落ちて落ちて落ちて――。その先には一筋の光があって――。
「ふぅ……。これでとりあえずおkですわ。あぁ、はやくあの身体がほしいですわ。早くあの人のもとへ行きたいですわ」
そう、考え私は背を伸ばす仕草をして、モニターの前の裁判官の席を眺める。すると、ドスンッ! とこの輪廻転生装置全体を揺らす轟音が鳴り響く。普通なら、地震か事故かなにかを考える。だが、意識を共有している『ワタシ』からは、何の反応もないが気配がする。懐かしい気配が
「あら? この気配はまさか……!?」
私はすぐに断罪上のモニターを消し、意識を統合意識まで戻る。この身体のない意識だけの私はケーブルの中を伝い、気配の正体を確認しに行く。
「あぁ! あの人でしたらどうしましょう!」
自分でもわかるぐらいにケーブルの中で反響する、声は喜び弾んでいた。
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――輪廻転生装置。それはすべての魂を管理・転生する施設とその意識の集合体すべてを指す。その意識は常に一つ。『燐音』という少女に集約される。
兄に裏切られ、復習を誓う『燐音』。
兄を慕い、恋仲になろうとした時に事故にあった『燐音』。
強制瞬間記憶に失敗し、幼くして死亡した『燐音』。
ただのド陰キャの『燐音』。
そのすべてが私。その全てが私そのもの。
数多の並行世界で行きて、死んだ『燐音』の終着点がこの輪廻転生装置の正体。
そして、目の前の空から落ち、頭から地面に突き刺さるこの眼の前の男こそ、私を見捨てたいや、助けられなかった男。『エンマ』
「やっと来たね。兄さん。今度は絶対に助けてね?」
エンマの元で囁く私の顔は再開の喜びで笑顔だったのか、助けてくれなかった絶望の顔だったか。それは『ワタシ』のみぞ知る――。
次回、新章突入でございます。




