第十八話 学ぶことは大事だが、気づくことはもっと大事(前編)
「改めて思うけど、これって普通の川じゃないよね」
「まぁ、三途の川だからな。普通じゃないさ」
昨日の宴の翌日、私とエンマは三途の川にやって来ていた。近づいてよく見ると、知識にある川とはかけ離れていた。
本来、川というのは山から雨や雪解け水が流れ出来た自然の恵みである。
しかし、三途の川の場合は普通の川と異なる。
この三途の川の川際には、礫が存在しない。三途の川際にはすぐに芝生が広がっている。川と芝生との境目がわかりにくい。なにせ、芝生と三途の川は等しく平行に広がっているからだ。
本来の自然環境であれば岩などの大きい石が川の水や雨風による浸食や風化して崩れ、細かい礫つまりは小石となる。それが更に細かくなれば砂となり、海辺でよく見る砂浜が出来上がるのだ。
「小石とかないんだね。賽の河原とかあるじゃない。あの、親より先に死んだ子供が石を積まされるっていうお話。あれは無いの?」
ここは死後の世界。でも、死後の世界で有名な《賽の河原》と呼ばれる有名な場所、三途の川の川辺が無いことが気になった。
そこでは親より先に死んだ子供だけがいて、その子供は崩さないように石を積んでいく。うまく積んでもしばらくすれば、鬼が来てその詰んだ石を崩してしまう。
それを繰り返し、親より先に死んだ詰みを償うという救われない話だ。
最後には菩薩様が助けてくれる救いがあるというのがオチで救われるのは救われるのだが、この世界の三途の川にはそういったものが見られないし、鬼や菩薩様は見当たらない。いるのは人魂をぶん殴ってる閻魔様だけだ。
「まぁそりゃ無いな。なんせ俺がその世界をぶっ潰したて、新しい世界を作ったからな。ハハッ!」
「ハハッ! じゃないよ。あの記憶を思い出して考えると、改めて物凄いことしてるよエンマ様」
「それは俺が一番思ってる。反省はしてるし、後悔もしてる。だから、ここにいる。そうだろ?」
「ま、それもそうか」
ここ三途の川も用がなければ来ることはない。その用とはこの三途の川をエンマが渡れないことを再確認して、どうすれば渡れるかを確認する事だ。その方法はエンマが目の前で実践してくれた。
「いいか? よく見てろよ」
そう言うと、エンマは芝生から深い青緑の三途の川へと、飛び込み台から飛び込む水泳選手のように綺麗なフォームで入水していった。
三途の川は激しい水の飛沫と音を立て、大きな水紋が広がる。
バッと水面に出たエンマはバシャバシャとクロールで泳ぎ、向こう岸の方向まで泳ぎ進めていく。
「おぉ~、きれいな泳ぎ。でも、服は脱いだほうがいいと思うんだけど……」
私の呟きはエンマに届かず、バシャバシャと泳ぎ進めていく姿はやがて、その姿が見えなくなる。
辺りには静けさが立ち込める。
私は手で庇を作り、視力の悪い目を限界まで瞠る。でも、やはりエンマの姿は確認できなかった。
「あれ? 案外、向こう岸まで行っちゃった感じ?」
「――よっ! ただいま」
「ちょわっ!? うぇ!?」
「そんな驚かんでも」
「急に後ろに立たれたら誰だって驚くよ!」
「すまんすまん」
心臓が止まったかと思った。驚いた反動で危うく、三途の川に落ちる既の所で踏みとどまった。危ない。
やはり、三途の川を渡ろうとすると元いた場所に戻されるというゲームのリスポーン地点みたいな現象の裏付けはとれた。あとは、他の方法を試していくことと成る。
急に背後の現れたエンマの姿はびしょ濡れであった。そこに私の興味は最大限までに注がれている。
長い白髪は濡れ、Tシャツは肌に張り付き、その胸部と腹部の筋肉が強調される。着痩せするタイプだが以外にエンマは筋肉が有り、ガタイがいいのだ。細マッチョというやつだろうか。
水が滴るいい男というやつだ。
でもまぁ、全然? 私はこういうのにドキッともしないし? 興奮をする卑しい女ではない。本当である。
「へへっ、それにしてもええ身体してますなぁ、お兄さん。――今晩、どう?」
「エロオヤジみたいな口説き方やめろ。――あぁ、せめて上だけでも脱げば良かったな、肌に張り付いて気持ち悪いぜ」
水を含み体積を増やしたTシャツを重そうになんとか脱ぐエンマ。そこには、熱い視線が一つ。
「へっへっへ」
「……えっち」
「それ、男女逆だよね」
エンマは胸部を隠すように、身体をくねらせる。私は冷静に指摘する。――ふぅ。危なかった。あのまま会話を続けていると私の中の何かが目覚めそうであった。
朱華としての新しい人生最初の性癖が筋肉フェチと言うのは何か違う。これもオリジナルの立花が悪い。きっと立花は筋肉フェチだったのだろう。
そうでなければここまで心は揺るがない。そう、絶対に私は筋肉に負けたりしない!
「それにしても、最近は筋肉落ちてきたんだよなぁ……。人魂もここ最近は来ないし……」
そう言うと、エンマは手を開いたり閉じたりする。そこで、腕の筋肉が収縮と弛緩を繰り返し、強調され太い血管がくっきり見える。
――くぅ~。ふぅ……。耐えろ私、ここは一発かますしかない。
「よ! 肩に小さい重機乗ってんのかい!」
「いや、ボディービルダーではないんだが……」
――危なかった。なんとかごまかせた。どうやら私の卑しい女であるという不名誉な称号は免れた。自分の強い自制心のおかげだ。まぁ、百歩譲って筋肉フェチというのは認めていいかもしれない。
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一先ず、生身で渡れないならいろんなモノを試す。エンマは一通り渡るために泳ぎはしたが、乗り物は試したことがないと言っていた。なので今回は乗り物に乗って三途の川に渡る。
――そもそも私の知識では三途の川は閻魔に殴られて渡るものでなく、船で渡るのが普通である。この何とも言えないもやっとした気持ちは一端脇に置いておくとして。
エンマは変えの服に着替えており、その身体の強調は残念ながら――元のエンマになっていた。
中空から様々なモノをエンマは取り出す。その様は、異様である。木の船や原動機付きの小型船。水上バイク。豪華客船。小型飛行機。小型なものから大型なものまで様々だ。
【亜空間】と呼んでいるらしいが、未来の猫型ロボットが持つ四次元ポケットのようなものだろう。そこには私が吐いて汚した車(洗車済み)もあるのだろう。
どれだけのものが入っているのかすごい気になる。
「なんでも出てくるの?」
「ん? いや、現実に存在するものはたいてい出てくるな。俺の家の冷蔵庫も同じ仕組みだ。欲しい物があればでてくる」
たいてい出てくる。それは凄いことだ。でも、疑問もある。
「ほぉ~。ん? え? それって本物? いや、お酒は私も飲んでてたし多分本物――だとしたらお金とかすごい掛かるんじゃ?」
「ははは。まさかまさか。プライスレスですよ。ははは」
死んだ目と乾いた笑いで誤魔化すエンマ。――これは深くは聞かない方がいい闇の部分かもしれない。
もし、だ。――窃盗という事であればとんでもない。私はその窃盗品を飲み食いしたのだから。私含め、今はぐーすか寝てる先代もエンマも共犯である。犯罪者となってしまう。
そういう私の考えを読んだのか、たまたまなのかエンマは続けて、
「安心しろ。これはこの世界特有の現象だ。おれも正直どこから出てるのかは特定できない。だが、世界の理に則った現象だから安心していいぜ?」
「う~ん。全然わからん」
「まぁ、好きなものが出てくる。そう捉えておけばいいさ――うっし、これで最後っと」
エンマは中空から、様々なものを取り出し終える。
重量があるようだが、中空にある間は重さが無いらしく、軽々と船や水上飛行機を三途の川に着水する瞬間、どの乗り物もものすごい水飛沫を上げるのでハラハラした。
途中、川底に乗り物が当たらないか不安になり、聞いてみる。
エンマによると一般的な川より、かなり深いが正確な深さまでは知らないとのこと。まぁ、船の底面が座礁しないぐらいは深いらしいのでそれなら安心である。
「ところで、エンマは船とか飛行機とか操縦できるの?」
「んや、全然」
「駄目じゃん」
「駄目だぞ」
――終わった。検証をする前にその検証するものを動かせないのなら意味はない。ただ、三途の川に船と水上飛行機の彩りを添えただけである。
「どうすんの? 私も操縦方法分かんないし」
「――こういう時に便利なのがこの世界の法則。何でも出てくる亜空間さ」
「便利、といいますと?」
「俺も操縦の仕方はわからなかった。今もわからん。だからこそのこれが大事になってくる」
「それは?」
エンマがさっと中空の亜空間から取り出したのは船の絵が表紙に描かれた冊子。タイトルは、【サルでもわかる船の動かし方】と書いてあった。
「参考書を読めばわかるだろ?」
「う~ん。私の思ってたのと違う」
亜空間からこう、ロボットとかが出てきて操縦すると思ったがそうはならなかった。
エンマは、『そんなもん出したら、人間が退化するだろ!』とロボット否定派の人間であった。
そんなこんなで基本的な操縦の仕方と渡航の注意点。それらを参考書で読み解きながら二人で仲良く学んだ。
この死後の世界には時間がたっぷりある。
そこまで焦る必要もない――。
「早く、行かねぇと燐を待たせるわけに行かねぇ……」
いや、焦ってはいた。だからこそ、失敗しないように学んでいるのだ。
そうとわかれば私も協力は惜しまない。あまり賢くない頭を回転させ操縦方法を記憶に叩き込む。私用の参考書も取り出してもらい、わからないことは互いに協力して学びあった。
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――そして半日。頑張った成果が実を結び、ようやく船を動かすことが出来た。私とエンマは労いのハイタッチを交わした。
「これで、ようやく試せるねエンマ!」
「そう、だな。物凄く俺としてはしこりが残るがまぁ良かったとしておこう。うん」
エンジンが唸りを上げ、船は微速で動き始める。ブレーキを掛ければ止まるし操縦はバッチリ。だが、歯切れの悪いエンマ。それもそのはず。
――実は船に燃料が無かったのとエンジンを動かすためのバッテリーがついていなかったというのがオチだからだ。
エンマがそれに気づいて物凄く時間の無駄だったとか言って落ち込んでいたが決して、学んだことが無駄になったわけではなくむしろ知見が広がって良かったという美談であるという事をここに示しておく。
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