第十七話 酒とつまみと詰みの状況
「今日は~?」
「今日は~?」
ジャカジャカジャカジャカ~♪とノートパソコンのスピーカーからドラムロールがなる。
私とエンマのテンションは物凄い上がっている。何故なら――。
「祝賀会じゃい!」
「いえ~い!! ドンドンパフパフ!」
「テンション高いのぉ」
『ですねぇ』
エンマと私はテンションが高いが、ケルちゃんと先代はテンションが低い。
これも、飲んでないからなのかそれとも私達が酒に弱いからなのか。いや、そもそもケルちゃんはお酒飲めない。犬だから。ん? ケルベロスだから犬でもないのか。
――私たちは今、エンマの家で祝賀会を行っていた。詰まる話もあるが、いつまでも辛気臭いの良くない。
ということで、私の名前、朱華という名前が決まり、新たな人生の門出を祝っての祝賀会だ。
死んでいるのに新たな人生とは? というツッコミは現在受け付けておりません。
「しかし、まぁあの酒飲みの爺さんが飲まないとはなぁ。爺さん三度の飯より酒が好きだったろう? どうしたんだよ、うぇ~い! ぷはぁ! ――ひっく!」
「酒臭いのぉ!? お前さんは酒に弱いんじゃから控えたほうがいいとワシは思うぞ。あ、店員さん、ワシはノンアルで。二日酔いで頭が痛いんじゃ」
「誰が店員役でノンアル持ってくるんだよ~! ――? 誰も手を挙げない? はーい! 俺がやりま~す! っと、ヒック」
「エンマ……酒弱すぎでしょ。ぐびぃ」
「反対に嬢ちゃんは酒豪なんじゃな。それ、ハイボールのショットじゃろ? 何杯目じゃ?」
「まだ5杯目。まだまだいくよ、おじいちゃん! ――ささ、どうぞ」
「おじいちゃんと呼ばれて嬉しいこの爺心。……おととと、それぐらいでええのぉ」
エンマが、ふらふらになりながら台所の冷蔵庫で冷やしたノンアルを受け取り、私はお爺さんに酌をする。
このお酒類はすべて冷蔵庫の中から出てきている。そんなに大きくない冷蔵庫なのにどこからか酒が無限に出てくる。
どういう仕組みかは分からないがネットも電気も通っているんだ。お酒もどこかで調達して出てくるようになっているのだろう。ひっく。
――おっと、酒が周ってきた。アルコール分解のために水を飲もう。
だが、エンマの酒の回りよりはマシだろう。なんせ――。
「ケルちゃん! かわいいねぇ~」
『酒! 臭い! 獣の鼻には厳しいモノがあります! あぁ! エンマ様の長い髪が鼻に掛かって痒い! 誰かー! 誰かお助けを!』
ケルちゃんを抱きしめ離さない。まるで、セミのようになっている。
エンマはここが日が差さない場所なのか、元々が白い肌だからなのかわからないが、酔うと赤さが際立つ。
私の目の前のちゃぶ台にはショットのグラスとハイボールの角瓶。エンマの席にはチューハイの缶。お爺さんにはノンアルの小瓶と並々に注がれたグラス。ケルちゃんにはビーフジャーキ(薄味)、そして、アルコールを抜くためのピッチャーでの水とお酒を冷やすための氷バケツがそれぞれ置かれている。
ちゃぶ台にはお酒と簡単なお酒のツマミしか乗っていなかった。祝賀会で豪勢な料理が出ずに、簡易的なお酒のつまみである、湯がいた枝豆、フライパンで温め、醤油を垂らした揚げ豆腐、軽く塩もみしたきゅうりの浅漬、冷蔵庫から出したチーズが並んでいた。
完全にお酒を飲む気しか無い。
――すごい混沌としている。酒はこうも人を駄目にするのか。私は酒を飲んでも飲まれない。そう誓った。
「私はエンマみたいに酒には飲まれない。――ぐびぃ」
「いや、更に飲むんかい」
先代の言葉はこの混沌の酒の世界に飲まれて消えた。
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酒が進み、やんやんやとはしゃいでいるところで、エンマが声を上げ手を挙げる。
「では、僭越ながらこのエンマ。一発芸やらせてもらいます!」
「お~!」
「よっ! 待ってました! と言いたいところじゃが、エンマよ。お主、なんか芸が出来たのか?」
「あったりまえだぜ、クソジジイ。では、かくし芸をば」
「一発芸じゃないんかい」
お察しの通り、もうだいぶベロンベロンなエンマ。まだ、チューハイが二缶ほどしか飲んでいないのに顔が真っ赤である。足取りもふらふらとしてるが呂律は回るようだ。
正常なエンマと比べると異常な言動なのできっと彼は駄目なのだろうが。
「おいしぃー、むっちゃむっちゃ」
「んで、嬢ちゃんはさっきから何を食っとるんじゃ?」
「鮭とば。美味しいよ?」
「うら若き乙女が食べるもんかのぉ。いや、これも時代の流れか……」
……なんか、ブツブツ言われたが美味しいものは美味しいのである。と、エンマの準備ができたみたいである。少し、楽しみである。
エンマの芸とはどういうのか気になる。裸踊りとかだったらやだなぁ。
「では、皆々様。ご笑覧あれ。こほん。――《踊るは神楽。騒ぐは閻魔。そこのけそこのけ神輿が通る。鼓の音、龍笛は天喜ばす調べなり。舞い踊る姿は黄泉に伝える鎮魂歌》――」
エンマは胸の前で手を合わせ、目をつぶり何かを唱える。すると、先代がすくっと立ち上がり老人とは思えぬ速度でエンマの元へ駆け寄る。
「おいおいおい! バカモン! ここでそんな召喚術を使う奴がおるか!」
パコーンと清々しいほどの強烈な打撃音がエンマの頭の上で炸裂した。先代がたまたま近くにあった新聞紙を丸め、思っきし振り上げてぶっ叩いたのである。
「――召喚術? なにそれ」
気になった。凄く。そういえば、車もどこからか取り出していた。あれも同じ原理なのだうか。横で『ぐはぁ!?』とか言って派手にぶっ倒れてるエンマを後目しつつ、先代閻魔が解説してくれる。
「召喚術は閻魔の力というわけでは無いんじゃが、ワシのいた時代じゃ普通に使われていた一般的な処世術なんじゃよ。それをエンマに教えたら今みたいなふざけた召喚術が出来たというわけじゃ」
「ふざけた召喚術?」
「ほれ、エンマの近くを見てみぃ。なんか出かかっとるじゃろ」
エンマの横を見ると、黒い空間の歪みが見える。そこからピカピカと金色に輝く何かが見える。出かかっているので何かは分からないが大きな屋根のように見える。
だがそれはエンマが倒れてしばらくすると自然に消えていった。
「あれは、引くほどバカでかいから室内で出すなと言うたのに。やはり、あいつには酒を飲ますわけにはいかんのぉ、ぐびぃ」
「ですね~、ぐびぃ」
二人して酒(先代はノンアル)を飲み倒れてるエンマを肴に酒を呷る。ある程度お酒を飲み干してしばらくするとアルコールは抜けてゆき壮大に何も始まらなかった座興も終わりを迎えたのである。
因みにあまりにも起きなかったのでエンマを夜風に当ててすこしでも酔を覚ますことにした。そして、大量の水を飲ますと、私と同じ吐瀉物を吐いたというのは内緒のお話。
私は目で虹色のフィルターを掛けた。がそれも特に意味はなかった。
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酔いも冷めつつある頃私はポツリと頭に引っかかっていることを呟く。
「……あの銀髪の子誰だったんだろう」
アルコールが抜けて思考が少し明瞭に成ると考えがふと巡る。ずっと気になっていた事だ。
私はエンマと享受の神の記憶は中空から見ていただけ。
加えて視力もあんまし良くないし、あの惨状を思い出したくも無いのだけれど夢から覚めるあの瞬間に見たあの少女だけはどうしても私の記憶に引っかかる。
「――たしかに兄って。ノイズ混じりだけど確かにそう言ってた。ってことはやっぱりエンマの……? うーん」
「うし! だいぶ良くなった! おう? 呼んだか! りっ――あ、いや朱華!」
「うわ、出た! ん? 呼び間違いしたよね」
「過去の女の名前を言いかけて怒る彼女ムーブじゃねぇか。まぁ、すまん。悪かった。で、どうした。そんな考え込んだ顔して?」
「いや、実は――」
そこで、私はエンマの妹に似ている子に会ったと話した。
酒も回っていた影響もあるだろう。エンマは妹を殺されてきっと気にしているだろうと思い妹の話を可能性の話ではあるが言うのを躊躇していた。
だが、ポロッと喋ってしまった。すると、エンマの瞳からは一筋の涙が零れた。
いつもなら泣くことなんて考えもできないエンマの姿を見て私はやってしまったのだと理解した。
「あ、やば! えぇと、今のは違くて――」
「――朱華。本当か?」
「ひゃい!?」
バッとエンマは私の両腕を掴み、ぐいっと顔が触れる距離まで近づいてくる。エンマの真紅の瞳が私の心を覗くかのように問いかける。
「本当に銀髪の女の子が兄って言ってたのか?」
「ほ、本当本当! 映像は古びてたけど銀髪っぽく見えたし、ノイズ混じりだけど兄って単語は聞き取れたよ!」
「そうか――やっぱりそう、なんだな……生き、てたんだな」
それだけ聞くと、私の腕を掴んだまま言葉を途切れ途切れに漏らし、俯いて涙を畳に零す。
だが、私は気が気でなかった。
「それより、エンマ様」
「なんだ?」
「――腕離して貰っていいかな?」
「おっと、悪い」
お酒のせいか顔が熱い。心臓もバクバク動いている。手で顔を仰ぐがあまり効果は無かった。別に照れてるわけではない。いきなり手を掴まれてびっくりしただけだ。この激しく動く心臓も樹のせいだ。そもそも私は死んでいるのだ。
この心臓もまやかしだ。きっと。ここは冷静に言葉を返して、同様を隠すことにする。
「それで、あー、エンマ? 大丈夫?」
「いや、どうかな。うん。多分大丈夫だ。ありがとう。そして、朱華。お前には話しておかないといけないなこの事は」
さっきまで真っ赤な顔をしていたエンマの顔はすっかり白く元通りになっていた。その目はいつもの鋭い瞳ではなく、優しく憂いに満ちた瞳をしていた。
そこにはまっすぐ一本の芯が通ったようなものを私は感じた。
真剣な目つきに思わず私の酔いも冷めた気がしてくる。真剣な話だ。ここはエンマの紡ぐ言葉に耳を傾け、心構えをする。
「俺には妹がいる。――燐は生きてる。生きてたんだ」
「ふぇ?」
マヌケな声が出た。思わず、エンマに聞き返す。私も色々あって話してなかった。エンマには話しておかないと。憶測で話を進めず、真実を。
「黙っててごめん。詳しくは話してなかったけど私はエンマの記憶を見た。享受の神とエンマが出会う所。そこで妹さんも見たんだ。だけどあの出血量だともう――」
言葉の続きは出てこなかった。あそこで、素人目に見てもわかるぐらい血が流れていた。流れすぎていた。あれは、致死量。そう思えるぐらいに。
「記憶? ――あぁ、あのクソ神に見せられたのか、なら話は早いな。そうだ、朱華が見たかのも間違いじゃないだろう。本当の記憶だ。俺もあの時は妹……燐の死を確信した。せめてもと思い、手を握り続けていたはずなのに意識が覚醒した頃には燐は居なかった。そして、この死後の世界に倒れていた。そこであのジジイ、先代閻魔に助けられたんだ。――っと。話がずれたな。妹が生きているって話だ。それはあの享受の神が言ったから信用はできる」
「……? 享受の神が言ったんなら信用できなくない? あの神様平気で人を騙すよ? 私も騙されたし」
エンマに擬態して私を騙したことは記憶に新しい。だからこそ、私はあの神様を信用はできない。いや、信用したくない。
「まぁ、そうだな。人を騙すクソ神って事は否定できない。いやむしろ全力で肯定したい。俺も最初は疑っていた。だが――」
拳に力を込め、エンマはその瞳に燃えるような熱情を込め、私にいや、この世界に宣言をする。
「――あの神は言ったんだ。俺と同じ死後の世界の管理人にした。俺がこの世界を地獄と天国をぶっ潰した罪として。それが妹にもその罪が降り掛かっていたんだ。だから、俺はあいつに謝りたい。罪を背負わしてごめん。こんな兄貴でごめんと。ずっと会えなくてごめん。手を離しちまってごめんって。そして出来るなら、助けてやりたいんだ」
そう言うエンマの顔は真剣な顔つきで。真紅の目は決意に満ちて、必ずやり遂げるという意志をひしひしと感じる。私も出来るなら協力したい。でも、それには一つの障害があるとエンマは指を立て、告げる。
「妹は輪廻転生装置がある場所にいる、はずだ。あの神によれば。俺とは違い死者の運搬という役割ではなく、転生を司っている。つまりどこにいるかといえば」
「三途の川の向こう側?」
「――話が早くて助かる。そうだ。そして、俺は三途の川を渡ることが出来ないんだ」
「え? カナヅチで泳げないの?」
そうなると、格好悪い。泳がないぐらい練習すればいい。だが、理由はもっとこの世界にある不思議な現象が原因だった。
「いいや、違う。そもそも渡ろうとすると渡ろうとした元の位置に戻されてしまうんだ。これは何度も試した」
それを聞いて私は一つの答えにたどり着いた。シンプルなたった1つの答え。
「泳ごうとしても、船で渡ろうとしても?」
「そうだ。何を使ってどう行こうとしてもだ」
「それ、詰んでない?」
「詰んでるな」
――それはこの死後の世界でエンマが乗り越えることの出来ない詰みの状況という最悪の答えであった。




