第十五話 怒りは何も産まない
――私は怒ってない。そう断じて怒ってなどいないのだ。
どれだけの時間待っていたとしても。
たとえ、私が眠らされてあの白亜の夢の世界でパソコンと悪戦苦闘しているときに放置されていたとしても、起きても喧嘩に夢中で私に気づかなかったとしても全然怒ることではない。
そう、全然。全く。怒る理由などこれっぽっちもないのだ。
「――申し訳有りませんでしたぁ!」
「――……ふん」
「おお、おお。まだ痴話喧嘩やっとるわ。ワシは犬っころでも撫でとくかのぉ。なぁ、ケルちゃん」
「……くぅ~ん。がぶぅ!」
「っと! アブねぇ! あれ、ワシ嫌われてね?」
閻魔の土下座から時間が経過し、その後日である。またもや、エンマは土下座をしていた。
――私は事の顛末やあそこで何が起こったのか、エンマと隣のお爺さんの事。そして、あの少女のこと。その全てを整理するためエンマの家に戻っていった。
エンマの運転する車内ででも、話のすり合わせができるはずなのだがお爺さん以外は口を開かなかった。お爺さんだけが豪快に笑っていたて、私とエンマの間に流れる空気は悪かった。これは別に私が怒っているからではない。決して。
エンマの家に到着し、エンマが車を異次元に収納したところで、話し合いを始めようとしたがそこでお爺さんが『疲れた! ワシは、寝る!』とか言ったので流されるまま皆、睡眠に入った。
眠れぬ夜を過ごしたものも若干一名いるようだが……。
というかそろそろ時間もたったし怒りというものは私にはない。そりゃぁ最初は目覚めた時誰もいなかったし、起きても気づいてもらえなかったのは私の堪忍袋に日を付けたけども私はそこまで子供ではない。
だが、意趣返しというのはやってみたいのだ。
「とりあえず許す」
「おぉ!」
「――条件がある」
「なんでしょうか」
なんだか、ビクビクして敬語を使うエンマは面白くかしこまった喋りをする。もう全く怒っていないのだが怒っているフリをしておく。笑わないように口角を意識して下げる。眉も顰めて膨れっ面を維持する。
そしてバレないように慎重に言葉を選ぶ。そう、これは私の大事な決断である。それを認めさせる為にこの状況を生かさなくてはならない。
「私の名前」
「……名前」
「そう、名前。付けて。私に」
「――? え? んー? オリジナルの立花は亡くなったと俺は認識してる。だからおなじ『立花』という名前じゃ駄目なのか?」
「……はぁ」
「やべ、地雷踏んだ! わかった! わかりました! 深くは聞かないから付けるよ、いや付けます!」
「カカッ! ぐびぃ」
慌てふためく姿が中々に面白い。エンマもこんな表情と言動をするのかと新たな発見がある。いつもは怖い顔しているか、何考えてるかわからない仏頂面を崩せて私は大変満足である。
けどもうこれぐらいにしておこう。
バレたらどこかでしっぺ返しが来るかもしれない。……あのお爺さん私達を肴にして、一升瓶を傾けている。瓶ごといくのは飲み過ぎでは?
そこから、ああだこうだ話し合いは進み、私がクローン人間であることはこのエンマの家の中での周知の事実となった。
お爺さんは『大変な出生じゃのぉ……』と泣いていたし、エンマは『立花ではないとは知っていたし、記憶もないから名前で呼ばなかった』とのことで、そこには二人の気遣いが見て取れた。
だが、やはり大事なのは記憶ではなく、名前だと思う。
【立花】という名前は私というクローンのオリジナルの名前。父や母らが考えて付けたものだろう。
だからこそ、私はわたしとしての証である【名前】がほしい。【立花】というオリジナルの名前ではなく、クローンとしての私の、私だけの名前を。アイデンティティを得たいからの行動である。それをこの死後の世界で初めて出会った(正確には人魂が最初だが)に付けてもらいたい。
「う~ん。名前。名前かぁ」
「今すぐじゃなくてもいいよ。私にとびっきり似合う名前をお願い。エンマ様」
「……すごいプレッシャーを感じるぜ」
「わふ!」
「カカッ! これも若さか。ええのぉ」
エンマは腕を組み悩み、それを助けようとしてるのかケルベロスのケルちゃんが駆け寄ってくれた。お爺さんはよくわからないがずっと笑っている。
うんうん唸り、エンマは目を閉じ、瞑想のように集中して出た答え。それは――。
「――すまん! 考えたんだがいい名前を思いつかないから一日待ってくれないか。必ず名前は付けることは約束する!」
「必ず?」
「そう、必ずだ」
「なら、いいや。ありがとうエンマ。私はどんな名前でもいいよ。エンマが付けてくれるならなんでも」
エンマは悩みに悩んだ結果、腕組と胡座をやめ、正座に座り直し私に約束してくれた。だったら、私は一日待って返答を待つ。どんな名前でも私は構わない。
それが今の私の名前となり自己を形成する物と成る。立花ではないクローンである私。自分が自分であると証明できる証明書のような大切なモノ。……でも、どんな名前でもいいと言ったけどやっぱりいい名前がいい。
「あ、いい名前が思いつかなかったって言ったけど、案はあったの?」
「一つだけあるぞ? 聞くか?」
「聞く聞く!」
「ずばり!」
「ずばり?」
「立花2号だ!」
「――……」
沈黙が流れる。無い。絶対に無い。せめて立花の名前から取って【花】とかの一文字の名前とかにしてくれたならまだしも2号ってなんだ。
私は仮面ライダーか。オリジナルは1号になるんか。
「すまん。センスないな俺」
「絶望するほどないね」
「カカッ! センスないのぉ!」
「……笑ってるけどクソジジイはなんかあんのか?」
「クククッ、聞くか? そう、ずばり、花子じゃな!」
「あんたも大概じゃねぇか! 古いセンスだなぁ!」
「なんじゃとぉ! 表に出ぇい! クソ弟子!」
ドタバタと揉み合い、殴り合いに発展しそうなので私はケルちゃんと一緒にエンマの居間の隅っこの方に避難した。
案の定血気盛んな二人は喧嘩の取っ組み合いになりギャアギャア騒ぎながら喚いている。
醜い大人の醜態である。
この喧嘩の発端になった名前決めを提案したのは私だから止める筋合いがある。
けど、今行っても力量が違いすぎるので二人の興奮が収まった頃にいくことにする。
――因みにケルちゃんとは仲良く和解した。最初は腕を噛まれたりしたがあれはあのときの私の中に享受のクソ神様の残滓や記憶が残っていたらしくそれに反応して噛んだのではないかとエンマは言っていた。
ケルちゃんは元々この世界で番犬をやっておりその嗅覚は悪や邪を見つけ、嗅ぎ分けるそうだ。
もし、私の中の神様の残滓がかなり濃度の濃いものだったら私は腕を引き千切られるぐらい噛まれていたらしい。
恐ろしい話だが、今はそんなことのない普通の秋田犬によく酷似したケルベロス(?)である。このようにお腹をわしゃわしゃ撫でても今は噛まない。
このもふもふ癒やしタイムを堪能し終えた頃には、あの二人のほとぼりも覚めるだろう。
「ワフッ♪、ワフッ♪」
「よ~しよし、可愛いねぇ~」
……つい、犬や猫などの愛玩動物に話しかけると赤ちゃん言葉が出てくる現象は何なのだろうか。寝転がるケルちゃんに聞けばわかるだろうか。
いや、ケルベロスとは言えワンちゃんである。喋れないし、聞いても無意味か。
「まぁ、可愛いから、何でもヨシ! ……ほ~れほれ、うりゃ、うりゃ!」
『くぅ~んっと。はいはい。私がかわいくてすいませんね。――さて、お嬢さんお腹からお手をどけて頂けますかな?』
「え?」
突然のダンディな声に驚いた私は手を止める。頭に直接響くこの声はおそらくテレパシーのようなもの。これにはもうこの世界の非常識には慣れているので驚かないが驚愕すべきはその発信元。喧嘩をしてる二人を除いて声を出していると考えられるのは目の前の存在しかない。
『ふぅ、ありがとうございます。では、僭越ながら自己紹介を』
「え? え?」
『私はケルベロスのケルちゃん。三つの犬首の内の一つ“柴犬”でございます。以後、お見知りおきを』
「うえー!? 喋った~~っ!?」
私はこの時、この世界に来て一番の驚きの声を上げた。よく見れば体つきも顔つきも違う。撫でていた時は秋田犬だったのだろう。いつの間にかフォルムチェンジしていた。
あの冬毛に変わったものとは比べ物にならないぐらいの変容、私にはその違いがわかる。
それは犬好きとしていや、世の中の獣を愛するものモフリストとしてその違いが明確にわかる。
非常に似ている両者の秋田犬と柴犬。だが、二者は圧倒的に違う部分があるのだ。つい、先程までの記憶と今の姿をイメージして対比する。
――それは、大きさ。圧倒的な大きさである。先程までの秋田犬のときのケルちゃんは身体が大きく大型犬というイメージであった。しかし、今は違う。柴犬としての細りとした体系は中型犬らしい愛嬌を兼ね備えていた。そう。今になって思う。
私は、秋田犬より柴犬がどちらかで言えば好きだということを! だが、ダンディな声だけはなんか違う感が否めないということも付け加えておく。
『何をさっきから考えているかわかりませんが熱烈な視線で見ないでください。――照れてしまいます』
「あ、ごめん。照れてるのかわいいぞ、こいつ」
『はは、可愛くてすいません。では、私の柴犬の首に変わった使命を果たすといたしましょう』
「使命?」
私が疑問に思っていると、未だギャアギャア騒いで、取っ組み合いの喧嘩をしているところへ、足をムクリと立ち上がらせ、その2本足で颯爽と歩き出すケルちゃんの姿であった。
「ケルちゃんが……、ケルちゃんが……、立った!?」
二足歩行。それは犬の姿で行われると違和感しか無いが、私がなんと思おうともケルちゃんは二足歩行で立派に歩いているのである。4足歩行は獣が行う歩行方法、喋れる獣は二足で立つのがセオリーなのだろう。
そうして、エンマとお爺さんのところまで綺麗な足取りで行き、
『お二人共、止めなさい。喧嘩は何も生みませんよ』
「うるせぇ! 犬っころ! 今このクソジジイの負けを認めそうな大事な局面なんだ! 邪魔すんな!」
「カカッ! 負け? 認めるのはお前さんの方じゃろ、クソ弟子!」
「なんだと~!」
「カカカッ! こいよ!」
「上等だ!」
『……oh』
あ、完全に蚊帳の外だ。凄い落ち込んでる。四足歩行になっちゃった。
と思っていたのもつかの間またすぐに立ち上がり、今度はその愛らしい口を開ける。
――がぶり。ケルちゃんが二人目掛けての中空を噛む。その瞬間、目の前の二人の姿は私の目の前から消えた。
そう、完全に消えたのである。それこそ、人体消失マジックのように忽然と。
「えっ!」
驚く私に、ケルちゃんは振り向いてテレパシーでこう告げる。
『ククク、悪い子は食べてしまわないと……ね?』
どこに消えたかは言わずもがな、恐らく、ケルちゃんの口の中。どういう仕組みかさっぱり分からない。
が、ケルちゃんも何か特別な力を持っていることは間違いなかった。
もしかしたらこの世界で一番怖いのはケルベロスのケルちゃんなのかもしれない……。
以下は、心の声となります。
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