2話:父の日本株投資
この頃、土志田家では、あと10年以内に家の改修が必要だろうと近くに住む、
親戚の伯父さんに言われた。その話を聞いて、土志田勇が父の恒夫に日本株で
儲けたいと言うと、着実に儲けるには、日本の代表的な株の売買が良いだろうと
言い、ソニー、トヨタ株を奨めた。実は、父も以前からこの2銘柄だけを売買
していた様だ。
この2銘柄のチャートを毎日、ノートに書き込んでいる資料を見せてくれた。
そして父が、勇に、今、資産はいくらあるのかと聞くと100万円と言うと
少ないと言い、100万円を貸すから、それを投資資金に使い、自分の資産には
手をつけるなと言った。直ぐにN証券に八王子支店に口座を作り、父が勇の口座に
100万円を振り込んで、税務対策として貸借の書類を書いた。
その後、1978年があけて、土志田、米山家の家族が初詣でに行き、
赤ちゃん無事、元気で生まれてきますようにと祈願した。
そして、父の土志田恒夫200万円と息子の土志田勇100万円の総額
300万円で投資を開始した。1978年1月に、ソニー株を620円で
4千株248万円で、残金が52万円となった。
その後、春めいてきて4月3日、種子さんが近くの産婦人科に入院して
1978年4月6日早朝、大きな男の子を出産し一男と名付けた。4月11日
に退院して、種子さんと土志田一男が土志田家に帰ってきた。この日は赤飯を
炊いて、近くの親戚も土志田一男の誕生を祝ってくれ、伯父、叔母も見に来て
、祝ってくれた。
その後、種子さんは、ゆっくり休んで5月10日から会社に復帰した。
一男、誕生後は、オムツ取り替えや、お風呂などで、父となった土志田勇も
忙しく、家事や育児を手伝った。やがて、初宮参りを終えて、夏になり、部屋
に大型のエアコンを買って、一男のために部屋を涼しく保った。
忙しいと月日の経つのは早く、秋めいてきたと思うと12月となり一男のため
に盛大なクリスマスパーティーを開いた。その後1979年を迎えた。
そして、今年は早々と4月に大きな甲と鯉のぼりを買って、土志田家の広い庭
に大きな鯉のぼりが、ゆうぜんと風になびいていた。一男は、はいはいを始めて
、畳の部屋で動き出した。そんな1979年8月に種子さんが体調不良を訴えて
、内科へ行くと、多分、おめでたでしょうと言われ、産婦人科へ行くと、妊娠と
わかり、妊娠4ヶ月で、出産予定日が1980年3月3日と言われた。
その頃、一男は、よく笑い可愛い笑顔の子供で多くの来客を楽しませた。
夏が来て、9月に、つたい歩きをして、立つ素振りを見せ始め畳部屋で立って
は倒れる様になったが、11月には倒れないで歩いた。そして、今年も盛大な
クリスマスパーティーを開いて、第2子の無事出産を祈願した。年が明け
1980年となり、初詣で無事出産を祈願したのは言うまでもない。
そうして寒い時期も大きなファンヒーターを買って種子さんの部屋を暖かく
してあげた。そして1980年3月1日に近くの産婦人科に入院し3月3日に
女の子を出産し、名前を和子と名付けた。この子も表情豊かで、元気な泣き声
だった。すぐに、ひな人形を買い、離れの部屋に飾った。
その後、長男の一男は、赤ちゃんの和子の顔も見るようになった。そして、
育児が忙しくなり、土志田勇は仕事を終えると直ぐに家に帰り、一男に離乳食
を食べさせたり、風呂に入れたりと大忙しだった。もちろん、勇の両親も
手伝ってくれた。




