育て直し
文は一人暮らしをしていた住宅に外泊します。
まず実家に帰った。サクラが玄関で私を出迎えてくれた。サクラをひとしきり撫でてから、仏間に行き祖父の仏壇に手を合わせて、また入院してしまって、やっと外泊して帰って来たよ、と心の中で祖父に話しかけた。
台所に行くと母はカゴに調味料などを入れていた。「お母さん、ただいま」と声を掛けたら、「お帰りなさい。文、その服似合っているわよ。可愛いわ」と褒めてくれた。「住宅に持って行くの?」とカゴの中を見ながら言うと、「料理できないからね。文の家には調味料が無さすぎるわ」と言われた。たしかに退院してからの約一年間全くと言っていいほど料理を作っていなかった。
母が差し入れしてくれた料理を食べるか、バナナとホットミルクしか食べたり飲んだりしていなかった。母の手料理も食べなくなって、バナナとホットミルクだけになっていた。
私が『隔離 1』で最初に入院してからしばらくペースト食だった事を母に言ったら、悲しそうな顔をしていた。
母はおそらく私の為に、食育指導士の資格を妹家族が住む他県まで行って取りに行ったのだと思った。母は調理師の資格は私が幼い頃に取得していた。さらに深く栄養学について学んでくれていた。
私の身体の事をとても心配してくれていた。
私が生理が止まってしまっている事も心配していた。
「お母さん、一緒に料理しようね」と言って、私は居間に行きサクラの相手をした。ブラッシングしてやるとサクラは喉を鳴らして気持ちが良さそうにしていた。「ずっと居てやれなくてごめんね」とサクラに謝った。
両親が住宅に泊まる支度を終えてから、三人で住宅まで車で行った。実家から車で約五分ほどの距離のところに住宅はあった。
母が私の留守中掃除をしに来てくれたようだった。
私は父の為にお風呂を沸かそうとお風呂場に行き、浴室の床や浴槽を洗ってお湯を張った。入浴剤も入れた。
父にお風呂を勧めてから、母の料理の手伝いをした。
母は烏賊を捌いていた。母は普通の包丁でどんなに大きな魚でも捌ける人だった。私は魚の三枚おろしもちゃんと出来なかった。
母がいなり寿司を作るわよ、と言うから、炊きたてのご飯に母があらかじめ作っていた具材を混ぜて、母に味を見て貰いながら寿司酢を作り、ご飯に混ぜて団扇で扇いだ。
母が煮て味付けしていた揚げを軽く絞ってから、ご飯を詰めた。最初は変な形のお稲荷さんが出来て、母から指の使い方やコツを習いながらしていたら、マシな形のお稲荷さんが握れるようになった。楽しかった。沢山のお稲荷さんが出来た。
母は三つ葉と豆腐のおすましも作ってくれた。
私は食器や器を集めるのが好きで、かなりの数を集めていた。
大皿を食器棚から出して、水洗いをして布巾で拭いてから、出来上がったお稲荷さんを並べた。
烏賊のお刺身も長方形の器に盛り付けた。
インターフォンが鳴って、誰だろうと思いながら玄関に行ってみたら、叔父だった。叔父は料理だけを取りに来たようだったが、私は勇気を出して、「食べていかない?」と叔父に言ったら、叔父は「文が作ったのか」とぶっきらぼうに言った。「稲荷寿司ね、私がしたのよ」と言うと、「料理が出来たのか。食べるのが楽しみだな」と言ってくれて、住宅の中に足を踏み入れてくれた。
私は内心、かなり緊張していた。
四人掛けのテーブルに両親と叔父と座って夕飯の烏賊のお刺身、三つ葉と豆腐のおすまし、五目稲荷を皆で食べた。父はお稲荷さんにとても喜んでいた。
両親はビールを飲んでいた。父はビールを半分くらい飲んだ後は母に渡して、焼酎を小さめのグラスで飲んでいた。
両親や叔父は会社の話をしていて私には分からない内容だった。私はゆっくりとよく噛んで食べる事に集中した。
叔父は車で来ていたからビールが飲めない為に、食べてしまったらすぐに帰って行った。
夕薬を飲んでから、母と洗い物を済ませて、私は居間のソファーのカバーがまだアルパカ素材のストールのままにしていたから、押入れから夏用のカバーを出してソファーに掛けた。
珈琲を淹れて三人で飲んだ。
先にお風呂に入るね、と言ってから荷物の中からパジャマと下着や化粧水などを出してお風呂場に行った。
髪を洗い身体を洗って、メイクも落として洗顔してから湯舟に浸かった。
叔父さんというアクシデントがあったけど、意外に私平気だったな、お母さんが気にしていたから私が平気だと言うと喜ぶだろうな、と思った。
髪や身体を拭いて顔や首デコルテに化粧水と乳液を塗り、身体にはボディクリームを塗った。下着とパジャマを身につけて、ドライヤーで髪を乾かした。
お風呂を上がって就眠薬を飲んだ。
和室にお布団が三組すでに敷かれていて、父は一番左側でもう寝ていた。
「お母さん、お布団ありがとう。お母さんもお風呂に入ったら?」と私が言うと、「そうね、入ろうかな」と言いつつ、母は刑事物のドラマを見ていた。
「叔父さん、意外と平気だった。明日もご飯一緒に食べていいよ」と私が母に言うと、「文のこと、口には出さないけど心配してたわ。喜ぶと思う」と母は私を見て言った。
叔父に対する認識を変えなければならないな、と思った。
日記帳をバッグから取り出して、今日の出来事の中に叔父の事も書いた。
母がお風呂を上がった後、お湯を抜いて軽く掃除をした。
「文、食べましょ」と母はアイスクリームを冷凍庫から出して、私に言った。「これ美味しいよねー高くて自分では買えない」と私が言うと、母は「お父さんには内緒よ」と言った。父を痩せさせようと母は父の食生活に気を配っていた。
二人でテーブルに座ってアイスクリームを食べた。濃厚な味わいで美味しかった。
お茶を淹れて二人で飲んだ。
歯を磨いて私は右側の布団に入って寝た。母は真ん中の布団に寝た。親子で布団を並べて寝るのは、幼少期以来だなと思った。小学生になってからは自室を与えられていた。
両親と一緒に寝るのは不思議な気持ちがした。
翌朝、物音で目を覚ました。母が台所に立っているようだった。よく寝たな、と時計を見たら八時を過ぎていた。パジャマから持ち帰ったカットソーとスリムパンツに着替えて、顔を洗い歯を磨いた。
両親は私を待っていてくれた。三人でテーブルで朝食を食べた。ジャガイモとワカメのお味噌汁に、納豆、ご飯だった。早起きできていたら、卵焼きを作ってあげれたのにな、と思った。
母のお味噌汁は薄味で美味しかった。
父は会社に顔を出して来ると言って朝ごはんを食べてから出掛けた。
朝薬を飲んでから歯を磨き、顔に日焼け止めを塗り、お粉をはたいてリップクリームを塗った。
母がしてくれていた洗濯物を物干し竿に干した。
病院から持ち帰った春物の服を箪笥やクローゼットにしまって、夏物を出して洗濯して干した。
母は会社の資料をパソコンに入力していた。
私は日記帳に睡眠時間と天気、気分を○と書いた。
観葉植物たちを外に出してたっぷりと水を与えた。
帽子を被って窓を磨いた。汗をかいた。
温泉に行きたいなーと思い、地元の友達に電話を掛けてみたが、彼女は彼氏さんと一緒にいると言うから、ごめんね、と言って電話を切った。
母に「温泉に行かない?」と誘ってみたら、「いいわよ」と言ってくれた。
二人して温泉に行く準備をして、町立の温泉施設に行く事にした。
いつもは隣町の温泉施設に行っていて、初めて来たのだがお土産品売り場も設けられていて、広々としていた。
温泉も色んな種類があったが、母と私は内風呂と露天風呂しか入らなかった。
母と一緒に温泉に入った記憶は無かった。お風呂も赤ちゃんの時から子どもの時に入れてくれるのは父だった。
妹家族が帰省した時にも母は一緒に温泉に入ろうとしなかった。温泉旅行をした時にも家族風呂に一人で入っていた。
母が温泉に一緒に入ってくれて嬉しかった。
「晴れていて気持ちがいいね」と露天風呂に浸かりながら、母に言うと「文は温泉が好きねぇ」と言われた。お母さんが一緒だから嬉しいんだよ、と心の中で言った。
温泉から上がって、髪や身体を拭いてから、顔に化粧水と乳液を塗り、身体にボディクリームを塗った。下着と服を身に付けて、髪を乾かした。
顔に日焼け止めを塗り、お粉をはたいてリップクリームを塗った。ベンチに腰掛けて母が化粧をし終えるのを待った。
「文」と呼ばれて母の方に行ったら、口紅を渡された。塗れって事かな、と思い唇に紅をさした。母は私の顔を見て満足そうに微笑んでいた。
お昼ご飯は創作懐石料理店のランチを二人で食べに行った。すごい品数で、どの料理も手が込んでいて、薄味の味付けで美味しかった。お腹が一杯になった。母も少食だったから、二人でコソコソとお腹一杯だね、苦しいね、と食後の珈琲を飲みながら話した。
住宅に帰ってから、昼薬を飲んで二人でお昼寝をした。
私の方が早く目覚めて、洗濯物を取り込んで畳んだ。病院に持っていく夏服を着て紙袋に入れた。
日記帳に母と温泉に一緒に入ったことや、ランチを食べに行った事を書いた。住宅に両親が来て一緒に過ごしても不快じゃない、とも書いた。
両親が私に気を遣ってくれているから、そう感じれるのだろうな、と両親の心配りに感謝していた。
母が起きるまで寝室のクローゼットの整理をしていた。本も紙袋数個に入れたままにしていたが、組み立て式の本棚二つを買ったものの、一人では組み立てきれないなと諦めていてそのままになっていた。紙袋に入れた本を出して、その内容を思い出してまた本が読めるようになるといいなぁと思った。
「文ー」と母に呼ばれて、「寝室よ」と声を上げた。本を紙袋にしまってから、母の元に行った。
「姿が見えなかったから、驚いたわ」と言われて、「寝室のクローゼットの中の片付けをしていたの」と私は母に言った。
「頭が痛いわ。昼寝すると頭痛がするのよね」と言う母に薄い珈琲を淹れてあげた。
母の携帯が鳴り、母の話ぶりで相手は父だと分かった。
「晩ごはんはバーベキューがいいですって」と母はうんざりとした口調で私に言った。「仕方ないね」と私も内心うんざりとしていた。父は恐らく私を喜ばせたくてバーベキューをしようと言っているのだろうな、と思った。
「買い物しに行かないとね。文、あなたどうする?」と聞かれて、「一緒に行く」と答えて、母の車に乗ってショッピングセンターに行った。館内で流れている音がうるさくて辛かった。鳥のササミ肉を三パック母に買って貰った。サクラに食べさせてあげたかった。
実家に立ち寄り、母がバーベキューに必要な道具や調味料を用意している間に、鳥ササミ肉を蒸して小さく割いてサクラに与えた。サクラは喉を鳴らしながら美味しそうに食べていた。サクラにまた明日来るね、ごめんね、と謝ってから母と住宅に戻った。
父は外で炭火をおこしていた。母と私は父の事を焼肉奉行と密かに呼んでいた。台や座るパイプ椅子や、灯りも準備満点なのだった。
「ホルモンはまだなのか」と言われて、水で洗ったホルモンを入れたボウルを渡した。
母と野菜を切ってお盆に並べて台に置き、他の肉類、魚介類、ビールや飲み物、割り箸、お皿、焼肉のタレのボトル、塩コショウも並べた。
叔父も食べに来て、四人でバーベキューをした。父はご機嫌だった。
三人の会話は私には分からない話題だったし、お昼も沢山食べていて、少し食べたらお腹が一杯になってしまったから、私は早々に部屋に戻った。自分の分のお皿を洗って、夕薬を飲んだ。
全身に臭いが付いている気がして、お風呂場に行き床や浴槽を洗ってお湯を張り入浴剤を入れてお風呂に入って頭と身体を洗って、顔もメイク落としをし洗顔してから湯舟に浸かった。
お風呂から上がり髪と身体を拭いてから、顔、首デコルテに化粧水と乳液を塗り、身体にボディクリームを塗った。下着とパジャマを着てから、髪をドライヤーで乾かした。
両親と叔父はまだ外で飲み食いしていた。
日記帳を出して夜はバーベキューだったけど、会話に混ぜれずつまらなかった、と書いた。
歯を磨き就眠薬を飲んで、お布団を三組敷いて右側の布団に入って寝た。
叔父も泊まったみたいだったが、私は寝ていて分からなかったし、私が起きた時には叔父はもういなかった。
父や母に甘えるようになりました。
両親も過保護になって行きます。うまく表現出来ていれば良いのですが。。。
お読みくださり、ありがとうございます!




