6 やけにリアルな夢
水曜、木曜は、悶々として過ごした。
この前の小料理屋で聞いた話が本当なら──たぶん本当だ──あたしはかなり細かいことまで藍田君に話してしまってる可能性が高い。
つまり、あたしの浅ましい横恋慕を知られてしまっているわけで。
そうでなくても、黒川さんのことは話しちゃったんだから、全部きちんと話した方がいいと思うし。
話すからには、どうしたいのかも考えておかなきゃだし。
そうして、答えの出ないまま考えていた木曜の夜。
壱花から電話が来た。
「ねぇ美弥ちゃん、明後日なんだけど、出てこない?」
「またデート? 1週間経ってないじゃない。よく飽きないわねえ」
「や~だ、週1回くらいじゃ足りないよ。結婚したら毎日一緒にいられるのにね」
「結婚って、壱花、黒川さんと結婚するの? おめでとう」
いつものように冗談めかしてからかうと、壱花は
「もちろん結婚するよ~」
とお気楽に答えた。
これもいつものこと。なんだけど。
なんだろう、胸に棘が刺さる。
幸せな2人を見たくない。そんな自分が嫌で、でも気持ちが止まらない。
「ごめん、明後日は行けないわ」
そんな言葉が、口を突いて出た。
「え~? 土曜日だよ? 美弥ちゃん旅行でも行くの?」
あたしが予定があるから行けないって言うと、旅行しか思いつかんのか!
「なんで旅行なのよ。
あたしだってデートくらいしてもいいでしょ!」
言った後で、あたしは呆然としてしまった。
え? デート? 誰が誰と?
壱花もフリーズしてたようだけど、再起動はあたしより早かった。
「美弥ちゃん、彼氏できたの!?
おめでとう! じゃあ、あたしに付き合ってる場合じゃないね!
ねえねえ、どんな人? どこで知り合ったの?」
えらい勢いでまくし立てる壱花は、本当に嬉しそうだ。
今更嘘だとも冗談だとも言えないくらい。
否定するなら、今しかないのに。
でも、言えない。壱花の笑顔を曇らせるなんて、できない。
適当に誤魔化すしかないよね。
「まだどうなるかわかんないから、内緒」
こう言っとけば、後で「別れちゃった」って誤魔化せるだろう。
ごめんね、壱花。黒川さんのことは、ちゃんと諦めるから。
予想どおり、壱花は
「ええ~~~~。出し惜しみしないで、教えてよ~」
と返してきた。って、あれ? 思ってたのと反応違う。
予想では、渋々引き下がるはずだったのに。
「あの、壱花? あたしが誰と付き合おうと関係なくない?」
恐る恐る言ってみると、
「なに言ってるの、美弥ちゃん!
美弥ちゃんに彼氏ができたら、ダブルデートできるじゃない!
いっつもあたしと竜くんに付き合わせてばっかで悪いな~~って思ってたんだから!
これで遠慮なく誘えるようになるじゃない!」
「どこが遠慮してたのよ!
あんた、今まで平気な顔であたしのこと付き合わせてたくせに!
おひとり様をデートに付き合わすんじゃない!」
…あ。つい、言っちゃった。
まずいな、と思ったら
「だって、美弥ちゃんと一緒に遊びたいし、竜くんとも遊びたいんだもん」
と返してきた。唇を尖らせてる顔までわかる。
「そりゃ、あたしだって壱花のことは好きだけどさ。
あたしにも、彼氏と2人きりの時間くらいあってもいいと思うんだ」
ふと、藍田君の顔が浮かんだ。
ちょっと、なんでここで藍田君が思い浮かぶの?
「…わかった。
しばらく2人きりで遊んだら、一緒にデートしようね」
壱花は、あたしの嘘を信じてくれた。
それはよかったけど、どうして藍田君の顔を思い出しちゃったんだろう。
放置してくれてるのは嬉しいんだけど、置かれた立場が中途半端だから、妙にイライラする。
あたし、どこまで話しちゃったんだろう。
相談…しても大丈夫かな。
同期でそんな話しちゃって、噂とか流されたらどうしよう…。
ううん、藍田君は軽薄そうに見えるけど、ほんとは軽薄じゃないから、きっと大丈夫。
全ては、明日だ。
明日になれば、わかるんだから。
「友達の彼氏、横取りする気はあるかい?」
「あるわけないじゃない、そんなの。
壱花は大事な友達なのよ。幸せになってほしいに決まってるじゃない!」
「だったら、諦めろ」
「わかってる! そんなこと!」
「わかってるなら、そうすればいい。
できないのは、わかってないからだ」
「そんなことない! わかってるの! 報われないことくらい…」
「じゃあ、諦めて俺と付き合いなよ」
「わかって…、なんですって!?」
「だから、報われない恋だとわかってんなら、潔く諦めて俺と付き合えって言ったんだ。簡単なことだろ?」
「何言ってんのかわかんない。
黒川さんのこと諦めたら、どうして藍田君と付き合うことになるのよ!?」
「俺は諦められないから。
俺には遠慮するような相手はいないからね。
みゃあちゃんが失恋して弱ってるとこ狙って、口説き落とす」
「藍田君があたしに気があるなんて、初耳なんだけど」
「そうとも、本邦初公開だ。
みゃあちゃんに好きな男がいるのはわかってたからな。一応遠慮してたんだが、フラレたとなりゃ、大手を振って口説ける」
「そんな話、信じられるわけが…」
「信じる者は救われるって言うだろ。
騙されたと思って付き合ってくれよ」
「騙されるとわかってて付き合うバカがいると思う?」
「いや、それは言葉の綾だから」
「バカにするのもいい加減にしてよ。
あたしは、真剣に悩んでんのよ」
「だから、俺も真剣にみゃあちゃんに惚れてるんだって。
どうしたら信じてくれるんだよ」
「チャラ男のイケメンなんて、世の中で一番信じられない存在じゃない。
まずは、その軽薄そうな顔を何とかしてよ」
「おいおい、悪い酒だな。
顔なんて変えられるわけないだろ」
「!」
…今の、夢?
びっくりした。
なんだって藍田君に口説かれる夢なんか見ちゃったんだろう。
やだな。チャラ男のイケメンは信じられないなんてセリフ、ほんとに言いそうじゃないの。
変にリアルな夢見ちゃった。
明日、藍田君の顔、見られなくなりそう。
いよいよ金曜だ。
夕べあんな夢見ちゃったから、ちょっと気が重い。
出勤して、いつものようにパソコンを立ち上げてメールをチェックすると、藍田君からの社内メールが入ってた。
「この前の店で6時に集合でいいかな」
同じ店にするなら、もっと早く連絡してきてもよさそうなものだけど、まあいいや。
どうせどこの店でも、することは同じだし。
あの店のお料理は美味しかったしね。
「了解」とだけ返信して、あたしは仕事に入った。
最終話(7話)は、25日午後9時更新、エピローグが午後10時更新となります。