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5 顔を合わせられない

 思いがけず、初めての朝帰りを経験してしまったあたしは、一旦アパートに戻ったことで一応の仕切り直しをした。というか、気分を立て直した。

 だからといってすっきりしたということもないんだけど、なんというか、朝目を覚ました時のショックを引きずってたら、たぶん一日仕事にならなかったと思うのよね。

 仕切り直して、まあなんとか仕事ができるくらいの精神状態に戻れたってとこかな。

 藍田君と顔合わせながらじゃさすがに無理っぽいけど、そうでなければどうにでも…って、藍田君が顔見に来ないわけないじゃないの。

 藍田君からは、もう1つメッセージが来ていた。

 中身は、端的に言うと、夕べは何もしなかったから心配するな、今日こそちゃんと話したい、夕べの説明も含めて、というものだった。

 まあ、何もなかったってのはわかってるし、言い訳はさせてあげるべきなのかもしれないけど、正直、昨日の今日で会いたくないというのが本音だ。

 一言で言っちゃえば、男と2人っきりになって酒なんか飲んだのが悪いわけだ。

 あたしが黒川さんを好きなのも、壱花と黒川さんのデートにノコノコついてくのも、結局はあたしの心の弱さが原因だ。

 諦める潔さも、断る勇気もないんだから。

 あたしは、卑怯なんだ。

 今藍田君に会うと、嫌な自分を突きつけられるから、会いたくない。

 始業前は、とりあえず女子更衣室に隠れてやり過ごしたけど、たぶん昼も夜も会いに来るはず。

 本当はやっちゃいけないんだけど、社内メールを使って、藍田君に今日は会いたくないと送っておいた。

 外回りで社内メールを読まない可能性も考えて、昼休みになるとすぐ更衣室に駆け込んでスマホでも同じ文面のメッセージを送っておいた。

 これでも無理矢理会いに来るようなら、二度とまともに口を利かないぞくらいのつもりで。

 藍田君は、空気の読める男だったみたいだ。

 昼休みが終わって、パソコンにログインしたら、社内メールで返事が来ていた。

 「昨日の今日だし、会いたくないなら仕方がない。けど、一度きちんと話しておきたいから、金曜の夜に会おう。今度は酒抜きで、飯食えるとこ予約しておくから」

と書いてあった。

 別に、この前のお店でも文句はないんだけど。

 あの時は、お酒に酔ったというより、藍田君に痛いとこ突かれたのが原因だ。

 もちろん藍田君に責任がないとは言わないけど、そもそも親友の彼氏に横恋慕してるあたしの自業自得とも言える。

 どこまで行ってもあたしの想いが成就することはない。

 万が一、壱花と黒川さんが別れたとしても、あたしは横取りなんてできない。壱花との友情を犠牲にする気なんかないんだから。

 …結局、そういうことなんだと思う。

 あたしは、恋も友情も捨てられず、どっちつかずで何もできない弱虫なんだ。

 どうにかできるなら、どうにかしたい。

 誰かにぶちまけて泣きわめけば、すっきりするんだろうか。

 藍田君なら…この前話しちゃった藍田君になら、言えるのかな。

 あたしの想い。この恥知らずな心を。

 藍田君になら、嫌われたっていいもんね。




 色々考えたけど、結局、金曜日にもう一度会うことにした。

 いつまでも避けて通れるものじゃないし、あたし自身、冷静に判断できる人に相談した方がいいんじゃないかと思ったってこともある。

 藍田君には、もう黒川さんのことは知られちゃってるし、話をするにはちょうどいい相手かもしれない。

 金曜まで3日あるから、その間に何を話すか考えればいいか。




 そして、終業後。

 あたしは、昨日のお店に1人で行ってみた。

 昨日何があったのか、第三者の口から聞いておきたい。

 もしかしたら、藍田君が口止めするかもしれないから、今日の早いうちに聞いておく必要がある。

 いくらなんでも昼のうちに手を回しておくなんてことはできないだろう。

 自分でも性格悪いことやってるとは思うけど、藍田君から聞くだけじゃ、きっと何を言われても信じ切れないだろうから。

 あたしが納得するためには、きっと必要な儀式なんだ。

 一度しか行ってない場所だから辿り着けるかどうか自信がなかったけど、案外あっさり着くことができた。わかりやすい場所でよかった。

 深呼吸して、暖簾をくぐると、昨日の女将さんがいてくれた。

 「こんばんは」


 「いらっしゃいませ。…あら、藍田さんのお連れの方。お体、大丈夫でしたか? だいぶ酔ってらっしゃいましたけど」


 「ええ、具合の方は特に。ご心配をおかけしました。

  あの、実は、飲み過ぎたのか昨日のことをよく覚えてないんです。

  何か失礼なこととかしませんでしたか?」


 たぶん大丈夫だと思いながらも、恐る恐る訊いてみたら、女将さんは笑い飛ばした。

 「そんな、失礼なんて何も。

  いいもの見せていただいて」


 いいもの!? 何それ…

 「あ、あの…いいものって…」

 恐る恐る、それこそさっきよりも恐る恐る訊いてみると、女将さんは笑顔で

 「お連れ様が泣いてらっしゃるのを藍田さんが抱き締めて慰めて。

  仲のよろしいカップルという感じで、微笑ましかったですよ。

  藍田さんったら、こんな綺麗な彼女さんがいらっしゃるなんて仰らなかったんで、ちょっと心配してたんですけどね。

  いっつもおひとりでいらしてて、“たまには彼女さんでもお連れになってくださいな”なんて言ってたんですけど、“まあ、口説き落とせたらね”なんてはぐらかされてばっかりで。

  昨日、ようやく連れてきてくださって。

  藍田さんがお宅様に向けてたお顔を見たらわかりますよ。

  お付き合い、なさったばかりなんでしょう?」


 とんだ誤解を訳知り顔で並べ立てられても困るんだけどなあ。

 一応、誤解は解いておかないと。

 「あの、あたし、藍田君とは会社の同期ってだけで、別に付き合ってはいないんです。

  昨日だって、デートとかそんなんじゃなくて…」

 そう言うと、女将さんは少し驚いた顔をした後、謝ってきた。


 「あら、すみません、私ったら、てっきり藍田さんが彼女さんを連れてらしたのだとばかり」


 よかった。聞く耳は持っててくれたようだ。

 「それで、あの、あたし、泣いてたんですか?」


 「ええ、あの、好きとか何とか仰ってたんで、てっきり初めてのケンカの後の仲直りなんだと思ってました」


 …やばい。

 それってたぶん黒川さんのことだよね。

 泣きながら言ってたってことは、愚痴とかヒスの類じゃない?

 なんてこと。次会ったら話してみようじゃなくて、既に話しちゃってたかもしれないんだ。

 まあ、いいか。どっちにしても、藍田君には包み隠さず言うしかないってことよね。

 あとは…

 「それで、あたし、藍田君に連れて帰ってもらったみたいなんですけど、どうやって帰ったか覚えてないんです。


 敢えてストレートに訊いてみることにした。

 この女将さんなら、誤魔化したりはしないだろう。


 「ええ、タクシーをお呼びしたんですよ。藍田さんも一緒に乗られて行き先を指示してましたし、お宅様のご住所知ってらしたようでしたけど」


 ああ、それでアパートに近いラブホ(とこ)にいたのか。

 大体の住所しかわからなかったのか、アパートはわかるけど上がり込むのが嫌だったから敢えて近くで降りたのか。

 どっちにしても、紳士的と言っていいレベルかもしれないわね。

 「そうですか、わかりました。

  ありがとうございます。

  申し訳ないんですけど、夕べ何を食べたか、途中からちょっとあやふやで。

  今日のおすすめ、いただけますか」


 質問だけして帰るってわけにもいかないので、夕飯はここですますことにした。

 やっぱり、お料理が美味しい。

 1時間くらいかけて食べたけど、その間に藍田君が来ることはなかった。

6話は今夜9時に更新します。

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