4 思いがけない朝帰り
目を覚ましたら、ベッドの中だった。
いつものように体の左側を下にして丸くなってるのはいいとして、目に飛び込んできたのは、知らない部屋の壁。
まるでホテルの一室のような…ホテル!?
ガバッと起き…ようとして、慌てて止まった。だって、もし服着てなかったら。
そう考える時点で、たぶん色々と手遅れなんだと思う。
昨夜のことを思い出してみる。
藍田君と飲んでたことは覚えてる。
黒川さんのことを色々聞かれて、それで、…何を話したっけ。途中から覚えてない。
なんか、いつの間にか日本酒とか飲まされてたのは覚えてるけど…。どんくらい飲んだんだろう。とりあえず、二日酔いにはならなくてすんだみたいだから、そんなに無茶な飲み方はしてないんだろう。
あー、もう。
男と2人きりの時に記憶なくすような飲み方するなんて、なんて危険なことを。
一歩間違えたら襲われてても仕方ない。
嫌だけど、もちろん絶対に嫌だけど、それは隙を見せたあたしが悪いって言われるだろう。
幸い、ブラウスは着てるし、ジャケット以外は脱がされた形跡がないから、無事だったんだろう。そう思いたい。
とりあえず服は着てるわけだから、ふとんを引っぺがしても大丈夫かな。
起き上がろうとして、ふと気付いた。
後ろから寝息が…誰かいる。
血の気が引く音が聞こえた気がした。こんなところで、あたし以外の寝息の主なんて、1人しかありえない。
これはもう、半分過ちを犯した後と言わなきゃならないような気がする。一生の不覚だ。
ショックで、起き上がる気力もなくなってしまった。
とにかく状況を整理してみよう。
昨日、藍田君と飲んでるうちに何かあって、…何があったのか思い出せないんだけど…目が覚めたら、どっかのホテルのベッドの中にいた、と。
んで、服は脱がされてないけど、背後って言うか、隣には、誰か──十中八九藍田君──が寝てる。
これは、どういう状況なんだろう。
まさか藍田君の部屋に連れ込まれたってことは…ない、よね。
目に入る範囲では、生活感ないし。
お泊まり、かあ。
まさか、初めてのお泊まりがこんな形になるなんて、思ってもみなかったなあ。
どうせなら、黒川さんとしたかった…ああ、駄目だ、そんなこと考えちゃ…あ! 思い出した! あたしが壱花達のデートについていくのは、あたしが黒川さんと一緒にいたいからだって藍田君に指摘されて、なんか色々話してた気がする。
何、話したっけ。細かいとこが思い出せない。
ともかく、ここを出よう。仕事に行かなきゃ。
藍田君を起こさないようにベッドを出る。
えっと、あたしのスマホ…バッグ…あった。
マップで位置情報を確認すると、あたしのアパートから、そう遠くない。
今日は、火曜日だ。壱花のデートに付き合わされた翌日に飲んだんだから、そりゃそうよね。
つまり、仕事に行かなきゃならないわけで。昨日と同じ服で出勤なんかした日には、周りから何を言われるかわかったもんじゃないから、できれば着替えに戻りたい。
今からなら十分に着替えて出掛けられるから、急いで帰らないと。
ホテルの支払いとか何とかは、あたしをこんな目に遭わせた藍田君に貢いでもらっても罰は当たらないよね。
強引に誘った時点で、藍田君も出費は覚悟してたはずだし。
時間が勿体ないから、とにかく急がないと。
藍田君を起こさないよう静かに、ハンガーに掛けられていたジャケットとコートを羽織り、素早くホテルを飛び出した。
あ~、飛び出したって言うと語弊があるわね。
部屋を出て気付いたけど、どうやらここはラブホだったようなので、出るところを見られないよう、かなりこそこそと辺りの様子を窺いながら出ることになってしまったから。
おのれ、藍田! いつか埋め合わせはしてもらうからね!
なんとか人目に付かないようにホテルを出て、小走りで家に帰った。
大急ぎで化粧落としてシャワー浴びて、また化粧して、着替えてアパートを飛び出すまで20分くらい。あたし的ギネスに載る早さだったわね。
ようやく電車乗って、ふと、寝てる藍田君を置いてきたことを思い出した。さすがに寝過ごして遅刻とかさせるのも可哀想だよね。仕方ないから起こしてあげようとスマホを取り出したら、メッセージが入ってた。
「着替えに帰るんなら、起こしてってくれ」とだけ書かれたシンプルな文面からは、彼が何を思ってラブホなんかに連れて行ったのかは読み取れない。
意識のないあたしをラブホになんか連れ込んだくせに、何もしないでただ寝てた。
何を企んでたのか、そもそもあたしと黒川さんのことを訊いてどうするつもりだったのか。
電車に乗ってる間中考えてたけど、答えは出なかった。
5話は、予定を変更して明日午前8時に、6話を明日午後9時に更新します。