2 見られたのは同期の男
「みゃあちゃん、昨日一緒に歩いてたの、誰?」
月曜の朝、同期の藍田君が訊いてきた。それはもう、へらへらとした笑顔で。
思わず殴りたくなったのを我慢したあたしを、誰か褒めてほしい。
藍田君は、少し軽い感じのいわゆるイケメンで、声を掛けられたことのない女子社員はいないんじゃないかってくらい手広い。
営業職だけあって、爽やかな笑顔とピシッとしたスーツ、長すぎず短すぎず清潔な感じの髪型と、嫌味か!? ってくらい格好いい。
それだけにかなりモテるみたいだけど、社内恋愛はしない主義らしく、浮いた話は聞かない。あれだけ声を掛けてるくせに、デートしたとかいう話がまったく聞こえてこないのは、いっそ見事だ。
飲み会の時なんかも、酔った女の子の面倒を甲斐甲斐しく見てる割には、さっさとタクシーに押し込んで行き先告げて終わり、ってな送り方をするそうで、お持ち帰りされた子はいないらしい。誰が相手でも行き先を告げられるのはどういうこと!? って突っ込みたいけど、被害が出てないってんだから、それはそれでいいのかもしれない。
密かにお持ち帰りされたくて酔って見せた子もいるけど、見事にスルーされたそうだ。
もしかして、あれかな? Yes,ロリータ、No,タッチとかいうやつ。変態紳士っていうんだっけ。
「みゃあちゃんはやめろって言ってるでしょ。
それってセクハラよ?」
実際のところ、同期でそれなりに気安い仲ではあるんだけど、一応釘は刺しておかないと。
「セクハラってこたないだろー。
俺達同期じゃん。同格だよ、同格」
「セクハラは、必ずしも上から下だけじゃないよ。
同期だろうと部下だろうと、セクハラは成立するのよ」
うちの会社であたしを「みゃあちゃん」と呼ぶのは、こいつだけだ。
「墨谷美弥子」と、名字と名前、どっちにも「みや」が付いているからって勝手に盛り上がっちゃって、「みやみや」から「みゃーみゃー」になって、「みゃあ」に落ち着いた。
他の人までそんな呼び方するようになったらどうしようと思ったけど、幸い、こいつ以外にそんな趣味の悪い人はいなかったらしい。
本当によかった。
「それはいいからさ、質問の答えは? 一緒にいたの、誰?」
呼び方についての文句をスルーして、藍田君はさらに訊いてくる。
昨日一緒に出掛けたというと、壱花と黒川さんだ。
こういう訊き方をしてくるってことは、黒川さんのことを指してるんだろうけど、いつの間に見られたんだろう?
「昨日なら、友達とちょっと買い物にね。
大学時代の親友に付き合わされちゃってさ」
「親友って男?」
藍田君の目がなんとなく冷えた気がする。
なんで冷える? よしんば黒川さんと2人で話してるのを見られたとしたって、藍田君に文句を言われるようなことじゃないだろう。
「違うけど。男の人の方は、親友の彼氏だよ。
何を考えてるのか、デートに付き合わされちゃった感じでさ」
「みゃあちゃん、友達の彼氏と2人で遊んだりするわけ?」
は? 2人で遊ぶ? 昨日は黒川さんと2人きりになったのは、朝の待ちぼうけの時だけなんだけど。
「遊んでないよ。一体どこで見たの? 人違いだったりしない?」
「駅前のベンチに2人で座って仲良く話してたろ。缶コーヒーかなんか飲みながら。
缶コーヒー、飲めないんじゃなかったか?」
やっぱり待ち合わせの時か。
「そりゃ、あれだね。親友が遅刻したんで、2人で待ちぼうけしてたとこだね。
自分の彼女が誘っといて遅刻したんじゃ、缶コーヒーくらい奢ってくれんじゃないの」
「だってみゃあちゃん、」
何か言いかけた藍田君は、胸元からアラーム音が鳴ってビクッとなった。
ああ、始業時間だね。
「あ~~、続きは後でな。今日は朝イチで行くとこあんだわ」
そう言い残して藍田君はさっと身を翻した。
このイケメンめ。普通、こういう時はバタバタと駆け出すもんでしょうが。
あたしは普通の人なので、バタバタと自分の席に着いてパソコンの電源を入れた。
さて、と。どうやって逃げるかな。
大人しく待ってるわけないでしょうが。