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引っ越しと海運

 永禄元年(1558年)五月、越後、青海にて

 海野蕎麦蔵


 青海に引っ越しを始めた。


 九郎左衛門から土地を譲ると言う話があり、姫川の東岸の荒れ地を買わされた。出世払いだ。勿論、九郎左衛門に是非は問われなかった。強制だ。

 住む家は雪が溶け始めた頃から造り始め、五月も終わろうと言う頃に出来上がった。海岸からは少し離れていて松林が丁度良い防風林になっている立地だ。


 なかなか良さそうだ。


 そして、杏の村の衆が移り住んだ。

 男手が無い今、山中では暮らしてはいけない。山を降り、俺の手伝いをして生きて行く事を決断したのだ。

 俺はどうかと言えば引っ越しはしていない。

 一冬をいっしょに過ごした歌と杏と福と秋助と未だに洞窟にいる。

 どうして、引っ越しをしていないかと言うと、大きめの家を造るために出来上がるのを待っている。それに洞窟は仕事場が近いのだ。決して、村の衆の引っ越しを見届けてから自分の引っ越しをするなどという気持ちからではない。


 こらっ、杏、笑うな。




 歌と杏と福と秋助と一冬を過ごした。

 歌は俺の妹みたいな者だ。本人は姉さん風を吹かせるが、歌を買った俺が歌の面倒をみるのは当たり前だ。

 だから、歌といっしょに冬を越すのは良い。

 だが、杏たちは別だ。予定外だった。

 雪が降り始めた頃、山から杏たちが洞窟へとやって来た。俺の世話をすると言って、そのまま住み着いてしまった。

 歌のいない所で、杏が唇を舐めながら言う「逃がさないよ」と。少し怖かった。

 そして、杏についてきた福と秋助。福はおっとりしているほんわか姉さんで杏と仲の良い女房仲間と教えられた。秋助は福の子供で去年の春に生まれた男の子だった。


 福と秋助は癒しだ。何かと姉さん風を吹かし俺に駄目出しをする歌と俺に悪戯しようと狙っている杏から助けてくれる福。そして、可愛い秋助。二人は心のオアシスだった。

 特に秋助は可愛い癒しだ。小さな、小さな手で俺の指を掴む。そして、笑う。これが、可愛いと言わず何が可愛いと言うのだ。


 おいっ、杏、笑うな。それに歌もだぞ。




 三人が洞窟に来て直ぐに雪が積もり出した。

 食糧は問題なし。洞窟とは言え、雪囲いや暖房や換気も問題ない。洞窟の近くの崖から染みだしている水を貯め、月さんに温めて貰う風呂もあった。晴れた日中に入る風呂は格別だった。

 のんびりと昼間の風呂を楽しんでいると杏が風呂に乱入してきては「ほらほら、興味あるだろ、蕎麦蔵」と俺に体を寄せて悪戯しようとする。すると、紅い顔をした歌が「杏さん、駄目でしょう。蕎麦蔵も駄目だし」と怒りながら杏の悪戯を止めようといっしょに風呂に入ってくる。

 最後に「俺と秋助も混ぜて」と福と秋助も入ってきて賑やかな風呂になるのだ。


 悪くない風呂だ。うん、悪くない。



 えっ、何だと、気持ち悪い顔をするなだって。そんな顔はしてない。

 お前こそ気持ち悪い顔をするな、杏。ニヤニヤと俺を笑うなよ。


 こらっ、そこっ、クスクス笑うな、歌。福もだ。


 秋助は笑っていいぞ。





 何も問題なしの越冬だった。

 月さんのお陰で天気予報は外れない。

 雪が降る日は、洞窟の我が家で過ごす。料理に時間をかけるのだ。

 猪の塩漬け肉を一晩雪の中に仕込み、半凍結し多少塩が抜けたところを薄切りにする。水の入った鍋に大根、ごぼう、里芋を切って入れ、火にかけて煮る。煮えたところに猪肉を入れ一煮立ちしたら味噌を入れてできあがり。もちろん丁寧に灰汁を取ることを忘れてはいけない。

 身体の芯から温まる冬の逸品だ。

 お好みで水練りした小麦粉を千切っていれても旨い。


 晴れが続く日は潮溜まりを焼いて塩を作っては青海村の名主屋敷に運ぶ。それが晴れた日の仕事。

 仕事は順調だった。

 特に目標があるわけでもなく作った分の塩を名主屋敷に運ぶ。

 名主屋敷の倉に塩を積み上げると九郎左衛門から怒られた。一体どのくらいの塩が有るのだと。見当もつかないので分からないと答えると更に怒られた。計画的にやれと。そこで九郎左衛門と話し合った。

 年五万石以上作る。そして、塩座の商家に卸す。塩と塩を交換する。商家は高級塩を京に運び大儲け。俺は安い塩を長尾家や家臣たちに安くばら蒔く。


 村上家は、その塩を信濃に送り影響力を維持するし、阿賀北衆は米沢と会津に塩を送り影響力を持つ。更には上野にも送る。そして、長尾家や家臣たちは戦銭を得る事ができる。

 安く内陸部に塩を供給し、他国の塩を排除して越後に依存するように仕向け、越後経済圏に組み込んでしまう戦略だ。あわよくば他国の塩産業を廃業に追い込みたい。


 長尾家、家臣団、越後商人の皆が儲けてウィンウィンな関係を築く。これが九郎左衛門と俺の考えた戦略だ。だから、広い土地に引っ越して盛大に塩を作れとなったのだ。


 今は岩場の潮溜まりを焼いて塩を作っているが、引っ越し先には入浜式の潮溜まり施設を造っている。海水の溜池だ。その溜池を月さんに焼いて貰い塩作るのだ。

 しかし、軌道上から衛星レーザーで焼いて塩を作るといったやり方は余りにも常軌を逸している。そこで人目を避けるために施設全体をぐるりと簡易的な塀で囲う。ちょっとした砦になるだろう。


 全ては九郎左衛門の力だ。


 これまで世話をしてくれた九郎左衛門が春先から更に力になってくれている。心なしか厳しくみる目も柔らかくなったように感じる。春先にあった会話しか心当たりがないのだが。




「蕎麦蔵、塩運びご苦労」

「はい、名主様、今日はこれで帰ります。また運んできます」

「うむ、……」

「では」


「待て、蕎麦蔵」

「はい、何でしょう」


「お前は海野うみの姓と聞いたが、間違いないのだな」

「はい」

海野うんのではないのだな」

「はい。海野うみのです」

「……そうか」

「は、はい? 帰っていいですか」

「うむ」


 どう考えてもこのやり取りだよな。





 永禄元年(1558年)十月、堺にて

 天王寺屋宗及


 茶室に入ると既に納屋なやが待っていた。

 仕方ない、こちらが遅れた。せな、先に挨拶するのはこちら。


「遅くなってすいません、納屋さん」

「いやいや、忙しいのはええことでっせ。儲かってまんな、天王寺屋さん」

「ぼちぼちでんがな」

「そら、ええことや」


 納屋が一体何をしに我が家に訪れたのか不明だ。不用意な会話でこちらの情報を相手に教えてしまう事があるかも知れない。会話を続けるのを止めた。

 納屋の旦那の今井殿は使った言葉で全てを悟る相手なのだ。迂闊なことは言えない。だが反面、堺の会合衆の筆頭商人たる我らが腹の探り合いなどしても一文の足しにもならない。

 既に、納屋と天王寺屋は商売敵ではない。共に堺の町を治め、共に町を発展させ、共に儲けて行く仲間なのだ。お互いに相手を潰すと言う事は堺の町を潰すと言う事になるぐらいの商いの大きさだ。

 納屋と共に儲けていくことこそ、天王寺屋の儲けなのだ。


「天王寺屋さん、聞きましたか」

「何をで」

「越後の長尾さんが、来年上洛しよるらしいで」

「はいはい、納屋さん。その話は、わても聞きましたがな。どうも公方さんが上洛文を出されて長尾さんが受けたと。久しいな、何年ぶりですかな」


「前の上洛は、たしか、天文二十二年(1553年)の九月でしたな。あれからもう五年も経ちましたな」


 今から五年前も、長尾景虎は上洛した。少しばかりの供を引き連れての上洛だった。この上洛で長尾景虎は、後奈良天皇と将軍足利義輝に拝謁し越後国主と認められたのだ。この後、長尾景虎は堺を遊覧している。


「この度は、どこぞを通ることやら」

「越中、加賀、越前、近江を通るために長尾さんの使者が走り回っているらしいで」

「ほほう、陸路かいな。それは忙しいこと。そんなら米でも仕入れますかな、どうです」

「そうでんな。しかし越後勢が来るちゅうても精々千か二千程度ですやろ」


「そんなものかいな。そんなら誰ぞ他の者にやって貰おうかいな」

「それがよろしいわ」


 先ずは世間話だ。越後長尾殿の上洛は周知の話だ。今さら隠しだてもない。引き連れてくる軍勢も多くて二千程度。今、安い米を買って上洛時に高く売る。そんな小商いは我らがやることやない。


 納屋の話はまだまだ先にある。


「そう言えば、越後で思い出しましたけど。塩の話はご存知やろ。天王寺屋さん」


「今、京に出回っている焼塩やな。きめ細かくて白い、あれは良い塩や。越後で作った塩を焼いて売るとは考えたもんやな」

「せやな、しかし、あれだけの量や、さぞかし越後の山は寂しくなったんちゃうか」

「雨が降ったら大事になりまんな。良く長尾さんは許したもんや。青苧あおそだけでは戦銭が足らんのかいな。それにしても、塩座の序列を蔑ろにするのはいけませんな。商人かて立場ちゅうもんがありますよって。その辺を理解してもらわんと」


「困ったもんや、越後商人にも」

「せや。越後からの塩の荷が絡むと近江の海で塩座の者と揉めとるらしいわ」


 深く頷く納屋だが、ちらりと探るような目をした。


 なるほど、納屋にも来たのだ。


「先日、その越後商人がわてを尋ねて来ましたよって」

「ほうほう、天王寺屋さんにもでっか」

「越後と商売しませんかと言いよった」

「ただ、今は品がない。だが、ゆくゆくはと言いよりましたな」

「そうそう、一体どう言う積もりですかな」


 越後商人は天王寺屋にも納屋にも品は無いが商売をしようと持ちかけて来たのだ。

 海運で運んだ荷を堺で下ろし、淀川の水運を使って京まで運ぶ腹積もりなのだろう。

 荒んでいるとは言え、京の都は日の本一の消費地。

 その京に大量の荷を運ぶには水運を使うしかない。

 そして、海賊の多い播磨灘を通るよりは、南蛮船の様に外海から堺に荷を揚げる方が安全だ。


 さて、若狭を使わずに堺を使うと言う事は、荷を西国から運んでくると言う事になる。

 では、どこからか。西国、九州、いや、琉球か。いや、もっともっと南かも知れん。


 なるほど、どうやらここからが納屋の本題のようだ。


「越後商人は何か知っとるようでっか、納屋さん」

「いや、わてには訳までは知らんように見えたで」

「そうでっか」


 越後商人も理由までは知らんのか。だが、替われると思っていると言う事だろう。

 最近、渡来が減った南蛮人たちの替わりを。



次回、決算と目標



春生まれの秋助あきすけ

この名は、実り多い秋の様に食うに困らぬ様にとの願いです。


なんちゃって関西弁は許してください。

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