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(閑話)便りと越後侵攻、そして名前

(閑話)です。

 永禄五年(1562年)五月、越後、糸魚川青海にて

 海野杏


 あねさん、元気ですかい。

 すまねえ、もう、姉さんと呼んだら駄目なんでした。杏様と呼ばないと。


 杏様、恙無くお過ごしでしょうか。

 平次は、何とか元気でおりやす。


 先日は海野の殿様から、大層な名と立派な大小の刀を頂戴しやした。

 何やら、恥ずかしくもあり、誇らしくもあり、妙な気がしやす。

 こんな俺が武家になっても良いのかと、日々不安な思いでやす。


 なぜ、名と刀を頂戴したかでやすが、分水路の普請が計画より遅れていやした。その事を海野の殿様宛てに手紙を書いたら、「そんな事は気にするな」と名と刀を頂戴した次第でやす。


 殿様には、読み書きや算術と教えて貰い、更には武家にまで引き立てて貰い、どんなに感謝しても感謝しきれやせん。足を向けてなんか寝れやしやせん。


 海野の殿様が美濃から帰って来たら、礼の挨拶に伺いやすので、教えて貰えると助かりやす。よろしくお願いしやす。


 さて、急に手紙を出した訳でやすが、実は、先日、分水衆の皆と戦をやってきやした。

 勿論、俺も分水衆の皆にも怪我はなく、元気でやす。

 この戦の話が、青海にも広まり心配させるといけやせんので筆を取った次第でやす。


 事の起こりは、宇佐美様が分水路普請館に訪れた事が発端でやした。








「平次、平次はいるか」


 分水路普請の監督館の外から、平次を呼ぶ男がいる。数人の供を連れた宇佐美定満だ。

 暫くして、慌てた様子の平次が監督館から飛び出してきて、定満の前に膝を着いた。


「これは宇佐美様。この様な処に、如何されやした。さ、さ、館の中に、茶を出しやす」

「平次、いたか。手間が省けたわい。それでは、茶を貰おう。急ぎここまで来たので喉が渇いたわ」


「分かりやした。それでは中に」


 平次は、宇佐美定満を館の客間に案内した後に、下女に茶を出すよう頼んだ。


 平次は焦った。

 宇佐美定満が、なぜ、ここに現れたのかと定満の顔色を伺う。しかし、笑い顔ばかりの定満からは何も分からない。


 出された茶を一口飲んだ後に、定満が話しだした。


「平次、ちと、お主の力を借りたい事がある」

「へい、この平次にできることなら何でもしやす。何でも言って下せい。それで、力を借りたい事とは、何でやす」


 平次が、返答の言葉とは裏腹に定満を探る。直ぐに、言葉を違え逃げられる様に。


「そう、心配するでない。暫くの間、分水衆を儂に貸して欲しいだけじゃ」

「分水衆を」


「そうよ」

「宇佐美様は、分水衆で何をされるのでやすか」


「何、分水衆には一揆を起こして貰う。そして、砦や城の二つ三つを焼いて貰うだけじゃ」


「宇佐美様、待って下せい。一揆とは、只事じゃあありやせんぜ」

「そうよのう」


「そうよのうって。そんな事をした日には、俺や分水衆の皆が咎めを受けやす。それに、俺だけならまだしも、海野の殿様や姉さんまでに迷惑をかけやす。申し訳ねえでやすが、宇佐美様の頼みでも一揆には加担できやせん」


「まあ、そう焦るな、平次。この一揆で咎めを受ける者はおらん。寧ろ、褒美を出す積もりじゃ」


「褒美?」

「そうよ、褒美よ。だから、分水衆の動ける者たちには皆、参加して貰いたいのじゃ」


 平次は思った。

 本当に宇佐美様が言うように褒美が貰えるのであれば、一揆に加担するのも悪くない。

 が、直ぐに、その考えを祓うかの様に頭を振る。


「いやいや、褒美には釣られやせん。一揆は大罪でやす。勘弁してくだせい」


「それでは困るのう。御屋形様にも、幸稜にも話しは通してあるしのう。あとは、平次が良い返事をしてくれるだけで、良いのだがな」


 平次は疑う。

 困ると言う宇佐美定満の顔は、困ってなさそうに見える。

 宇佐美定満は、本当に御屋形様や海野の殿様に話しを通しているのか。


「本当ですか、宇佐美様」

「疑り深い奴よのう。急がねば、越後が困った事になる。越後が困れば御屋形様も杏も困る事になろう。お主は、杏が困っても良いと言うのか」


 平次は悩む。

 姉さんが困ると言う宇佐美定満の話しは、如何にも胡散臭い。

 そんな事で一揆の話しに乗れるかと思う反面、姉さんが本当に困る事にはならないのかと心配になる。



 平次は思い出した。

 海野の殿が、俺を家来の武家にしてくれた。その話しを宇佐美定満が知っていれば、上杉家臣の陪臣の家来たる俺に命令したら良いだけだ。

 しかし、宇佐美定満は命令ではなく、力を借りたいと頼んできたのだ。

 と言うことは、宇佐美定満は海野の殿様と話しができていない。



 平次は考えた。

 宇佐美様の話しは怪しい話だ。だが、断る事はできるのか。

 武家様が頼むと言ってきた事を断ったら、只で済むとも思えない。


 この話し、受けても断っても良くない。



 平次は結論を出した。


「分かりやした、宇佐美様。宇佐美様の力にならせてくだせい。この平次の少しばかりの力ではありやすが」


「おお、そうか。助かるぞ、平次」

「しかし、宇佐美様。二つばかり条件がありやす。それを聞いてくだせい」


「ほう、言うてみよ」


「へい、一つ目は、宇佐美様に力をかすと決めたのは、この平次でやす」

「うむ」と宇佐美定満が頷く。


「宇佐美様は一揆に参加しても咎めはないと言いやすが、一揆は一揆、大罪でやす。もしもの時は、この平次が、俺一人が、罪を負いやす。分水衆の皆や、海野の殿様、杏の姉さんには咎めが及ばないと約束してくだせい」


「ほう、お主一人だけが一揆の咎めを受けると言うか」


「へい」

 背中を丸めている平次が、上目遣いに宇佐美定満の目を見つめ、目を反らさない。



「もう一つは、何だ。言うてみよ」

 宇佐美定満の顔に刻まれた皺が、笑っている。


「へい、もう一つは、もし……」


 平次が二つ目の条件を言うと、宇佐美定満はゆっくりと頷いた。


「良かろう。二つとも宇佐美の名にかけて約束は守ろう。では、分水平次、力を貸して貰うぞ、良いな」


 ほっほっと宇佐美定満が笑った。



 平次は驚いた。

 宇佐美定満は知っていた。平次の名を知っていた。


 分水ぶんすい平次。


 海野の殿様から貰った名。それが、分水平次だ。その名を、宇佐美定満は知っていたのだ。


 試された。


 平次は、武家として試されたのだと思った。

 そして、宇佐美定満は自分の名を呼んでくれた。



 平次は嬉しかった。


「へい、分かりやした」




 平次は、各普請場に人を走らせ人を集めた。そして、集まった分水衆に宇佐美定満の話しを聞かせ頭を下げた。


 各普請場の組頭たちが、「任せろ」と平次の肩を叩く。協力してくれる分水衆は、老若男女合わせて二万に上った。

 そこには、宇佐美定満の家来五百も含まれている。


 宇佐美定満は、時がないと二万の分水衆を率いて、新発田城目指し北上を開始。定満は、道すがら平次に今回の事を説明した。


「会津の蘆名が越後攻めの陣触れを出したと報せがあっての。会津勢が越後に攻めてくるのじゃ。今頃、会津街道を西進して新発田の城を目指している事であろう」


「宇佐美様、会津勢と戦をする積もりでやすか。確か、一揆と言っていたかと思いやしたが」

「一揆じゃ。会津勢とは戦わん。分水衆では、人がいくらいたとて戦では敵わん。だから、新発田の城や砦を焼くだけじゃ」


「安心しやした。ですが、会津勢が分水衆を見たら攻めてきやせんですかね」


「大丈夫であろう。他国の一揆を鎮めようなどと思う相手ではない。それに、越後攻めの拠点と考えている城が燃えているのだ。一旦、一揆が鎮まるまで会津で待つであろうよ」


 宇佐美定満は続けて言う。

 会津勢が一揆を鎮めても、それは、これから治めようとしている土地の民草が相手だ。

 戦をして勝ったとしても、遺恨を遺す事になり、戦後の統治の困難度が増すだけだ。


 それよりは、一旦、兵を会津に退き、越後勢が一揆を鎮めた後に、越後を攻めた方に利がある。

 越後の民草も、会津勢の味方となろう。

 だから、会津勢と分水衆の戦にはならないと。



「なるほど、そんなもんでやすかね。しかし、新発田の城を焼いて、大丈夫でやすか。新発田の殿様はそれで良いと」


「問題はない。城主の新発田長敦(ながあつ)の了解は取っておる。新発田一族は武蔵か相模に移封されて知行地が増える予定じゃ。それに、長敦は、雪が嫌いでな。晴晴すると言っておったわ」


 ほっほっと、宇佐美定満は笑う。




 会津街道の終着点、新発田。

 先に着いた分水衆は、新発田城を囲む砦に火を放つ。


 そして、東からやって来た会津勢の本隊が新発田に着陣したと同時に、新発田城に火がかけられた。


 誰も守らぬ城が、落城した。

 宇佐美定満の部下たちが城から逃げる将兵たちを演じ、分水衆の二万もの老若男女が、手に手に持っている農具を振り回す。


 それは、誰が見ても一揆に見えた。




 会津勢は留まること一日、次の日には陣を引き払い、来た道を戻って行った。

 会津に引き上げたのだ。


「輝虎は、欲をかき過ぎた。ほれ、見てみよ。越後の足元が揺れておるわ。欲をかけば離れ、欲しがらねば寄ってくる。それが世の中と言うものよ。我らは、一旦、会津に帰り一揆が収まるのを待ち、秋に再び攻めようぞ。さすれば奥越後は、簡単に蘆名のものとなろう」


 新発田城が焼け落ちたのを見て、蘆名止々斎がそう言ったとか、言わなかったとか。


 蘆名止々斎の読みでは、新発田城さえ落としてしまえば、独立心の強い阿賀北衆は上杉を離れる。会津方の味方はせぬとも、中立であろうと考えたのだ。


 東から蘆名、南から北条、西から一向衆と攻めれば、奥越後は蘆名のものとなり維持できる。


 しかし、蘆名止々斎は知らない。


 阿賀北衆の将兵たちは、北信濃での星降りを見たのだ。人の技ではない事は分かっているが、あたかも星降りを知っていたかのような上杉輝虎に、逆らい独立しようなどという気概など、星降りとともに消し飛んでいた。

 阿賀北衆の誰もが、武田勢の様な死に方は御免だと考えていたのだ。そう、誰もが武士であった。



 会津勢が越後との国境を越えたと、部下の報告を受けた宇佐美定満は、ほっほっと笑い、平次に「苦労をかけた」と労った。


「宇佐美様の言われる通りでやした。これで終わりでやすか」

「ああ、これで終わりじゃ、明日になったら分水衆を返しても良いぞ」

「へい、そういたしやす」


「これで、何とか時を稼げたわい。今頃、信濃から越後に入った頃合いかの。上杉の治める地も広くなったものよ。困ったものよのう」

 ほっほっと、笑う宇佐美定満は、遥か西南の空を見上げた。







 と言う具合でさ、姉さん。

 ですから、俺や分水衆には何も心配する事はありやせん。安心してくだせい。


 それでは、いつまでも元気でいてくだせい。


 分水平次。






 平次からの便りを読み終えた。

「なんだい、しっかりとやっているじゃないか、平次。安心したよ。さてと、こっちの事は何て書こうかね。幸稜はまた、遠くに行っちまったし。当分帰って来そうもないよ、かね」




今月内に、おまけをアップします。


蛇足を削除しました。

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