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独立と帰郷

 永禄五年(1562年)四月、石見、山吹城にて

 鈴木重秀


 毛利軍が、城の包囲を解き、撤退していく。できれば打って出たい処であるが、我らは守り人だ。攻めには向かない。


「鈴木殿、この度はご苦労であった。毛利方もこの固い守りに諦めたのであろう。これも、鈴木殿の率いる雑賀党のお陰よ」

「これは、本城殿、その様な言葉を頂き、ありがたい。この城と本城殿の指示があれば簡単な事よ。それよりも、残念なのは敵が退くのに攻め込めぬ事だ」


「鉄砲隊は、静の兵。足軽隊が動の兵。それは、我らの役目よ。鈴木殿は目を見張る守備をしたのだ。追撃は任せられよ……と言いたい処だが」

「追撃はせぬと」

「この度の撤退、毛利の仕掛けかも知れぬ。城の包囲を解き、兵を退くだけで上々と考える」

「これから、どうする積もりですか」


「意地もある。我ら石見国人だけでも毛利と戦う。尼子の世話にはならん。それに」

「それに?」


「包囲がなくなったのだ。これで早速、越後商人たちが城に物を入れてくるだろうよ」

「まだ、これ以上に物を入れると」

「その様だな」

「商人どもは、一体何を考えているのだ」


「二年は優に籠城できるだけの弾薬や食糧を持ち込む様だ。商人たちも、俺に毛利と戦えと言うのだろ。城を増築して、食糧や弾薬を持ち込み、更に兵まで雇い入れてくれている」

「我ら、雑賀党もその一つ」


「これでは、誰が、領主か分からんな」


 山吹城城主の本城常光(つねみつ)が、カッカッと豪快に笑い声を上げる。


 本城常光は尼子の重要な家臣であったが、今はそうではない。今は、尼子を離れ、石見の国人を束ねる人物となっている。


 なぜ、尼子から離れたか。


 それは、尼子の当主、尼子義久が強まる毛利方の圧力に負け和議を結んだ。いわゆる、雲芸和議が原因だ。


 和議の内容は、石見不干渉。

 毛利方が石見を攻めても、尼子方は石見国人たちを助けないと言う内容だ。

 尼子家は、石見の国、更には石見銀山の放棄を宣言したに等しい。


 和議を結んだのは、昨年暮れに尼子家前当主の尼子晴久が亡くなった事が大きな理由なのだ。だが、これまで、尼子側で戦ってきた石見国人からすると憤慨ものの和議条件だ。

 しかし、だからと言って石見国人だけで毛利を凌げるかと問われれば、それは難しい。


 毛利に下るしかないかと考え始めた時に、以前から銀の取引で出入りのあった越後商人が肩入れしだしたと聞いた。

 城を拡張して曲輪を造ったり、倉を造って食糧や弾薬を運び入れたり。挙げ句の果てに、我ら雑賀党の二百人を雇い、紀伊から石見に船で運ぶ事まで行った。

 更に、雑賀党とは別に間即まそく衆と言う越後商人直営の兵が三百ほど城に入って来た。


 間をおかず即時に戦う。


 それで間即衆と言うらしい。我ら雑賀党と同じ鉄砲集団だ。

 だが、同じ鉄砲衆だと言うだけで、他の事は全て違う。

 彼らは、草色の継ぎ接ぎだらけの胡服を着て、牛皮の靴を履く。その見た目は古代の倭人を彷彿させる。しかし、髪は短く切り、頭には飾りのない兜を被っている。


 戦の時は、二人一組で三丁の鉄砲を使う。

 二人は撃ち方と詰め方で役割が別れているようだ。

 数組で班を作り、その班長が鉄砲の撃ち方指図だけを行っている。更に、その班長たちを束ねる者もいる。

 戦いのない日には、班単位で城の周囲を走っていたのを良く見かけた。

 仲良くなった班長の話しでは、彼らを雇っている商人の指示で行っているとの事だ。


 変わった商人だ。


 戦いのやり方なども我らとは違う。

 一言で言えば、人でなしだ。


 武将や足軽大将など、指揮をしている者を狙う専門の班がある。

 腕の良い者たちが集まった班だ。

 この班の者たちは、他の班と違い、早合は使わない。一回一回、筒を掃除してから弾を詰める。


 それは、命中精度を上げるためだ。


 人でなしなのは、武将たちを仕留めない事なのだ。

 足を狙い動けない様にする。

 そして、助けに来る者たちを狩る。

 助けに来る者がいなければ、いたぶる様に致命傷とならない場所を狙う。

 見かねた者が助けに現れるのを待つ。

 その繰り返しだ。


 人でなしは、良くない。


 相手は、恐れもするが、恨みを残す。

 それは、本城殿や我ら雑賀党の身にも降りかかる。効果的なのは分かるが、間即衆と相談せねばなるまい。



「本城殿は、先日の凶兆をどう思われますか。毛利方の撤退と関係していると」

「凶兆かどうかは分からぬが、毛利の行いが悪いから凶兆が現れたと聞いた。皆が言うとるらしい。誰が言い始めたのかは分からぬがな。我ら石見の国人からすると小気味良い」

「どこぞの商人たちが、拡めているのでしょう」

「石見だけでなく、出雲、長門、周防にもその様に拡がっているようだな」


「星が流れ、天が毛利を見放した。いずれ毛利は滅ぶ。我らの雇い主ですが、恐ろしい者たちだ」

「民草にとっては良い噂話だろうが、長門、周防の国人たちは、気が気ではあるまい。その内、大内の名を持ち出す者が出てくる」

「そうなれば、石見は当分の間は安泰」


「大友辺りが、長門に来れば尚良しだ」

 再び、カッカッと本城常光が笑う。


 門司城の戦いで毛利方に敗れ、名を大友宗麟と変えた者が、この機会を見逃すはずはない。


「それに、これも噂だがの」

 本城常光が、今にも笑い出しそうな顔で声を潜めた。


 大将が噂を信じて、策を決める訳には行かない。それに、噂程度で、兵たちに余計な期待を持たせる訳には行かない。


「北九州から帰って来ていた、毛利当主の毛利隆元が、吉田郡山城に落ちた星石のお陰で、怪我をしたらしい。詳しくは分からんが、起き上がれない程の重体だとか。既に亡くなっいるかも知れんとの話しだ」


 毛利家当主と言っても、毛利家拡大を一代で成し遂げた毛利元就ではないが、毛利家には一大事だ。それが、撤退の切っ掛けになったかも知れない。

 星が流れて数日しか経っていないが、吉田郡山城と山吹城との距離を考えれば、事が起こった翌日には話しが伝わって来てもおかしくはない。


 カッカッと笑う本城殿は、この機会に尼子方から離れ、かと言って毛利にも与せず、独立する気だ。


「……」

「何か、気になる事があるか。鈴木殿は」


「いえ、俺が心配する事ではないが、本城殿が、尼子家は頼りにせぬとの事。この後、如何されるのかと心配になりました」


「石見の国人であった某を、尼子家の重臣とし扱ってくれたのは、今は亡き晴久様。だが、今当主の義久様には呆れてしもうた。あの様に意地もなく簡単に石見を切り捨てる様な者では、遅かれ早かれ尼子家は終わる。それに、切られた某にも意地がある。今さら、尼子家を頼りにはしとうない」

「なるほど。だが、毛利にも下らぬと」


「毛利家は、元はと言えば某と同じ格の国人である。尼子に付き、大内に付き、安芸を平らげ、陶を倒し、周防、長門を治め、そして、今は、尼子さえ喰らおうとしておった。しかし、毛利はこれで仕舞いだ。であれば、某が、本城家が、次でも良かろう」


「これは、龍の如くの夢ですな」

「龍とな。龍と言われるか。これは良い」


 これは良い、これは良いと手を叩き、本城殿が再び笑う。


 危うい。本城殿は、危うい。


 分かっておるのだろうか。

 毛利元就は自分の才覚だけで成り上がったが、本城殿には越後商人たちの方から味方しただけに過ぎない。

 商人など武家よりも信用ならぬ者どもだ。

 それを、信用して夢を見るなど、危う過ぎる。


 他者の力で大成したとしても、それは砂上の楼閣。他者が退けば、崩れるもの。

 果たして、大成した後に維持できる器量が本城殿にあるか。


 我ら雑賀党は、年内の契約で終わりにした方が良いかも知れぬ。

 商人たちの手の中で転がされている戦では、面白くない。

 それに、間即衆がいる様では、雑賀党の価値の上がる戦にはならない。

 雑賀党の価値が上がらねば、ここにいる意味はない。


 我ら雑賀党は、傭兵集団なのだ。







 永禄五年(1562年)五月、越後、青海にて

 海野幸稜



 やっと、青海に帰ってきた。


 春日山では御屋形様に挨拶、美濃の報告、濃姫様たちの紹介を行った。その後、段蔵を拾って根知に移動。

 根知では村上様の城代の引き継ぎを行った。


 主に、勝頼と昌幸だけど。


 二人は根知に留まり、交互に執務を行いつつ、家族家臣を根知に呼び寄せることになる。


 真田家は、宗家一族と家臣が移動するようだが、諏訪家は家を分ける様だ。

 諏訪家は、代々、諏訪大社の大祝おおほうりを務めてきた一族。

 軍事力を持つ越後諏訪家は俺の家臣となり、諏訪大社の大祝を務め、軍事力を放棄させられた諏訪家は村上様の管轄となる。


 織田家の姫たちは、根知に住む屋敷ができるまでは、青海の海野屋敷で預かる事になっている。


 そんなこんなで、やっと、青海の我が家に帰ってきた。


 昨年夏から約十ヶ月もの間、屋敷を空けてきた。

 手紙のやり取りはしていたものの、家族の顔が見えないのは寂しいものだ。戦がなければ離れて暮らす理由はない。

 これからが、新婚生活だったと言うのに。


 いや、川中島への初陣だから、急ぎ祝言したんだった。


 亭主元気で留守が良いと言うが、それは中年を過ぎてからの話し。

 俺の精神は中年だが、見た目はまだまだ少年だ。新婚なのにイチャイチャできないのは悲しい。


 中身はおっさんだから、しないけどな。


 意識的には、濃姫様の年頃の娘が丁度良く見えて、杏や福は妹。歌や織になると年の離れた妹か、親戚の姪っ子と言う感じとなる。

 杏、福、歌は自分の方が姉だと思っているがな。



 皆、手のかかる妹たちだ。ふふふ。

 俺が、いなくて寂しかったかな。


 秋助たちは、ずいぶん大きくなっただろうな。俺の事、覚えているよな。また、遊んでやるからな。


 るんるん。






 なんて事を考えていたのは、自分だけだった様だ。


 青海の屋敷には、誰もいない。

 今日、屋敷に帰ると先触れは出していたのに誰もいない。


 いきなり弄ばれるかと心の準備をしていたのに、杏がいない。

 お帰りと言って抱き締めてくれたらなあと思う、歌がいない。

 ただいま、心配かけたねと頭を撫でてあげたい、織がいない。


 俺って、いらない子?


 鳶兄弟や濃姫様たちが、誰も出迎えてくれない俺を、どう慰めようかと迷っているのが分かる。


 ああ、俺を、そんな目で見ないでくれ。



 こうなったら、誰もいない山を月さんのレーザーで丸焼けに。小惑星を流星雨の如く世界各地に降らせて。

 いや、そんな事はしないぞ。



 しかし、寂しい。

 誰も迎えてくれないのは、とても寂しいものだ。


 誰もいない暗い部屋に帰っていた事を思い出す。

 ここ数年は、ずっと誰かといっしょに暮らしていた。

 誰かが、隣にいるのが、当たり前になっていた。


 改めて、感じる。

 俺は、家族といっしょに暮らしていたのだと。



 屋敷の家人に、誰もいない事を尋ねると、杏たちは慌てて内海屋に行ったらしい。何が起こったかは分からないと。

 内海屋とは、まえの海野屋だ。

 急いで行ったと言う事は、誰かに何かがあったのだろうか?


 福か、秋助か、それとも、娘のたえだろうか。

 寂しいなんて言ってはいられない、俺も急いで内海屋に行かないと。


 誰もいなく勝手の分からない海野屋敷に、鳶兄弟や濃姫様たちを残す訳にもいかず、ぞろぞろと皆で内海屋に行くことにした。


 急いた俺は、途中から駆け出して内海屋の店に飛び込んだ。


「秋助は、妙は、無事か?」


「あら、幸稜、お帰り」

 目の前に、福がいる。秋助と妙もいる。

 秋助と妙が、大きくなっていた。


 いや、そうじゃなくて。


「怪我したんじゃないのか。大丈夫なのか」

「二人とも元気よ。私もね」

「そうか、良かった。だったら何が」


「あら、決まってるじゃない。あなたを待っていたのよ」

「俺を?」


「そうよ。皆でね」

「?」


「みんな、幸稜が帰ったわ」


 福が、そう言ったとたん、襖という襖が全て開けられ、わらわらと人が店に溢れた。


 杏が、いる。

 歌が、いる。

 織が、いる。

 名主様もいる。

 茂平家族もいる。

 内海屋で働く者たちも。

 近くの農家たちも。


 そして、皆が、俺に声をかける。


 杏が、「幸稜、お疲れ」と。

 歌が、「幸稜、お帰りなさい」と。

 織が、「旦那様、お帰りなさいませ」と。


 杏、歌、織だけではない。


 名主様も。

 茂平家族も。

 内海屋で働く者たちも。

 近くの農家たちも。

「お帰り」と声をかけてくれる。


 皆が、いる。

 皆が、笑っている。

 皆が、声をかけてくれる。




「ただいま」



 勘弁してくれよ。これじゃ、皆の元気な顔が見られないよ。


次回、(閑話)未定



幸稜、帰郷。

家は良いものです。

改めて家に帰る事の大切さを感じました。


(お知らせ)

連休を利用して新潟旅行に行ってまいりました。

親不知、糸魚川、直江津、そして、青海。


唐突ではありますが、今回をもちまして本編の最終回とさせて頂きます。

閑話をあと二話ほど投稿して終了致します。

読んで頂いた方、感想を頂いた方、大変ありがとうございました。


暑い日が続きますので、皆様、お体にはお気を付けください。

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