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極東支配人と鉄砲

 永禄五年(1562年)四月、堺にて

 天王寺屋宗及


 大小三隻の南蛮船が堺に寄港し錨を下ろした。南蛮船からは次々と珍しい品が荷揚げされ、堺の町は久々の喧騒に包まれていた。


 ガラガラと荷車を曳く音。

 京や地方から堺に来た仲卸したちの値引きを頼む大声。

 如何に珍しい品なのかと声高らかに叫ぶ商人たち。


 南蛮船が運んで来たのは、生糸、絹織物、陶磁器、生薬、砂糖、沈香、胡椒、錫、鉛、と品目の範囲が広い。

 琉球、唐、シャムなど各地からの交易品だ。


 これまで渡来していた南蛮船と何ら遜色ない。そう、船頭たち、操船する者たちを除いては。


 船を動かす者たち、それは越後商人。

 我らと同じ日の本の人間。

 その者たちが琉球や唐や、そして更に遠いシャムまで行っている。


 羨ましい限りや。


 わてとて、まだ四十前、店や町の事がなければ日の本の外を見て回れる。目の前の男たちの様に。


「ようこそ、おいでくださいました。わては天王寺屋の主人、津田宗及と言います」


「こちらから先にご挨拶せねばならないのに、痛み入ります。私めは越後の内海屋の番頭、海野佐吉と言う者です。この度は若い主人に替わりまして、各地のお得意様へと挨拶に回っております。今後とも内海屋をご贔屓にお願いいたします」


「これはこれは、ご丁寧な挨拶、こちらこそお願いいたしますよ、内海屋さん」

「こちらこそ、……」

 内海屋の番頭は、自分の挨拶が終わると、隣の男に視線を向ける。


 越後商人は二人で挨拶に来ていた。

 一人は先に名乗った内海屋の番頭。

 もう一人は、武家の出で立ちに、人を嗤った様な表情を浮かべた男だ。



 何や、この人も挨拶するのかいな。

 それとも、護衛の者か。


 男は武家が持つ様な小刀を持ち込んでいる。大刀は店で預けたのだろう。

 この様な挨拶の場まで護衛といっしょとは。この番頭さん、結構用心深いのかも知れんな。



 内海屋の番頭がもう一度、男に目配せをする。だが、男は妙な嗤いをするだけで挨拶をしようとしない。

 内海屋の番頭が仕方なさそうな顔をして、代理の挨拶を始めた。


「いっしょにお邪魔したこちらの者は、外海屋の極東支配人、シーエフオー大熊と言う者です。以後、お見知りおきを」


 極東支配人?

 しーえふおー大熊?


 なんと、このお人は異人さんかいな。

 見掛けは、日の本の人間と同じというに分からんかった。

 護衛の者かと思うたが、どうやら外れた様だ。わての目もまだまだやな。




「くくくく、大熊だ。世話になる」


 ほう、日の本の国の言葉は少しは話せるんやな。


「こちらこそ、よろしゅうに、しーえふおーさんと言うよるんですな。しーえふおーさんは、日の本は長いんですか」


 内海屋の番頭が困った顔をする。


「長いぞ、くくくく」


 何がそんなに可笑しいのか。

 なるほど、わての言葉か。越後の者とは違うのだろう。


「天王寺屋さん、どうも誤解させたみたいで申し訳ないです。この、大熊さんは日の本の人間です。越後の人なんですよ」


「はあ」

 思わず間の抜けた返事となった。


「くくくく」

「大熊さんは、もともと上杉家の勘定方を勤めておられた武家様ですが、外海屋の主人に請われて武家様から商人となった変わったお方でして。生まれてからこの方、日の本の国から出た事はない人でございます。ねえ、大熊さん」


「その通りだ」


 ほう。


「失礼を承知で聞きますが、大熊さんのお名前が、しーえふおー大熊と言うのは一体どう言った由来ですやろ」


 キリシタンやろか。


「くくくく、可笑しかろう」

「いえ、聞き慣れないお名前かと思いましてな。大熊さんはキリシタンですやろか」


「違うぞ、くくくく」


「天王寺屋さん、大熊さんを気にしないで下さい。多少変わったお人ですが、悪い方ではないのです。今、堺に入っている大型の南蛮船寄港は大熊さんの指示ですから」

「今、堺が賑やかなんはあんたさんのお陰でですんやな。大熊さん、おおきに」

「くくくく」


 本当に変わった人や。人を馬鹿にした嗤いは演技やろか?

 よう分からん。暫くは様子見やな。



「堺にも南蛮人が来ていたので、ご存知かと思いますが、南蛮人の名前は日の本の名前とは逆でございます。南蛮人の名前は本人の名があって、その後に家名が続くと言うものでございます。そこで外海屋の主人が、大熊さんには異国でも通用するようにと名前を考えたのですよ」


「なるほど、そうですか。さすが南蛮船を持つ商人さんや。普通の商人とは考える事が違いまんな。これは良い事を教わりました」

「いえ、外海屋の主人も、また、変わった人でして……」


 確かに、変わった事を考える人のようだ。目の前の大熊という人も、変わっているのは多少どころやない。これが演技でないなら、真の変わり者や。


 しかし、悪くない。


 人と同じ事をしていては、抜き出る事はできへん。それは、何もせんのと同じ事や。

 大事を成すのは、信念や、人と同じ事をやる事やない。


 変わり者、大いに結構。世を変えていくのはいつも変わり者や。


「ところで、内海屋の番頭さん。先ほどから内海屋、外海屋と言うとりますけど、お二人は海野屋さんではないのですやろか」


「ええ、実は最近、海野屋は内海屋と外海屋に屋号を二つに分けました。お得意様にご迷惑をかけると言うことで、改めてご挨拶に回っているという次第でございます」


「ほうほう、それでお二人なのですな」

「はい。とは言え、外海屋が取引するのは今回が最初で最後となります。以後は内海屋が行いますの。これまで通りと思って頂いて結構でございます。ご安心下さい」

「それは良かった。どちらとお付き合いしたら良いのかと困る処でしたよって。両方贔屓にしたいのに値が違ごうたら敵わん処や」


「ありがとうございます」

 内海屋の番頭が丁寧に頭を下げる。


 二つに分ける意味までは分からん。だが、店の名が変わるだけで取引は混乱しない様やな。


 そして、そろそろ、やろか。

 挨拶だけのために、わざわざ堺の町まで来たのやない。勿論、商売やろ。なあ、内海屋の番頭さん。


 わての考えに気がついた内海屋の番頭が口角を上げる。


「ところで、天王寺屋さん。今日は、挨拶の他に商売の話をお願いに参りました。聞いて頂けますか」

「勿論ですがな。ここは堺、商売の町ですよって。聞かせて貰いましょか」


「はい、それでは、早速に。私ども内海屋は堺に鉄砲の販売をお願いしたいのです」

「ほう、鉄砲ですかいな。どれほどですやろ。三十丁ぐらいでしたら直ぐに用意できますよって」


「数は、五千をお願いします」

「五千。五千とは、これは多い。そない数、堺だけでは、おいそれとは用意できないですわ。それに、手付けも貰ろて鍛冶場を拡げな、とても、とても」


「お願いできますか。それであれば、手付けは直ぐに用意致します。そうですね、一丁を十両で買いましょう。締めて二十万貫で如何でしょうか」


「内海屋さん、内海屋さん、急ぎすぎや。そない数、天王寺屋だけでは決められん。堺の町の会合衆で決めな。五千ちゅうたら、堺の町で造れる量の十年以上、下手したら二十年かかる量や。とてもでないが、わてだけでは決められませんがな」


「分かりました。では、手付けの銭を、天王寺屋さんに預けていくことにしましょう。五万貫ほど預けます。そして、天王寺屋さんに堺の会合衆をまとめて貰えませんか。今の荷揚げが終われば、我らは次の挨拶に行かねばなりません。申し訳ないですが、お願いいたします」


 鉄砲の注文数にも驚いたが、手付けの五万貫をポンと出せる財力にも驚いた。そして、一体、どこに卸すのやろか。相手が堺の敵となる処では困る。


「内海屋さん、約束はできまへんで。それでも良いですかいな。それと、どちらさんに卸す積もりですやろか。この堺の町が困る相手に卸す様では、説得はできまへん」


「全て、外海屋で使うための注文です。外洋は海賊が多いのです。琉球、唐、シャム、天竺と、どこにも海賊がいるようです。外海では商人も、日の本の武家の様に戦わないと安心して商売もできないのです。できれば十年で五千丁、堺で作っても良し、他から集めても良し、兎に角、堺の力で集めて貰えれば助かります。天王寺屋さん。堺の会合衆の説得、よろしくお願いいたします」


 十年で五千丁か。これは、日の本の鉄砲を全て集めなな。

 まさかと思うが、それが狙いと違うやろな。日の本の鉄砲を集める事が。


 頭を下げる内海屋の番頭、佐吉を見る。

 嘘を言っている様にも、騙している様にも見えない。


 これで騙されている様では、わての見る目がなかっただけや。これは、大商い。堺はこれでどの町にも負けない力を持てる。

 頑張り処なや。


「内海屋さん、頭を上げてください。何とか、町衆には話を聞いて貰いますわ。ただし、約束はできまへんよ」

「助かります」


「くくくく。天王寺屋、気をつけろ。力を持つのは良い事とは限らぬぞ」



 堺が力を持つ。


 誰に対してや。

 それは、三好家の事しかあらへん。


 三好家は十ケ国を所有する大国や、そして、堺もその一部。三好家当主の三好長慶(ながよし)様は天下人や。


 しかし、最近の三好家は鈍い。


 三好長慶様は、戦にも評定にも顔を出さなくなったと聞く。体を患っているとの噂もあるが、真相は不明。


 昨年、実弟の十河一存そごう かずまさ様が三十と言う若さで亡くなられた事が影響しているのか。一存様が亡った事については家臣の松永久秀が毒を盛ったと噂が流れたが、こちらも真相は不明や。

 その松永が先導しているのか三好家中での派閥争いの話しも流れてくる。


 そして、三好家には敵対している者も多い。細川、畠山の残党、根来衆、そして、最大の敵は六角家。


 三好家は十ケ国を治める大国とは言え、全てが三好家のものでもない。寺社領や公家の荘園などがあちらこちらにある。そして、内に外にと問題を抱えている。


 万が一、長慶様が亡くなってしもうたら。畿内は混乱する。


 そんな時に堺の町が、力を持つ。


 三好家の力を排除して、堺の会合衆だけで町を治める事も可能かも知らへん。


 わての心を読んだ様に、外海屋の男が「くくくく」と嗤う。


 危険やろか、会合衆だけで堺を治める事は。これは、欲やろか。





 越後の内海屋と外海屋の男たちは、次に旅立つために南蛮船へと帰った。

 越後商人と入れ違いに五万貫が、天王寺屋に運び込まれた。


 手際が良すぎる。最初から用意されていたのだ。



 堺に銭が落ちる。

 堺に人が集まる。

 町が大きくなって、それは力となる。

 そして、天下が揺れた時、三好家が揺れた時、堺は、どないする。


 鉄砲と堺の町を囲んだ掘があれば、戦となっても簡単には落ちへん。堺という町が、堺という国になる。


 危険や、これは武家の考え方や。

 わては商人や。だが、頭から離れへん。

 急いで納屋さんに相談せんと。わて自身の考えが危険や。


 番頭に納屋と直ぐに会合できるように段取りを命じた。


 まさか、南蛮商人や唐からの船が来なくなり、代わりに越後商人の南蛮船がやって来て、これほど振り回される事になろうとは、想像できなかった。


「しかし、五千もの鉄砲か。外海屋で使うと言うたけど、ほんまは、どないする積もりや」


次回、整理と永禄の流星群(仮)



いい加減な関西弁は許してください。

大熊さん、変人ですが良い人です。たぶん。


(お知らせ)

今後、当分の間、不定期投稿となります。

これまでは、書き貯めた話を手直ししつつ投稿して参りましたが、ついに貯めた話が尽きました。

ゆっくり投稿となること、ご理解のほどよろしくお願い致します。

毎金など定期的に投稿できるようであれば、後書きでお知らせさせて頂きます。


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