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新しい生活と奉公と言う名の人売り

 弘治三年(1557年)九月、越後、糸魚川にて

 海野蕎麦蔵


 畑に秋蕎麦が実り収穫時期を迎えていた。だから俺の名前は海野蕎麦蔵にした。だじゃれである。海の側で子供に憑依してこの世で生き抜くと決めた。そして越後の第一村人を探していた時に目にはいった蕎麦が美味しそうに見えた。


 だから足して、海野蕎麦蔵だ。良い感じだろ。


「蕎麦蔵、たんと褒美がもらえるぞ。何が欲しいか考えておけよ」

「そうだぞ、うちの村の名主様は豪気な方だ。遠慮するなよ。下手に遠慮すると怒られるからな」


 熊を括り付けたふたつの太い枝を肩に担いだ若者たちが、後をついて歩く俺に明るい声を投げる。

 越後の第一村人の茂平と第二村人の佐吉のふたりだ。ふたりは可哀想な境遇の俺を励ましているのだ。

 どうやら茂平と佐吉の中の蕎麦蔵は、越後と越中の国境で暮らす山の子で、親がいないか動けないかで、ひとり頑張っている少し頭の足りない子供となっているようだ。


 確かに畑仕事をしていた茂平と佐吉に会ったときに、警戒されないようにとたどたどしく話していたのが、少し頭が足りない子供と映ったようだ。解せぬ。

 ふたりに今の時代の手掛かりを聞くはずがなぜか熊を倒した話になり、さらに名主に倒した熊を渡して褒美を貰おうという話に変わり、今ここと言う意味では熊を回収して村に戻る途中だ。


 だが、俺も決して間抜けではない。道中ふたりに聞くことはしっかりと聞いた。

 今は弘治の世。うん、よくわからん。


 越後の国主は長尾景虎。うん、よく知っている。後の上杉謙信だな。

 と言うことで今は戦国時代で確定した。ついでに茂平たちの村を治めているのは村上義清と言う殿様で信州から来た人らしい。


 いや、殿様は江戸時代からの呼び方か?


「蕎麦蔵、悩むのは良いことだぞ。名主様がいつも言っているからな。自分の頭で考えろって」

「それは茂平がいつも、どうしたら良いでしょうかって聞きに行くからだろ」

「いや、嫁さんが何でも名主様に相談しろって言うんだ。嫁さんの産まれた村だと考えて動くと余計なことをするなと名主様から咎められたって話だからな」


「なんだか嫌な名主だな」

「そうなんだ。だから俺は嫁さんの言う通りにするんだ」

「うちの村の名主様はそんなことないだろう」

「いいんだよ、俺は。嫁さんの言い付けを守れればそれでよ」

「茂平、お前、本当に嫁さんのこと好きだよな」

「当たり前だろう、家の嫁さんはめんこいもの。怒ると怖いけんども、いつもはめんこいんだぞ。菊さぁん、好きだぞぉ」


「茂平、叫ぶなよ、こんなところで」

「佐吉、お前も早く嫁さん貰え。良いもんだぞ、嫁さんは」

「へいへい」


 茂平と佐吉ののんびりとした話は右の耳から入り左の耳から出ていった。なぜなら名主と言う人にお願いする熊の対価を考えていたからだ。

 何をお願いしたら良いか。対価はどれだけが妥当なのか。まるでわからない。


 衣食住だな。いやいや住衣食の優先順位かも知れん。


 月さんに頼めば熊を簡単にほふることができるのだ。兎や猪も簡単に捕らえることができるだろう。取り敢えず食事の優先順位は低い。

 では着物と住居といったところだが、さすがに家を貰うのは無理だろう。うーん困った。


 山の紅葉が目に映った。

 

 そうだ、紅葉が始まっているから直ぐに寒くなるだろう。であれば欲しいのは防寒品だ。日中はまだ良いとして問題は夜。夜はかなり冷えるだろう。


 寝具だな。ふかふかの布団がほしい。よし、俺は布団を所望する。

 住む家もないのに布団を持ってうろうろする俺。笑える。


「……蔵、おい、蕎麦蔵」


 おっと俺だ、俺。


「大丈夫か、悩んだ顔をしていたと思ったら急に笑いだして」

「蕎麦蔵、名主様の屋敷に着いたぞ」


 茂平と佐吉は担いでいた熊を下ろすと、「ここにいろ、名主様を呼んでくる」と言って二人とも居なくなった。


 いつの間にか土塀に囲われた大きな屋敷の敷地内にいた。目の前に玄関があり、上がり口には一枚板の大きな衝立がどんと置かれている。

 振り返ると立派な門がある。観音開きの扉を閉めれば簡単には入れそうもない。さすがに村の名主の屋敷といったところだなと感心していると茂平と佐吉が名主を連れて玄関に戻ってきた。


 名主は妙に眼力の強い爺で体つきは大きい。茂平や佐吉と比べても頭ひとつ高く幅もある。蕎麦蔵たる子供の俺は遥か高みから見下ろされている。


「お前が蕎麦蔵か。茂平から話は聞いた。それで熊一頭丸まる儂に納めると言うのだな」


 うん、と頷いた。


 名主は返事を確認すると熊の頭や手足を持ち上げて検分しだした。特に頭の傷を丁寧に見ている。そして検分が終わるとギロッと睨む。


「この傷はなんだ。お前がやったのか」

 ふるふると首を横に振った。


「まあ、良い。何が欲しい。言ってみろ」

 蛇に睨まれた蛙だ。言葉が出ない。


「ほら、蕎麦蔵、遠慮するな」

 茂平の助けで何とか「布団」とだけ言えた。

「ふとんだと。なんだそれは。茂平、佐吉」

 茂平と佐吉のふたりは「知らない」と名主に首を振る。


 えっ、布団ってないの?


「蕎麦蔵、ふとんとはなんだ。詳しく話せ」


 名主に睨まれてしどろもどろになりながら説明したのだが、布団が欲しいということが、なぜか寒さを凌ぎ、冬を越すための藁が欲しいということになった。


 とほほ、布団がいつの間にか藁になっちまった。


「佐吉、納屋から好きなだけ藁を蕎麦蔵に持っていかせろ。それと着物と背負子もくれてやれ」

「へい、わかりました。こっちだ、蕎麦蔵」


 佐吉が俺を納屋に連れていこうとして名主から待ったがかかった。


「茂平、熊を捌いて村衆に配れ。佐吉は毛皮と胆肝を越中屋に売れ。蕎麦蔵、また屋敷に来い。売れた銭の半分をお前に渡す。では下がって良い」

 名主は言いたい事だけ言うと屋敷の中へ戻っていった。


 ふう、緊張した。


 佐吉が俺の肩を叩いて「ほうら、名主様は豪気な方だったろう」と言いうと「蕎麦蔵も名主様に何でも相談しろよ」と茂平が付け足す。


 この後、佐吉に連れられ納屋に行き背負子と縄を貰って好きなだけ藁を持っていけと言われた。何度貰いに来ても良いかと尋ねるとしばらく考えた後「名主様の許しがあったんだ、いくらでも良いんじゃないか」と言い残し、居なくなった。


 大量の藁を背負子に括りつけ、当面の住みかとして目星をつけていた海岸の近くの洞窟に運ぶ。洞窟と名主屋敷を往復すること二回。


 二回目の納屋には子供用の粗末な服が畳んで置いてあった。勿論、ありがたく頂戴した。

 再度、洞窟にたどり着くと運んだ藁に飛び込んで寝た。疲れ果てていたのか熟睡だった。




 次の日、腹が減って起きた。起きて直ぐ月さんと狩りをやった。洞窟の近くを流れる細い川に大きな魚影を見て月さんにお願いする。


 ボスッと鈍い音がした後、魚が水面に浮かぶ。でかい。鮭だ。


 だが残念。刃物がありません。皿がありません。箸もありません。火も起こせません。

 とほほ。何もできない俺、残念蕎麦蔵だ。ちょっと待てよ。俺は何もできないが月さんは別だ。

 衛星軌道上から鮭を焼いてもらう。月さんが器用にレーザー出力を調整してこんがりと鮭を焼く。そして俺が食らう。


 うん、塩が欲しい。


 海岸の潮溜まりを月さんに焼いてもらう。豪快に潮溜まりが沸騰して塩ができた。その塩を鮭に振り食らう。


 うん、うまい。


 よし、月さんにいろいろ狩ってもらい、名主屋敷に持っていこう。そして必要な物に交換してもらおう。

 今週は生活向上週間だ。あれっ、曜日ってあったかな。




 弘治三年(1557年)十月、越中、親不知近くの村にて

 小夜さよ


「おとう、俺はいやだ。奉公さなんて行きたくねえ」

「小夜」

 おとうがちらりと奥にいるおかあを見た。おかあは部屋の奥で小さい弟たちをあやしている。


 おかあがそんなに怖いか。


「米の出来は去年と同じらろ。なして俺が奉公さなんだ。嫁さだったらわかる。でも奉公さは……おとう、なして」


 俺は子供だけれど奉公が何なのか知っている。奉公は人売りだ。俺は売られるのけ。


「小夜、来年はお前も十三だ。嫁さは早いけんども、奉公さ行っていろいろ覚えられるんだ」

「何が覚えるられるんだ、おとう、教えてくれ」

「……」

「おとう、教えてくれ」


「……」

「おとう、教えてくれ」


「うるさい」

 バンッと俺は、おとうに頬を平手打ちされた。頬は痛くはなかった。驚いた。驚いただけだ。おとうに叩かれたに驚いた。


 おとうも、自分の手を見て驚いている。


 涙がでてきた。悲しかった。悲しくなった。おとうも悲しそうな顔になった。おとうが俺を見て何かを言おうとして止めた。


 奉公さにいかなくていいと言ってくれるのを待った。


 そして、おとうが目を背けた。


 駄目だ。奉公さ出される。売られる。俺は売られる。


「もう、いい」


 家を飛び出た。すでに日も傾き夕方だ。行く宛もない。振り返ると粗末な家があった。生まれて育った家がそこにあった。もう帰れない。帰りたくない。


 何が悪かったのだろう。実は今年の米の出来が悪かったのか。俺が女だったから悪かったのか。後添えのおかあと仲良くなかったから悪かったのか。


 一体何が悪かったのだろう。


 黒く見える村の家々が全て自分に仇なすように見えた。


「もう、ここにはいらんねえ」


 家が無い方に、人が居ない方に走り出した。海岸に出て砂浜を歩く。日が暮れて星が出た。波の音だけが繰り返す。


 月が登り、月が沈んだ。

 夜通し歩いた。

 山が明るくなり日が明けた。


 昼になる頃には、細い川沿いを歩いていた。頭を垂れ、背を丸めて歩いていた。


 疲れた。もう、どうでも良かった。


次回、熊狩りと野盗



作者は富山弁を知りません。

小夜の話は、古いですが「お○ん」のイメージです。

最近、涙もろくなったので、見たら泣くと思います。

歳は、数え歳です。



2018/06/23

改行を調整いたしました。

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